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朝日新聞の記事でこの話題を扱っていた。
人間を軽々と上回った囲碁AIの登場は、殊に若手の棋力向上に寄与したといわれる。従来の常識を覆す手を、柔軟な頭脳がしなやかに吸収するというのだ。「AIソムリエ」の異名を持つ関航太郎二段(17)もそのひとり。名人戦予選Aでも、わがものにしたAIの感性を盤上で発揮した。
昨年、最底辺の予選Cから8連勝で最終予選準決勝に進出。リーグ入りすれば規定により七段に上る。過去にない二段→七段の五段飛びつき昇段まであと2勝だった。
( → 「AIソムリエ」関、伸び盛り 学んだ奇手、「真意」探りつつ 名人戦予選A:朝日新聞 )
惜しくもならなかったが、若手棋士が一挙に「二段→七段」の昇段をするという快挙をなし遂げる寸前まで行った。それというのも「AIの教え」を守って、AI流の打ち方をしたからだ。
人間界の常識になかった手を次々に示されて衝撃を受け、AI研究にのめり込んだ。AIの奇手を実戦で試して面白いように勝ったが、やがて誰もがAI研究をするようになり、思うように勝てなくなった。
「AIだけでは勝てない。どうすれば勝てるのか、模索中です」。ただ、今はAIの奇手をまねるだけでなく、着手の真意を理解できるまで近づいている実感はある。
では、AI流の打ち方とは、何か? 記事では実戦の棋譜があったが、それを見てもわかることがある。こうだ。
「部分領域での優勢を求めるのが人間流だが、部分領域にこだわらず、全体的な優勢を考えて、最終的な勝利を求めるのがAI流だ」
具体的には、次のような結果になる。
当初は、人間流の方があちこちで部分領域で優勢を確保する。AI流の方は、空白領域にぽつんと石を置くが、その意味はよくわからない感じだ。そのまま進むと、あちこちで人間流が部分領域で優勢を確保する一方で、AI流の方はあちこちに意味のない石がバラついているだけで、まるで素人の無意味な打ち方だ。ところが、そのままどんどん手が進むと、いつのまにかAI流の石がどんどんつながって、大局的に優勢を確保している。人間流の方は、部分領域で優勢であったはずなのに、その優勢が完成する直前で分断されており、最終的には優性を確保できずに未完成に終わっている。最後まで手が進むと、石のつながったAI流が大きな領域を確保している一方で、人間流の方は寸断された部分領域ばかりを得ていて、完敗する。
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実は、「こういうものだ」ということは、AIである アルファGO が出現した時点で、早くも私が指摘したことだ。その記事は下記にある。
→ AI とディープラーニング 2: Open ブログ
ここでは、表現は違うが、すぐ上で述べた解説と同様のことが示されている。(「部分的な勢力圏」という用語で説明している。)
そのことは、私が当初に推測の形で示していたのだが今ではプロ棋士がそれを実行していることで、私の推測が正しかったと裏付けられたわけだ。
※ なお、このような解釈は、プロの棋士もしていた。それについて前に言及した(新聞記事を紹介した)覚えがあるのだが、よくわからない。もしかしたら、次の項目だったかも。
→ 囲碁AIを人間は認識できるか?: Open ブログ
【 関連項目 】
→ AI とディープラーニング 3: Open ブログ
→ 囲碁で AI が勝利: Open ブログ
→ 囲碁AIを人間は認識できるか?: Open ブログ
→ AIと囲碁・将棋: Open ブログ
【 補説 】
関連する話題として、次のことがある。
「部分勝利と全体勝利は、一致しない」
たとえば、プロ野球では、目先の1勝を得ること(部分勝利)と、全体的な年間優勝を得ること(全体勝利)は、一致しない。目先の1勝を得るためには、救援投手を酷使すればいいが、それだと救援投手が疲れ切ってしまうので、シーズンの最後には救援投手が壊れてしまって、年間優勝を逃す。似たことは、先発投手にも言える。調子がいいからといって、先発投手を短期間で酷使すると、シーズンの最後には投手が壊れてしまって、年間優勝を逃す。
ただし、投手が壊れないせいで、年間優勝を得ることもある。その場合でも、翌年には投手が壊れてしまって、数年間の成績を見れば、明らかに成績が下がる。
実例としては、次のの例がある。
・ 救援投手を壊した例 …… 阪神の久保田智之
・ 先発投手を壊した例 …… ヤクルトの伊藤智仁
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人は「部分勝利を得ることで、全体勝利を得る」と考えがちだが、それは、視野の狭い味方であるわけだ。目先の勝利ばかりを王制で、全体的な勝利を逃してしまう……というのは、とてもありがちなのだ。
なお、これと同じことを、次のような表現で語ることもある。
「部分最適化と全体最適化」
これについて詳しく述べたのは、ザ・ゴール という書籍だ。
https://amzn.to/2jO9EcV
この本については、本サイトでも紹介したことがある。
→ ボトルネックの発想(停電で): Open ブログ
→ 太陽光発電の CO2 排出: Open ブログ
→ ICカード専用改札口の是非 2: Open ブログ
上記では「全体最適化を目指すには、ボトルネックを解消せよ。その際、部分最適化は必要ない」というふうに説明してある。
これは、かなり特別な事例となるが、基本的な発想は先に述べたことと共通する。
[ 余談 ]
「部分と全体」(ハイゼンベルク・著)という本もある。あまり関係ないようだが、タイトルだけはちょっと似ている。
この本の内容は「ハイゼンベルク自伝」という一語で説明できる。タイトルの由来ははっきりとしないが、下記に解説がある。(内容紹介)
→ 部分と全体: W.K. ハイゼンベルク - とね日記
「部分と全体」というタイトルの意味だが、……(中略)
僕としてはストレートに次のように解釈したい。いかがだろうか?
- 部分としてのミクロな量子力学の世界が、全体として古典力学に従うマクロな世界をかたち作る。
私も読んだときは、同様の感想を持った。
【 追記 】
AIはなぜこれほどにも強くなったのか?
(1) 計算力
「AIには強力な計算力があるからだ。多数の場合を計算力で網羅するからだ」
という解釈がある。
実は、計算力によるシラミつぶし方式ならば、昔からずっとあった。だが、とても弱かった。いくら計算力で圧倒しても、人間様には叶わなかった。
ボナンザの登場で、状況は一変した。将棋の分野ではAIが、人間に並び、人間を追い越すようになった。これは「評価関数を使う」という手法を使ったからだ。(チェスソフトの応用で。)
→ 将棋ソフトと景気診断: Open ブログ
また、この方式は、囲碁にはうまく使えなかった。
(2) ディープラーイング
囲碁においてディープラーイングを使ったAIが出現した。アルファGO である。これによって状況は一変した。こいつがやっていることは、基本的には、人間の脳と同様である。しかも、人間の脳よりも圧倒的にハード力が上だ。「人間よりも大きい脳が高速度で働く」という感じである。こうなると、もはや人間は太刀打ちできない。
AIは人間にはできなかった「部分領域の優劣」でなく「全体領域の優劣」にまで踏み込んだ。それまではあまりにも範囲が広いせいで、人間は足を踏み込もうとしなかった領域なのだが、AIはそのパワーにものを言わせて、果敢に踏み込んだ。そこにおいて、これまで知らなかった真実を見出した。
その真実を、人間に提供して、人間がそれを理解しつつある……というのが、現状だ。
以上のように理解するといいだろう。
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順位 氏名 レーティング 年齢 クラス
1 渡辺明 三冠 1968 35 A
2 藤井聡太 七段 1910 16 C1
3 豊島将之 名人 1909 29 名人
4 永瀬拓矢 叡王 1861 26 b1
5 羽生善治 九段 1858 48 A
6 広瀬章人 竜王 1852 32 A
http://shogidata.info/list/rateranking.html
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渡辺はひところ不振だったが、AI流に乗れなかったのが理由だという。AI流を学んで、復活したそうだ。以下、引用。
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2年前、不調のどん底にいた。年度成績でプロ入り以来初めて負け越した。竜王を失い、名人挑戦権を争うA級順位戦からも陥落した。人工知能(AI)の進化によって流行する戦術が変化したのに対応できず、「古い指し方から簡単に乗り換えられなかった」。 だが、昨年から「負けながら考えていたことが実り始めた」。AIをうまく使い、攻守のバランスを重視する最新の指し方になじんだ。1年でA級に復帰し、棋王を防衛しつつ王将を奪取した。
https://www.asahi.com/articles/DA3S14091570.html
・ 冷房を弱めて、作業効率を下げる。
・ 賃下げして、労働意欲を下げる。
・ 残業を増やして、作業ミスを増やす。
・ 古い PC を使い続けて、能率を下げる。
この件については、下記に詳しい。
→ http://j.mp/2GdtGpe
ちなみに、合法的な局面の総数は、囲碁で2×10の170乗、将棋で10の69乗