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堤防よりも遊水地の方がいい、という話は前に書いた。低いコストで大きな効果を得ることができる、という趣旨。
→ 堤防よりも遊水池: Open ブログ
その補足として、次の二点を指摘しておこう。
原理
遊水地が優れていることには、原理がある。次のことだ。
「堤防では、堤防に挟まれた川幅が狭いので、そこに貯められる水量は少ない。遊水地では、堤防に囲まれた範囲が広いので、そこに貯められる水量は圧倒的に大きい」
つまり、同じ長さの堤防を作るにしても、遊水地の方が貯めることのできる水量が多いので、コスパが高いのだ。
たとえば、利根川流域に田中調節池というものがある。これは非公式の遊水地みたいなものだ。
この現場を探訪した記事に、次の解説がある。
上流は利根運河から下流は大利 根橋のところまで、南岸の広大な農地が「田中調節池」という“池”だそうです。今は当然、水はありませんが、5年から十数年に一度巨大な池が姿を現すそうです。どれくらい巨大かというと、この田中調節池にはダム1つ分の水を蓄えることができるそうです。
( → 田中調節池 )
ほとんど金も掛けていない簡易な構築物なのに、ダム1個分の貯水量があるのだ。5000億円もかけながら、その3分の1しか治水に使えない八ツ場ダムより、はるかに優秀だろう。
もう一つ。堤防でなく、ダムと比較しておこう。
遊水地ならば、堤防の高さは1〜2メートルでも済むので、工事費は格安で済む。
一方、ダムだと、そうは行かない。土堤でなくコンクリ構築物にすることで巨額の費用がかかるし、高さが高くなれば高くなるほど、下部の強度と幅は比例して大きくなる。
仮にダムの断面図を ▲ で示すと、この断面図の面積は、高さに比例するのではなく、高さの2乗に比例する。高さが1メートルの構築物に比べて、高さが 40メートルだと、断面図の面積は 40の2乗で、 1600倍にもなる。
このことが、巨大ダムが超巨額になることの理由だ。そしてまた、遊水地がはるかに低コストで済む理由でもある。
治水のためであるなら、なるべく高さが低くて面積が広いものが低コストで済むのである。八ツ場ダムのように高さのあるダムは、治水用というよりは、発電用と言うべきだろう。したがって、本来ならば、電力会社が全額を負担するべきものなのである。国が建設して、電力会社に発電させるなんて、国民の税金を電力会社にプレゼントするようなものだろう。汚職も同然だ。
( ※ だからこそ自民党がせっせとやるわけだが。)
堤防は無効
「堤防なんか作っても無駄だ」という記事がある。
→ 巨大台風、「堤防神話」崩す :日本経済新聞
これに対して、はてなでは批判の声が殺到した。
→ はてなブックマーク
これはまあ、はてなブックマークのコメントの意見もわからなくはないが、両者の論点が食い違っていると言えるだろう。
整理すれば、次のようになる。
・ 都会ではほぼ十分に堤防が整備されているので、これ以上の堤防整備は無駄だ。
・ 田舎では堤防が未整備なので、もっと整備するべきだ。
今回の台風では、都心部では氾濫がほとんど起こらなかったが、地方では大量に氾濫が起こった。
国土交通省は同日午前9時現在で、7県の37河川51カ所で堤防が決壊していたことが分かったと明らかにした。
( → 台風19号「ハギビス」被害拡大、死傷者増え続ける 記録的豪雨で河川氾濫 - BBCニュース )
これらの堤防決壊では、堤防が貧弱であったことが理由であると思える。だからもっと金を掛けて、(氾濫しないような)立派な堤防を整備するべきだった。
一方で、都会ではこれ以上の堤防を整備することは有効ではない。
こう言うと、次の反例を出す人がいるだろう。二子玉川の氾濫だ。
「堤防がないせいで、ここでは氾濫した。だからここに堤防を構築するべきだった」
と。たとえば、下記だ。
→ 多摩川下流部で唯一、堤防未整備区間が決壊…住民「景観が大切」「家のぞかれる」 : 読売新聞
住民の反対で堤防を構築できなかったから氾濫した……という趣旨だ。
しかし、多摩川はもともと全体が氾濫寸前だったのである。二子玉川では、「堤防がないから氾濫した」というより、「堤防がなくても、もともと堤防があるぐらい土地が高かった。だから、堤防がなくても済んでいる」というふうに見なせる。実際、この場所の対岸である二子新地では、堤防があったが、同様に氾濫寸前であった。仮に、二子玉川の側に堤防を作れば、二子新地の側で氾濫が起こっていた可能性がある。
二子新地でなくても同様だ。氾濫寸前または氾濫した箇所は、多数ある。二子玉川に堤防を作れば、他のどこかで氾濫が起こるだけだ。河川の氾濫そのものを防ぐことはできない。「二子玉川で堤防を建設すれば、そこでは氾濫が起こらなくなるが、かわりに他の場所に氾濫を押しつけるだけだ」となる。
要するに、河川の氾濫そのものを防ぐためには、多摩川の沿岸全域でいっせいに堤防をかさ上げする必要がある。しかし、そのためには膨大な金が必要となる。決して「二子玉川だけで堤防を建設すればいい」というようなものではないのだ。
( ※ 次項で示した事例では、多摩川の水がバックウォーターを起こしたせいで、多摩川の支流で氾濫が起こった。支流でも氾濫が起こるのだから、多摩川の堤防をかさ上げするだけではとうてい問題は解決しない。)
では、どうすればいいか? それは、先に述べたとおりだ。遊水池を作ればいい。そうすれば、河川の水位を全域で引き下げることができる。これが賢明な方法だ。
なぜ賢明か? 堤防の全体を高くすることにはものすごく巨額の金が必要となるが、(遊水池によって)河川の水位の全体を引き下げるのは比較的安価な方法で済むからだ。
そして、遊水地という方法によって、見事に対策に成功したのが、鶴見川の例だ。
→ 新横浜の遊水地(台風の後): Open ブログ
結局、堤防というのは、ある程度は必要なのだが、やたらと増やせばいいというものではないのだ。都会部ではすでに十分な堤防が整備されている。このあとさらに、「もっと堤防を」「スーパー堤防を」などと望むのは、金ばかりを食って、効果が少ない。それよりは、安価な遊水池を作るのが賢明なのである。
( ※ 現実には、自民党は巨大ダムやスーパー堤防という高コストなものばかりを作っている。それで利権を得て、袖の下をもらうのが商売だから、当然なのだろうが。)
[ 付記 ]
二子玉川で氾濫があったおかげで、その分、下流部では氾濫の量が減ったと言えるだろう。たとえば、川崎では氾濫によって水深3メートルの氾濫が起こったせいで、1階が水没して、死者1名が出た。二子玉川で氾濫がなければ、この被害がもっと巨大化したことが推測される。
※ この事件については、次項で述べる。

すみませんが、この記事の文章において誤字(誤変換?)がいくつかあり読みづらいので、修正して下さると幸いです。
よろしくお願いします。