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東京大などの研究チームが、花粉ができるかどうかに関わる植物の遺伝子を特定することに成功した。細胞のミトコンドリアという器官にあり、ゲノム編集の技術を使って遺伝子の働きをコントロールできることも確認した。花粉ができない植物をつくれれば、農産物を効率的に品種改良できる可能性がある。
( → 花粉ない植物、ゲノム編集で可能に? 遺伝子を特定、品種改良に応用期待 東大などのチーム:朝日新聞 )
ほう、これはすごい……と思って読み進めると、次の記述にぶつかった。
研究チームは今回、これまで難しかったミトコンドリア内の遺伝子を編集することに植物で初めて成功。もともと花粉ができないイネとナタネを使い、ある遺伝子を働かなくすると、花粉ができるようになった。種子も実ったという。
花粉ができるかどうかを左右する遺伝子が特定できたことで、今後、花粉をできなくする植物づくりを目指す。
有村慎一准教授(植物分子遺伝学)は「高い収量で病虫害に強いといった新たな品種を作り出せる可能性がある」と話す。
「ある遺伝子を働かなくすると、花粉ができるようになった」
とのことだ。おやおや。これじゃ、話が反対でしょう。
いわば、「白が黒になる遺伝子」を見つけようとしたら、逆に、「黒が白になる遺伝子」を見つけた。それだけのことだ。
このあとで、「黒か白かを左右する遺伝子が特定できた」と結論する。しかし、それはとんでもない論理的飛躍だ。「黒か白かを左右する遺伝子」なんてものが存在するとは言えないからだ。
・ 白になると決める遺伝子
・ 黒になると決める遺伝子
がそれぞれ別個に存在する可能性がある。そうであるならば、「黒になると決める遺伝子」を発見したからといって、「白になる遺伝子」を発見したことにはならない。「白になる遺伝子」については、別途、改めて探し出す必要がある。
生物系の学者というのは、こういうふうに非論理的な結論を下すことが多い。実験そのものは立派であっても、自分が何をしているのか、理解できていない状況だ。自己評価ができていないわけだ。残念なことだ。
[ 付記 ]
遺伝子というものは、一般に、常に作動するわけではない。特定の状況下で、作動するスイッチがオンになると、作動するようになる。
とすれば、そのスイッチのような機能をもつ遺伝子というものも考えられる。今回見つかったのは、そういうスイッチのような遺伝子かもしれない。
一方、「花粉を作る」という根源的な遺伝子は、別にあるはずだ。しかもそれは、単一の遺伝子ではなく、複数の遺伝子が絡み合っていると予想される。
このような複数の遺伝子のうちの一つでも働かなくなれば、花粉はできなくなる。現実に存在した植物は、そのような植物なのだろう。その際、なんらかの病的な遺伝子が働いて、本来の遺伝子が働かなくなっていたのかもしれない。とすれば、病的な遺伝子を除去すれば、花粉は作られるようになる。
以上では、二つのケースを想定した。今回の実験が、そのどちらであるかは、判明していない。
( ※ 実は、そのどちらでもなくて、「花粉ができるかどうかを左右する遺伝子」というのを想定しているのが、今回の報告だ。……しかし、「そういうのはあり得ないだろう」というのが、私の推定だ。)
ま、どれが真実であるかは、何ともいいがたい。ただし、三つ目だけに結論を絞って、他の二つを考えていないという点では、論理的に欠陥があるね。(報告の論文に。)
《 訂正 》
論文よりは、記事を書いた記者に問題があるのかもしれない。
【 追記 】
「左右する」と強く書くよりは、もっと弱く「関与する」というぐらいに書く方がよかっただろう。
どう違うかというと:
「左右する」……その遺伝子が全能なので、その遺伝子を他の種に組み込めば、他の種でも同様の形質が発現する。
「関与する」……その遺伝子が部分的な機能しか有しないので、その遺伝子を他の種に組み込んでも、他の種でも同様の形質が発現するとは限らない。(他の遺伝子も必要だが、そういう他の遺伝子が別の種にもあるとは限らない。)
というわけで、「関与する」ぐらいの表現にしておく方が無難だっただろう。
どっちにしても、読者にとっては、いい迷惑。ミスリード。