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豊島将之 v.s. 渡辺明の第4局。
(1) 焦点の解説
焦点の解説は、下記にある。
→ 渡辺明挑戦者、形勢二転三転の終盤戦で勝勢を確立 名人戦七番勝負第4局は夕方の休憩に入る(松本博文)
(後述の図で)3三金と打ったところだ。ここで、後手の王はどこへ逃げるか? 5二か、5三か?
一路横、三段目をスライドするように逃げます。
そしてなんということか――。
ソフトの評価値は、今度は一気に渡辺挑戦者勝勢へと傾きました。観戦者には、にわかにはその違いはよくわかりません。
89手目。挑戦者は飛車で当たりになっていた相手の角を取ります。なるほど、この角を豊島陣一段目に王手で打ち込むと、豊島玉は一気に寄り形となります。してみると、豊島玉は横の三段目ではなく、斜め下の二段目に引いて逃げるのが正解だったようです。ただしその手は金で飛車を取った手が王手になるために指しづらいということもあります。
(2) 渡辺明の解説
同じ局面を、渡辺明が自戦解説している。
終盤、ここの2択が勝敗の分かれ目になりましたが、△52玉は▲42金と飛車を取る手が王手になるのでプロが最初に考えるのは△53玉です。直前の△86歩では△76角成も有力でその場合は▲72飛が王手馬取りになるので△53玉でないといけません。
そういった理由で△86歩〜△52玉は読む順番としては後ろの方になるので互いに重視しなかったということは言えます。
( → 渡辺明ブログ )
難しい局面だったようだ。その意味では、時間もなかった豊島にとっては、分け目で悪手を指したのも(人間としては)やむを得なかった、とも言える。
※ 以上のことは、解説記事でも、渡辺の自戦感想でも、共通している。
(3) 藤井聡太との類似
一方、私はまったく別の観点から述べよう。
「この戦いの渡辺明の先方は、藤井聡太にそっくりだった」
ということだ。

出典:朝日新聞
上記は終了図だ。これを見ると、次のことがわかる。
「先手は、敵王の逃げ道をふさいでいる」
具体的には、こうだ。
・ 後手王は、金と銀で挟撃されている。
・ 5四に逃げようとしたが、桂で逃げ道をふさがれている。
・ 先手はそのために、桂をうまく使っている。
このことは、後手の方針とは逆だ。後手は最後に、王手を次々と連発したが、「王手は追う手」となって、結局は敵玉を逃がしてしまった。それどころか、逃げた敵玉が自王を詰ませるのに役立つというありさまだった。踏んだり蹴ったり。
さらに、次のことが言える。
「後手は、2七の銀が無駄になっている。一方、先手は駒の無駄がない。特に、3九の金はよく働いた」
・ 2七の銀はまったくの無駄になっている。
・ 3九の金は、角の逃げ道をふさいだ。(それで取った角を7一に打って、敵王を詰ませた。3九の金が詰みに直接働いた。)
以上のことから、次の二点が見て取れる。
・ 敵王の逃げ道をふさぐ
・ 駒の効率を重視する
この二つは、藤井聡太の特徴だ。前に述べたとおり。
→ 藤井聡太の特徴(将棋)3: Open ブログ
→ 藤井聡太の特徴(将棋)2: Open ブログ
そして、そのことが、渡辺明の今回の先方に見て取れるわけだ。まるで「藤井の方針をパクった」というふうな感じで。
転んでもタダでは起きない、という感じで、渡辺明のすごさがわかる。藤井にやられた分を、豊島にやり返す。
[ 付記 ]
本局では、3四歩と打ったのがうまかったと思う。これでうまく挟撃体制を築いた。「敵王の逃げ道をふさぐ」という布石を打った。
これについて対局者がどう思っているかを知りたかったが、豊島将之名人の終局後インタビューがあった。
豊島名人「(79手目)▲3四歩に相手するのはちょっと利かされで。でも本譜はちょっと負けを早めて・・・。」
( → 名人戦第4局は渡辺明挑戦者が豊島将之名人を降して2勝2敗のタイに(終局後両対局者インタビュー全文)(松本博文) )
3四歩が目ざわりだから、挟撃されないためにも、こんな歩は取ってしまいたいところだ。しかし、この歩を取ると、 次に3五歩と打たれる。それをまた取ると、1一の香を取られたあとで、2八香と打たれて、まずいことになる。(銀を取られても、銀を逃げても、香の直射で、王がヤバいことになる。)そもそも、3五の中段まで王が引っ張り出されたら、もう勝てない。
そこで、3五歩には、3四の王を4三にまで戻すしかない。しかし、4三王なら、元の場所だ。その間に、先手は3五に歩を打って、しかも手番まで得ている。2手の得だ。一方、自分は1歩を得ただけだ。これじゃ、割が合わない。利かされ損だ。……というのが、豊島名人の判断だ。
- 《 訂正 》
3五歩と打たれるのではなく、4六桂と打たれる。すると後手は△4三玉と引くしかないが、そこで先手が▲3四歩と打つと、先の手順に比べて、4六桂の一手が加わっている。先手は一歩を犠牲に、4六桂の一手を得たことになる。これでは後手にとっては利かされ損だ。……というのが、豊島名人の判断だ。
だから、3四歩が目ざわりでも、この歩は取れないのである。
その分、渡辺がうまくやった、ということだ。
では、本人はどう言っているか?
渡辺挑戦者「(79手目)▲3四歩垂らしたあたりはもうしょうがないかなと思ってやってたんで。なんかあんまり手が広い将棋じゃなかったんで。手が狭い分、形勢はちょっとよくわかってないんですけど。」
もにょもにょ言っていますね。解説したくないみたい。
たぶん本当はこう思っているのだろう。
「しめしめ。うまく3四歩で挟撃体制を築いたぞ。してやったり」
ただし、そんなことを言うと、「何を自慢しているんだ。勝ったからと言って驕るな」と批判されてしまうだろう。
そこで、謙虚な渡辺明のかわりに、私が上記で解説しているわけだ。
たしかにうまくやったね。まるで藤井聡太みたいだ。
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論語から。
子曰く、学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし)。
渡辺明はきちんと学んでいる。ずっと年下の後輩から。
[ 付記 ]
渡辺は「全体的には手がせまい」とも述べて、「手が狭い」ということを二度も強調している。これは不思議な解説だ。こんなふうに解説する棋士は滅多にいない。
私が思うに、これは、たぶん嘘をついている。実際にはいつもとは毛色の違う手を指している。つまり、いつもよりは手を意図的に広くしている。(藤井流にまで広げた。)
だけど、「藤井流を真似した」と言うと、カッコ悪い。だから、それを隠すために、あえて正反対のことを言ったのだろう。「いつもより手の範囲を広げたわけじゃありません。藤井流を真似したわけじゃありません」と。
それがつまり、「手が狭い」という珍しい言い方をした理由だ。本当はそんなこと、どうでもいいんだけどね。(手が狭いというのは、事実の説明というよりは、ただの感じ方であるにすぎないので。)
【 関連サイト 】
棋譜。
解説。
解説記事。
→ 【詳報】名人が仕掛けた最終盤の罠 渡辺二冠は見破った:朝日新聞
最終的にその局面に持っていく中盤力が藤井棋聖はずば抜けているとは言えるかも知れませんが、藤井流と名付けるには至らないのでは?
羽生永世七冠の対局でも、それが上手くいっている対局は結構あって名局とされたりしてますし。
そんなうまい手があればいいんだが、たいていはそんなうまい手はない。それでも、うまい手を探し続ける。
で、たまにうまく行く。王位戦で木村王位の王を、攻め続けたように。これは一点突破型が成功した例だ。めったにないが。
> 藤井流と名付けるには至らないのでは?
**流というのは、その人だけの専売特許の戦法があるというわけではなく、その傾向が強いという程度。
大山流だって、大山名人の専売特許ではありません。基本の一つです。
https://www.asahi.com/articles/ASN7Y7CZ5N7YUCVL005.html
無料版もある。かなり詳しい解説。
https://www.asahi.com/articles/DA3S14568010.html
どちらも、紙の新聞にも掲載されている。
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前者の有料記事には、次の文章がある。
> 2日目の午前の時点で終盤戦に突入。双方が技を繰り出しながら、相手玉にいかに速く迫れるかを競っていた。
この発想が普通なので、藤井流がいかに違っているか、よくわかる。