2020年01月27日

◆ DMAT(災害派遣医療チーム)をやめよ

 首都直下地震などの大災害時に、DMAT(災害派遣医療チーム)を使うのをやめるべきだ。さもないと、かえって被害を増やしてしまう。

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 首都直下地震などの大災害時に、DMAT(災害派遣医療チーム)を使うべきなので、これをもっと充実させよ……との論調がある。本日の朝日新聞の特集記事。

 首都直下地震が起きた場合、多くの負傷者が出ると予想されるが、東京都内の救急病院や救命救急センターなどの4割が、外部からの医療支援がないと全ての負傷者に対応しきれない恐れがある。こんな推計結果を、厚生労働省研究班がまとめた。
( → (災害大国 いのちを守る)救急病院4割、対応困難 首都直下地震、都内で推計1.2万人入院:朝日新聞

 記事は、医療資源が不足していることを前提とした上で、現状では問題点があってうまく運用できていない、と指摘している。
 災害時、現場での治療や被災した医療機関の支援に当たる「災害派遣医療チーム(DMAT〈ディーマット〉)」。阪神・淡路大震災を機に全国で設立された。2018年7月の西日本豪雨でも多くのチームが活動したが、安全の確保や情報共有の在り方をめぐり、課題が浮かび上がっている。
( → (災害大国)DMAT、手探り 災害派遣医療チーム:朝日新聞

 具体的な運用例は、下記だ。
 救急科部長の世良俊樹さん(42)は、DMATの装備を積んだ車に乗り込み、近くの現場に向かった。
 民家の裏山が崩れ、1階に土砂が流入。50代の女性が体を挟まれていた。救助されたらすぐに治療できるよう待機していたが、激しい雨で道は川のような状態。土砂崩れが再び起きる恐れも出て、約1時間後に撤退した。女性は救助されたが死亡が確認された。
 病院にはその後、あちこちで生き埋めが発生しているとの情報が入る。
 署では119番通報の電話が鳴りっぱなしで、通報内容が次々とホワイトボードに書き出されていく。
( → (災害大国)DMAT、手探り 災害派遣医療チーム:朝日新聞

 ここでは、次の二点が重要だ。
  ・ 現場に急行したが、待機した末に、死亡を確認しただけで、治療なし。効果もなし。
  ・ その一方で、治療を必要とする通知が多大にあったが、そちらには行けなかった。


 これは何の問題か? 医療の問題か? 違う。医療をできなかったという問題だ。つまり、資源配分の問題だ。有効な資源の量が限られているときに、いかに無駄なく有効に資源を使うか、という問題だ。
 似た話題は、経済学の「最適配分」の問題に似ている。そこでは「市場原理における価格調整」という原理で、最適配分が可能となる。(パレート最適や、ワルラス均衡)
 だが、救急医療は価格で売買するサービスではないので、市場原理は無効だ。では、どうするかというと、これは オペレーションズ・リサーチ( OR )の問題だ。
 この問題が複雑であるときには、OR でさまざまな数がう的な手法を駆使することが必要となるが、災害時には、そこまで厳密に数学化するまでもない。(今は細かな調整までする段階に達していない。)
 とりあえずは、「最適配分が必要だ」という原理だけを理解しておけばいい。

 ──

 そう理解すれば、次のことがわかる。
 「災害時には、圧倒的に医療資源が不足する。ならば、限られた医療資源を、最も有効に運用するべきだ」


 このことから、次の結論が得られる。
 「医療資源を、遊ばせてはならない。つまり、待機や派遣という、医療以外のことのために医療資源を休ませてはならない」


 ここから、次の結論が得られる。
 「医療資源を現場に派遣するという DMAT の方針そのものを否定するべきだ。かわりに、救急車で患者を病院に運ぶべきだ」


 なぜか? そうすれば、医師や看護婦は、病院において休みなく働くべことができるからだ。自動車で派遣されている時間もなく、現場で待機する時間もなく、病院において休みなく働くことができる。これこそ、医療資源を最大限に発揮できる方法だ。
 逆に言えば、「医療資源を医療以外の目的(派遣や待機)のために使おう」という方針( DMAT の方針)は、間違っているのだ。このような方針は否定されねばならない。

 ここの医者は、目の前の患者を何としても救おうとする。「目の前の患者を救えなければ、何のために医者になったんだよ」というふうに語る熱血的な医者もいる。(テレビの医療ドラマの主人公。)
 しかし、目の前の1人を救うせいで、背後にいる 10人の患者を見捨てることになる……というのが、大災害時なのだ。ここでは、「救おうとすればするほど、かえって被害が増えてしまう」という逆説が成立する。逆に、「目の前の1人を見捨てることで、背後にいる 10人を救うことができる」という発想が重要なのだ。

 このことは、「トリアージ」という発想にも似ている。救えそうもない瀕死の患者を無駄に救おうと努力するよりも、まさしく救える命を救うべきなのだ。そのためには目前の一人を、あえて見捨てるという冷徹な判断が必要となる。それは、「人を死なせる」という決断であるから、非常に困難な決断だ。だが、そういうつらい決断をすることで、死者数を最小化することができる。

 なお、このことは、コードブルーという医療ドラマで取り上げられていた。
 灰谷は諦めきれない。
 そばにいて同じく負傷した女性が、その男性が自分の結婚相手であり、結婚式に向かう途中の事故だったことを灰谷に伝え、「何とか助けてほしい」と涙ながらに訴えたからだ。
 灰谷はその状況下で、女性の必死の願いに背いて救命を諦めるのか、助かる見込みのない男性の蘇生を続けるのか、という選択に迫られてしまう。
( → コードブルー3 第7話 感想

 ──

 話を戻そう。
 災害時には、医療資源が圧倒的に不足する。
 東京都内の救急病院や救命救急センターなどの4割が、外部からの医療支援がないと全ての負傷者に対応しきれない恐れがある。
( → (災害大国 いのちを守る)救急病院4割、対応困難 首都直下地震、都内で推計1.2万人入院:朝日新聞

 こういう状況では、DMAT なんかに医療資源を向けずに、救急病院で集中的に治療するべきだ。
 それが結論となる。

 ただし、である。それだけだと、現場において必要な治療を受けられない被災者が出て、救われるはずの人命が救われなくなる、という問題が生じる。
 たとえば、手術などは必要なくて、ただの内科的治療を受けるだけで済むような重症患者を、内科医が治療する機会がなくなる、というふうな問題だ。
 その一方で、救急病院では、内科医は手術することもできないまま、無駄に手持ち無沙汰に遊んでいる……という事態も起こりそうだ。
 これだったら、(外科医はともかく)内科医については、現場に派遣した方がいい……という判断も生じるだろう。

 ──

 このような「齟齬(そご)」ないし「ミス・マッチ」については、次のように提案したい。
 第1に、気管挿管や、エピネフリン投与が可能である「救急救命士」を大幅に増やすこと。(これが内科医のかわりになる。部分的には。)
 第2に、内科医に外科的治療を任せることができるように、内科医に外科的治療を研修させること。


 順に述べよう。

 (1) 救急救命士

 気管挿管や、エピネフリン投与や、輸液の投与は、救急救命士もできる。できる範囲の詳細は下記。
  → 救急救命処置の範囲:Wikipedia
 こういう応急治療はできるのだから、(内科医の代替としての)救急救命士を増やすべきだ。

 このことは、すでに理解されているので、実際に救急救命士はどんどん増えつつある。
  → 第2-5-9図 救急救命士の推移
 つまり、問題の解決は、実際になされつつある。とはいえ、いまだに十分ではない。
 救急救命士を運用している救急隊は年々増加し、全国4965隊の救急隊のうち95.9%にあたる4763隊となっている。また、救急救命士の資格を有する消防職員は2万7827人であり、うち救急救命士として運用されている救急隊員は2万2118人である。
( → 救急救命士 - Wikipedia

 この数は、大きな数ではあるが、まだまだ足りない。首都圏大震災で莫大な数の負傷者が出ることを考えれば、日本全国で「2万2118人」というのは、まだまだ数が足りない。

 (2) 内科医

 内科医が外科的治療をする(手術する)というのは、一見、無謀なことのようだが、無謀ではない。そもそも、医者の資格には、それらの区別はない。Dr.コトー みたいに、離島にいて、あらゆる科を一人で診療することもある。
 もちろん、内臓の奥を手術するような高度な手術は無理だろうが、(命に関わらない)手足の筋肉や皮膚の縫合ぐらいなら、内科医でもできるはずだ。そして、災害時には、このような中程度〜軽度の被災者が多く来るはずだ。ならば、それらの患者が、(トリアージで見放されて)放置される代わりに、内科医が簡単な縫合などをする方がいいだろう。
 といっても、いきなりそうしろと言われても戸惑うだろう。だから、常日頃から、内科医に向けて「災害時の外科的治療」という訓練をさせるべきだ。今は手術用の練習器具も充実しているのだから、それらの練習器具を使って、切開や縫合などの練習をすればいい。場合によっては手足切断などの訓練もするといいだろう。
( ※ コードブルーでは、手足切断の場面もあった。悲惨な現場なので、精神力が必要となる。技術よりは、精神力が必要となる。)

 ともあれ、以上の二点を用いることで、医療資源の総量を増やすことができる。このような形で、現場における医療不足や、救急病院における医療不足など、問題となる点をいくらか解決できるはずだ。
 そして、そういうことをなすのに最も大切なのは、「目の前の一人を救う」という人道主義ではなくて、OR やトリアージなどの冷徹な判断力なのである。そこを理解することが大切だ。

( ※ 朝日の記事は、そこをまったく理解できていない。そのせいで、かえって死者を増やすことになる。DMAT を重視する発想が、まさしくそれだ。)



 [ 付記 ]
 緊急医療というのは、素人にはわかりにくい点も多い。
 たとえば、災害時においては、「手足を重量物(コンクリなど)で挟まれて、動けなくなってしまう」という事例が頻発する。
 ここにおいて、「一刻も早く引き上げてあげよう」と思う人が多いだろうが、そういう発想は、かえって人を死なせてしまう。
 このことは、次のように説明される。
 クラッシュ症候群は,災害時に手足や体幹・腹部などが長時間圧迫を受け,筋肉細胞が崩壊するなどして細胞内からカリウムやミオグロビンが遊離し,急性腎不全や代謝性アシドーシスをきたす病態.がれきの中から助け出された被災者などによく発生する.
( →  クラッシュ症候群

 正しい対処は? 素人がいきなり体を引き抜いたりしないで、医療的に輸液などの処理をしてから、体を引き抜くことだ。
 治療は発災直後の現場から始める必要があり,特に救出前(圧迫解除前)から輸液を開始することが重要となる.
 カリウムを含まない生理食塩水などを,尿量 200 〜 300mL/hを維持できるように 1L/h 前後で輸液することが推奨されている.
( → クラッシュシンドローム

 というわけで、「救おうとしてた為が、かえって人を死なせてしまう」という逆説が起こる危険があるわけだ。緊急医療というのは、それほどにも難しいものなのだ。素人が素人判断でやればいい、というものではないのだ。
 なのに、「災害時には DMAT を派遣しよう」という発想を取るのが、朝日新聞や医療行政の関係者だ。彼らは「目の前にいる一人を救おう」と努力することで、病院に押し寄せる多大な患者を見捨てることになる。なぜなら、彼らは病院にはいないで、現場に向かう自動車の上に乗っているからだ。そのとき、患者を救うことはせずに、ただ自動車の席で無為無策に腰掛けているだけなのである。

 大切なのは、患者を救おうと思うことではない。まさしく手足を動かして、救う活動をすることだ。……その違いを理解できない人々が、「 DMAT を充実させよ」と言って、医者を自動車の上で無駄に休ませることになる。死者を減らそうと思って、かえって死者を増やしてしまう。
 合理的思考のできない善意ほど、始末に負えないものはない。だからこそ、合理的な判断をする OR(オペレーションズ・リサーチ)の発想が大切となるのだ。



 【 関連サイト 】
 大規模災害時には、医師不足がひどくなる。このことは、本項の冒頭でも記したが、理解できない人がいるようだ。(コメント欄にも来た。)
 そこで、具体例を示す。東日本大震災のときに、被災地では被害が多大になったので、医師(などの医療リソース)が大幅に不足していた。そのことを報じた記事がある。
 《 被災地の医師・医薬品不足が深刻 被災者の健康維持懸念 》
 東日本巨大地震の被災地で、医師、医薬品不足が深刻化している。定期的な投薬が必要な持病を抱えた高齢者や体調を崩す避難者は多いが、医療機関、避難所に薬が行き届いていない。また、看護師らがいても医師が不在で薬の処方ができない避難所もある。
 自衛隊のヘリコプターが着陸できるグラウンドからは連日、急病人が運ばれていく。医療スタッフは看護師のみ。医師が不在のため薬の処方はできない。
 約380人が身を寄せる同校の武道場で、被災者を見守るのは、津波に巻き込まれた公立志津川病院から避難した看護師や薬剤師。24時間態勢で常駐し、高齢者や幼児らを睡眠時間を削ってケアにあたっている。
 仙台市若林区の避難所、七郷小学校内の保健室に設けられた診療所ではさいたま赤十字病院(さいたま市)の医師ら6人が24時間態勢で診療にあたっている。日増しに患者数は増え、14日は約100人が受診。大半が下痢を訴えた。
( → 日本経済新聞 2011/3/15

 こういうふうに医師は圧倒的に不足している。こんな状況で、医師が DMAT として特定現場に派遣され、たった一人が救出されるのを何時間も待ち続けたすえ、最後には死体を看取るだけ……なんてことをやっていたら、救われる命も救われなくなる。
 こういう無駄な治療をやめて、治療を効率化させることで、救える命を最大化するべきだ。そのためには、無駄な治療をあえてやめるだけの合理的思考が必要だ。(それが OR だ。)
 こういうことは、当然のことであるのだが、どうも、医学のことばかりを考えている人には、理解できないようだ。
 病室に入りきれず廊下に横たわる患者。ホールで診察する医師−。東日本大震災で被災地周辺の病院は、続々と搬送されるけが人への対応で混乱が続いている。薬剤や自家発電用の燃料が不足する状況に、関係者は「まるで野戦病院」。医師や看護師らは不眠不休で治療にあたる。
 搬送者は千人以上。院内に入りきれない人のために、玄関の外に仮設の大型テントが設置され、寒さをしのぐお年寄りであふれている。
 「今はまだ医療機関として持ちこたえているが、今後はスタッフも医薬品も足りなくなる。この現状を被災地以外の人に知ってもらいたい」
( → 患者あふれ“野戦病院” 薬剤・燃料不足が深刻|北日本新聞 2011.03.14

 本項で話題にしているのは、こういう緊急時だ。なのに、緊急時について、平時の余裕ある体制の方針(目前の一人を全力で助けること)を援用しようとする人もいる。あまりにも危機意識が欠けていると言うしかない。甘すぎる。危機とは何かをまったく理解できていないようだ。

 《 注記 》

 医師の駐在する場所は、既存の病院だけでなく、臨時の病院(学校などを転用したもの)を含む。こういう臨時の病院を含めて、医師は病院に駐在するべきだ。あちこちの現場に出向くべきではない。
 どうしても現場に出向くならば、ドクターヘリに乗って、往復の時間を短時間にするべきだ。それなら無駄な時間は最小化されるからだ。
 ドクターヘリを使わないのであれば、かわりに自動車なんかでドライブしているべきではない。医者の仕事はドライブじゃない。

 
posted by 管理人 at 22:00| Comment(7) |  地震・自然災害 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
誤解があるようですが、DMAT隊員は被災地周辺の病院にも派遣され勤務します。全員が現場に行くわけでもないし、ドクター全員が病院にいても施設の稼働率が下がるだけ。

>>つまり、待機や派遣という、医療以外のことのために医療資源を休ませてはならない」

これもリソースの使い方としてめちゃくちゃ。
Posted by 細波 at 2020年01月27日 22:53
ご自分で引用されていますけど
「治療は発災直後の現場から始める必要があり,特に救出前(圧迫解除前)から輸液を開始することが重要となる.」
とありますよね。
つまり現場で処置しなければ手遅れになることが多々あるのが、救急医療です。病院でデンと待っていたら次々と死体が届きました。ということになりかねないからDMATがあるんですね。
 救急救命士にやらせろと考えられるかもしれませんが、彼らは診断する能力はありません。すべて医師の指示を受けて代理で行うだけです。そして指示を受けてもできる行為は限られています。一度大きな書店の医学コーナーで救急救命士のテキストをご覧になるとよいでしょう。彼らが行えるのはごく限られた「観察」だけで診断については教育をうけていません。
Posted by とおりがかり at 2020年01月27日 23:02
> ドクター全員が病院にいても施設の稼働率が下がるだけ。

 あなたの発想だと、医師は病院にはいないで、病院以外のところで遊んでいることになる。そんな馬鹿なことはありえない。

 そもそも災害時には、病院は野戦病院と化します。普段の病床数を圧倒的に上回るベッドが用意されて、医師の数は大幅に不足します。
 地下鉄サリン事件のときに聖路加病院がどうであったかを調べてから書きましょう。犬の手も借りたいほど、大幅な人手不足となります。
 小説では、ジェネラルルージュの凱旋という本に描写があります。

 そもそも、本項の冒頭にも、「災害時には大幅な人手不足」と記してある。あなたは人の話をまったく読まないで、(災害時には人手が大幅に余っていると)自分勝手な妄想ばかりを書いている。
Posted by 管理人 at 2020年01月27日 23:14
> つまり現場で処置しなければ手遅れになることが多々あるのが、救急医療です。病院でデンと待っていたら次々と死体が届きました。ということになりかねない

 そんなことはわかっています。だから、死なせればいいんですよ。本文中にちゃんと書いてあるでしょう。読めないの?
 大災害時には、医療リソースが圧倒的に不足します。大量の死者発生は不可避です。死者をゼロにすることはできません。平時ならば目前の死者を放置することはできませんが、災害時にはそうじゃないんです。目の前の一人を死なせる必要がある。
 はっきりと書いてあるのに、あなたはそれが読めないのだろうか? 読んでいるのなら、「目前の1人を救うために、他の 10人を死なせるべきだ。1人の命が 10人の命よりも大切だ」とはっきり主張しなさい。
 それができないのであれば、あなたは単に文章を読めないだけだ。
 
> 彼らが行えるのはごく限られた「観察」だけで診断については教育をうけていません。

 電子機器を使って、音声と画像を伝達すれば、医師による遠隔治療は可能です。また、輸液の投与も可能です。何もできないわけではないし、クラッシュ症候群からの回避ぐらいならば、訓練によって可能となります。(遠隔診断の併用を前提に。)
 こういう形で医療リソースを増やすことこそ、救える命の総量を増やすことにつながります。

 あなたは単に、「トリアージ」という概念を理解できないだけでしょう。だから、黄色や緑を救うことばかりを考えて、赤を救うことを考えていない。救急救命士の輸液で済む人を救うことばかりを考える一方で、意識をなくして出血している人を救うことを考えようとしない。
Posted by 管理人 at 2020年01月27日 23:22
 最後に 【 関連サイト 】 を加筆しました。
 大規模災害時には、医師が大幅不足になる、という実例。東日本大震災のときの新聞記事から。
Posted by 管理人 at 2020年01月28日 00:05
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjaam/18/9/18_9_652/_pdf

これでも読んでちゃんと現実を理解してください。
Posted by 細波 at 2020年01月28日 22:46
> これでも読んで

 あなたはまったく人の話を理解できていない。
 そのリンクは、列車事故という局所災害の場合です。ただ1カ所だけの災害ならば、DMAT は有効です。
 本項が述べているのは、局所災害ではなく、広域災害の場合。対象となる面積は、1万倍では済まず、百万倍ぐらいの面積となる。桁が違うんですよ。桁違いの規模の話をしている。
 
 上のリンクは、1カ所だけに派遣すれば、それで済む、という話。広域災害ならば、DMAT を1万カ所ぐらいに派遣することになる。その一方で、肝心の病院は医者不足で医者がいないまま、大量の患者が放置されるわけだ。
 あなたみたいなトンチンカンな発想を取ると、患者が万人単位で死ぬ。

 あなたであれ、政府であれ、「1カ所だけの災害では、DMAT が役立った。だから、1万カ所の災害でも、DMAT を使おう」と敷衍する。そのせいで、「 DMAT を使うためには、本丸である病院を空っぽにしてもいい」と結論する。

 敷衍的な思考がいかに間違っているか、ということを理解できない。
Posted by 管理人 at 2020年01月28日 22:57
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