2019年06月18日

◆ パンツ裁判官への処分

 パンツ裁判官と呼ばれる裁判官に、「訴追猶予」という処分が下ることになった。その妥当性を考える。
 ( ※ 法律論のつもりで調べていったら、実は SNS 中毒に行き着いた……という話。)

 ──

 パンツ裁判官と呼ばれる裁判官に、「訴追猶予」という処分が下る見込みとなった。
 ツイッターの投稿内容をめぐって最高裁から戒告処分を受けた岡口基一裁判官(53)=現・仙台高裁=について、国会の裁判官訴追委員会から調査を付託された小委員会は17日、議論を終えた。関係者によると、各委員が意見を述べた結果、「訴追猶予に相当する」が最も多かった。25日に訴追委を開いて議決する予定。
( → ツイート裁判官めぐり意見百出 訴追猶予なら49年ぶり:朝日新聞

「訴追猶予」は、「無罪」(不訴追)とは違うので、将来の処遇で不利になる可能性がある。再任不可など。同じ記事から続けよう。
 裁判官弾劾(だんがい)法は罷免(ひめん、免職)条件として「裁判官の威信を著しく失う非行」などを規定している。20人の国会議員から構成される訴追委は、こうした事実があると認定すれば国会の裁判官弾劾裁判所へ「訴追」(起訴)することができる。
 「事実はあるが反省している」といった情状を考慮して訴追を見送る場合は「訴追猶予」、事実がないとみなせば「不訴追」を選ぶ。訴追と訴追猶予には3分の2以上の賛成が要る。裁判官の任期は憲法で10年と定められており、訴追猶予になった場合も、再任に影響を与える可能性がある。

 罪状は三つだ。
 問題となった岡口氏のツイートは(1)自分の上半身裸の写真など(2014年4月〜16年3月の3件)(2)女性が殺害された事件をめぐる投稿(17年12月)(3)拾われた犬の所有権が争われた裁判に関する投稿(18年5月)の三つ。最高裁は分限裁判の結果、18年10月に(3)について戒告処分としたが、岡口氏は「裁判官にも表現の自由はある」と批判している。

 これを見たとき思い出したことがあった。
 「たしか、これは誤読が理由だったのでは?」ということだ。そこで、調べ直してみた。

 (1) 上半身裸の写真(パンツ姿の写真)というのは、パンツ裁判官の名が知られた事件だ。まあ、破廉恥ではあるが、犯罪ではない。ただし「裁判官の品位を損ねた」というのはわかる。

 (2) 女性が殺害された事件をめぐる投稿というのは、(裁判ツイートという趣味の一環で)新聞記事の要約をしただけだ。
 「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男 そんな男に、無残にも殺されてしまった 17歳の女性」
 と書いただけだ。これは、新聞記事にも見られる表現であり、ただの報道や公判の引用にすぎない。
  → 2015年高3女子殺害事件公判 被告の自己中発言に傍聴席あぜん
  → 裁判傍聴記とか?: 江戸川女子高生殺害事件・第1回
 とはいえ、事実そのものが残虐であるがゆえに、それをツイートした文章も残虐となった。そのことが、遺族の心情を損ねた。「何だって裁判官がそんなツイートをするんだよ!」と。 かくて、処分を求めて、問題となった。

 (3) 上の (1)(2) は、裁判官としての品位の問題だった。もう一つ、別の問題が生じた。拾われた犬の所有権の裁判の問題だ。ここでは、次のツイートが問題視された。
公園に放置されていた犬を保護し育てていたら,3か月くらい経って,
もとの飼い主が名乗り出てきて,「返して下さい」
え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・
裁判の結果は・・

 「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」
 という文章の発言者は誰か、という問題だ。
  ・ それは裁判官の発言だ、と原告は思った。
  ・ それは犬の拾い主の見解だ、とパンツ裁判官は弁解した。


 前者だとすれば、原告を不当に批判するものだ、という判定になる。
 後者であるとすれば、単にツイートを誤解されただけだ、となる。ここにはただの行き違いがあっただけとなる。

 さあ。どっちでしょうねえ? 
 最高裁は、前者だと判定した。
 一般読者では、後者だと判定する人もいる。特に、次の弁護士の見解がある。
  → 岡口裁判官に対する分限裁判についての雑駁な感想 - ウィン綜合法律事務所 弁護士坂野真一の公式ブログ

 ──

 ここでは、いろいろと意見が交錯している。社会的に見れば、どれか一つが妥当だと決めることは無理かもしれない。
 私としては、文章を見た限りでは前者が妥当だとも思えるが、本人は後者のつもりだったとしたら、単に文章の書き方がまずかったというだけで、悪意は認められないので、せいぜい「注意処分」という形式だけの処分にすると思う。
 つまり、「訴追猶予」も「不訴追」もなしで、ただの「口頭注意」ぐらいで済ませる。本人が反省をしたのなら、それでお咎めなしとする。……このくらいが妥当だろう。

 ──

 ところが、である。調べてみたら、意外なことがわかった。
 実は、上のような「口頭注意」ぐらいの処分にする、というのは、実際にそうなされていたのだ。ところが、その軽い処分を、パンツ裁判官自身が拒否した。
 このTwitter投稿について、林道晴東京高裁長官と吉崎事務局長と岡口との間で次のようなやりとりがあった。
 長官は、岡口が前回の厳重注意の際に投稿内容を慎重に選んでいくと述べていたにもかかわらずわずか2ヶ月で同様に裁判関係者を傷つける投稿を行っていることから、同じことを繰り返さないためにはツイートをやめるしかないのではないかと考え、岡口に「これだけのことをして、裁判所や当事者に迷惑を掛けたら、ツイートを止めるのではないか」と質問したところ、岡口は止める気はない旨を答えた。
 長官は、岡口がツイートを続けるならば、それを前提にして分限裁判を検討せざるを得ないと述べたところ、岡口は黙ったまま回答しなかった。
 事務局長は岡口に「これまでと違う局面に入ることを予告されているのは認識できているか、ツイートを止めれば、それはそれで一つの姿勢を示すことになるというアドバイスを(長官から)もらったのは認識できているか、そのアドバイスを断ったという認識はあるか」などと尋ねたところ、岡口はいずれにも「はい」と返答した。「仮に裁判官を辞めることになってもツイートは止めないということか」という長官の質問に岡口は「はい」と回答した。
( → 岡口基一 - Wikipedia

 要するに、「ツイートをやめろ。やめれば処分はしない」という裁定が下ったのに、その裁定をパンツ裁判官自身が拒否した。
 「裁判官にも表現の自由はある。だから、どうしてもツイートをやめない」
 という主張だ。
 しかし、どちらかと言えば、次のことだろう。
 「自分は SNS 中毒になっているので、ツイートをやめたくてもやめることはできません。ツイートをやめるくらいだったら、裁判官をやめる方がマシだ」
 こうなると、裁判所の側としては、さじを投げるしかないね。

 ──

 結局、こうだ。
 この裁判官は、違法ではないが品位を損ねるようなツイートを繰り返した。ここまで繰り返すと、仏の顔も三度までだ。
 「おまえ、ツイッターは向いてないわ。ツイッターをやめろ」
 という裁定が下るのも仕方ないだろう。なのに、パンツ裁判官は、それを拒否した。
 つまり、ツイートの内容自体が問題となったのではなく、「ツイッターをやめろ」という命令を拒んだことが問題だったのだ。
 そして、「ツイッターをやめろ」という命令自体は、妥当だった。仏の顔も三度までというほどにも、まずいツイートを繰り返したからだ。
 なるほど、「ツイッターをやめろ」ということ自体は、不当である。表現の自由を侵害する。しかるに、この裁判官自身は、「ツイッターをやめろ」と言われても仕方がないほど、失敗を繰り返してきたのだ。ならば、一見して「表現の自由を侵害する」ような処分がなされたとしても、業務上の処分としては仕方あるまい。
( ※ 一般人に「ツイートをするな」と言っているのではない。)

 結局、今回の処分は、個別のツイートに問題があったことが理由ではなく、「ツイッターをやめろ」という裁定を拒否したことが理由だったのだ。ここに本質がある。
 とすれば、個別のツイートの妥当性をいくら論じても仕方ない。問題の根源は、「どうしてもツイートをやめられない」という「 SNS 中毒」にあったと言えるだろう。それが本質だ。



 [ 付記 ]
 冒頭の朝日記事には、こうあった。
これまでの議論では、自身が担当していない裁判に関するツイートについて「悪質で執拗(しつよう)な暴言、侮辱的発言」で、罷免条件に当たるという見方が複数の委員から示されたという。
 ただ、「SNSは新たな情報発信の形態で、どのような表現が非難の対象になるか、社会通念が形成されていない」などの理由で、訴追を猶予すべきだという意見が多かった。

 「悪質で執拗(しつよう)な暴言、侮辱的発言」というが、そんなものはない。「お間抜けな発言が計2回あった」だけだ。(あとの1回は、発言ではなく、パンツ画像だ。)
 とすれば、上記のような発言は事実誤認に基づくものであるから、投票権を奪った方がいい。計2名。
 すると、計8人のうち、「訴追猶予」に賛成した4名が残るだけだから、「8人のうち4人の賛成」を得ただけであり、過半数には達しない。
 したがって、法的に考えるなら、今回は「過半数の賛同を得なかったので、訴追もしないし、訴追猶予もしない」というのが正当だっただろう。
 なのに、事実誤認による裁定を下した人が2名いたせいで、「訴追猶予」になってしまった。

 従って、この裁定の核心を言うならば、「裁定を下す人たちが事実誤認(誤読)をしたせいで、ありもしないことがあったことと見なされて、おかしな裁定が下った」というふうに要約することができるだろう。
 これは、事件の本質ではなくて、裁定の本質だが。
( ※ 事件は、パンツ裁判官のこと。裁定は、裁判官訴追委員会から調査を付託された小委員会のこと。話は別だ。)



 【 関連サイト 】

 関連情報。

  → 岡口基一裁判官、独占インタビュー「言論の自由を封殺した最高裁へ」(岩瀬 達哉)
  → ツイッターで懲戒が許されるのか? 岡口裁判官の分限裁判で報道されなかった論点とは。(伊藤和子)

 以上はいずれも、人権派の人からの「処分反対」という理由であるようだ。ま、その気持ちはわかる。私も当初はそういう気持ちだった。……本人が軽い処分を拒否した、という事実を知るまでは。

  → 放置された犬を保護して飼育 3カ月後に返還要求、裁判に発展

 これは、裁判官がどうのこうのというより、モンスター原告のせいだろう。「自分がみっともない訴訟をしたことを理解しているので、自分がみっともないことをしたと周知されたくない」という怒りが生じて、ツイート主に向けられた。
 犬を捨てたモンスター飼い主の気違いじみた発言に振り回されて、裁判官を処分する国会。シッポに振り回される本体みたいだ。末期症状だな。



 [ 余談 ]
 「ツイッターをやめろ」と株主に訴えられたのに、どうしてもツイッターをやめられない天才的経営者がいる。
  → イーロン・マスク氏「Twitterアカウントを削除した」とTwitterで宣言 - ITmedia NEWS

 「ツイッターをやめます」とツイッター上で語るわけだ。「私は嘘をつきません」という嘘をつくのに似ている。
 
posted by 管理人 at 22:00| Comment(0) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
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