2019年10月14日

◆ 川崎の氾濫で死者1名

 地方では河川の決壊・氾濫で死者が多数出たが、都市部でも川崎で死者1名が出た。その事情は?

 ──

 多摩川の氾濫はたいしたことがなかったので死者は出なかったのだろう……と思ったが、死者1名が出ていた。それはどうしてか? 事情を調べてみた。

 場所は、多摩川の支流の平瀬川のそばだ。





 建物は、動画で確認できる。





 Google マップで見つかる。





 裏側のストリートビュー。





 この建物の向かい側の建物は、盛り土が1メートルぐらいある。川のそばの土地なのだから当然だろう。ところがこのマンションは、盛り土が 30センチぐらいしかない。(上の画像のスロープで確認できる。)
 これでは、ちょっとした浸水があっただけでも、すぐに水没するはずだ。あまりにもひどいとしか言いようがない。ここの1階は、もともと「氾濫したら水没するべき部屋」として予定されていたのだろう。(家賃も安かったはずだ。だから老人が住んでいたのかも。)

 ──

 肝心の氾濫の状況はどうだったか? 1メートルぐらいの氾濫だったか? いや、3メートルほどになったようだ。1回がすべて水没して、2階まで達していたという。
 1階に住む60代男性が死亡したマンションは1階ベランダまで水が残っていた。まだ1.5メートルはありそうだ。水面には、さまざまな家具や建材、箱が浮いている。近くの40代男性は「こんなことは初めて。支流が増水することはあってもあふれるなんて…。一時は2階も足まで水が来た」とやり切れない表情。3メートル以上の浸水だったことがうかがえる。
 男性がどんな状況で亡くなったか、判然としないが、住民によると、親子で暮らし、ペットも飼われていたという。近くではボートで救出された人もいる中、「なぜ逃げ遅れたのだろうか」。
( → 本紙・三橋記者は見た 多摩川氾濫の被災地ルポ:中日スポーツ

 なぜ逃げ遅れたか? 私の推定はこうだ。
 「氾濫があるとしても、水深が3メートルにもなるとは思わなかった。あたりは平らな土地なので、水はどんどん拡散されるはずだから、水深はせいぜい1メートルぐらいで済むと思っていた。だから、氾濫が発生しても、室内に留まった。その後、氾濫が増えたが、初めは椅子の上に乗って、次に机の上に乗った。どうせ2メートルぐらいまでの氾濫だろうと高をくくっていた。ところがそのままどんどん水位は上がっていった。水に浮かびながら、天井付近の空気を吸っていた。何とか水位が下がってくれることを祈った。しかし自然は非情だった。水位はさらに上がっていった。しかしそのときにはもはや(水中に潜ってからドアをくぐって)自室の外に出ることは不可能となっていた。かくて、沈没船の室内に取り残された乗客のように、窒息して溺死することになった」

 要するに、状況を甘く見たせいで、判断ミスゆえに溺死することになったのである。これが私の推定だ。



 [ 付記1 ]
 ではなぜ、男性は判断ミスをしたのか? なぜ「3メートルにはならない」と判断したのか?
 実は、そのような判断自体は、必ずしも間違いとは言えない。いくら河川のそばだとはいえ、水は高きから低きに流れるものなのだから、平地部で水深3メートルになることなど、あるはずがないのだ。
 ではなぜ、あるはずのないことが起こったのか? それは、ここが平地部ではなく、一種の窪地だったことによる。
 ここは、通常の意味の窪地(低い土地)ではなかったが、ここの背後に高い壁のような部分があった。そこに挟まれた空間だったのである。





 ここには堤防みたいなものがある。だが、これは堤防ではない。これを「二線堤」と呼ぶことにしよう。この二線堤の左に、該当のマンションがあり、さらにその左に、平瀬川がある。次のような感じで。

   [ 平瀬川 ]−[ マンション ]−[ 二線堤 ]


 マンションは、平瀬川と二線堤に挟まれた場所にあった。平瀬川が氾濫すると、その水はマンションに襲いかかる。そのあと、もっと右に逃げていくはずだ。だが、そこには二線堤がある。行き場を失った水は、平瀬川と二線堤の間で、どんどん水深を増していく。かくて、水深3メートルという、ありそうもないことが起こったのだ。
 要するに、ここはウルトラ級に危険な土地だったのである。そして、そのことを理解しなかったから、状況を甘く見て、逃げ遅れてしまったのだ。

 上で「二線堤」と記したものは、邪魔物である。どうしてこんなものがあるのか?
 実はこれは、本来の堤防なのだろう。そして、本来の堤防と平瀬川に挟まれた領域は、ただの河川敷なのだろう。つまり、もともとはただの河川敷にすぎない場所を、(歴史的経緯で)勝手に住宅地として利用しているわけだ。ひどいものだ。ここはもともと水没するように設計されていたのであって、ここは人が住んでいい土地ではなかった。

( ※ 平瀬川には、堤防がない。上の「本来の堤防」というものがあるから、「本来の河川敷」にある現在地では、川のそばには堤防がないのだ。ここに堤防を作るといいかもしれないが、やたらと巨額がかかる。河川敷を勝手に利用した人たちが、その分、ボロ儲けをすることになるね。こんなところに巨額の金で堤防を作るよりは、他の場所で遊水池を作る方が、ずっと優先される。そもそもここは、堤防を作る場所もないしね。)

( ※ では、どうするべきか? このような危険地帯に住んでいる人には、行政の側があらかじめ警告を発しておくべきだろう。調査して、危険な住宅に住んでいる人には、チラシで警告を与えるべきだ。名指しして、部屋番号入りで。……そうしておけば、逃げ遅れる被害も発生しなかっただろう。)

 [ 付記2 ]
 平瀬川が氾濫したこと自体については、「バックウォーター現象」という用語で説明されている。水位の高い本流から支流に流れ込む現象だ。
 川崎市高津区で、マンション1階が水没し男性が亡くなった現場は、多摩川と支流の平瀬川が合流する地点にほど近い。平瀬川は12日午後からあふれた。「当時、多摩川の水位がかなり高かったことが想像される。平瀬川が流れ込みにくくなりあふれたかもしれない」と安田さん。平瀬川を管理する事務所の職員も、多摩川から逆流した可能性を指摘する。この「バックウォーター現象」は昨年の西日本豪雨で大きな被害が出た岡山県倉敷市真備町でも起きた。
( → 調整池が機能「首都圏大洪水防げた」 上空から識者分析 [台風19号]:朝日新聞

 なお、記事タイトルにある「調整池」とは、渡良瀬遊水地と彩湖のことだ。いずれも利根川系。
 
posted by 管理人 at 22:38| Comment(4) |  地震・自然災害 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
地形図で見ると川崎市全体が多摩川の河川敷の中にあるような感じですね。
Posted by 権兵衛 at 2019年10月15日 12:08
 いくら何でも川幅 3km という河川敷はない。普通はせいぜい 100メートルでしょう。
 川崎市を dis ると、怒られますよ。
Posted by 管理人 at 2019年10月15日 12:56
いつも興味深く当ブログを拝見しております。こちらの記事も素晴らしい観察眼に敬服いたします。さてこの堤防上の物は「久地かすみ堤」というらしく、もともと多摩川の堤防の遺構らしいですね。
ttps://itot.jp/interview/8065
Posted by sara at 2019年10月15日 13:01
 >いくら何でも川幅 3km という河川敷はない。普通はせいぜい 100メートルでしょう。
 >川崎市を dis ると、怒られますよ。

すいません。多摩川の「扇状地〜三角州」を河川敷と書いてしまいました。たしかに怒られますね。。
Posted by 権兵衛 at 2019年10月15日 17:55
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