2019年10月28日

◆ 武士の成立(室町時代)

 日本の歴史において武士というものはどのようにして成立したのか?

 ──

 京都では「このまえの戦争」というと、(第二次大戦ではなくて)「応仁の乱」のことだ、とよく言われる。
 で、その「応仁の乱」について考察した NHK の歴史番組があった。室町時代についての最新研究を示す。(今年の2月に放送されたもの。)
  → 歴史秘話ヒストリア - NHK
  → 日本を変えた室町三大事件 | 歴史秘話ヒストリア
 登場人物の相関関係も事件の経過も複雑難解なこの戦乱ですが「畠山義就(よしひろ)」という武将の視点に立てば応仁の乱の全容、本質が見えてくる

 とのことだが、その話の途中で、「武士というものはどのようにして成立したのか」という話が出てくる。
 応仁の乱では、一方の側と他方の側が、戦争を長く続けていて、長年の膠着状態が続いていた。そのとき、足りない戦力を補充するため、非正規の武士みたいなのを採用したそうだ。「普段は百姓をしているが、戦争のときには武士として働く」というわけ。

 「へえ、そうなのか」
 と思って感心したが、調べてみたら、別に新しい情報ではなかった。このようなものは、「足軽」という言葉で以前から説明されている。Wikipedia に詳しい。
  → 足軽 - Wikipedia

 金で雇われる「雑兵」とは違って、足軽は一応、正式に登録された下級武士であるそうだ。この意味では「非正規雇用」というわけではないようだ。
 と Wikipedia には記してあるが、他の箇所を見ると、略奪をしていることもあるそうだから、雑兵と同様のものと見なされている時期もあったようだ。(特に初期は)

 ともあれ、こういう「百姓と武士の中間」みたいなのがどんどん増えていったあとで、手柄を立てると、まともな武士として出世することになる。その典型が、豊臣秀吉だろう。彼もまた当初は足軽として出発した。
 兵卒の身分は依然として武士と農民の間に位置して低かったが、功を認められれば侍や特異な例ではあるが豊臣秀吉のように大名にまで出世する者もあった。

 ふむふむ。いろいろとあるんですね。



 【 関連項目 】

 西洋における騎士の成立については、封建制問いの関連で考えるといい。下記が参考になる。
  → 封建制とは(歴史学) : nando ブログ

  ※ とても大事なことが書いてある。歴史上の問題で。

posted by 管理人 at 22:06| Comment(0) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
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