2020年07月04日

◆ 藤井聡太の特徴(将棋)

 藤井聡太の将棋の特徴は、佐々木勇気や木村一基との対戦を見るとわかる。

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 ※ 本来ならば「藤井七段」と書くべきなのだろうが、どうせもうすぐタイトルを取って「八段」になるに決まっているので、「七段」と書くのはつまらない。だから、段位なしで書く。


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 朝日新聞に、佐々木勇気との対戦の解説記事がある。無料で全文を読めるので、読むといいだろう。
  → 藤井七段、鮮やかな妙手順 名人戦・B級2組順位戦1回戦:朝日新聞

 解説にあるように、両者で攻め合ったが、途中で藤井は手を戻した。つまり、攻勢の手を止めて、自陣の守備に手を入れた。すると、あれよあれよという間に、薄かった後手陣は一挙に強固になり、難攻不落になってしまった。先手陣は攻撃の手がなくなって、お手上げ状態となった。形勢の差がはっきりと出て、後手は投了した。

 両者の感想が興味深い。
 対局直後、佐々木は少し戸惑いを見せながら、「詰むか詰まないか、ギリギリの勝負だと思っていたが、攻めを余されて(=しのがれて)負けるとは思わなかった。読みにない手を多く指された。新しい感覚を感じた」と語った。
 藤井は△7九竜以下の妙手順を、いつから読んでいたのか。後日、記者が尋ねると藤井はこう答えた。「▲2四歩の局面で△5二金打まで読んで、際どいですが受かっていそうだと思いました」
 一般的に、詰むかどうかの直線的な手順は読みやすいが、攻めと受けの手が組み合わさった手順はプロでも考えづらい。数多くの選択肢がある中、藤井は20手近い複雑な手順を読んでいたことになる。

 後手は守備の手も考慮に入れて、20手近い複雑な手順をちゃんと読み切っていた。
 一方、先手はどうかというと、後手が守備に手を入れるとは考えていなかった。そのせいで、後手が守備に手を入れると、その時点以後の読みはすべてハズレてしまった。長い時間をかけた読みがまったくの無駄になってしまった。
 「詰むか詰まないか、ギリギリの勝負だと思っていたが、

 というのは、守備に手を入れずに「攻め合いの速度差」を考えていたのだろう。だが、実際には後手は守備に手を入れた。そのとたんに、それまでの読みが無効になったが、のみならず、後手の陣形はとても強固になった。つまり、先手の攻撃が大幅に遅れることになった。
 このことが大事だ。
 「自陣の守備に手を入れるということは、相手の攻めを遅らせる効果がある」
 換言すれば、
 「自陣の整備に1手を費やすと、敵の攻撃は2手遅れる」
 という感じだ。このことで、攻撃の速度に差が付くので、自分が有利になり、敵が不利になる。

 ──

 これは、大山流の「受けつぶし」とも言える。この方法が有効であることは、先日も述べた。
  → 藤井の妙手△3一銀: Open ブログ

 この大山流の方針は、とても強力で、高い勝率を誇れるのだが、現代将棋ではあまりはやらない。たいていの棋士は、「相手よりも少しでも速く攻撃する」ということを狙う。だから佐々木勇気はこう言った。
 「詰むか詰まないか、ギリギリの勝負だと思っていたが、攻めを余されて(=しのがれて)負けるとは思わなかった。読みにない手を多く指された。新しい感覚を感じた」と語った。

 佐々木勇気は「新しい感覚」と言ったが、別に新しいわけではない。ただの大山流だ。ただ、こういう大山流は、現代の将棋ではあまり見られない。そういう「王者の方針」を藤井聡太は取っているのだ。

 なお、これに似た「守備の将棋」は、木村一基王位も取っている。ただし、「守備の人」である木村王位に対して、藤井聡太は何と、「攻めの継続で攻め倒す」というやってのけた。
 「細い攻めを続けて、最後まで攻めて、攻め倒す」というのは、将棋の一つの理想だが、普通はそううまくは行かない。細い攻めを続けることは(たまに)可能だが、たいていは、途中で息切れする。「攻撃と王手を長々と続けるが、最後は手持ちのコマを全部渡して、手駒なしになって、王手が続かない状態で、投了する」というふうになる。
 「細い攻めを続けて、最後まで攻めて、攻め倒す」というのは、滅多に見ることができない名人芸なのだ。ところが、藤井聡太は、それを木村王位に対してやってのけた。
  → 藤井聡太七段(17)パーフェクトゲームで王位戦第1局勝利

 藤井聡太は、「受けて立つ」という守備でも強いが、「細い攻めをずっと続ける」という攻撃でも強い。詰め将棋の強さが見事に発露している感じだ。
 この攻めの強さは、ちょっと尋常ではないね。
  → 棋譜 王位戦第1局 木村一基王位 対 藤井聡太七段

 なお、次の解説もある。
  → 中村太地七段が解説「ずっとアクセルを踏んだまま攻め続けて倒してしまった」

 ここには「▲4四桂と攻めたところは……数十手先を読み切っていないと指せないです」という解説がある。
 しかし、これはちょっと持ち上げすぎだ。藤井本人は、「読み切ったわけではない」という趣旨のことを言っている。つまり、「応手が多いので、ちょっと分からなかったです」と。( → 出典
 別に、数十手先を読み切ったわけではないのだ。実際、途中で長考をしている。ただ、解説陣でも見つけにくいような細い攻めをずっと継続するのが上手だということで、攻撃力が非常に強い人だということはわかる。

 ──

 以上の話を読んで、疑問に感じる読者もいるだろう。
 「守備と攻撃のどっちが強いんだよ」と。
 それには、「どっちも強い」と言うしかないね。
 ただ、その強さがどういう強さであるのかを、本項では解説した。単に「守備が強い」「攻撃が強い」と言っても、漠然としすぎているからだ。

 ──

 《 加筆 》
 ちょっと思いついたことがあるので、書き足す。
 佐々木勇気戦では、「攻めている途中で、手を戻して、守備に手を入れる」というふうにした。
 木村一基戦では、「攻めている途中で、手を戻して、攻撃の第二波の準備をする」というふうにした。(その間、自陣への攻撃を許した。)
 いずれにせよ「攻撃の一本槍」というのとは違って、攻撃に緩急がある。ここが名人芸並みだ。
 普通の棋士だと、細い攻めを続けるときは、途中で手を戻すことをしない。何が何でも王手を続けることが多い。そのあげく、「王手は追う手」となって、最後には息切れしてしまう。……そういう例が多い。
 藤井聡太は、そういう「玉砕路線」を取ることがない。無理をせず、緩急の呼吸を理解して、ちゃんと最後の詰み路線まで見通す。まったく、名人芸並みだ。



 【 関連サイト 】

 → 「藤井七段−佐々木五段は相掛かりの大激戦」
 → 「藤井七段−佐々木七段を振り返ろう」
 → 佐々木勇気の敗着 ▲2四歩 / Twitter

 《 注 》
 ▲2四歩は、仮にこの歩が残っていれば、あとで ▲2三歩成 △同金 ▲3二角 と打ち込むことで、攻めが継続するはずだった。
 ところが、その▲2四歩がうるさいので、後手は ▲2四角 と行って、うるさい歩を払ってしまった。するともはや、先手は手も足も出なくなってしまった。だから、敗着。
( ▲2四歩 を打った時点で、コンピュータの評価値が急激に悪化しているので、敗着となる。)
( では正着は? よくわからないが、私のヘボ将棋の棋力で言うと、▲6八銀引き だと思う。手持ちの銀が残っているので、この銀をあとで打ち込むことができる。)
 


 【 関連項目 】

 → 藤井聡太の特徴(将棋)2: Open ブログ
   ※ 本校の続編
 
posted by 管理人 at 22:03 | Comment(4) |  将棋 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ルールを知っている程度の人間が言うのもおこがましいですが、藤井さんは、受かっていると気づくタイミングが対局者よりも数手ほど早いのではないでしょうか?

なので、対局者からすれば、『Z』の状態に気づかぬまま藤井玉を攻め続けてしまい、攻めが切れて負けてしまう。

また、藤井さんは、速い攻めも得意なように思います。渡辺棋聖との棋聖戦第2局の△3一銀と受けてからの△8六歩▲同歩△8七歩と進めたところでは、急に攻めが速くなったように感じました。
Posted by 反財務省 at 2020年07月05日 00:27
三冠で九段もありえますよ。
Posted by けけ at 2020年07月05日 08:48
 最後のあたりに 《 加筆 》 の箇所を書き足しました。
Posted by 管理人 at 2020年07月05日 09:52
強い人は、なんでも出来るから強いんですよね。
相手からすれば、つかみ所がなく、読めない。

攻めばかりだと、「この人は次はこういう手を指してくるだろうな」という、大ざっぱな方向性が絞れる。受けばかりも同じ。

たまに「ゼネラリストなのにスペシャリストに勝つなんて凄い!」という意見をスポーツとか他分野でも聞くが、
実際は逆で、ゼネラリストだから強い。

もっとも、これは別に目新しい発想ではなく、2千年前の孫子ですでに述べられていることですが。

Posted by スイマー at 2020年07月05日 16:39
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