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荒川と江戸川の水害対策はどうあるべきか……という話題については、下記項目で述べていた。
→ 東京の水害対策(荒川・江戸川): Open ブログ
ここでは「遊水地を作ればいい」と述べて、その具体的な場所も示した。ところが「荒川の遊水地ならばすでにある」というコメントが来たので、荒川については「いちおう安心していい」というふうに結論づけた。
ところが、今回の台風 19号では、荒川が氾濫寸前になった。そこで、従来の見解をひっくり返して、「荒川にも遊水地が必要だ」というふうに結論した。つまり、最初の結論に戻った。(これを最後に加筆した。)
以上は、前日までの経緯だ。
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さて。本日、今回の台風全般を見直した。新聞報道などを見て、東京県以外では多大な被害が出たことを確認した。その上で、前日までの認識を改めて、新たに次のように認識する。(当日の雨雲レーダーの実況を見た上での認識。)
《 新たな認識 》
今回の台風は非常に強大であったが、東京湾の湾岸部では、あまり強大ではなかった。横浜の東部や、お台場や、東京の下町の地域では、豪雨の時間は短かった。そのせいで降水量も比較的少なかった。
今回の豪雨は、東京の皇居近辺よりも西側では大きな豪雨となったが、それよりも東では、豪雨の量は少なめだったのである。したがって、その分、河川の氾濫の危険も少なめで済んだ。
逆に言えば、この台風がもう少し東側にズレていたら、東京湾の湾岸部の地域でも大幅に降雨が増したはずである。その場合には、荒川や江戸川では、もっと水位が上がっていただろう。そうなると、荒川については、氾濫が起こっていた可能性が高い。
そして、氾濫は、短時間であれば問題ないが、1時間以上続くと、決壊する可能性がある。では、もし決壊したら? 次のシミュレーションがある。( 2015年の鬼怒川豪雨 のときの記事)
決壊からわずか30分で、あっという間に濁流は街を飲み込み、2キロ先まで浸水してしまう。さらに氾濫した濁流が他の河川に流れ込むことで浸水範囲は加速度的に拡大し、わずか2時間足らずで決壊地点から5キロ離れた場所まで押し寄せるのだ。そのときの水深は最大5m近く。
荒川の堤防が決壊したときに想定される死者数は3500人。
荒川が決壊した場合、その濁流は10キロほど離れた東京・大手町にも押し寄せるという。内閣府の試算では、地下鉄で最大17路線、97駅に浸水域は拡大し、決壊地点から20キロ離れた目黒まで達する。その影響はのべ1400万人に及ぶ可能性がある。さらに、電気設備や地下ケーブルが張り巡らされた東京の地下が浸水すれば、ガス・通信などのライフラインを含めて、被害総額は33兆円にのぼる恐れがある。
( → 東京に迫る"荒川決壊"の危機 1400万人に影響も | ハフポスト )
実際にこうなるとは限らないが、こうなる可能性は十分にあったのだ。そして、今回、そうならなかったのは、「台風の進路がほんの少しだけ西側に逸れたから」というだけのことによる。
台風 15号のときには、台風は東側に逸れて、東京は運良く大被害を免れた。台風 19号のときには、台風は西側に逸れて、東京の東部は運良く大被害を免れた。いずれにしても、あまりにも幸運だった。しかし、こういう幸運が続くとは限らない。あとちょっと運がズレていたら、東京の東部は氾濫・決壊による大被害が生じたかもしれないのだ。そしてその影響は、(地下鉄災害などを通じて)東京全体に及ぶのである。上記では「ガス・通信などのライフラインを含めて、被害総額は33兆円にのぼる恐れがある」と記されている。
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では、それを避けるには、どうすればいいか? そのための方法は、すでに冒頭で示した別項で示してある。簡単に言えば、「遊水地を作ること」である。そのための場所も示してある。
実は、荒川と江戸川は、非常に有利な点がある。途中の中流域が開発されておらず、多大な田畑がある、ということだ。そのおかげで、低コストで広大な遊水地を作ることができるのだ。この利点を生かして、さっさと遊水地を作ることが、何よりも大切なことだ、と言えるだろう。
やるべきことはわかっている。やるべき時期もわかっている。(今すぐだ。)……あとは、それを実行するかどうかだ。その点だけが問題だ。そして、その点をクリアしなければ、近い将来に「東京水没」という大きな危険が迫るのである。かつての「福島原発事故の危機」のように。
そのことを本項では強く指摘しておこう。
【 補説 】
世間は、水害対策の必要性を理解していないようだ。それというのも、世の中には誤った楽観論が広がっているからだ。そういう誤認の例を示そう。
(1) 地下神殿
地下神殿と呼ばれる巨大な地下空洞があったおかげで被害を免れた……という見解が広まっている。
→ 台風19号の翌日 稼働中の首都圏外郭放水路はこんなことになっていた「すごい」「水が入ってるとこ初めて見た」 - Togetter
ここでは、「巨額の金を掛けただけの回はあった」というふうに認識する声が多い。しかしこれは誤認である。
正しくは、本サイトで前に詳しく説明した。
・ 首都圏外郭放水路
…… 工費 2300億円 / 貯水量 67万立方メートル
・ 渡良瀬貯水池(谷中湖)
…… 工費 930億円 / 貯水量 2,640万立方メートル
( → 地下神殿(首都圏外郭放水路): Open ブログ )
渡良瀬貯水池に比べると、地下神殿(首都圏外郭放水路)は、費用は3倍以上もかかるくせに、貯水量は圧倒的にわずかな効果しかない。こんなものは「気休め」程度の効果しかないのだ。
ではなぜ、こんな「気休め」程度の小規模なもののために、莫大な金を掛けたのか? そのわけは、国交省のページを見ればわかる。
→ 首都圏外郭放水路とは | 江戸川河川事務所 | 国土交通省 関東地方整備局
ここに書いてある通りで、地下神殿の目的は、「中川、倉松川、大落古利根川、18号水路、幸松川といった中小河川が洪水となった時、洪水の一部をゆとりのある江戸川へと流すこと」だ。ここは、東京よりもずっときたの、春日部市のあたりである。このあたりの氾濫を防ぐことが目的となっている。だから、67万立方メートルという、ごく小さな水量だけで足りるのだ。(救済対象となる河川は、荒川や江戸川ではなく、中小河川である。)
一方、東京の東部を救うには、荒川や江戸川という大河川の水を処理する必要がある。そのためには、67万立方メートルだけの地下神殿など、ほとんど効果はない。かわりに、2,640万立方メートルもある渡良瀬貯水池のような、大規模な遊水地が必要となるのだ。それこそが、今こそ求められているものである。
こんなときに、「地下神殿の効果は素晴らしかった」なんていう誤認を垂れ流すことは、デマの拡散の意味しかない。(たとえば はてなブックマーク がそうだ。)
今回の台風で江戸川や荒川が氾濫しないで済んだのは、地下神殿のおかげなんかではない。「台風が東京東部を直撃しなかった(運良く降水量が少なかった)」ということだけによるのだ。
幸運による勝利を、自分の実力による勝利だと誤認するのは、愚かさを通り過ぎて、悲しくなるほどだ。そんなことをしていると、次は笑い者になるのではなく、死者多数に至る。
(2) 八ツ場ダム
八ツ場ダムについても、「今回の台風では素晴らしい効果を発揮した」というふうにネットで話題になった。しかし、それが間違いであることは、すでに別項で示した。
→ 八ツ場ダムと台風(2019): Open ブログ
それで話は済んでいるのだが、その詳細(正確な数値)がわかってので、紹介する。
国土交通省の発表では、八ツ場ダムには11日午前2時から13日午前5時の間に約7500万立方メートルの水が流入した。
( → 八ツ場ダム、一昼夜でほぼ満水 試験貯水中に突然の変貌 [台風19号]:朝日新聞デジタル )
ダム容量は 9000万立方メートルだ。通常運用ならば、6500万立方メートルぐらいを保持していたはずだから、残りは 2500万立方メートルだ。
一方、今回押し寄せたのは 7500万立方メートル。そのうち 2500万立方メートルだけを処理できるわけだから、残りの 5000万立方メートルは処理できなかったはずだ。(通常運用ならば。)
「八ツ場ダムがあれば水害を防げる」というような発想は、もともと成立するはずがないのだ。7500万立方メートルを処理するためには、渡良瀬遊水地ぐらいの規模の遊水地を三つ作る必要がある、と言えるだろう。
ただし、上流部の水が下流部に達するには、時間がかかる。その余裕を考えるなら、中流部に用意するべき遊水地の数は、上流部に用意する場合の数よりも、少なくて済む。
ま、雨は上流部に降るだけでなく、中流部や下流部にも降るから、どうせ遊水地を作るなら、それらをすべて受け止めるために、中流部に作るのが最も効果的だろう。(下流部には空地が少ないので。)
ともあれ、必要なのは遊水地である。「八ツ場ダムが役立ったから大丈夫だ」というようなデマに惑わされてはならない。そんなデマにだまされると、この先の豪雨で、下町が水没しかねない。ついでに、都心部も。
【 追記 】
地下神殿について、補足しておこう。
実は、地下神殿は、「効果が少ない」どころか、「逆効果がある」とすら言える。(ない方がマシだ、ということ。)
なるほど、春日部市のあたりの領域は、地下神殿があることで浸水を免れた。しかし、そこから排出された水量( 1000万立法メートル)は、江戸川に流れ込んだのである。とすれば、その分、江戸川が氾濫する危険は高まったのだ!
地下神殿は、その領域の水害を防ぐことはできる。だが、その分、危険性を江戸川のある下町地域に押しつけているだけなのである。その下町地域はと言えば、危険度が最悪だ。別項 で紹介したように、リンク先のページで、次の図がある。

江戸川区をこれほど危険にさらしている理由の一つは、地下神殿である。地下神殿があるせいで、下町は氾濫や決壊の危険にさらされているのだ。
こんなものを歓迎するのは、まるで、自分を殺す殺人者に感謝するようなものだ。「殺人者さん、私を救ってくれてありがとう」と。
いかにも呆れた話だが、そういうふうに狂気的なことを言う人もいる。下記だ。
→ 江戸川区を守った「地下神殿」と「調整池・彩湖」 : J-CAST
春日部市民はいざ知らず、東京都民にとっては、地下神殿なんてものはない方がいいのだ。地下神殿がなければ、春日部市のあたりは水浸しになるだろうが、その分、東京の大部分が水没するという大被害に襲われずに済む。
本来ならば、春日部市のあたりを遊水地のかわりにして、東京が救われるはずだった。ところが、地下神殿のおかげで、そうできなくなった。地下神殿は、春日部市を救い、東京都を水没させるためにある。そのために、今回も東京に向けて、1000万立方メートルもの水を余計に送り込んだのである。
( ※ そのあと東京都民は、「地下神殿さん、東京を水没させようとしてくれて、ありがとう」とお礼を言うのだ。)
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なお、江戸川が氾濫した場合の被害については、江戸川区が広報している。
→ 江戸川・中川・綾瀬川・坂川洪水氾濫シミュレーション
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今回の台風のときの地下神殿の効果については、下記で報道されている。
→ 「地下神殿」首都圏外郭放水路、氾濫防ぐ - 産経
ここで示されているように、(荒川と江戸川に挟まれた)中小河川の水量を、江戸川に送り込んでいる。荒川の水を江戸川に送り込んでいるわけではない。
この地域(春日部周辺)は、おかげで浸水を免れたが、その分、江戸川の水位は上昇して、危険度は高まったのだ。
江戸川区が氾濫しないで済んだのは、東京東部の降水量が少なかったからであるにすぎない。(上述の通り。)
【 追記2 】
渡良瀬貯水池については、「貯水量 2,640万立方メートル」と記した。この数値の典拠は、下記だ。
→ 渡良瀬遊水地の概要 | 利根川上流河川事務所 | 国土交通省 関東地方整備局
ところが今回の台風では、この公称値を大幅に上回る量を貯めたという。
国土交通省関東地方整備局の発表(速報値)によると、渡良瀬遊水地は、台風19号に伴う雨で、約1.6億立方メートルの洪水をためた(下野新聞によれば最大貯留量の95%)
( → 八ッ場ダムのおかげで「利根川が助かった」は本当か 識者らに見解を聞く : J-CASTニュース )
公称値の6倍の水を貯め込んだことになる。うへー。聞いた耳を疑いたくなるレベル。
より低い地域は水没すると思う
いままで運が良かっただけ
→ https://www.asahi.com/articles/DA3S14221705.html
三日前の記事は詳しい話し。
→ https://www.asahi.com/articles/ASMBG5405MBGUTIL00L.html
→ https://www.j-cast.com/2019/10/17370325.html?p=all
八ツ場ダムの話は眉唾だが、渡良瀬遊水地の話は妥当だろう。江戸川は危機一髪だった、と言えそうだ。
危険をもたらしたのは地下神殿であり、危険から救われたのは降水量の分布(東側は少なかったこと)だ。
渡辺貯水池の容量のデータ。