2020年03月05日

◆ 特措法改正は必要か? 

 新型インフルエンザ対策特別措置法(略:特措法)を改正する方針が決まった。その必要性の是非を考える。

( ※ 医学でなく、法律論です。法学部の人向け。)


 ──

 もともとは、新法を立法する予定だった。
 「新型インフルエンザ対策特別措置法では足りないので、別途、新規立法をする」というふうに。

 ところが、それでは時間がかかりすぎるということで、特措法の改正で済ませることにしていた。このことで、与野党合意ができたそうだ。
 自民党の森山裕、立憲民主党の安住淳両国対委員長は5日午前、国会内で会談し、新型コロナウイルス感染に対応する新型インフルエンザ対策特別措置法改正案について、12日に衆院を通過させることで合意した。13日にも成立する見通し。自民、立憲両党は5日午後に、参院での法案処理について協議、調整を急ぐ。
( → 特措法改正案、13日にも成立 新型コロナ、与野党調整急ぐ:時事ドットコム

 合意ができたというのは、とにかく安倍首相としては、「急いで緊急事態宣言の権利を手に入れたい」ということのようだ。その意図は、「イベント中止や休校を命令する法的根拠を得たい」ということらしい。

 では、このようなことは、法的には必要なのか? むしろ余計なことではないのか? ……こういう観点から、法的な問題を考えよう。

 ──

 話は(法律論で)専門的になるので、初めにいきなり結論を箇条書きで示しておく。(まとめ)

  ・ 特措法にある緊急事態宣言は、必要ない。
  ・ かわりに、検疫法と政令で足りる。実際、そうした。
  ・ 政令が遅れたのが問題だ。それは法律より行政の問題だ。
  ・ 法律の穴はある。しかしそれは、政令で埋める仕組みだ。
  ・ 法律改正は、特に必要ない。むしろ迅速な政令が大事だ。
  ・ 法律改正は、隔離のためならば、あってもいい。
  ・ 法律改正は、一斉休校のためならば、不要だ。


 このあと、細かな議論を進めよう。

 ──

 テーマは、こうだ。
 「クルーズ船の乗客のうち、感染疑惑者(陰性者)を陸上施設に隔離したいが、それは法的に可能か?」


 これについては、次のように、「不可能だ」という答えになるそうだ。
 「クルーズ船の乗客のうち、感染者(陽性者)を隔離することは、法的に可能である。しかし感染疑惑者(陰性者)を隔離することは、法的にはできない。いったん下船させたら、野放しにするしかない」

 では、どうするか? 
 陸上施設に隔離することのかわりに、日本の領土に上陸させずに、船内に留めることにした。これならば、検疫法で可能だからだ。

 しかし、その結果、「船内で感染者がやたらと増えすぎた」(クルーズ船がウイルス培養器になった)という大失敗になった。……この点については、次の記事が参考になる。
  → クルーズ船の隔離は「失敗」だったのか、専門家が語る理想と現実 | ニューズウィーク日本版

 ともあれ、以上のことから、次のように結論される。
 「感染疑惑者(陰性者)を隔離することができるように、法的に整備するべきだ」


 これが一応、結論となる。

 ──

 では、法的に整備するとは、どういうことか? 
 逆に言えば、現行法には、どういう問題があるか? それを知るために、情報を得ようとして、ネット上でググってみた。すると、これをきちんと論じたページがあった。
 今回の新型コロナウイルスの性質的には新型インフルエンザ等感染症への対策がもっとも当てはまりが良さそうである。こちらは感染しているかもしれない者を宿泊所に停留させることもできるし、新型インフルエンザ等対策特別措置法の第二十九条に従って宿泊所の同意を得ないで使用するある種の強制収用も可能である。
 しかしながら、感染症法第六条ではこれに該当するのは新型・再興型インフルエンザに限られており、新型コロナウイルスを当てはめることが出来ない。新型インフル特措法では新感染症を新型インフルエンザ特措法でも扱う規定があるが、こと検疫と停留については検疫法第十六条第二項(狭義の新型インフル、宿泊所に停留できる) と第三十四条〜第三十四条の四(新感染症、病院にしか停留できない)の違いがそのまま持ち越される仕組みになっており、新型コロナウイルスに新型インフル同様の対応ができない法律の穴になっているように思われる。
( → 新型コロナウイルス騒動についての雑感(隔離問題について)|ショーンKY|note

 現行法には、感染症法、インフルエンザ特措法、検疫法、などがあって、絡み合って現実に対処しているのだが、それぞれの領域からポツンと漏れてしまっている部分がある。穴のように。……そこに、新型コロナが当てはまってしまった。
 かくて、新型コロナは「法律の穴」に該当するという形で、法律の網から漏れてしまって、うまく対処できないのだ。
 そういう問題が生じていたのだ。

 では、それでどうにもならなくなったかというと、そうでもない。現実には、政令で対処された。というのは、もともと「政令で定めた感染症」という形で対処できるような規定があるからだ。
 そこでさっそく、新型コロナを「新たに適用する感染症」に認定する政令を発した。かくて、現行法(検疫法)でもうまく対処できるようになった。下記の通り。
 今回の新型コロナウイルスの扱いは過去の新型コロナウイルスであるSARSやMERSに準じて二類感染症への指定のようで、検疫法第二条第三号指定のため、感染者の隔離も感染の恐れがある者の停留も、いずれも対象外としている。このため、武漢チャーター便の件では、隔離も停留も法的根拠がないので「自主停留」という形で勝浦のホテルに泊まっていたようである。この問題に対応するため、2/13に改めて隔離・停留を例外的に可能にする政令が出されている。

 2/13付けの新しい政令で隔離が可能になったほか、(検疫法)第16条第2項が適用されたことにより新型インフルエンザ同様の宿泊所への停留が可能となっている。
 新感染症に指定した場合検疫法第三十四条〜第三十四条の四を適用され隔離・停留ともに入院措置になっている。
( → 新型コロナウイルス騒動についての雑感(隔離問題について)|ショーンKY|note

 法律の条文は、下記で見られる。
  → 検疫法
  → 新型インフルエンザ等対策特別措置法
  → 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律

 検疫法第二条第三号で「政令で定めた感染症」という指定があるので、これによる指定によって、感染疑惑者も隔離できるようになる。
 というのは、検疫法第16条第2項が適用できるからだが、第16条第2項には、(第14条に示した)船舶上の感染疑惑者を収容できるというという規定があるからだ。( ※ 第14条の話は、上記文書にはないので、私の見解。)
 つまり、新型インフルエンザ特措法だと、新型コロナにはうまく対処できないが、検疫法第二条第三号と第14条と第16条第2項と政令の組み合わせなら、何とか対処できるわけだ。

 ──

 では、それ(政令で片付けること)で話は済むかというと、そうでもない。
 政令で定めるというのは、「不測の事態に対する対処」としては柔軟な規定だが、「重大な事柄は(政令でなく)法律で決める」という法治主義の立場からすると、ちょっと恣意的に見えすぎる。
 それだったら、「きちんと法律で決めた方がいい」という立場も出るだろう。そこで今回は、「きちんと法律で対処したい」ということのようだ。

 さらに、安倍首相としては、「検疫法よりも特措法の方が、強大な権力を行使できるので、好都合だ」(緊急事態宣言によって独裁的に振る舞える)という思惑があるようだ。

 その結果が、今回の与野党合意に結びついたようだ。
  ※ 野党としては、「もともと民主党政権時代につくった法律だし、そこに新型コロナを適用対象とするだけさ」と思ったのかもしれない。

 まあ、こういう法改正は、「あり」だろう。政令を使うという形の運用は、法律の正規の運用とは違うので、法改正をするということは特に悪くはない。

 実は、「政令による運用」という例外的な方針は、今回が初めてではない。2009年の豚インフルエンザのときよりも前からあるのだ。
 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
 第七条 指定感染症については、一年以内の政令で定める期間に限り、政令で定めるところにより、

 という形で定めている。これは 2007年の規定だ。

 ──

 ただ、私なりに考えを言えば、こうなる。
 政令でなく法律で規定するという方針は、あってもいい。だが、それは、必要だとは言えない。そうしなくても、既存の法律と政令という形で、クルーズ船の感染疑惑者を隔離することは可能だ。
 ここでは、「現行法ではできない」というふうに否定的に考えるべきではなく、「現行法でも政令を下せばできるようになる」と肯定的に考えるべきだ。
 そして、そうだとすれば、何よりも大切なのは、新事態において迅速に政令を下すことである。決して、新たな法律を制定したり、既存の法律を改正したりすることではないのだ。そういうことをするのは、法律の筋を通そうという主義主張の問題であるから、今あわててなすべきような事柄ではないのだ。事態が収束して落ち着いたあとで、じっくりと新規立法でも何でもすればいい。
 危機にさらされている事態のさなかにあっては、新法なんかをいちいち考えるべきではない。その必要性はない。それよりもむしろ、既存の法律の枠内で、政令を使って対処するべきなのだ。
 これこそが本筋だと言えるだろう。



 [ 付記1 ] 
 上記の引用文書(法律解説)には、次の文句もあった。
 「クルーズ船の3千人超を一気に一度に病院に収容するとなると、短期間での下準備では確保が不可能であるように思われる」
 しかし、その問題は解決できる。五輪選手村を使えばいいからだ。

 [ 付記2 ] 
 クルーズ船の乗客を陸上に隔離するとしたら、大切なのは、法制度を整えることよりも、それを実行する実行部隊を整備することだ。
 現状では、各地の医師の寄せ集めで DMAT が構成されたが、これが量的にも質的にもまったく不足していたということは、すでに明らかである。(岩田氏の報告からもわかる。)
 この問題を解決するには、「専門の防疫隊を創設せよ」というふうに提案しておいた。そちらを参照。
  → (感染対策の)防疫隊を創設せよ: Open ブログ

 ともあれ、大切なのは、法律論よりも、行政における体制の方なのだ。安倍首相は「法律が足りないから、うまく対処できない」と思っているようだが、違う。「首相がやるべきことをやらないから、うまく対処できない」のだ。より根源的には、「首相が無能だから」である。法律の不整備のせいなんかではないのだ。

( ※ 首相の能力が足りないだけなのに、首相の権力が足りないと思い込んだ。それがこの騒動の理由だ。)

( ※ 本質的に言えば、大混乱の「どさくさまぎれ」で、「焼け太り」の形で、権力の拡充をしよう、というわけ。独裁体質だね。)
 
posted by 管理人 at 21:13| Comment(1) |  インフルエンザ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。この件につきましては続編を書きましたので、ご参考にしていただければと存じます。

新型インフルエンザ等特別措置法ではなく感染症法を改正すべき
https://note.com/kyslog/n/n8ad1aad84a65
Posted by ショーンKY at 2020年03月12日 12:25
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