2020年06月01日

◆ 岩田健太郎はマスク嫌い 2

 ( 前項の続き)

 ──

 前項では、岩田健太郎のマスク論の難点を、いろいろと指摘してきた。
 さて。ここで、問題の本質を考えよう。

 岩田健太郎のマスク論には難点があるが、どうしてそういう難点があるのか? 彼はただの馬鹿だとは思えないのに、どうして正常な認識ができないのか? WHO や CDC は 過去の認識の誤りを認めて、方針を転換したのに、どうして岩田健太郎は同じことができないのか? どうしても間違いにこだわるような特別な理由があるのだろうか? あるとすれば、それは何か? 

 ここで私が名探偵ふうの推理を働かせよう。それは、こうだ。
 「岩田健太郎は、医師としての立場にこだわるから」

 換言すれば、こうだ。
 「岩田健太郎は、公衆衛生の立場がないから」


 これはどういうことか? 物事の認識の背景としては、次の二つがある。
  ・ あくまで一人一人の個人にこだわる。
  ・ 個人よりも社会全体を考える。

 これは「個と全体」という対比で理解できる。

 一般に、医者というものは、「個人」を重視する。目の前の一人の患者を治療することを最優先する。ドラマではしばしば、そういう医者が「善人」として描かれる。
 一方で、「自分の研究は将来の患者の命を、何十万人、何百万人も救う。目の前の一人一人を救うよりも、ずっと多くの命を救うのだ。(だから私の方がずっと偉いのだ)」という医学部教授も描かれる。たいていは、「悪人」ふうに描かれる。
 たとえば、ドクターX(大門未知子・米倉涼子)が、卓抜な医療技術で、目の前の一人の命を救う。
 一方で、癌治療薬の研究をしている大学教授が、「何間百万人も救う」と偉ぶる割には、目の前にいる一人を救えない。

 そして、こういう対比をしながら、テレビドラマでは、「目の前の一人を救うことこそが大事だ」(#)というふうに訴えることが多い。たとえば、「 Dr.コトー」というテレビドラマでは、まさしくそういう言葉(#)が語られた。

 岩田健太郎もそういう立場なのだろう。医師として、あくまで一人一人の患者を救おうとする。
 だからこそ、マスクの有効性を考えるときも、「そのマスクをした人本人にとって有効か」ということだけを考える。あくまで患者本位の発想だ。
 「マスクをすると有効ですか?」
 という質問に対しては、 
 「マスクをすると、マスクをした患者本人にとって、メリットがあるか?」
 というふうに考えるわけだ。そして、その上で、
 「マスクをしても、マスクをした患者本人にとっては、メリットがない」
 というふうに答えるわけだ。
 
 これはいかにも医者らしい発想である。

 ──

 一方で、それとはまったく別の発想がある。それは「社会全体における効果」を考える発想だ。「マクロ的な発想」と言ってもいい。
 ここでは、「一人の患者が何かをしたらどうなるか?」という発想は取らない。「社会全体で、人々がいっせいに何かをしたら、社会全体はどうなるか?」ということを考える。

 これは、経済学では、よくなされる発想だ。通常、次のようになる。
  ・ 一人の個人が消費を増やしても、何の効果もない。
  ・ 社会全体で人々が消費を増やすと、消費が増えたせいで生産が増えて、そのせいで給料が増えるので、ますます消費が増えていく。
   (インフレ・スパイラル or 景気拡大という現象だ。)

 マクロ経済学では、社会全体の行動の「一斉変化」を見ることで、ただの個人行動を越えた別の真実を探り当てることができる。

 これを医療や健康の分野に当てはめたのが、「公衆衛生」という発想だ。ここでは、一人一人の行動や状態を見るのではなく、社会全体の行動や状態を見る。

 そのすえに、マスクについては、こう考える。
 「一人だけがマスクをしても、ほとんど何の効果もない。だが、社会全体でマスクをすると、感染を減少させる効果がある」

 つまり、岩田健太郎とは逆の結論が生じる。
 そして、それが、公衆衛生という立場だ。(医者の立場とは異なる。)

 ──

 結局、岩田健太郎は、医者としての立場にこだわるせいで、公衆衛生の立場からは考えていない。個人の視点にこだわるせいで、集団や社会の視点がない。だから個人の立場からマスク不要を唱える。
 しかし今は、個人の治療よりも、社会の感染防止が目的となっているのだ。彼はそのことを理解できていないようだ。
 
 新型コロナの危険を下げるには、一人一人の個人がいくら努力をしても駄目で、社会全体で危険を下げる努力をするしかない。
 たとえば、アメリカやブラジルで感染者数が激増している。こういう状況で、個人が努力して、「外にでなければ安全だ。外出を減らして、家に留まろう」と言っても、効果は限定的だ。社会の全員がいつまでもずっと家に引きこもっているわけには行かないからだ。必ず、いつかは外出して、食料などを買い込む必要がある。
 では、代わりにどうすればいいかというと、個人ではなく社会の全体が感染防止の努力をすればいい。それが「マスク義務化」による「全員マスク」という状況だ。
 ここでは、「個人ではなく社会全体で対処する」という発想の転換が必要なのである。……そのことを、岩田健太郎は理解できていない。

 ──

 なお、「個人ではなく社会全体で努力することが大切だ」ということについては、次の二点で説明できる。
  ・ 理論的には、後述の [ 付記 ] を参照。
  ・ 実証的には、次項で科学的なエビデンスを示す。(予定)



 [ 付記 ]
 「個人ではなく社会全体で努力することが大切だ」ということについては、理論的に説明できる。それは、次の二点だ。

 (1) 接触感染

 感染経路の大半(8割以上)は、接触感染である。飛沫感染は2割以下であるにすぎない。
  → 接触感染とマスク: Open ブログ の (1)
 したがって、社会的距離を保っても、感染防止はできない。社会的距離で防げるのは、飛沫感染だけであって、接触感染ではないからだ。たとえば、感染者がテーブルに飛沫を飛ばして、そこに他人が手で触れば、感染は起こりやすい。このとき、感染者と他人とは、距離が近づく必要はない。常に 100メートル以上 離れていても、感染は起こりうる。(別々の時間に)「同じ場所に触った」ということだけで。

 外出規制も同様だ。外出を 90%減らそうが、99%減らそうが、残りの 10% や 1% だけで接触感染は起こりうる。
 このことを典型的に示す言葉が、「スーパースプレッダー」という概念だ。ほとんどの人が最大限の努力をしていようと、残りの少数の人がマスクをしなければ、彼がスーパースプレッダーとなって、あちこちに飛沫をまきちらして、そこから接触感染が起こる。
 韓国では初期に、そういう状況(爆発的な感染)が起こった。マスクをしないスーパースプレッダーがいたからである。

 (2) 無症状者

 マスクをすることが大切なのは、次のことからわかる。
  → 症状がない人もマスクをつけるべきか?(忽那賢志)
 
 ここで示されているように、発症前の無症状者が感染させる。発症後よりも、発症前の方が感染力は強いのだ。
 だから、「無症状の人がみんなマスクをする」ということで、社会的に感染を抑止することができるのだ。上の記事を見れば、そのことがわかるはずだ。

( ※ ただし、せっかく立派な話を書いているくせに、著者の忽那賢志は、「無症状者のマスクが大切だ」と結論しない。忽那賢志は、岩田健太郎と同じで、マスク嫌いだ。だから、「マスクは重要だ」ということを示すエビデンスを見ても、「マスクは重要だ」という結論を言葉に出すことはできないのだ。自縄自縛というか。……なお、この件は、前にも述べた。 → マスクの話題 8: Open ブログ )



 【 関連項目 】

 →  マスクの話題 8: Open ブログ

 ※ 岩田健太郎でなく忽那賢志の話。この人もまたマスク嫌いで、マスクの効能をあくまで否定する。この二人は、仲が良さそうだ。「きみはマスク否定論、僕もマスク否定論。仲良きことは美しきかな」という感じ。



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posted by 管理人 at 23:59| Comment(9) |  インフルエンザ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も感染防止にマスクが重要であると思っている。
大都市で電車が込み合っているにもかかわらず、大感染が起こらないのはマスクの効果だと思う。
マスクは自分を守るためでもあるが、他人に感染させない効果がある。
最近では簡単にマスクが入手できるようになった。すべての人が外出時にはマスクをしてほしいものだ。
しかし、マスクをしていない人を時々見かける。正しく恐れてほしいものだ。
言い方は悪いが、恐れさせるのも意味がある。その方法としての緊急事態宣言やマスコミの報道は効果的だと思う。
Posted by df at 2020年06月02日 09:01
 緊急事態宣言を言ったとき(4/7)の時点では、専門家会議はまだマスク推奨を言っていませんでした。

 専門家会議が、マスク推奨を言ったのは、5/4 からです。
  http://openblog.seesaa.net/article/474937404.html

 ※ 政府でマスク推奨を最初に言ったのは、3月31日の安倍首相でしょう。アベノマスクとして推奨された。ただし政府の示す行動指針となるには、5月になるまで日がかかった。

 ※ 岩田健太郎と忽那賢志は、いまだにマスク否定論です。
Posted by 管理人 at 2020年06月02日 09:37
マスクの必要性は多くの人が賛同していると思う。
問題はそうではない人に、いかにしてマスクをつけさせるかだ。
日本人は、やはり首相や知事にしたがう傾向があるから、その点でも緊急事態宣言やロックダウンなどのメッセージは効果的だろう。
確かにマスクの必要性をしっかりと早めに出していれば良かったのかもしれない。
首相のアベノマスクは不要という人もいるが、メッセージ性はあったと思う。
とにかく、いろいろな手段で感染を防ぐことが必要であろう。
Posted by df at 2020年06月02日 12:03
> 緊急事態宣言やロックダウンなどのメッセージ

 そんなものはまったく不要であり、「マスクをしろ」と直接言うべし。つまり、マスク義務化。
 だけど、専門家会議は、どうしてもそれを言わない。政府もそう。だから私が批判している。

 「マスク義務化を訴えるために、緊急事態宣言やロックダウンなどのメッセージを出す」というのは、見当違いすぎる。
 岩田健太郎は、「マスクは不要だから、緊急事態宣言やロックダウンなどのメッセージを出す」と言っているし。

Posted by 管理人 at 2020年06月02日 12:19
マスク義務化に言及しようとしないのは、マスクを頑なに拒否するトランプ大統領に忖度して、、、、、いるわけないか。。。
Posted by 反財務省 at 2020年06月02日 16:06
居酒屋に行ってマスクしながら飲み食いできないでしょう。
Posted by df at 2020年06月02日 21:31
>「マスクをしろ」と直接言うべし。つまり、マスク義務化。
賛同します。
しかし、しない人の多くは義務化しても守らないだろう。
コロナが怖いものだと思わせなきゃ。
Posted by df at 2020年06月02日 22:11
 義務化は、店や電車に当てはまります。マスクをしていないと、店内に入れないし、電車にも乗れません。駅構内にも入れません。

 飲食店は、2人ならばいいが、3人以上は駄目、というルールでよさそうだ。
 家族ならば3人以上でもいい。ただし大人は二人まで。
Posted by 管理人 at 2020年06月02日 23:54
了解しました。
ありがとうございました。
Posted by df at 2020年06月03日 10:23
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