2019年06月21日

◆ 新潟地震で電車乗客が避難

 新潟・山形地震で、電車の乗客が避難に成功した……と報道された。だが、これはおかしい。

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 新潟・山形地震で、電車の乗客が避難した。津波の危険があるので、高台に避難したが、これは先の東日本大震災の教訓があったので、避難に成功したという。
 18日夜に発生し、新潟県村上市で震度6強、山形県鶴岡市で震度6弱を観測した地震。地震直後の沿岸部では、住民が津波を意識して高台にすぐ避難しており、東日本大震災の教訓が生かされた。
 乗務員らはその場で乗客を降ろすと、高台へ避難誘導した。津波で多くの犠牲者が出た2011年の東日本大震災の教訓が生きた形だ。

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( → 津波避難、乗客を高台に 「東日本」教訓生きる JR羽越線、列車緊急停止(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

 この写真から、赤い屋根を目印に探すと、次の場所だとわかる。


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 この場所から探して、逃げた高台とはどこかを探る。それには、次の記事が参考になる。
 JR羽越線の特急「いなほ13号」(7両編成)は18日夜、震度6強を観測した新潟県村上市内で、緊急停止した。
 「津波の危険性があるため高台に移動します」。薄暗い車内で乗務員の言葉に耳を傾けた。乗務員が乗客の安全を確認したり高台を探したりする準備を終え、緊急停止から40分後、小池さんたちは懐中電灯を手にした乗務員に連れられ、線路に降り立った。「スマホで足元を照らしながら歩いて下さい」と言われ、線路づたいに数百メートル歩くと周囲より小高い踏切にたどり着いた。
( → 震度6強→乗客を高台へ誘導 JR、東日本大震災の教訓:朝日新聞記事全文

 「数百メートル歩くと周囲より小高い踏切にたどり着いた」ということから、停止地点から南へ 300メートルほど先の踏切だと推定できる。そこから東へ、高台に至る道が延びている。その道をたどって、高台へ逃れたのだろう。





 というわけで、どこで止まって、どこへ逃げたかは、地図で判明した。

 なお、どうしてこういうふうに逃げたかというと、それ以外の場所は険しい斜面であって、人が立ち入ることは不可能だからだろう……と推定した。そのことは、Google マップの 3D 機能で確認できた。


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※ クリックして拡大


 かくて、状況は地図でいろいろと判明したわけだ。

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 さて。状況はわかったが、記事を読むと「おかしいな」と思えることがある。まずは再掲しよう。
 乗務員が乗客の安全を確認したり高台を探したりする準備を終え、緊急停止から40分後、小池さんたちは懐中電灯を手にした乗務員に連れられ、線路に降り立った。「スマホで足元を照らしながら歩いて下さい」と言われ、線路づたいに数百メートル歩くと周囲より小高い踏切にたどり着いた。

 これを読むと、次の二点がおかしい。

 (1) 40分後

 避難したのは 40分後だというが、あまりにも遅すぎる。その間に津波が来たら、全員が水没する。いったい何を愚図愚図していたんだ? これでは自殺行為だ。

 (2) 数百メートル歩く

 40分間もかけて、何をしていたか? それは、記事にある通りだ。「乗務員が乗客の安全を確認したり高台を探したりする準備」である。しかし、これが問題だ。
 踏切まで数百メートル歩くというが、距離にして 300メートルだ。時速 6km なら3分間しかかからない。夜間でゆっくり歩いても、5分間しかかからない。
 だとしたら、電車からこの踏切までを往復しても、10分以内で済んだはずだ。走れば5分間で済んだだろう。なのに、乗員はいったい何をやっていたんだ? 5〜10分間を待たせたというのは、仕方ない。しかし、40分も待たせるというのは、どうかしている。津波は 20〜30分ぐらいで来るものだと思った方がいい。乗員がやっていたのは、乗客を救うことではなく、乗客を危険にさらすことだった。
 つまり、まったく余計なことのために、40分もかけたことになる。

 ──

 「津波てんでんこ」という言葉もある。津波が予想されるときには、一人一人が自発的に行動して、最大限・最速で、避難するべきなのだ。それが東日本大震災の教訓であったはずだ。
 なのに、今回の JR は、その正反対の行動を取った。40分も待たせるという、最悪の行動を取った。その間に津波が来ていたら、全員が溺死していただろう。
( ※ 踏切に達したのは 50分後で、高台に逃れたのは 60分後。結局、60分もかかったことになる。津波が来ていたら、とうてい間に合わなかった。)
 
 今回、JR は東日本大震災のことを教訓として、避難に成功したのではない。逆だ。東日本大震災のことを教訓とすることができずに、避難に失敗したのだ。ただし、津波が来なかったので、運良く被害が生じなかっただけだ。

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 JR がやったことは、どちらかと言えば、大川小の大失敗にそっくりだ。モタモタしたあげく、全員が津波に呑まれて死んでしまった、という事例。
  → 大川小はどうするべきだったか?: Open ブログ

 JR はこういう大失敗をした。ではどうして、こんなことをしたのか? それは、大川小の失敗を分析した記事を読めばわかる。
  →  大川小の津波被害の本質: Open ブログ
  → 横浜の集団登校事故/大川小の津波被災: Open ブログ

 大川小の失敗(避難し損ねたこと)の原因は、学校の管理責任重視だった。津波から生徒の生命を守ることよりも、避難の途中で生徒にケガをさせることで管理責任を問われることを恐れた。こういう管理責任重視の方針が、避難を遅らせて、結果的には大惨事を招いたのだ。

 そして、それは、今回の JR の失敗にも当てはまる。津波から乗客の生命を守ることよりも、避難の途中で乗客にケガをさせることで管理責任を問われることを恐れた。だから、40分間もかけて、安全性を調査した。……こういう管理責任重視の方針が、避難を遅らせたのだ。その意味で、大川小の失敗、そのまんまである。(違いは、津波が実際に来たかどうか、ということだけだ。)

 今回の JR のやったことは、失敗の見本として記憶されるべきだ。なのにマスコミは「被害は生じなかった。避難に成功した」と報道する。頭のネジがどうかしているとしか思えない。

 こんなことでは、東日本大震災から何も学んでいないし、このあと何度も同じ失敗が繰り返されるだろう。それでいてマスコミは、「東日本大震災から教訓を得た」と報じる。
 山形県沖を震源とする地震で、新潟県内を走る列車も強い揺れに襲われた。津波注意報が出る中、海沿いのJR羽越線では乗務員が乗客を高台まで誘導。「混乱せずに済んだ」と乗客は胸をなで下ろした。こうした対応の背景には、東日本大震災の教訓があった。
( → 乗客を高台へ、東日本の教訓 JR羽越線 新潟・山形地震:朝日新聞

 こうして、失敗を成功と称して、賛美するのだ。呆れるほかないね。

 
posted by 管理人 at 20:58 | Comment(0) |  地震・自然災害 | 更新情報をチェックする
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