2019年06月16日

◆ ベネズエラに武力行使すべきか?

 独裁者の下で国家崩壊しているベネズエラでは、餓死者が続出している。では、問題解決のために、武力行使をするべきか?

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 独裁者の下で国家崩壊しているベネズエラでは、餓死者が続出している。
  → 給料は紙くず、餓死者も…:朝日新聞
  → 【ベネズエラ】給料つぎ込んでもチーズが買えない 餓死者も

 インフレもハイパーレベルだ。
 ベネズエラ中央銀行は12日、3種類の高額紙幣を導入すると発表した。最高額を一挙に100倍に引き上げる。同国は2018年8月にインフレ対策として通貨の単位を5ケタ切り下げるデノミを実施したが、年率81万%のハイパーインフレのなか、現状の紙幣では支払いに対応できないケースが増えていた。
 決済にはデビットカードやネットバンキングを使ったキャッシュレス化が進んでいた。しかし足元では停電や通信環境の悪化により、再び紙幣の重要性が増しているという。
( → ベネズエラ、高額紙幣発行へ 最高額100倍に引き上げ:日本経済新聞

 ハイパーインフレには電子マネーで対応できる……と思っていたら、停電続発で電子マネーが使えなくなってしまう、というオチ。まるで冗談だ。

 どうしてこうなるかというと、国境封鎖で物資が流れ込まないからだ。
  → ベネズエラ、ブラジル国境閉鎖へ 支援物資入れない狙い:朝日新聞

 最近になって、ようやく一部で国境封鎖の解除をしたが、商業物資の流入はなくて、人間の通行(および手荷物)が認められただけだ。
  → ベネズエラ、コロンビア北部での国境封鎖解除 ジョリーさん訪問 - 産経
  → ベネズエラ コロンビア国境の封鎖解除 物資の買い出しに人殺到 | NHK

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 さて。こういうひどい状況を見て、何とかすべきだと思ったらしく、朝日新聞が社説を記している。
 ベネズエラが深刻な人道危機に陥っている。栄養失調や医薬品不足で命を落とす子どもたち。停電が慢性化した市街地。
 これだけ危機が深まっているというのに、国際的な緊急支援は現地に入ることすら難しい。マドゥロ大統領率いる政府が、大規模な危機の事実を正面から認めないからだ。
 だが人道支援を阻むものは、現政権の独裁的な姿勢だけではない。政争の背後にある国際関係が厚い壁となっている。
 米国はグアイド氏を支持し、体制転換の圧力を強めている。中国とロシアは現政権に肩入れしており、間接的な大国間のにらみ合いになっている。
 武力介入の可能性も否定しないトランプ米政権の言動は危うい。一方、現政権の強権を黙認する中ロも無責任である。
 2005年の国連サミットでは、「保護する責任」の概念が確認された。国家が国民を守る責任を果たさない場合は、国際社会がその義務を負う、とした画期的な原則だった。
 だが今のベネズエラ問題を含め、近年、「保護する責任」の論議は低調だ。体制転換を認めるかや内政不干渉の原則などをめぐり、米欧と中ロの根源的な論争の出口が見えていない。
 破綻(はたん)国家の悲劇を繰り返さないために、米中ロは非難の応酬をやめ、人道支援に絞った合意を導く手法を見いだすべきだ。
( → (社説)ベネズエラ 人道危機を覆い隠すな:朝日新聞

 「米中ロは非難の応酬をやめ、人道支援に絞った合意を導く手法を見いだすべきだ」
 と結論する。だが、そんな手法があるのだろうか?

 一般的には、武力行使を使わない手法として、「経済封鎖」という手法がある。(経済制裁の一種)
 だが、今回はこれが無効だ。なぜなら、ベネズエラの側(国境封鎖という形で)自分の側で経済封鎖をしているからだ。自分自身に経済封鎖をしている相手に、「経済封鎖をするぞ」という脅迫は無効となる。
 とはいえ、自分自身に経済封鎖をするというのは、ほとんど狂気の沙汰である。(自殺に近い。)

 では、どうしてベネズエラは、そういう馬鹿げたことをするのか?
 それは、国家の崩壊を認めても、体制の崩壊を認めたくないからだ。「たとえ国民全員が死んだとしても、大統領自身は大統領の座から離れたくない」ということだ。
 そして、それは、「自分の寿命の時期まで続けばいい」ということでもある。あと 20年ぐらいは、何とかして、大統領の座にしがみつきたい。そのためであれば、国民全員が餓死しようと知ったことではない、ということだ。
 これが、一見バカげた、「自国を経済封鎖する」ということの目的だ。
 そして、こういう状況であればこそ、「他国が経済封鎖をする」ということは無効となるわけだ。

 ──
 
 ベネズエラのような国には、経済封鎖(経済制裁)という手法は無効である。とすれば、残るは武力行使しかない。しかも、いったん経済封鎖をしたあとでは、経済的な体力が大幅に低下しているので、戦争遂行能力の大幅に低下している。他国が武力行使をすれば、あっさり勝利できる。(敵味方の被害がとても少ないまま、勝敗の決着が付く。)
 経済封鎖のあとこそ、武力行使の最適の時期なのである。

 ──

 ところが、朝日のような平和主義者は、武力行使に反対する。あくまで平和的に(戦死者なしに)話し合いで解決しようとする。しかし、そのような状況を続けても、解決は永遠にありえないのだ。単に餓死者が続出するだけなのだ。

 ここでは、次の二者択一となる。
  ・ 平和主義を取る (独裁者・餓死者を放置する)
  ・ 武力行使をする (独裁者・餓死者を解消する)

 この二つのうち、一方しか取れない。
 平和主義を取れば、戦死者を出さずに済むが、独裁体制は続いて、大量の餓死者が発生する。
 武力行使をすれば、平和主義という理想の火は消えるが、現実レベルでは独裁者・餓死者という問題を解決できる。
 この二つのいずれかであって、その双方を取る手はないのだ。なぜなら相手は、「自分を経済封鎖する」というバカげた方針をとる国だからだ。
 「平和主義で、独裁者・餓死者を解消する」
 というのは、最も好ましいことではあるが、その道を独裁者がふさいでしまったのだ。「国よりも自分一人を重視する」という方針(狂気の方針)を取ることで。
 そして、狂人にはもはや理性的な判断はできないのだから、狂人とはいくら話し合いをしても無駄である。あとは、次の二つしかない。
  ・ 武力行使をせず、問題を放置する。
  ・ 武力行使をして、問題を解決する。

 この二者択一こそ、真実(現実)だ。

 ──

 ところが、朝日新聞は、この真実(現実)を理解しない。二者択一だということを理解しない。そして、両立不可能な二つをともに追い求めている。「二兎を追うものは一兎をも得ず」を実行する阿呆のように。

 日本には、二つの道が残されている。
  ・ 武力行使によって手を汚すことで、他国民の命を大量に救う。
  ・ 武力行使によって手を汚すことをせず、他国民を見殺しにする。


 朝日新聞は、自己の理念に忠実であるならば、後者を選ぶべきだ。平和主義を標榜し、自分の手を汚すことを徹底的に拒むが、同時に、他国民が大量に餓死するのを見ながら見殺しにする。人道主義よりも、平和主義を優先する。……それこそ、いかにも朝日らしいことだ。勝手にその道を取るといいだろう。(お薦めはしないが。)
 だが、その際、「自分は大量の命を見捨てたのであり、自分の理念のために大量の命を殺したも同然だ。自分のエゴイズムで大量殺害した悪魔も同然だ」ということを理解するべきだ。そして、そう理解した上で、「人道的」なんていう言葉は、二度と口にしないようにするべきだ。



 [ 付記1 ]
 「じゃあ、おまえはどうなんだ?」
 と言われたら……

 もちろん、朝日とは反対だ。
 「自分の手を汚すが、大量の命を救うべきだ」
 というふうに主張したい。
 ベネズエラを攻撃する国際的な軍事組織(連合軍)を結成した上で、その一部として自衛隊が参加するのと認めるべきだ。
 ただし、派遣された自衛隊の指揮権は、日本国でなく連合軍の指揮官に与えた方がいい。それなら、日本が軍事的に戦ったことにはならないので、憲法上の問題を回避できる。(異論はあるだろうが、論争中ということで、かろうじて回避できる。)
 日本の首相には、「自衛隊の派遣を取りやめる」という選択肢はある。連合軍の指揮官が勝手なことをしたら、いつでも自衛隊を引き上げることができるわけだ。……こういう条件を設定できるので、自衛隊が無茶なことをすることもないだろう。たぶん、後方支援や兵站(補給)ぐらいだ。

 [ 付記2 ]
 「自衛隊員が死んだらどうするんだ」
 という疑問が出そうだが、連合軍は陸上兵力を使うことはほとんどないはずだ。最初は敵の飛行機を破壊する。次に、制空権を握った状態で、敵の戦車や基地を破壊する。こうして敵の地上戦力を壊滅させたあとで、ようやく陸上戦力が投入される。
 この時点では、敵の地上戦力は破壊されているので、陸上での戦闘が起こることもない。陸上戦力は、単に制圧のために投入されるだけだ。戦闘がないので、戦死者(※)もほとんど出ない。

 ※ 狭義の戦死者、の意。
   うるさく問い詰める異論が出そうだ、とコメント欄に指摘あり。

posted by 管理人 at 11:19| Comment(5) |  戦争・軍備 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつもながら秀逸なご指摘をありがとうございます。
人権屋さんのきれいごとが抱える矛盾を端的にご指摘されていて、非常に参考になりました。

本質に対するコメントではないので、不要でしたら削除してください。

@日本語の違和感
>平和主義を標榜し、・・・他国民が大量に餓死するのを見殺しにする
→「大量に餓死する他国民を見殺しにする」

A付記2について
戦死者がでない。と言い切るのは困難でしょう。例えば、制空権を掌握し、戦車等が壊滅した状態でイラク戦争の地上戦が展開されましたが、ゲリラ戦法で多少の戦死者は出ました。貴稿の指摘する本質に関係ない議論に発展しそうなので、言及は避けたほうがいいかと諌言いたします。
Posted by 元大学生 at 2019年06月16日 23:28
 ご指摘に従い、@A とも、該当箇所に少し加筆しました。
Posted by 管理人 at 2019年06月17日 00:01
ベネズエラ人を救うために、何の関係もない自衛隊員にベネズエラ人を殺しに行けという発想が理解不能です
Posted by あさひ at 2019年06月21日 09:53
基地を破壊しろということですが、基地には戦闘員や基地で働く従業員もいるわけで、、家族を殺されたベネズエラ人は独裁者がいなくなったからといって日本に感謝しますか?
ピンポイントで独裁者だけ暗殺できるなら可です。
Posted by あさひ at 2019年06月21日 10:01
 戦争というのは、善と悪からの二者択一ではなくて、大きな悪と小さな悪との二者対立です。誰も殺さずに独裁者を排除できれば理想的だが、そんなものを夢見ているのは現実遊離した妄想にすぎない。現実には、小さな悪を選択しなければ、大きな悪を放置することになる。
 あなたの意見は、要するに、「小さな悪に関わるのがイヤだから、大きな悪を見過ごそう」ということ。
 つまり、「独裁者を放置して、多数の弱い市民が餓死していくのを放置しよう。自分がおいしいものを食べて気楽に過ごせば、他人が大量に死ぬのはほったらかしにしておこう。見殺しにするのが最善だ」ということ。

 それは独裁者が最も喜ぶ意見です。あなたはたぶん、ベネズエラの独裁者に表彰してもらえますよ。偉大なる協力者として。
 同様に、北朝鮮や中国の独裁者も、あなたには拍手喝采です。「もっと言って。もっと、もっと」と称賛するでしょう。「トランプが中国や北朝鮮に制裁するのも止めてちょうだい。おれたちの味方になってね」と。
 自分が一人も殺さないことで、独裁者が大量に殺すのを放置しながら、ケーキでも食べているんでしょう。楽しそうですね。

 ──

 なお、相手の軍人の被害は、やむを得ない。軍隊に所属していながら、「攻撃されたくない」というのは、自己矛盾。軍人というのは戦争をするためにいる。戦争に関わりたくないのなら、軍隊を脱するべき。逃亡でもなんでも。

 ※ Wikipedia で調べたら、ベネズエラは志願兵なので、いつでも好き勝手にやめることができる。軍隊をやめないのは、自分の自発的意思。つまり、もともと殺意のある人々だけ。
 ※ 自衛隊の海外派兵も、志願制です。行きたくない人は、行かなくてもいい。たいてい、親が「行くな」と頼むが、本人は「行く」と決める。
Posted by 管理人 at 2019年06月21日 12:56
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