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統合が破談になったことについては、すでにあちこちで報道されているとおり。FCA が統合の提案を引っ込めた。その理由は、フランス政府の要求が過剰であったことだ。( FCA 自身がそう述べているので、間違いない。)
→ FCA、ルノーへの統合提案取り下げ 「仏政治情勢」理由に - ロイター
→ 仏政府に猛反発、統合白紙に FCA、日産には謝意:朝日新聞
→ FCAとルノーの統合白紙=世界首位メーカー誕生ならず
→ FCAルノー連合潰した仏政府 交渉関係者の懸念的中:日経
→ FCA、ルノーとの経営統合案を撤回 仏政府に「成功の政治状況でない」と強い不満 - 産経
→ FCAがルノーとの経営統合案を撤回−仏政府に責任と非難 - Bloomberg
→ 「仏政府とは対立」FCA関係者 ルノーとの統合破談で:朝日新聞
さて。これらの記事を読んで、納得できるか? 「納得できない」と思う人が多いだろう。隔靴掻痒たる感がある。おおまかにはわかっても、どうにも核心が理解できない。……そう感じる人が多そうだ。
そこで、私が解説しよう。
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上記の各種記事に記されているが、フランス政府はいくつかの過大な要求を出した。
・ フランス国内での雇用の保障
・ 配当の保証
・ 事業の本部をフランス国内に置くこと
・ フランス政府が取締役が出すこと
・ CEO をルノー側から出すこと
どこまで面の皮が厚いんだか……というような要求だ。で、これに耐えきれなくなった FCA が、すべてを放り出したわけだ。
以上の流れを簡単に(比喩的に)示すなら、こう言える。
“ 恋人同士が結婚しようとしたら、男に対して女の親が、「持参金をもっと持ってこい。大金を寄越さなければ、娘はやらん」と過大な要求をしたので、破談になった。”
若い男と女が、出会って、愛しあって、結婚に合意した。何も問題はないはずだった。二人とも望みは満たされていた。そころがそこへ、女の親がしゃしゃり出た。
「娘と結婚したければ、持参金をもっと持ってこい。大金を寄越さなければ、娘はやらん」
面の皮が厚すぎる要求だ。かくて、男の側は、呆れはてて、結婚話を破談にした。「プロポーズは撤回します。さよなら」というふうに。
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では、どうして、こういうことが起こったか? フランス政府はこう考えたからだ。
「FCA からは、最大限の妥協を引き出そう」
そのことは、下記記事にも書いてある。
関係者によると、ルノーに 15%を出資する仏政府が自国に有利な条件を引き出そうと要求を積み重ねた。ルメール仏経済・財務相は「いい条件で統合されなければならない」として、「統合でルノー側の雇用が一切損なわれないこと」などの確約を引き出そうとした。これにFCA側が不満を募らせたという。
最大限の妥協を引き出そうとして交渉に介入した仏政府の姿勢が裏目に出た形だ。
( → FCA、ルノーとの統合案撤回 雇用維持求める仏政府に不満:朝日新聞 )
「最大限の妥協」と記してあるが、これは日本語になっていない。正しくは「最大限の譲歩」である。仏政府は FCA に、「最大限の譲歩」を求めたのである。そして、それに対して、FCA は堪忍袋の緒を切らした。
では、どうしてか?
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一般に、交渉ごとであれば、相手に「最大限の譲歩」を求めるのは当然である。外交であるならば、それが常道だ。では、そのような「交渉の常道」を取ったフランス政府の、どこが間違っていたのか?
それは、先の男と女の話を読めばわかる。「男と女はすでに合意していた」ということだ。そして、これに対しては、女の親は介入するべきではなかったのだ。結婚は男と女の合意でなされるものであって、親が口出しをするのが根本的に間違っているからだ。
企業の合併もまた同じ。企業同士の合併に、政府が口出しをするべきではないのだ。
男と女であれば、最も大事なのは愛であり、それに親は口出しするべきではない。
企業同士であれば、最も大事なのは双方の利益であり、それに政府は口出しするべきではない。
これはまた、「資本主義社会では社会主義みたいな方針を取るべきではない」ということだ。特に、「フランスの雇用を守れ」みたいな社会主義丸出しの方針を取るべきではないのだ。……こんな親を見たら、男は誰だって逃げ出すに決まっている。(自分の仕事に相手の親が介入して、自分で仕事をすることもままならなくなれば、自分の人生は破壊される。そんなことを許容する男はいない。)
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ここでは重要なポイントがある。次のことだ。
「この結婚(企業統合)は、もともと釣り合いの取れたものではなかった。生産台数でもかなりの差があるし、企業業績でも差があるし、時価総額でも差がある。とうてい、対等ではない」
「特に、ルノーの時価総額の3分の2は、日産の株式保有であり、ルノーという会社の事業はもともと3分の1しかない」
「総合的に見れば、FCA の自動車事業は、ルノーの自動車事業に比べて、4倍の価値がある。4対1だ。ルノーには、日産の保有株という価値が2あるので、総合的には4対3ぐらいにまで縮まるが、事業だけを見れば、4対1だ」
ここまで圧倒的な差があるのだ。これはもはやまったく不釣り合いな結婚である。「王子と貧しい村娘(シンデレラ)」みたいに不釣り合いだ。(貧しい村娘にしてみれば、玉の輿である。)
にもかかわらず、FCA は「対等合併」(株式の保有比率を 50対50 にすること)という、すばらしいプレゼントを贈ってくれたのだ。
これはいわば、「結婚後は夫婦で財産を半分ずつ共有するよ」というようなものだ。あまりにも豪華な贈り物だ。
男の方としては、「これほどの巨大な贈り物をして、最大限の譲歩をしたんだ。何も不満があるわけがない」と思うだろう。もちろん、娘の側もそれがわかっていた。だから嬉しさのあまり、すぐにプロポーズを受諾した。あっという間に受諾したのである。
そこへ娘の親がしゃしゃり出た。
「 50対50 では、まだ足りない。できる限りの譲歩を求めよう。あれやこれやと、贈り物の追加を求めよう。さらには、娘の親にも豪華なプレゼントをすることを求めよう。これこそ外交交渉というものだぞ」
これを聞いて、男は呆れた。あとで交渉なんかしないで済むように、あらかじめ最大限の譲歩をした。そうやって、最大限の誠意を見せたのだ。なのに、それをまったく無にされたのである。こういうことをしてくる人間は、もはやまともな人間ではない。話の相手にはならない。根源的に誠意を欠いた人間とは、交渉などができるはずがないのだ。
だから男は告げた。「さよなら」と。
……これが今回のてんまつだ。
[ 付記1 ]
実は、こうなることは、私は予想していた。
「フランス政府が過大な要求をしている」と報道された6月4日の時点で、呆れはてていた。
「フランス政府がこんな欲張りな強欲ババアみたいなことを言い出すのであれば、FCA はちゃぶ台をひっくり返すべきだ。統合を破談にするべきだ」
そう思ってはいたが、それがすぐに実現するとは思っていなかった。世の中の人間というのは、たいてい、決断がすぐにはできないからである。
しかるに、FCA の若きプリンスと称される会長は、違った。さすがに超優秀なエリート経営者と見なされるだけのことはあった。私と同じように判断した。つまり、すぐさま「統合を破談にする」と決めたのだ。実に頭がいい。拍手喝采しよう。私がベストだと考えることをまさしく実行したのだから、褒めるしかないね。
ただし、これは喧嘩別れとは違う。彼(または側近)はこうも述べている。
「ルノー、日産との関係は良好で何の問題もないが、仏政府とは対立する立場で、出された条件について議論する意向もなかった。仏政府が介入する以前の状況に戻るなら、再交渉する可能性は残っている」
( → 「仏政府とは対立」FCA関係者 ルノーとの統合破談で:朝日新聞 )
完全な破談ではない。親の介入(仏政府の介入)がなければ、結婚(企業統合)は可能だ、と述べている。
ただし、それが実現するには、「仏政府の介入がないこと」が絶対条件となる。つまり、「一切の口出しをしない」という形で、仏政府の完全屈服が条件となる。
そして、この条件が満たされない限りは、統合はありえないだろう。それが私の見通しだ。
なお、仏政府がどうするかは、マクロンの胸三寸しだいなので、さすがの私にも予想は付かない。
・ 自分のメンツにこだわって、譲歩しない。(バカ)
・ 自分のメンツを捨てて、完全に譲歩する。(利口)
この二つのいずれかだが、どうなるかははっきりとしない。常識的に考えれば、マクロンはこれまでずっとバカだったのだから、バカの道を取ると考えるのが当然だろう。
ただし、バカが反省して利口になるということも、稀にはある。そういうことがあれば、後者になるかもしれない。……しかし、歴史上、「バカが反省して利口になった」という例は、きわめて稀である。特に、「自分は利口だ」と思っている自惚れ屋は、たいていがバカの壁を破れないものだ。
[ 付記2 ]
FCA はどうするか? 当面は、様子見だろう。
その後、しばらくしたら、(日産の株式総会のあとでは)、日産に企業統合を持ちかけるかもしれない。
そもそも、FCA の目的は、ルノーではなくて日産だ。日産の技術だ。
そもそも、フィアットがこの連携を求めたのは、ルノーが狙いではなく、日産の技術が狙いだ。特に、EV と自動運転が狙いだ。
( → フィアット・ルノー 経営統合: Open ブログ )
そして、その日産の技術を得るために、日産の株を保有しているルノーと統合しようとした。この際、狙いは、ルノーの技術や設備ではないのだ。あくまで日産の持株が狙いだったのだ。
とすれば、ルノーなんかをほったらかして、FCA は日産と統合した方が手っ取り早いとも言える。
日産としても、FCA と統合すれば、「ルノーに 43%の株を握られる」という状況が解消するので、経営の独立性が高まり、好都合だと言える。
FCA は、フランス政府みたいな植民地支配の方針を取らないので、日産の経営の自主性を脅かすことはないだろう。日産としては、ルノーの影響を減らすためにも、FCA と統合することにはメリットがあるのだ。
FCA としても、「日産の親会社になる」という野望は満たされなくなるが、「日産と結婚する」という望みは満たされるので、「結婚後は妻として夫に従います」というふうにすることにやぶさかではあるまい。かくて、これはこれで、うまく行く結婚だと言える。
ただ、こうなると、ルノーは「正妻」の立場を失い、「第2夫人」みたいな立場に格下げとなる。ルノーにとっては、踏んだり蹴ったりだが、もともと(フランス政府と)自分の強欲さの招いた結果である。その意味では、「身から出た錆び」と言えなくもない。諦めるしかないね。
で、そういう FCA の方針を見抜いたら、今になって、フランス政府の方針も変わるかもしれないが……マクロンみたいなお馬鹿さんに、そこまで頭が働くはずがないだろう。
FCA のプリンスみたいな優秀な経営者と、マクロンみたいなお馬鹿さんとでは、経済や経営への理解が、月とスッポンほどある。
マクロンのやれることと言えば、ルノーを衰退させることだけだろう。それはいわば、欲張りすぎる強欲婆さんが、すべてを失う……という舌切り雀の話と同様だ。
[ 付記3 ]
「結婚を親に反対されたなら、女は駆け落ちをすればいいだろ」と思うかもしれない。なるほど。そういう発想もある。
だが、女は駆け落ちを拒んだのである。つまり、男から「結婚しろ。婚姻届に署名してくれ」と言われたら、女は「親が承諾するまで署名しません」と言った。
正確には、こうだ。ルノーの取締役会で、フランス政府の代理人1人が反対したら、ルノーの取締役の全員が統合への署名を拒否した。交渉延期というフランス政府の方針を支持した。つまり、駆け落ちの拒否である。(だから FCA は、駆け落ちを拒否したルノーそのものを拒んだのである。)
[ 付記4 ]
株価は、統合の撤回の発表後では、
・ FCA は変動なし。(一瞬、暴落したが、すぐに戻る。)
・ ルノーは1割の暴落。
ルノーは、統合が明るみになってから株価が急上昇したが、統合の撤回後には、それ以前よりもさらに下がった。
フィアット創業家の持ち分は、29%から 12%ぐらいにまで下がる。
現状では 44%のルノーが傑出していたが、27%と 12% の大株主がともにあれば、27% の方が独裁的にふるまうことはできなくなる。その他の株主次第となる。3% ぐらいの株主をたくさん集めた方が、多数派を形成できる。
結果的に、群小の株主の意見が尊重されるので、民主的になる。どこかひとつが独裁者としてふるまうことはできなくなる。
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フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)が、統合提案を発表する前から仏政府と調整し、日産自動車の支持を両社の統合の前提条件にしないとする約束を交わしていたことがわかった。FCA関係者が明らかにした。ルノーの取締役会で仏政府側がこの約束をほごにし、日産の支持を得られていないことを理由に採決の先送りを求めたことが提案の撤回につながったとしている。
FCAは、日産の支持を統合の前提条件にしないとする事前の約束がほごにされたと受け止め、即座に提案の取り下げを決めた。統合協議を「このまま進めても、同じようなことが起こるかもしれない」(関係者)と仏政府への不信感を強め、急転直下の破談に至ったという。
https://www.asahi.com/articles/ASM675745M67ULFA01M.html
日産にとっては朗報かもしれません。
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO45875230Y9A600C1EA5000
以下、引用。
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> フランスのルメール経済・財務相は8日、仏政府が筆頭株主の仏自動車大手ルノーと連合を組む日産自動車との経営統合の議論について、「今がふさわしい時期とはまったく思わない」と述べた
https://www.asahi.com/articles/ASM6851K5M68ULFA00F.html
月曜日にルノーの株がどうなっているか、興味津々だ。「フランス政府が介入の度合いを弱めると公言したから、ルノーの株価が上昇した」となったら、笑っちゃうよね。
→ https://www.asahi.com/articles/DA3S14050440.html
それどころか、これまで合意していた日産の定款変更に、急に反対した。そのせいで日産は激怒。
https://www.asahi.com/articles/ASM6B4PP7M6BULFA013.html
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45923420Q9A610C1TJC000/
なぜ? 背景にはどうやら、ルノーが FCA との統合をふたたび模索していることがあるようだ。
ただしこの際、日産はルノーに出資の大幅引き下げを求めているという。
https://jp.reuters.com/article/fca-renoult-ma-again-idJPKCN1TB05J
一方でフランス政府は、FCA との統合のときに求める条件を引き下げる気はないという。つまり、譲歩しない。ならば FCA が合意するはずもないので、フランス政府はまったくやる気がないとも見える。
https://www.excite.co.jp/news/article/Reuters_newsml_KCN1TB12E/
まったく、フランス政府の方針は自己矛盾的だ。方針がまったく定まらないようだ。もうメチャクチャである。迷走しているとしか言えない。先行きも不明。自分でもわかっていないのだろう。「頭がおかしい」としか言いようがない。