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日産・ルノーの経営統合については、これまで何度が言及してきた。
→ 日産とルノーの関係は?: Open ブログ
→ 日産・ルノー経営統合?: Open ブログ
→ 日産・ルノー経営統合 2: Open ブログ
→ 日産とルノーは統合すべきだ: Open ブログ
→ 経産省は日産を守れ: Open ブログ
その後、昨日の記事で、次のことが報道された。
仏ルノーが日産自動車に正式に提案する経営統合案の全容が26日、明らかになった。共同持ち株会社を設立して傘下に日産とルノーをぶら下げる。本社は日仏以外の第三国に置き、両社が同数の役員を指名する。
統合案では、両社の一般株主が新会社の株式を受け取る比率が同等になるようにする。日産の時価総額は約3兆8000億円なのに対しルノーは約2兆2000億円と差があるため、調整する方法を検討する。
持ち株会社の本社はシンガポールなど欧州域外に置くことも検討する。
ルノー側は提案に数々の配慮を盛り込んだが、日産の望む水準とはなお開きがありそうだ。日産が求めるのは形式的な「対等」にとどまらない。日産の方が事業規模や時価総額が大きい点を反映し、役員選任などで優位に立つべきだとの考え方が根底にある。
( → ルノーの日産との統合案判明 持ち株会社方式で :日本経済新聞 )
こんな提案をまともに出すということで、これは滅茶苦茶も極まりない。ほとんど詐欺と言える。
そこで、詐欺を指摘する本サイトが、実態を明らかにしよう。
文中にもあるが、日産とルノーの時価総額は大きく隔たっている。最新データで見ると、時価総額は、
日産 …… 3.77兆円
ルノー …… 2.26兆円 (182億ユーロ)
である。
では、双方の価値全体の総額は、合計して
3.77兆円+2.26兆円=6.03兆円
となるか? いや、そんなことはない。ここでは、ルノーが持つ日産株の価値( 1.65兆円 )が、二重にカウントされていることになる。また、日産が持つルノー株の価値( 0.34兆円 )も、二重にカウントされている。
※ ルノーの持つ日産株は 43.4%。
日産が持つルノー株は 15.0%
保有株の分は、事業価値でなく、資産となる。それを分けて考えよう。事業価値だけを見るには、資産の分を引けばいい。
ルノーの事業価値は、時価総額から、日産株の価値を引いて、
2.26兆円−1.65兆円=0.61兆円
だから、ルノーの事業価値は 0.61兆円となる。(残りは日産株の資産価値)
日産の事業価値は、時価総額から、ルノー株の価値を引いて、
3.77兆円−0.34兆円=3.43兆円。
だから、日産の事業価値は 3.43兆円となる。
ここで、持株会社と子会社の関係を見ると、もともと保有していた相手会社の株は、そっくりそのまま持株会社に移る。一方、事業価値については、それがそのまま子会社の価値となる。
日産(子会社) の時価総額 …… 3.43兆円
ルノー(子会社)の時価総額 …… 0.61兆円
これが、それぞれの子会社の事業価値だ。
となれば、これらが対等のわけがない。持株会社方式でそれぞれが子会社になったら、対等の資格がない。ルノーはもはや日産に比べ、圧倒的な弱小メーカーとなる。(資本上でも親会社ではなくなる。)
事業規模ではおよそ 6:1 なのだから、取締役の数もまた、6:1 にするべきだ。つまり、取締役を7人にして、そのうち6人が日産出身者で、1人だけがルノー出身となる。それでこそ公平と言えるだろう。
これはつまり、ルノーが日産の子会社になるということだ。このことは、先の項目で提案したとおりだ。「日産がルノーを子会社化する」という形での統合だ。
→ 日産とルノーは統合すべきだ: Open ブログ
こういう形での統合ならば、何も問題ではない。
ところがルノーは、そうしないで、「対等にする」という。もともと圧倒的に小さな価値しかもたないものが、対等の権利を持とうとするのなら、ペテンも同様だ。
比喩で言えば、「私の 10円玉を、あなたの百円玉と交換しましょう。どちらも同じ価値を持つので、いいでしょう。ね? 公平でしょう?」と言いくるめるようなものだ。呆れる。
これだけでもひどいが、さらにその上、持株会社の経営トップをルノー側にするという。
《 「共同持ち株会社を設立」「トップにスナール会長」 ルノー、日産との経営統合案 》
日産自動車に経営統合を今月提案した仏ルノーが、両社が共同持ち株会社を設立し、傘下に両社がぶら下がる形の経営統合を求めていることが26日わかった。複数の関係者によると、持ち株会社のトップにはルノーのジャンドミニク・スナール会長が就き、本社は日仏以外の第三国に置くことを提案する方針だ。
( → 朝日新聞 )
これは「対等」の名の下に、日産をルノーの支配下に置く、ということだ。呆れる。
これぞ、まさしくペテンだと言えよう。(詐欺同然。)
かくて、本来は子会社であるべきルノーが、舌先三寸の「対等」という言葉でだまくらかして、実質的には日産を支配下に置こう……という魂胆が、暴露された。
詐欺師のペテンをあからさまにするのが、Openブログ。これを聞いたら、だまされないように注意しよう。
[ 付記 ]
「日産がどうなろうと知ったこっちゃないね」
と思う人もいるだろうが、とんでもない。あなたの財布を直撃する。
なぜか? 日産は日本で納税しているが、オランダやベルギーなどに持株会社をすえられたら、納税は欧州でするようになるから、日産の納税する数千億円もの金を日本は奪われるからだ。何十年もの総額では、数兆円、数十兆円にもなる。それをごっそり持って行かれる。
これほど巨額の金を、ガッポリ盗まれるのだ。ペテンによって。
それでも平然としていられるようなら、よほどおめでたいバカだとしか思えない。
そして、それに気づかないのが、日本政府だ。経産省も財務省も、のほほんとしている。呆れるしかないね。詐欺師に金を盗まれるのを、堂々と見逃す。
本サイトを読んで、きちんと理解しよう。数十兆円もの金を盗まれるばかりなのは、あまりにも愚かしい。

大型連休で休みですから。
ただ、6月の株主総会で数の力によって日産に統合案を呑ませるであろうことは容易に想定できます。これを阻むには?
政府による介入は自由主義経済社会への官の介入として批判を浴びそうです。おまけに国が絡むとロクなことがない気がします。JDI、エルピーダ、ルネサスなど...
それなら、三菱か、となると三菱自動車にはそこまでの余力はないんじゃないかと。三菱グループならありえる話ですが、以前ダイムラーとの提携で失敗していますから及び腰でしょうし。
また税金で何とかしろって言うのか?
先に説明済み。
→ http://openblog.seesaa.net/article/465368061.html
> 三菱自動車にはそこまでの余力はない
日産が融資する、と説明したでしょう。ちゃんと読みましょう。三菱は代理になるだけです。名義貸しみたいなもの。
http://openblog.seesaa.net/article/465336905.html
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> 今の日本に日産自動車なんて要らないだろ
本文で説明済み。
「日産の納税する数千億円もの金を日本は奪われるからだ。何十年もの総額では、数兆円、数十兆円にもなる」
数十兆円の金を奪われてもいいと思うのなら、頭を疑った方がいい。
> 何でルノーに経営権を渡したんだ?
そのときは大赤字だったから。今は大幅黒字。全然違う。
あと、経営権を渡したときには、数千億円もの出資金を受けている。タダで渡したんじゃない。
あなたの頭には、金の金額を計算する能力がまったくない。
> また税金で何とかしろって言うのか?
黒字企業は、金を奪うのではなく、金を与えてくれるんです。金額の勘定ができないだけかと思ったら、プラスとマイナスの違いもわからないのか。
幼稚園で勉強し直して下さい。
>日産が融資する、と説明したでしょう。
ルノーの株式買い増しの資金を日産が三菱に融資すると。日産の大株主であるルノーが、自社が不利になる三菱への融資を容認するのでしょうか。
三菱へのルノー株式買い増し資金の融資を、ルノーに呑ませる日産の理屈はどうなりますか。
話が逆です。ちゃんと読みましょう。フランスの介入主義を無効にするだけです。
あなたの理屈は「警官は泥棒を逮捕するべきだ」という主張を見て、「警官による暴力主義に賛成するんですね」と言うようなもの。話が正反対。
> 自社が不利になる三菱への融資を容認するのでしょうか。
そこは経営者の裁量権の問題。そんなこまかいことまで私が決めることじゃない。日産の経営者にでも聞いて。
ルノーがですよ。
なお、いったん融資が成功してしまえば、その株を日産が引き取ることで、ルノーの持つ日産株は議決権が無効化するから、もはや日産はルノーの子会社ではなくなる。ルノーが何を言っても、後の祭り。
ルノー自身の不利益に繋がるような日産の経営判断には、必要以上にルノーが株主の権利を行使して介入、してくるのではないか、というのが私の見解です。
巨額の融資と株式の買い集めが隠密裏に進めばいいのですが。
その場合は即時、協定にしたがって、日産がルノーの株を買い増しすることができて、25%を上回るので、ルノーのもつ全株が無効化します。
ただしそのためには、買いますことができることが必要だ。そのための株をあらかじめ三菱が買っておけばいい。
三菱が日産株を買うことには、ルノーは介入できない。三菱はルノーの子会社じゃないので。
別に隠す必要はない。堂々と公言しておけば、ルノーは圧力を受けて、何もできなくなる。隠すより、公言した方がいい。威圧する。
あまりにも質問が多すぎるので、質問を控えて下さいませんか?
(1)
本文にすでに説明済みのことを質問することが多すぎます。自分が読み直せばわかることを、いちいち質問するので、私が「ここを読めばわかる」と答えることが何度もある。
わからなければ、質問する前に、本文を読み直して下さい。
(2)
本文を読んでもわからないことは、話の対象外なので、いちいち質問しないで下さい。たとえば、本項では、
> ルノーの株式買い増しの資金を日産が三菱に融資すると。日産の大株主であるルノーが、自社が不利になる三菱への融資を容認するのでしょうか。
> 三菱へのルノー株式買い増し資金の融資を、ルノーに呑ませる日産の理屈はどうなりますか。
というのは、話の対象外です。ついつい答えてしまいましたが、そんなことまでいちいち答える必要はないし、質問するのも失礼すぎます。
私はあなたの無料相談役ではないので、あなたの質問に答える義務はありません。
あなたのやっていることは、私の時間を奪うことであり、乞食が金をせがむのと同じことです。
私はついつい、せがまれたものを与えてしまったけれど、とても迷惑です。
あなたの個人的な質問をするのは、控えて下さるよう、お願いします。
※ 自分が何を得たいか、よりも、自分が何を貢献できるか、を考えて書いてください。コメント欄で有益な情報を書いてくれる人も多いですよ。
管理人さんにとっては呼吸にも満たない些細なことに過ぎず、時間を割くことなく即答されている”はず”、と思っていました。そうではなく負担になっているということに思いが及びませんでした。お詫び致します。
ただ、(2)について、
"自らが不利になる融資をルノーが指をくわえて黙っていることに合理性はあるだろうか。管理人さんには、この融資が画餅に留まらない論拠があるに違いない"と思いました。
で、それが、
>融資の可否まで決める権限はないはず。
と。この”はず”を前提として話が展開される形になっていますが、読む側にとって”はず”を前提とすることに躊躇を覚えているわけです。そのあたりの認識がずれたまま論が展開されていると、違和感を抱いてしまいます。是非はともかくとして論旨の適切な理解のために、その前提の確からしさを確認してズレを修正したい、という意図でコメントした次第です。
社会において、"はず"を原因とする謬りや事故の例は枚挙に暇なく発生している処であり、”はず”の確からしさを手放しで鵜呑みにすることにはやはり抵抗を覚えます。
今後、そう遠くない時期にルノーによる日産との統合を求める提案の結末を迎えることになります。それがどういう結果になるかは知る由もありません。果たして、日産が統合を阻止する最善の策として”三菱に融資してルノー株を買い増す”選択をするのか...ただ、他の方策で統合が阻止されたならば、”三菱を介した株買い増し策”不選択の理由を検証する必要を感じます。その不選択の理由を明確にすることが次の類似ケースへの対応の糧になるのではないでしょうか。あくまで日産が統合阻止に向けて最良の選択をするという前提での話です。日産経営者の選択ミスと断じられるなら、それはそれで構いませんけど。
勿論、三菱を介した株買い増し策よって統合阻止が実現したならば、管理人さんの洞察の深さに改めて敬意を抱くのは言うまでもありません。
結局、手を拱いて統合されてしまうかもしれませんが。
それは当たらずといえども遠からずで、回答したことはすでに考慮済みだから、考える負担はないんです。だけど、文章を新たに書くことの負担がある。思考の負担ではなく、言語化の負担。
それも、たった一人だけに向けて書くのが非効率。
(1)について、
”前に書いてある”というご指摘を幾度となく頂いていることは確かです。勿論、当方の読み落としも多々あり、それは煩わせて申し訳ないと思っています。ただ、”...はず。”という前提が明記されておらず。指摘を受けて初めて言外の”...はず。”に気づかされることも少なくありません。又、二、三の語でサラッと記されていて、意図が明確に伝わってこない、読む側の立場で様々な捉え方ができてしまう場合、曲解しないためにも確認したいとの思いもあります。"a"が既述であるにも拘わらず"a"についてお尋ねしていることはあまりないと思っています。大抵、aがAに包含されていて、既述が"A"、"a-z"、或いは"A-Z"とあって、直ちにこの関係を読み解き難い場合に、"a"について確認している気がします。
特許明細書の、[請求項]と[課題を解決するための手段]の関係に近いかもしれません。[請求項]を読んだだけでは[課題を解決するための手段]を思い描けないということです。
当方の読解力不足という指摘はその通りです。ただ、一応自分には平均程度には読解力はあるだろう、という前提の上で適切に理解したいと思っています。ご自身の文で意図が十分忠実に読む側に伝わっているはず、そうでないならば、それは解らない側に問題があって、そのような読解力に乏しい連中はこのブログを読むには相応しくない、とされているなら以降コメントは控えます。