2019年12月16日

◆ 加重出生地主義

 移民の導入に熱心な朝日新聞が、移民を増やすための新提案をした。「加重出生地主義」というもの。

 ──

 朝日の社説ではなく、論説委員の個人的見解ということだが、紙面で堂々とデカいコラムを掲載しているのだから、社の方針とまでは言えなくとも、大同小異であろう。
 一部抜粋しよう。(識者の意見の紹介、という形。)
 国籍を決める基準には大きく分けて二つの視点がある。親が外国人であっても子どもには生まれた国の国籍を与える「出生地主義」、親の国籍によって決まる「血統主義」。日本の国籍法は血統主義に基づいている。日本で生まれても親が外国人であれば、帰化の手続きをしないかぎり国籍は与えられない。
 「加重出生地主義」とは、両親が外国人でも、そのどちらかが日本生まれで、子ども自身も日本で生まれれば日本人とみなす考え方。つまり日本に暮らし始めて3代目からはルーツとは関係なく日本人にするという方法だ。
 「3世代にわたって日本に暮らし、日本語を話し、日本人の友人を持ち、社会に溶け込んでいるとすれば、事実上は日本人です。これならゆっくり進められるし良識にもかなっているでしょう」
( → (日曜に想う)国民になる人かも、と考えると 編集委員・大野博人:朝日新聞

 日本の血統主義に風穴を開けて、移民を適度に増やすことができるので、国際化の推進ができて、うまい方法だ……というのが、朝日の狙いだろう。毎度毎度、そういう発想だ。
( ※ 以前は「数を限定して移民導入」と言っていたが、そのヤバさに、ようやく気づいたらしくて、持論を修正したようだ。)

 ──

 私の意見は、以下の通り。
 このような方法は、数の帳尻あわせを狙ったものであろうが、質的には非常にまずいことになる。
 そもそも、現状では「血統主義」だけではない。「帰化」という方法がある。これによって、優秀な外国人は、一定期間後に日本国籍を取得できる。白鵬もそうだし、ラグビーのリーチマイケルなど、日本代表8選手も帰化した選手だ。
  → リーチマイケル、中島イシレリ……W杯日本代表の帰化選手は8名

 さらに追加で、最近また1名が帰化した。
  → グ・ジウォン 具智元 が帰化!日本国籍取得!

 こういうふうに続々と帰化できる状況があるのに、「三代目から帰化」というのでは、かえって移民にとっては不都合だろう。

 現状では「1代目から帰化できる」というのは、本人にきちんとした所得があるからだ。
 朝日の方針は、それを捨てることでのみ意味があるから、「所得のない難民が収容所で衣食住を保証されている」という囚人ふうの状況が3代続いたら、3代目からは国籍を与える、ということを意味するのだろう。しかし、これは非人道的すぎる。また、コスト的にも馬鹿げている。

 まったく、朝日新聞は何を考えているんだか。普段は結構まともな報道をするのに、移民問題になると、とたんに奇妙な理想主義になる。「大量の移民が押し寄せたら日本は破綻する」ということを理解できないまま、「空からお金が降ってくるので、移民を養う金はかからない」とでも思っているようだ。
 まったく、自分で金を稼ごうとしないで、固定読者の月決め料金で自動的に金が入ってくると思っているから、コスト意識が皆無なのだろう。
 「ちょっとはコストについて考えてから意見を出せ」
 と言ってやりたくなるね。

 霞でも食っているんだろうか。呆れるしかない。



 [ 付記 ]
 話を整理しよう。
 現状では、「正常な所得があれば、数年後の居住実績と日本語能力の獲得のあとで、帰化できる」というふうになっている。この枠外にあるのは、主として、正常な所得のない人だ。日本語力も不足している人が多い。仮に帰化すれば、生活保護や失業保険などのお世話になる恐れが強いので、国籍を得られない。たいていは国外追放となる。( ※ 期間終了後の技能実習生などが相当する。)
 朝日がこれを替えようとしているが、その意味は、実質的には、次のようになる。
  ・ 正常な所得のある人も、三代目までは帰化させない。
  ・ 正常な所得のない人を、帰化させて、生活保護や失業保険で助ける。

 前者も問題だが、後者がひどい。仮にこんなことを実行したら、世界中からわんさと移住希望者が押し寄せて、日本経済は破綻する。タダ飯を食えるのだから当然だろう。
 まったく、書生が考える理想論というのは、かかる経費を無視しているのだから、困りものだ。コスト意識のない空論だ。
 
posted by 管理人 at 23:40| Comment(2) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
別ブログにも書きましたが、そもそも移民と金をセットにしないとまずいですよね、、、。個人的には1人当たり数億円〜10億円の移民税(場合によっては永住権も兼ねてもいい)を徴収すべきと考えます。
Posted by やまさん at 2019年12月17日 17:30
これは、現代人にとって盲点とも言える大きな問題を擁している。公判間近(1月8日)であり、新聞で特集が次々組まれる相模原障害者殺傷事件と本質は同じである。昨日も最首悟氏のコメントが出た。最首氏は犯人の植松を薄っぺらで軽い考えというが、最首氏と共に暮らすダウン症の娘が、もし他人の娘であっても同じように自身の労力と財力をかけることを厭わないかと聴いてみたい。
津久井やまゆり園の障害者は、肉親縁者が養うのではなく、他人が養っている。外国人の障害者や難民をなぜ日本は養わないのか。南堂さんの仰ることは冷静に考えねばならない。
すべての生命は平等だとか、誰にも同じ生きる権利があるなどと当たり前のように有識者は言う。では世界の総ての障害者、難民を日本は救えるのか。そこに線引きがあることを有識者は考えていない。有識者の美しい主張には誰もが沈黙する。正義ゆえに表立って反論できない。表立って反論はできないが、私は嫌だと考える人が濁流のごとく世界を席巻しつつある。難民に対するメキシコの壁、EUのフェンス・・、格差の拡大による人間同士の壁・・。世界中で難民排除の極右が台頭している。
日本においても同じである。上級国民/下級国民と題した新書が販売1ヶ月で10万部を突破した。同じ日本人であっても赤の他人のために私の金を使われるのは嫌だという線引きもありうる。相模原障害者殺傷事件は、現代社会を覆うこの潮流が表面に現れただけである。この事件で有識者が考えねばならないのは、この潮流についてであると私は思う。若者が減っている。自ら生きていけない老人を、なぜ俺たちの金で養わねばならないのか。安楽死してもらった方が世のためではないのか。そういう主張をする政党が出てくる近未来が、私には見える。
Posted by SM at 2019年12月18日 09:10
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