2020年06月15日

◆ スペイン風邪の教訓(コロナ)

 スペイン風邪は、100年前に大流行したが、2年間の流行のあとで、感染は縮小した。そこではマスクが貢献したらしい。

 ──

 マスク普及


 「スペイン風邪のときにもマスクが貢献した」
 という話を書くつもりでいたら、今朝のニュースで、早くも報道されてしまった。しまった、出遅れた!
  → 100年前の「スペインかぜ」でもマスク着用など呼びかけ | NHK
  → 「マスクかけぬ命知らず!」100年前から着用推奨 日本に根付く文化、新型コロナにも効果?

 先日の項目(マスクの話題 11 )では、「欧米でもマスクの効果が認められてきた」という話をした。そこでは、「欧米と違って、日本では以前からマスクをする文化があった」ということを前提としていた。
 ただし、このことは、「杉花粉で日本人がマスクをしていたおかげ」と思っている人が多いようだ。
 しかし、実は違う。杉の花粉症の流行が起こる前から、日本人には「インフルエンザのときにはマスクをする」という文化があったのだ。(欧米にはない風習だ。)
 そして、この風習が起こったのは、近年になってからのことではなく、何と 100年も前のスペイン風邪のときからのことだったのだ。

 ──

 そのことは、上のニュース記事でも記してあるが、私がそれを認めたのは、もっと前の朝日新聞の写真ゆえだ。
  → スペイン風邪流行時、マスク姿で通学する東京の女学生たち。1920(大正9)年1月11日

 ここには画像がある。特に、新聞記事の画像がある。(右上)
 この画像は、ネット上の画像では不鮮明かつ小サイズだが、新聞上の画像では鮮明かつ中サイズなので、文字が見て取れる。それをネットで探すと、同じ画像が見つかったので、転載しよう。


 「風邪除けマスクを忘れるな」
 という文字が見て取れる。 

 こうして、100年も前から「マスク文化」が日本に根づいていたことがわかる。
 そのおかげで、今日の日本では、欧米に比べて圧倒的に少ない感染者数・死者数で済むのだ。
 先人の創り上げた文化に感謝するべきだろう。それは欧米人の創り上げた「マスク嫌い」という文化とはまったく別の文化だからだ。

 欧米人はやたらとキスするのを見て、「いいなあ」とうらやましがっていた人もいそうだが、日本は、そういうキス文化はないかわり、命が救われるようになったのだ。(マスク嫌いにならずに済んだので。)

 ※ 杉花粉に感謝するのは、お門違いだ。

 死亡率


 朝日の記事によると、スペイン風邪の第二波では死亡率が高かったそうだ。
 100年前のインフルエンザの世界的大流行「スペイン風邪」は、日本国内で大小3度の流行(1918〜21年)を繰り返した。第2波は死亡率が第1波に比べて4倍超にはねあがった。
( → スペイン風邪、第2波は死亡率4倍超に 備えのヒントは:朝日新聞

 「死亡率が上がったのは、ウイルスが進化したからでは?」
 という想像も出ていたが、それはありえないだろう。死亡率を高くすると、ウイルスの宿主(人間)が死んでしまうので、感染力がかえって弱まる。これでは、ウイルスの数を増やせない。進化の逆となる。
 ウイルスの進化とは、感染者数を増やすことであり、そのためには、弱毒化する方がいいのだ。インフルエンザという病気がこれほどにも感染力が強くて、長年にわたって大量の感染者を出しているのは、このウイルスが致命的ではない(死亡率が低い)からだ。スペイン風邪もまた、そういう過程をたどったすえに、現在の普通のインフルエンザになった。(現在の普通のインフルエンザは、スペイン風邪の子孫だ。豚インフルエンザもまたそうだ。)

 ──

 では、スペイン風邪の二年目には、なぜ死亡率が急上昇したのか? そのことは、記事には書いてないが、数字を見れば見当が付く。

    流行患者死者致死率
     第一波  2116万8398人  25万7363人  1.22% 
     第二波   241万2097人  12万7666人  5.29% 
     第三波   22万4178人    3698人  1.65% 
    合計 2380万4673人  38万8,727人  1.63% 

          出典:Wikipedia


 第二波では、致死率は(第一波の)4倍に上がっているが、死亡者数そのものは、4倍になるどころか、半減している。
 これはどうしてかというと、感染者数が8分の1に激減しているからだ。
  ・ 感染者数は8分の1
  ・ 死亡者数は2分の1

 この二つの数字を見れば、どちらも減っているので、「状況は改善している」と言えるのだが、致死率という数字だけを計算すると、その数字は4倍になっているわけだ。

 ──

 では、どうしてこういうことが起こったのか? 
 「ウイルスが強毒化したからだ」
 というのは、一つの説だが、まずありえない。そういうこと(進化の逆)は、原理的に起こりそうにないからだ。上述の通り。

 もっと合理的に説明が付く。こうだ。
 「1年目に大流行した。このことで、たいていの人はすでに感染して、免疫を獲得している。その免疫は、翌年にもいくらか続く。だから、たいていの人は翌年には感染しにくくなるので、翌年には感染者数が激減する。(8分の1に減る。)
 一方、例外的な人もいる。それは、免疫力の弱い人だ。たとえば、高齢者などだ。これらの人々は、免疫力不足なので、翌年にも感染する。しかも、これらの人は、免疫力の弱さゆえに、死亡率も高い。
 結局、翌年には、免疫的な意味での弱者が、感染して、死んでいった。一方、たいていの人は、感染しなかった。だから、感染もしないし、死ぬこともない、というふうになった」

 対比的に書くと、こうだ。
  ・ 普通の人 …… 1年目に感染して、2年目には感染しない。
           (どちらにしても死なない。)
  ・ 免疫弱者 …… 1年目にも2年目にも感染して、多くが死んだ。


 では、3年目は? このウイルスで死ぬような人は、すでにほとんどが死んでしまった。生き残っているのは、「このウイルスでは死なない」というような人々だ。だから、これらの人々の間では死亡率が低かったのだ。(「生存バイアス」という概念で説明できる。)

 以上で、合理的に説明できた。

 ──

 ただし、もう一つ、大事なことがある。
 「 100年前にも、(写真からわかるように)人々はこぞってマスクを使っていた。だからこそ、100年前にも、日本ではスペイン風邪をうまく収束させたのだ」

 このことは、本項の前半で述べたことから推察できる。
 
( ※ 正確には、マスクをあまり使わなかった外国の場合と、対比する必要がある。ただしそれは面倒なので、省略する。……外国でも、2年目、3年目では感染規模が縮小したのだが、それは、日本よりも若干、ペースが鈍かったのではないか、と推察される。)

 新型コロナでは? 


 スペイン風邪の歴史から、教訓を得るとしたら、新型コロナについては、どう言えるだろうか? 

 外国はともかく日本では、感染爆発は起こっていない。だから、現時点では免疫を獲得した人も少ない。いまだにたいていの人が「感染しやすい」という状況にある。
 死者はどうか? 「死にやすい人はみんな死んでしまった」ということはない。したがって今後も多めの死者は出るだろう。それが数年間も続くだろう。ただし、時間的には長く続くが、その分、毎年の死亡者数は低めになるだろう。また、死者数が多めになるとはいえ、例年のインフルエンザの死者数と比べて、もっと多くなるかどうかは微妙だ。(対して違わない、というふうになるかも。)

 まあ、あまり悲観的にも楽観的にもならない方がいいようだ。
 ただし、だからといって、「無為無策でいい」ということにはならない。超高齢者で死者が出るのはやむを得ないだろうが、超高齢者以外では、余計な死者を出さないようにしたい。
 そのために必要なのは、アビガンの早期投与だ。これで超高齢者以外の人命は助かるはずだ。
 問題は、政府がちゃんとアビガンを承認してくれるかどうかだ。政府の承認が遅れて、第二波に間に合わないようだと、超高齢者以外でも多くの被害が出そうだ。……その一例が、岡江久美子さんだ。彼女のように、あなたも死ぬかもしれない。それは、政府の承認が間に合うかどうかで決まる。

 ※ 慎重派の意見が強いと、結果的には死亡者が多大に出る。「副作用があるかもしれないので」と過剰に心配するせいで、人命を多量に失う結果になる。「60歳以上の人は妊娠で催奇性があるかもしれない」ということを考えるせいで、多大な死者が出る結果になる。……いかにも馬鹿げているが。

 ※ 専門家が馬鹿なことを推進するというのは、「マスクの効果を否定する」という前例でも生じた。それと同様に、専門家の馬鹿げた判断のせいで、日本人は多大な人命を失うことになるかもしれない。



 【 追記 】
 あとで調べ直すと、次のことがわかった。(いずれも 英語版 Wikipedia から。)

 (1) 変異

 大きな変異はなかったようだ。
 最初の波の感染から回復した人のほとんどが免疫性になったという事実は、それがインフルエンザの同じ株であったに違いないことを示しました。 これはコペンハーゲンで最も劇的に示されました。 コペンハーゲンでは 、致死率の低い第1波にさらされたため、合計死亡率はわずか0.29%(第1波では0.02%、第2波では0.27%)で逃れました。残りの人口にとって、第二波ははるかに致命的でした。
( → Google 翻訳

 「免疫があったので同じ株であった」とわかる。そのことから、株が変わるほどの大きな変異はなかったとわかる。

 小さな変異はあったかもしれない。それを窺わせる記述もあるが、はっきりと断定するほどのことでもないので、「真偽不明」としておこう。

 (2) 日本と世界

 日本と世界を比べると、日本は明らかに被害が少なかった。
 日本では、1919年7月までにインフルエンザによる死亡が257,363人であり、推定死亡率は0.4%であり、データが入手可能な他のほとんどすべてのアジア諸国よりもはるかに低くなっています。 日本政府は、パンデミックが襲ったとき、本島への往復の海上旅行を厳しく制限しました。
( → 同上 )

 ただし、第一波と第二波の比較では、日本も世界も同様であったらしい。第一波と第二波の比較では、日本では死者数が半減したが、英国でもほぼ同様であったそうだ。
  → グラフ (出典
  ※ Three pandemic waves: weekly combined influenza and pneumonia mortality, United Kingdom

 (3) 第三波

 日本以外でも第三波は著しく収束したようだ。
 1918年後半に致命的な第2波が襲った後、新しい症例は急激に減少しました。第2波のピーク以降はほとんど何もありませんでした。 たとえば、フィラデルフィアでは、10月16日までの週に4,597人が死亡したが、11月11日までにインフルエンザはほぼ市内から姿を消した。
( → 同上 )


 (4) 外国のマスク

 外国でもマスクは推奨されたそうだ。たとえば、下記。
 1918年の秋にサンフランシスコでスペイン風邪の症例が発生し始めました。……顧客にサービスを提供する職業(理髪店、ホテル、下宿の従業員、銀行の窓口係、薬剤師、店員など)はマスクを着用する必要がありました。 10月25日、市は「サンフランシスコのすべての居住者と訪問者は、公共の場や2人以上のグループで食事をするとき以外はマスクを着用する必要がある」という条例を可決しました。
( → Google 翻訳

 外国でもマスクを使って感染拡大を阻止したようだ。
 ただしそれは一時のことであるにすぎず、それが歴史に根づいて今日まで続くことはなかったようだ。むしろ「マスクは失礼」という逆の文化が形成されるに至った。



 [ 補足 ]
 百年前の新聞記事の日付からわかるように、マスク推奨がなされたのは、1920年1月である。つまり、2シーズン目の冬だ。
 では、1シーズン目はどうだったか? 爆発的な感染があったことから、「マスクはしていなかったのだろう」と推察できる。人々は、何の心構えもできていないうちに、あれよあれよと感染の波が押しよせて、それに呑み込まれてしまったのだろう。なすすべもなく。
 ただ、そう思っても、「1年目にはマスクが普及していなかった」という証拠がないので、根拠が薄いと思えた。「ない」ことの証明は難しい。

 しかし、そこは困ったときの Openブログ。うまい解決策がある。それは、名探偵に頼んで、論理を働かせることだ。すると、こうわかる。
 「1年目には、マスクを普及させるつもりがあろうとなかろうと、どっちみち、マスクを普及させることは不可能だ。なぜなら、大量のマスクは存在しないからだ。例年の何十倍ものマスクを一挙に生産しようとしても、不可能である。それは、今年のアベノマスクを見ても、わかることだ。
 1918年に感染が始まったあとで、マスクの大量生産に取りかかったのは、おそらく春先ごろからだろう。そして、春・夏・秋という時間をかけて、全国民の分をまかなうだけのマスクを生産できた。そこで、2シーズン目にはマスクの推奨をした」
 こうして論理によって証明できた。(1シーズン目にはマスクが普及していなかったことが。)

 ※ なお、ガーゼマスクに(本人への)予防効果はあるかというと、「ある」というのが私の見解だ。なぜか? ウイルスを阻止することはできなくても、「保温・保湿」の効果があるからだ。このことは、私がかねて述べていたことだ。
   → マスクで予防: Open ブログ



 【 関連サイト 】

 (1) ロックダウン

 スペイン風邪の征圧にはロックダウン(社会的距離)が有効だった、という説がある。それは統計的にも実証されている。
  → フローレンス ナイチンゲール博物館の見どころ スペイン風邪 100年
  → How they flattened the curve during the 1918 Spanish Flu

 これは感染症学会では「世界的な常識」となっている。だからこそ、岩田健太郎、忽那賢志、西浦博といった専門家は、「マスクよりも外出規制を」というふうに唱えるのだろう。
 しかし、である。ロックダウン(都市封鎖)がそれなりに有効だとしても、「都市封鎖をしなければスペイン風邪を征圧できない」というものでもない。実際、日本は都市封鎖なしでスペイン風邪を制圧したそうだ。
 スペイン風邪が広がった大正期には、国が要請という形で「お願い」し、国民が自粛で「答える」という、現在の「自粛要請」につながる原型が見える。罰則付きの規則や都市封鎖がある欧米とは対照的だ。
( → 「終わらないパンデミックはない」磯田道史さんと疫病史 :朝日新聞

 現在の日本と同じく、強権のない要請という形で、「自粛要請」がなされただけだった。それでも日本では、スペイン風邪の第一波と第二波をしのいだのだ。


インフルエンザによる死亡者数の月別推移(日本)
spainflu-jp.png
出典:(東京都健康安全研究センター)


 都市封鎖なしでも急激な減少が起こっている。しかもピークは 11月であることから、マスクが間に合ったはずもなく、マスクの効果でもないとわかる。
 つまり、感染の急激な減少は、都市封鎖の効果でもなく、マスクの効果でもない。となれば、残る理由はただ一つ。「集団免疫」だ。国民の大半が感染したので、もはやそれ以上には感染しなくなったのだろう。

 以上のことから、こうわかる。
 「スペイン風邪の流行の阻止には、ロックダウン(社会的距離)が有効だ、と見なされてきたが、それは誤認だった。欧米と日本のデータを比較すれば、ロックダウン(社会的距離)の効果などは、ほとんどなかったとわかる」


 薬の効果があったかどうかは、対比実験をしなければわからない。それが常識なのだが、ロックダウンについては、その対比をしなかった人々が、「ロックダウンは有効だった」と結論した。しかし、都市封鎖のなかった日本と対比すれば、「都市封鎖があってもなくても、感染の急減は起こった」と判明するのだ。つまり、「ロックダウンにはほとんど効果がない」と判明する。

 ※ 日本では第二波の死者数がかなり多いが、米国では第一波の死者数が圧倒的に多い。これは不思議に思えるかもしれないが、次の二点に注意。
  ・ 英国でも日本と同様であった。
  ・ 日本の死亡率は 0.4%と低く、世界では 5%と高かった。

 出典は → Wikipedia 英語版


 (2) 不衛生

 スペイン風邪については、ナイチンゲールの功績も有名だ。という時は野戦病院で大量の死者が出ていたが、ナイチンゲールは「病院の不衛生が原因だ」と見抜いて、衛生の確保を徹底した結果、死亡率を 42%から5%に激減させた。
  → フローレンス・ナイチンゲール - Wikipedia
  → イギリスといえばロビンマスクとナイチンゲール|note

 第1次大戦における戦死者の大半は、戦場で死んだのではなく、野戦病院で(感染症ゆえに)死んだのだ、という話は有名である。

 ※ 感染症には、スペイン風邪のほか、傷口から感染するタイプの感染症(破傷風など)も含まれる。特に「トイレの清掃が有効だった」「看護婦の手洗いが有効だった」ということから、そのことが窺われる。

posted by 管理人 at 23:59| Comment(8) |  感染症・コロナ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に 【 追記 】 を加筆しました。かなり長い。
Posted by 管理人 at 2020年06月16日 07:34
第一波で2000万人以上の人が感染したということは、当時の人口で半数近い人が感染したわけで、マスクの効果はあまりなかったといえるのでは?
当時のマスクの普及率や性能は分かりませんが。
Posted by あさひ at 2020年06月16日 14:18
 朝日の記事にあるように、マスク推奨の啓蒙は 1920年1月のもの。マスク推奨は、2年目のシーズンのものがほとんどだと思う。
 1年目のシーズンは、なすすべもないうちに、あれよあれよと大感染が広がったのだろう。こうなると、もはやマスクをしても手遅れだと思う。日本中が感染したあとでマスクをしても意味がないので。
 2年目には、感染前にマスクをしたことで、予防ができたのだろう。

 なお、マスクの性能は、ウイルスの吸入阻止はできなかっただろうが、呼吸時の飛沫の放散は防げただろう。その点では、今のマスクと同様だ。
(自分よりも周囲の感染を防ぐ。)
Posted by 管理人 at 2020年06月16日 17:05
 最後に [ 補足 ] を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2020年06月16日 19:11
 死亡率の「謎」?について。

(1) ウイルスの変異
> ウイルスの進化とは、感染者数を増やすことであり、そのためには、弱毒化する方がいいのだ。(中略)
 そういうこと(進化の逆)は、原理的に起こりそうにないからだ。上述の通り。

⇒ 長期的にはそうなんでしょうね。いっぽうで、下のリンク@の論文(p.13)によると、病原体の適応度 R0 の式は、宿主の死亡率 α と伝染率(再生産数?)β のトレードオフのかたちになっていますので、短期的には強毒性のほうに変異する可能性もあるようです。ただしスペイン風邪に限定すれば、本文[追記]の(1)のとおりに、強毒性に変異した証拠はないようです。下のリンクAの論文(p.10)にも、その旨の記載があります。

 @ https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikatsueisei/53/3/53_3_145/_pdf
 A http://jsv.umin.jp/journal/v60-1pdf/virus60-1_9-16.pdf

(2) 筆者主張の「生存バイアス」
>・ 普通の人 …… 1年目に感染して、2年目には感染しない。(どちらにしても死なない。)
>・ 免疫弱者 …… 1年目にも2年目にも感染して、多くが死んだ。

⇒ この推定にもほぼ同意します。本文追記(1)の記載に関連して、興味深い知見がありますので提示します。これも、上のリンクA の論文(p.9末尾〜p.10冒頭)からです。

 以下要旨。
 「コペンハーゲンでは、感染者数・死亡者数共に第1波の方が少ないものの、死亡者数は第2波の方がはるかに多いとの報告がある。
 Morensらの2008年の論文によると、保存されていた96検体の当時の肺標本について、致死的な細菌性肺炎の病理像が見てとれると同時に、ある特定の細菌(肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、ブドウ球菌等)が集中的に見つかっている。これは、第2波では、併発性肺炎あるいはウイルス感染からの二次性細菌性肺炎によっての死亡例が多かったことを示唆する。
 さらに当時の論文から、特定の病院では特定の病原細菌が高率(80〜100%)で剖検した肺から検出されている。つまり、院内での細菌感染が多くあったと推定される。現代のように院内感染・防止の概念は当時存在せず、それへの注意がなされなかったためと思われる。
 また、第1次世界大戦中の出来ごとで、軍隊の多数の若者の移動が感染を拡大させたという社会的要因も加味される」

 この知見を、当初の筆者の推定とあわせると、

 @ 第1波(1年目)
  ・普通の人も感染するが軽症⇒当然入院する人は少ない⇒結果的に院内二次感染例は少なく、死亡者は少ない。
  ・免疫弱者は多く感染⇒中等〜重症者も出たが、まだこの病気の恐ろしさが知られておらず、入院する人は少ない⇒以下同じ。
  ・総じて、当然に免疫弱者は普通の人より多く重症化から死亡するが、院内二次感染例が少なく、全体の死亡者は少ない。いっぽうで普通の人にも感染者は多かったため、感染者死亡率(致死率)はさらに低くなった。  

 A 第2波(2年目)
  ・普通の人の感染者は少ない。ただ、第1波の経験から軽症でも病院に送られる人が多くなった⇒院内二次感染で死亡する人も一部出た。
  ・免疫弱者も第1波よりは感染者が少ない。ただ、病院に送られる人は多くなった⇒院内二次感染が多発して死亡者が多くなった。
  ・また、(欧州においては)戦場の若者は、後方に送られて無条件に入院させられた⇒不衛生な野戦病院で院内二次感染が多発し、死亡者が多く出た。
  ・総じて、戦場を除けば感染者は少なく、院内二次感染による以外の致死率は低かったが、院内二次感染例が多かった影響で全体としての致死率は第1波の時より高くなった。

 いかがでしょうか? 本ブログの3月4日付の記事「◆スペイン風邪の謎」(下のリンクB)で「高齢者では基本的にほとんどが生き残った一方で、青年層では大量の死者があった」ことを提示されていましたが、これについても、それなりにうまく説明できるのではないでしょうか。
 ※ 第2波の時期には戦場で感染がまん延し、当然に兵士(青年層)の感染者が多く入院した結果、院内感染で青年層の致死率が高くなった。

 B http://openblog.seesaa.net/article/473861144.html

(3) 補足
 1回目に感染した時よりも2回目のほうが症状が重くなる「抗体依存性感染増強(ADE)」という現象が(今回のワクチン開発に伴って)話題になっていますが、これは、ネコ腸コロナウイルス感染症、SARS、MERS、デング熱で確認されているだけだそうなので、スペイン風邪のようなH1N1型インフルエンザには関係ないかと思います。
Posted by かわっこだっこ at 2020年06月16日 23:56
 Posted by かわっこだっこ at 2020年06月16日 23:56

> ※ 第2波の時期には戦場で感染がまん延し、当然に兵士(青年層)の感染者が多く入院した結果、院内感染で青年層の致死率が高くなった。

 すみません、上の文の冒頭、「第2波」を「第1波」に訂正します。第1次大戦は1918年11月までなので、第1波のほうがあてはまります。ただ、1919年以降(第2〜第3波の時期)にも、東欧・ソビエトなどで戦争は複数あったようですが。
Posted by かわっこだっこ at 2020年06月17日 00:57
  かわっこだっこ さんの話を読んだあとで、最後に 【 関連サイト 】 を加筆しました。(かなり長い。)
Posted by 管理人 at 2020年06月17日 07:51
 かわっこだっこ さんの話は、院内の二次感染を大きな理由とするもので、それなりに説得力はありますが、この話は一般化できないでしょう。
 欧米の各都市のグラフを見ると、第一波と第二波の比率はそれぞれ、てんでバラバラなので、共通の原理があったとは思えない。
 また、欧米と日本における感染率の差も、見逃せない。(影響の形は不明。)
Posted by 管理人 at 2020年06月17日 13:00
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