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統合失調症は、最も広く知られた精神疾患であるが、その原理は長らく謎とされていた。病原菌や毒物のような後天的な理由は見出されなかった。また、遺伝子は、影響する要因ではあるが、基本的な主因ではないらしいと判明していた。(双子の兄弟での一致率がせいぜい 50%に留まっていることや、特定の遺伝子との高い相関性も見られなかったことなどから。)
こうして長らく謎とされていたのだが、とうとうその原理がおおまかには判明したようだ。おおまかというよりは、「核心部がわかった」と言っていい。全容が判明したとまでは言えないが、一番基本的な骨格はわかったと言っていい。
この業績は、理研が達成したので、詳細は理研のサイトでわかる。
→ 硫化水素の産生過剰が統合失調症に影響 | 理化学研究所
大事なことは、次の三点だ。
・ 統合失調の患者の脳には、硫化水素の産生過剰が生じる。
・ そのメカニズムはエピジェネティック変化(メチル化)だ。
・ その原理は、炎症・酸化ストレスに対する代償反応であるらしい。
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もう少し説明しよう。
硫化水素の産生過剰があるというのは、何らかの指標にはなるが、これは付随する現象であるらしくて、物事の本質ではないようだ。比喩的に言うと、腸の調子が悪くなると下痢便が出るが、ここでは下痢便は付随する現象であって、本質は腸の調子が悪くなったことだ。原因が大事なのであって、症状が大事なのではない。
エピジェネティック変化は、遺伝子の塩基そのものには変化がないまま、メチル化などの後天的な変化(異常)によって、転写エラーなどを起こす。
→ エピジェネティクス - Wikipedia
何らかの精神的ストレス(不安や睡眠不足など)があると、こういうことが起こりやすいと知られている。
統合失調患者では、エピジェネティック変化のせいで、硫化水素の産生過剰があったようだ。
エピジェネティック変化をもたらす事例はいろいろとあるようだが、特に「硫化水素の産生過剰」という現象をもたらすようなエピジェネティック変化は、炎症・酸化ストレスに対する代償反応であるらしい。
これは次のように説明されている。
脳の発達期(ヒトの場合は胎児期〜周産期)に、産科合併症や母体のウイルス感染などにより脳に微細な侵襲(酸化・炎症ストレスを引き起こす)を受けた場合、酸化・炎症ストレスへの代償反応の一環として、典型的な抗酸化遺伝子とともに硫化水素産生酵素の遺伝子の発現亢進がプログラムされると考えられます。
脳の発達期(胎児期〜周産期)に、微細な侵襲(酸化・炎症性ストレスを引き起こす)を受けると、脳では逆の代償的な抗酸化反応(還元反応)が生じ、還元反応の一環として硫化水素(抗酸化作用を持つ)やその派生分子であるH2Snの産生が亢進し、その亢進はゲノムDNAのエピジェネティック変化によって"通奏低音"のように生涯持続すると思われる(サルファイドストレスあるいはイオウストレス)。
これと似た現象がある。「自己免疫」だ。つまり、外部から異物が入り込んだとき、それを排除しようという自己防御機構が働くのだが、それがあまりにも過剰に働いて暴走するせいで、自分自身を攻撃してしまう。
これと似たことが、統合失調症でも起こっていると考えられる。外部からの侵襲で酸化・炎症性ストレスが起こったとき、それに対する自己防御機構(ここでは代償的な抗酸化反応としての還元反応・硫化水素発生)が働くのだが、それが過剰に働くせいで、自分自身を攻撃してしまうのだ。
この意味では、統合失調症とは、「脳に対する自己免疫だ」と言ってもよさそうだ。自己免疫疾患としては、関節リウマチや全身性エリテマトーデのような肉体的な難病が知られている。また、ギラン・バレー症候群のような末梢神経系の難病も知られている。
それと似た原理で、脳における(広い意味の)自己免疫を起こしたのが統合失調症だ、と言えなくもない。
※ 直接的に自分の細胞を攻撃するのではなく、間接的にやっているようなので、単純な自己免疫とは違うようだが。
※ 機構そのものも、「免疫」の機構(利根川による)とは異なる機構なので、「免疫」そのものではなく、「免疫に似ている」だけだが。
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さて。「統合失調症は自己免疫疾患だ」という発想は、実は、本サイトで 2012年に公開している。
《 統合失調症は自己免疫? 》
統合失調症の原因は自己免疫だ、という仮説を提出したい。その根本的な理由は「ゲノムの非・遺伝子部分」の異常だろう。
( → Open ブログ )
ここではとうとう失調症と自己免疫の関係が指摘されている。これは一種の仮説であったが、この仮説の趣旨は、おおむね妥当であったと判明した、と言えそうだ。
なお、「ゲノムの非・遺伝子部分」というのは、「エピジェネティックス」と解釈すれば「当たり」と言えそうだが、「イントロンの異常」と解釈すれば「はずれ」と言えそうだ。
一方で、「統合失調症にはエピジェネティックスが関係する」というのは、学界では広く指摘されていたことであり、本サイトで言及したことがある。
→ 遺伝子の意味(生命子): Open ブログ
ま、エピジェネティックスかどうかは、あちこちで言われてきたことでもあるから、特に重視するべきことでもない。
大事なのは、
・ 自己免疫疾患ふうの原理があること。
・ そのとき硫化水素が産生されること。
という二点だ。
ただし、硫化水素がどういう働きをしているかは、まだ不明であるそうだ。
硫化水素がエネルギー産生系やシナプスに与える分子メカニズムの詳細は現段階では不明ですが、可能性の一つとして、イオウが関連タンパク質のシステイン残基に付加されて(図1B)、タンパク質の機能が変化すること(サルファイドストレス)が考えられます。
後半の話は、印象的には、アルツハイマー病のメカニズムにちょっと似ている感じだ。何らかの共通点か類似点があるかもしれない。
( ※ ただし、βアミロイド仮説に基づく認知症の新薬の開発は壊滅的だったそうだ。)
ともあれ、本項では、私のわかる範囲内で解説しておいた。もっと詳しくは、冒頭の理研のページを読めばいい。さらには、原論文を読んでもいいだろう。(専門家向けだが。)
[ 補足 ]
エピジェネティクスには、DNAメチル化とタンパク質メチル化が寄与する。タンパク質メチル化はヒストンでよく起こる。
→ メチル化 - Wikipedia
そのヒストンは、染色体の非DNA部分としてのタンパク質である。
→ ヒストン - Wikipedia
これは、イントロンとは違うが、「染色体の非・遺伝子部分」という用語には当てはまる。
もともとの私の表現では、「ゲノムの非・遺伝子部分」というふうに語っていた。
統合失調症の原因は自己免疫だ、という仮説を提出したい。その根本的な理由は「ゲノムの非・遺伝子部分」の異常だろう。
( → 統合失調症は自己免疫?: Open ブログ )
ゲノムと染色体では違うので、「ドンピシャ」というわけには行かないが、「宝くじの1番違い」ぐらいには当たっていると言えそうだ。
[ 付記 ]
論文の研究者の氏名一覧
《 理研 》
井出政行 客員研究員(筑波大学医学医療系講師)
大西哲生 副チームリーダー
吉川武男 チームリーダー
《 外部 》
山陽小野田市立山口東京理科大学薬学部の 木村英雄 教授
福島県立医科大学医学部神経精神医学講座の 國井泰人 准教授
東京大学大学院医学系研究科の 廣川信隆 特任教授
【 関連項目 】
次項に続編があります。
→ 統合失調症・研究の今後: Open ブログ
【 関連サイト 】
正式な論文(英文)は、無料で入手できる。下記。
→ https://www.embopress.org/doi/10.15252/emmm.201910695
びっくりしました。わたしの常識と完全に逆でしたので。論文にはまったく書かれていなくて安心しました。(笑)
→
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB/08-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E9%96%A2%E9%80%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E7%BE%A4/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87?query=%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87
そもそも統合失調症という病名が正確ではなく「症候群」と呼ばれるべきものですので、いままでの神経伝達一点張りの病態の説明から別ルートの病態の説明がありうると示した点で今回の論文は非常に意義深いものですね。
誤:双子の兄弟に高い相関性が見られないこと
正:双子の兄弟での一致率がせいぜい 50%に留まっていること
論文の入手先。