2020年05月31日

◆ 岩田健太郎の釈明

 岩田健太郎が、批判的な「公開質問状」を受けて、釈明している。

 ──

 これは次の一連の記事だ。
  → 「感染爆発を押さえた西浦博先生の『本当の貢献』とは」【緊急連載@】
  → 「日本で感染爆発が押さえられた要因とはなんだったのか」【緊急連載A】
  → 「感染対策も分析も西浦先生だけに『依存』してはいけない」【緊急連載B】
  → 「科学は検証を経て、真実に少しずつ近づいていく」【緊急連載C】

 藤井聡という人が、専門家会議の尾見・西浦という二人に公開質問状を書いた。それに対して、この二人は回答しないようだ。そこでネットメディアが、(口の達者な)岩田健太郎にインタビューする形で、岩田健太郎の意見を掲載している。

 原文は、上のリンクを見ればわかるが、以下では私が簡単にまとめよう。


 【 注 】
 以下で述べることを一言で要約すれば、こうだ。
 「岩田健太郎の話は、論点そらしだけだ。内容は空虚である」
 これで話は尽きている。だから、面倒ならば、以下の話をいちいち読む必要はない。


 ──

 元の批判(公開質問状)の趣旨は、こうだ。
 「緊急事態宣言よりも前に、感染減少が始まった。だから、緊急事態宣言には効果がなかった」

 この批判は、まったく妥当だろう。(本サイトと同様の見解だ。この話は、前項でも詳しく展開している。)

 ただし、インタビューがなされた時点では、5月29日版の報告はまだ出ていなかったので、元となるデータは5月1日版の報告だ。
 用いたグラフは、3月27日でなく、4月1日がピーク日である方のグラフだ。(前項を参照)

 では、この批判に対して、岩田健太郎はどう答えるか?

 もちろん、内容は上記の記事を読めばわかるが、その内容を一言でまとめると、こうだ。
 「正面からまともに答えていない。のらりくらりと論点そらしをするだけで、話を逸らしているだけだ。まともに答えていないのだから、何とも評価できない」

 ここでは、岩田健太郎の見解を「正しい」とか「間違っている」とか評価することはできない。むしろ、「回答がない」と評価するべきだ。
 とにかく、質問に対して、回答をしていない。質問とは別の話題で、のらりくらりと自説を述べているだけだ。「論点逸らし」「回答逃れ」というしかない。

 ──

 もう少し具体的に言おう。質問に対してまともに答えるなら、次のように答えるべきだ。
 (1) 感染減少が始まった時期は、緊急事態宣言のよりも前である。(4月1日ごろ)
 (2) 緊急事態宣言よりも前に感染減少が起こったのだから、感染減少の理由は、緊急事態宣言の効果ではない。
 (3) 緊急事態宣言の日(4月7日)以後では、感染減少の上積みがない。
 (4) 4月7日以後では、感染減少の上積みがないのだから、緊急事態宣言の効果はなかった。


 この四つを答えれば、正解となる。しかし、その正解を答えたら、公開質問状の批判をそっくりそのまま受け入れることになってしまう。また、これまでの自説や、専門家会議の主張を、「誤りだ」と認めることになる。
 だから、素直に「誤りでした」と認めればいいのだが、どうしても「誤りでした」と認めたくない。だから、上の4点については、否定する。

 では、どういうふうに? こうだ。
 「(1)(3) のグラフ認識については認めるが、(2)(4) の論理的結論については認めない」

 こういう形で、否定する。
 詳しくは、以下の通り。

 ──

  (1) 感染減少が始まった時期は、緊急事態宣言のよりも前である。(4月1日ごろ)


 これについては、素直に認める。5月1日の報告のグラフを見れば、一目瞭然だからだ。


c-hasshoubi.png


 これを見て、(1) のことを素直に認めた。
 また、専門家会議は、別のグラフで、同じことを認めた。(ただしピーク日は4月1日でなく、3月27日となるグラフだ。そして、それを見て、「ピーク日が4月1日である」と認定した。……詳しくは前項。)

  (2) 緊急事態宣言よりも前に感染減少が起こったのだから、感染減少の理由は、緊急事態宣言の効果ではない。

 
 緊急事態宣言は4月7日なのに、4月1日に感染減少が起こっているのだから、感染減少の理由は緊急事態宣言ではない。未来は過去に影響しないからだ。
 これは、論理的に考えて、当たり前のことだ。まともな頭があれば、すぐにわかることだ。だから、朝日新聞はこれを素直に認めた。( → 前項 )
 しかるに、岩田健太郎は、(2) のことを認めない。のらりくらりと論点そらしをして、認めようとしない。
 質問とは別のこと(西浦モデルのこと)などを、あれやこれやと語るばかりであって、(2) のことについてはまともに答えようとしない。
 論理的思考ができない(間違った論理展開をする)のではなく、論点そらしをして、まともに回答しない。

  (3) 緊急事態宣言の日(4月7日)以後では、感染減少の上積みがない。


 緊急事態宣言に効果があるならば、4月7日以後では、感染減少の上積みがあるはずだ。特に、4月7日以後には、急激な減少があるはずだ。しかし、そんなものは、グラフには見て取れない。
 このこと自体については、岩田健太郎は認めている。(別記事で。)
 一般の方たちが全く外に出なければ新規の感染は出ないわけですから、クラスター班の西浦博先生が予測したように、宣言を出してから2週間ほど経つとガクッと感染者が減るはずでした。
 それでも、ガクッとは減らなかった。
( → 「PCR検査論争」が不毛な理由 同調圧力が支配する日本の感染症対策を考える

 ここまではいい。

 (4) 4月7日以後では、感染減少の上積みがないのだから、緊急事態宣言の効果はなかった。


 緊急事態宣言に効果があるならば、4月7日以後では急激な減少があるはずなのに、そんなものは、グラフには見て取れない。とすれば、緊急事態宣言に効果がなかったことになる。(あるはずの感染減少がないからだ。)
 これは、論理的に考えて、当たり前のことだ。まともな頭があれば、すぐにわかることだ。
 しかるに、岩田健太郎は、(4) のことを認めない。のらりくらりと論点そらしをして、認めようとしない。
 質問とは別のことを、あれやこれやと語るばかりであって、(4) のことについてはまともに答えようとしない。
 たとえば、話は全国のことであるのに、「兵庫は例外だ」と言って例外を示して否定する。だが、兵庫は院内感染のせいで感染が増えたという特殊事情があるだけだ。
  → https://j.mp/2ZMAcht
 こういう特殊事情を持ち出して、主題となる話を否定するのは、ただの詭弁であるにすぎない。
 だいたい、元の批判は、それ自体が何らかの主張をしているわけではない。専門家会議の説(2週間後にガクッと減るという主張)が成立していないことを示して、専門家会議の説の自己矛盾を指摘しているだけだ。
 それにまともに答えるのなら、「自己矛盾はない」というふうに答えるべきだ。なのに、そうしないで、相手の批判の一部を捉えて、見当違いの話をしている。元の論点とは無関係なことで、あれやこれやと話をしている。

 ま、その話自体は、特に間違った話をしているわけではない。「感染減少のために外出をなるべく減らしましょう」というのは、(効果は少ないにしても)「まったくの間違い」というわけではない。だから、その主張自体には、それなりの意味はある。
 だが、そんな話は、今回のテーマとは関係ないのだ。「専門家会議の説には自己矛盾がある」というのがテーマなのだ。
 なのに岩田健太郎は、そのテーマとは無関係の方向に話を展開して、それなりに正しそうなことと開陳している。そして、それを読んだ人々(はてなブックマークの人々)は、「なるほど。御説ごもっとも。正しい主張だ」というふうに感服する。……ここでは、「元の批判には答えていない」ということが、まったく見逃されているのだ。

 こういうのは、一種の論理的ペテンである。詐欺師の手口だ。手品師にも似ている。人々の注意を別の方面に向けることで、肝心の点では「目くらまし」みたいなことをして、人々をだましてしまうのである。
 そして、その手品みたいな論理的展開に騙された人々は、「おお、すごい」と拍手喝采するのだ。
 
 ──

 以上の論点そらしについて、いちいち具体的に示そうかとも思った。だが、論点そらしの話など、いくら示したところで、退屈なだけだろう。
 また、私がいちいち指摘しなくても、まともな論理力のある人ならば、すぐに自分で気づくだろう。
 だから、本項ではいちいち具体的に記すことはしないで、「岩田健太郎の話は、ただの論点逸らしにすぎない」というふうに基本構造を示しておくだけに留める。

 ──

 そもそも、「何が虚偽か」という話は、特に大事なことではない。そんなことはいちいち説明する必要はない。

 その一方、「何が真実か」は、大切なことだ。そこで、そのことについては、前項で詳しく説明した。そこで説明は済んでいる。だから、本項ではいちいち詳しくは示さない。(真実・正解については。)

 本来ならば、個別の論点ごとに、
  ・ 元の批判
  ・ 岩田健太郎の回答文
  ・ 正解(真相)

 という順で示すべきなのだろう。だが、元の批判は短いのに、岩田健太郎はものすごく多大な分量で、やたらと論点そらしの話をしている。
 これでは、個別の論点ごとに対比をすることもできない。(論理的なノイズがやたらと多くなるからだ。)
 そこで、「正解は前項で述べました」と記すだけにして、個別の論点ごとに記すことはしないでおく。

 本項では、岩田健太郎がいかに「論点逸らし」「回答逃れ」をしているか、ということを説明した。あとは、読者の各人が、岩田健太郎が読者を煙に巻くさまを、見物すればいいだろう。
 いわゆる「ご飯論法」というのが、見事に展開されている。
 Wikipedia から引用しよう。
 ご飯論法は、議論における言い逃れや論点のすり替えの手法。「朝ご飯は食べたか」という質問を受けた際、「ご飯」を故意に狭い意味にとらえ、(パンは食べたにも関わらず)「ご飯(白米)は食べていない」と答えるように、質問側の意図をあえて曲解し、論点をずらし回答をはぐらかす手法である。
( → ご飯論法 - Wikipedia

 岩田健太郎の話は、この手の話ばかりだ。安倍首相の答弁と同じ。

posted by 管理人 at 23:59| Comment(1) |  インフルエンザ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こうして分かりやすく看破・解説してくださって嬉しいです。
管理人のような真っ当な方がブログを書いてくださってるお陰で、社会・世論の歪が嫌というほど分かります。
Posted by 名無し at 2020年06月01日 13:56
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