2020年07月09日

◆ 水害の天気予報の精度

 水害の天気予報の精度を高めるには、どうすればいいか?

  ※ IT技術者向けの話。

 ──

 熊本の水害では、天気予報の精度が低いことが問題となった。先の項目で述べた通り。
  → 熊本の水害(2020): Open ブログ

 特に気象庁は、自己の能力不足をはっきりと認めた。
 《 熊本の豪雨「前日の段階で想定できず」 福岡管区気象台 》
 福岡管区気象台の田口雄二主任気象予報官は5日、熊本県の球磨(くま)川が氾濫した豪雨で、4日午前4時50分に発表した大雨特別警報について「前日の段階でここまでの大雨は想定できなかった」との認識を示した。

 梅雨の時期で警報級の雨が降ることは予報していたが、予報と実際の降雨量との開きについて田口主任気象予報官は「南北に狭い範囲で集中して雨が降った。さらに位置を変えずに長時間続いたことが要因で、梅雨前線の停滞する場所と線状降水帯の位置を予報するのは難しい」と説明した。
( → 朝日新聞

 安倍首相は自己の無能さを認めることはまずないが、気象庁は自己の無能さをはっきりと認めているわけだ。

 先の項目では、次のようにも皮肉った。
 気象庁は今回、「できなかった」と何度も言っている。それは、弁解のつもりで言っているのだろうが、実は、無能さの告白になってしまっている。なぜならその隣では、民間の予報会社が正解を告げているからだ。
 気象庁がそんなに無能なら、もはや気象庁には予報機能は必要ない。観測だけに専念していればいい。予報は民間の会社に任せれば済む。

 だが、これは皮肉がきつすぎた。「気象庁が間抜けなら、気象庁をなくしてしまえ」というのは、破壊的かつ無責任すぎる。「気象庁が間抜けなら、気象庁を利口にさせよう」というふうに対処策を教えるのが、建設的というものだ。(本サイトのポリシー。悪口だけを言うブータレ屋とは違うのだ。)
 以下では、二点を示す。

 (1) 線状降水帯

 今回、局地的に大量の雨量があったのは、雨雲の停滞があったせいだ。通常ならば、雨雲は次々と移動していくので、豪雨になる地域も次々と移動していく。結果的に、1箇所に大量の豪雨が降ることはない。
 しかし今回は、雨雲が停滞した。そのせいで、1箇所に大量の豪雨が降った。
 では、このような減少は、どうして起こるか? 
 すぐに思いつくのは、「雨雲が無風で停滞したから」ということだが、そういうことはない。
 現実に起こったのは、「線状降水帯」というものだ。つまり、こうだ。
 線状降水帯は、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50〜300 km程度、幅20〜50 km程度の強い降水をともなう雨域」(
( → 線状降水帯 - Wikipedia

 同じ雨雲が1箇所に停滞するのではなくて、次々と新規発生する雨雲が同じ場所に来るので、見かけ上、雨雲が停滞しているように見えるのである。(実際には別の雨雲が次々と到来するのだが。)

 事例としては、次の動画がある。(2地域)( 出典:Wikipedia ) 


senjo-1.gif
2017年7月18日新潟県



senjo-2.gif
平成29年7月九州北部



 こういうものを予想するには、どうすればいいか? 
 通常は、スパコンで数値予想をする。つまり、物理学的な方程式と多大な計算量で、モデル的にシミュレーションする。
 しかしその方法だと、予報が少しはずれると、「豪雨なし」という予報になってしまう。
 一方で、人がほしいのは、「最も確からしい予想」ではなくて、「危険性がいくらかでもあるのなら、その危険性があることを前もって警告してくれること」である。
 競馬で言えば「本命」だけを教えてくれるのではなく、「対抗」や「穴」や「大穴」を示して、それらの中に「途轍もない危険因子」が含まれているか否かを警告してくれることである。

 これについては、数値予想において、事前の設定値や変換パラメーターを、少し動かすことで、多様な結果を導き出して、それらの中に「途轍もない危険因子」が含まれているか否かを警告するべきだろう。
 つまり、現状の数値予想の仕方を、「最も確からしい予想」から、「危険を予知する警告」へと、方針転換するべきだろう。
( ※ 二通りの原則で、二通りの予想を出す、ということ。)

 このように、予報の方針を変えるべきだろう。現状のように、「本命だけを示せばいい」という方針から、基本的に方向転換するべきだ。

 ※ 比喩で言えば、「単式馬券」の予想だけでなく、「複式馬券」の予想もするように、方針転換する。



 (2) AI の予想

 数値予報とは別の形で気象予想をするといい。
 現状では数値予想をしているが、これは単純な物理方程式を使って、あとはスパコンのマシンパワーで力任せにシミュレーションをするものだ。スパコンの能力が高まるにつれて、小さなメッシュで世界規模のシミュレーションができるので、どんどん精度が高くなる……というふうに説明されることが多い。

 一方、本サイトでは、前に別の方式を提案した。
  → AI と気象予測: Open ブログ

 これは、次のことを原理とする。
 「数値予想と現実の結果との誤差を、AI によって補正する」


 具体的には、次のようにする。
 「ディープラーニングで天気図のパターンマッチング学習をする。それと数値予想とを照合して、現実の結果との誤差を補正していく」


 ※ ちょっとわかりにくいが、詳しくは上記リンクの説明を参照。

 ──

 さて。上記の話はすでに述べたとおりだが、新たに、次のことを提案しよう。
 「気象予想に、将棋の AI の方式を導入する。将棋の AI では、場面の価値を評価するのに評価関数というものを導入して、その評価関数のパラメータを最適化する。それと同様に、気象についても評価関数を導入して、その評価関数のパラメータを最適化する。これによって、現在の気象状態と将来の気象状態を正確に評価できるようになるので、将来的に危険性が発生しかねない場合には、警告を鳴らすことができる」

 ※ 評価関数の評価のところでは、ディープラーニングの手法を使ってもいい。

 ──

 上では、原理だけを簡単に述べた。
 ここでは、「将棋における評価関数とはどういうものか」という説明はしていない。わかる人だけがわかればいい。
 
 本項は、ソフト開発の技術者向けに語ったことなので、素人は理解できなくても仕方ない。わからない人はわからなくていい。わからない人は、「チンプンカンプンだな」と思って、読み捨ててください。



 [ 補足 ]
 数値予報では、シミュレーションをして、「いつ・どこで・何が」起こるかを予想する。細部まで具体的だ。
 一方、危険の有無を察知するには、もっとおおざっぱでいい。「いつごろ・どのあたりで・このようなことが」起こるかを、おおざっぱに予想すればいい。

 前者だと、細かい予報がはずれると、完全にはずれることになる。(たとえば、「九州全体に大雨」と予想するだけで、集中豪雨を予想しない。)
 後者だと、細かい予報ははずれても、おおまかには予報の範囲内になる。(たとえば、「九州全体に大雨だが、九州中部では局所的に集中豪雨で大水害が起こる可能性がある」と危険性を予想する。)
 
 後者は、難しそうだが、実はそうでもない。なぜなら、人間の予想ならば、これを予想することは比較的簡単だからだ。ベテランの気象予報士ならば、予想できる。実際、今回も民間の気象予報士は、きちんと予想した。下記に示した通り。
  → 熊本の水害(2020): Open ブログ

 ──

 ちなみに、ケインズの有名な言葉がある。
 「精確に間違うよりも、おおまかに正しい方がいい」
  I'd rather be vaguely right than precisely wrong.



 [ 付記 ]
 最近の将棋ソフトでは、評価関数のチューニングだけで、この分野のトップになれる。先に、藤井将棋の分析をした人は、将棋ソフト大会で1位になった「水匠」というソフトを作った人だ。では、この「水匠」というソフトをどうやって作ったのか? ものすごいプログラミング能力があったからか? 違う。
 現代の将棋ソフトはすべて、Bonanza というソフトの支流である。Bonanza が「評価関数」という方式(チェスソフトの方式)を導入して、これがそれまでの人力で作ったソフトを圧倒した。以後、すべての将棋ソフトは Bonanza の方式を踏襲した。
 ここで、Bonanza の方式は無償で公開されたが、使う条件として、そのソフトもまた無償で公開される必要があった。かくて、以後の将棋ソフトはすべて無償で公開されるようになった。(有償の将棋ソフトはほとんどなくなった。有償のものは、少しだけ、あるにはあるが、昔に開発されたもので、弱いものばかりだ。)
 現時点では、やねうら王というソフトのパーツを使うものが多いようだ。核心部分も、周辺部分も、ソフトはみんな公開されている。
 そこで、公開されたソフトの評価関数のパラメーターだけを自己流に調整するだけで、独自のソフトができるようになる。つまり、プログラミング能力はなくとも、パラメーターの調整能力だけで、この分野で最強のソフトを作ることもできる。……こうしてできたのが、「水匠」というソフトだ。
 以上について、詳しくは下記。
  → 弁護士にして最強将棋ソフト「水匠」開発者、杉村達也さん(33)インタビュー

 なお、この作者は、アマ五段の実力だということだから、そこそこ強い棋力の持主であることになる。その一方で、プログラミングの能力はほとんどない。本業は弁護士である。理系ですらない文系の出身者だ。(法学部卒)
 評価関数のチューニングをするということが、いかに重要なことであるか、上の話からもわかる。

 ただ、話の前提として、Bonanza というソフトでは「評価関数を使う」という原理があったことが重要だ。ここに着目して、(気象予報に)この方式の導入を提案するのが、本項だ。
 将棋ソフトでは、かつては人力でソフトをゼロから作るのが主流だったが、今では一変している。気象予想も、今では人力でソフトをゼロから作るのが主流だが、今後は一変するべきだ。
posted by 管理人 at 23:59 | Comment(3) |  地震・自然災害 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に [ 付記 ] を加筆しました。かなり長い。

 ──

 本文中では、誤字や誤記が少しあったので、修正しました。
Posted by 管理人 at 2020年07月10日 07:47
気象庁の高解像度ナウキャストで1時間後の雨の動きを見ても現在降っている雨の領域が流れていくだけで、新たに雨が降り出す領域や雨が止んでしまう領域はシミュレーション出来ていないように感じています。実際に降るか降らないかは雨粒の核生成とか成長、実際に降雨になるかならないかは上昇気流と雨粒の質量の関係とかが絡んできてまだまだ難しいのかもしれないのか感じています。
Posted by 権兵衛 at 2020年07月10日 09:37
 最後の少し前に [ 補足 ] を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2020年07月10日 12:24
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ