2019年02月20日

◆ 裁判員制度 / 全証拠の開示

 (前項の補足。) 裁判員制度と、全証拠の開示、という二つの話題。

  ※ 最後に 【 追記 】 を加筆しました。
    「わいせつ行為」で訴えられた医師が無罪になった事件。


 ──

 前項の続きで、「法曹改革ならば、司法試験の改革よりも、もっと大事なことがある」という趣旨で述べる。
 二つの話題を扱う。章分けして述べよう。

 裁判員制度


 殺人事件に裁判員制度を適用するのは、やめた方がいい。
 理由は次の通り。
 第1に、殺人事件は、大型の裁判となりがちなので、裁判員の負担が過大になる。
 第2に、事実認否は、弁護士と検事の主張でほとんど決まる。(仮に決まらなければ、「疑わしくは無罪」でいい。)弁護士と検事の主張で決まるのだから、裁判官の判断の差(恣意的な裁量)は少ない。判決を下すのが裁判官であっても市民であっても、判断が割れるようなことは少ない。(常識の有無も関係ない。)だったら、裁判官でなく市民が判決を下す必要性は薄いのだ。

 殺人事件のような重罪では、市民の裁判員を導入するよりは、ハイレベルの弁護士を導入する方がいい。今の国選弁護士制度だと、当番弁護士に薄給が支払われるだけなので、まともに弁護をする人は少ないだろう。これでは本気で弁護をする人は少なくなる。結果的に、日本の裁判では、有罪率が 99.9% というありさまだ。これは、検察が有能だというよりは、弁護士が無能すぎる(というよりサボりすぎる)ことが理由だろう。
 こういうふうに「弁護士がサボっている」という状況を改めずに、裁判員制度だけを整えても、「正しい裁判」からは程遠いのだ。
 私としては、代案として、次のことを提案する。
 「殺人事件については、国選弁護士(当番弁護士)という制度をやめる。かわりに、被告人が自由に弁護士を選任できて、その弁護費用を国が支払う。(ただし上限あり)」

 一般的には、国選弁護士の数倍の報酬を支払うべきだろう。ただし、対象は、殺人事件に限る。(殺人罪および殺人未遂罪。傷害致死や過失致死を除く。)
 このことによる国庫負担額は、たいして多くはなるまい。殺人事件の件数は少ないからだ。(年間 1000件人程度。)
  → 図録▽他殺による死亡者数の推移
 一方、裁判員制度で扱う件数は、年間2,500件〜4000件だという。
  → 裁判員制度とは?対象となる事件と件数は?選ばれる確率は?

 さらに、そのうちで被告人が「無実だ」と訴えている件数は、かなり少ないはずだ。(大半は有罪を認めている。) とすれば、その分、本提案に該当する件数は少なくなる。

 というわけで、殺人事件(で無実を訴えるもの)については、「裁判員制度をやめて、弁護士報酬を高額にする」というふうにするといい。一方で、痴漢のような事例では、被告人が望んだ場合に限って、裁判員制度を適用すればいい。

 軽微な犯罪に裁判員制度を適用すると、件数が多くなりすぎるという問題も懸念される。そこで、このような濫用を防ぐために、裁判員制度の利用については、20万円程度の有料とするといいだろう。(被告人が負担する。)
 現状では裁判員制度について、「濫用を防ぐために、軽微な犯罪を除外して、重度の犯罪に限る」というふうにしている。しかしこれでは、制度の狙いの本質を損ねている。その一方で、「件数を減らす」という需給調整の問題は、本来は市場原理において金で解決するべきことなのに、犯罪の種類で制限をしている。そのせいで、本来必要な「痴漢」のような分野で、裁判員裁判が適用されない。
 法曹界の自己都合によって、正当な裁判を受けるべき被告人の権利が損なわれているわけだ。本末転倒と言うしかない。

( ※ 弁護士が事実関係を調べて、殺人事件における被告人の無罪を証明する……なんていうことは、現実にはほとんどなされていない。テレビドラマの世界では、しばしばなされるが、それはあくまでフィクションだ。ドラマの世界でも、たいていの弁護士は「罪を認めて、情状酌量を得ることだけに専念する」ということが多い。そこで、無実を訴える被告人の口を封じて、無実の被告人をあえて有罪にしてしまうために、弁護士が活躍する。……これが現実だ。それというのも、弁護士報酬が安すぎるから。)
( ※ 弁護士が無実を追及するというテレビドラマは多い。少し前に「99.9 -刑事専門弁護士」というドラマがあった。今は「インセンス 冤罪弁護士」というドラマが放送中。いずれも現実にはありえないようなアクロバティックなことをして、無実を証明する。/ これらのドラマでも明らかだが、事実を調査する弁護士なんて、ほとんどいない。たいていの弁護士は、書類を見たあとは、口先だけで弁護する。事実を調べる弁護士は、ドラマのなかだけにいる架空の存在である。)

 証拠の開示


 裁判では公判前に、証拠の開示がなされるが、現在はこれが不十分だ。そこで、全証拠を開示するように義務づけるべきだ。
 米国では全証拠の開示が義務づけられ、これを検察側が怠った場合には、敗訴になることもある。
 国際的にも、証拠開示の原則がある。
 しかるに日本では、証拠のリストの開示が義務づけられているだけで、証拠そのものの開示は義務づけられていない。そのせいで、証拠の隠蔽や湮滅がなされて、検察の故意による冤罪事件が発生している。
  → 全面的可視化と全面的証拠開示を実現する宣言 | 九州弁護士会連合会
 
 こういう問題をなくすために、全面的な証拠の開示を義務づけるべきだ。このことが是非とも必要となる。
 現在の裁判制度では、検察は「真実の解明」よりも「裁判に勝つこと」を目的としている。しかしこれは、物事の核心を逸らしている。
 検察の目的は「被告人を有罪にすること」ではない。「真実を解明すること」だ。この点では、「被告人(依頼主)を無罪にすること」を目的とする弁護士とは対称的ではない。弁護士は、たとえ真実に反しても、被告人を無罪にすればいい。しかし検察は、真実に反して、被告人を有罪にしてはならないのだ。あくまで「真実の解明」こそが最優先なのだ。とすれば、証拠を隠蔽したりすることは、検察の本来の目的に反するのである。(正義の実現ではなく、不正義の実現になる。検察そのものが犯罪者になる。)
 「検察の目的は裁判で勝利することだ」というような価値観は、「人の目的は(違法でも)金を得ることだ」という犯罪者の価値観と同様である。そこには「正義」というものが欠けている。……こういうゲーム感覚の価値観をもつ検察が多いことに、問題の根源がある。
 そして、それをなくすためにも、「全面的な証拠の開示」が必要となる。しかるに、それを実現しようとする法曹界の動きは弱い。かわりに、司法試験の改革なんていうことばかりに熱中している。ここでも、関係者には「正義」という概念が薄いことが明らかだろう。



 【 追記 】
 おまけで、別件。
 足立区の外科医が「わいせつ行為をした」と訴えられた事件で、無罪判決が出た。
  → 手術後に胸なめた罪に問われた医師、無罪判決 東京地裁:朝日新聞
  → わいせつ罪に問われた外科医に無罪判決(江川紹子)

 これについては、「こんなのを起訴する検察はけしからん」という批判があった。では、検察はどうすればよかったか?
 「起訴するべきではなかった」
 というのが基本だが、検察は起訴することが仕事だから、ある程度は、やむを得ない面もある。また、被害者がどうしても起訴してほしいと強く訴えたという面もある。

 そこで、私としては、次のように判断する。
 「起訴するのはやむを得ないが、書類送検に留めるべきだった」

 つまり、身柄を受け取ったなら、検察は即日、釈放するべきだった。勾留するにしても、せいぜい1日ぐらいに留めるべきだった。その後はさっさと釈放するべきだった。

 理由は以下の通り。
  ・ そもそも証拠湮滅や逃亡の恐れはない。
  ・ 胸を舐めたという程度のことは、重罪ではない。

 証拠を集めるならば、警察が職場を見れば、短時間で済む。2時間もあれば十分だ。だから、本来ならば、半日の事情聴取で、あとは釈放してもよかった。
 また、胸を舐めたというのは、強姦などに比べればきわめて軽微であると言える。その強姦では、書類送検で済むこともあるのだ。
  → 救急医が当直室で看護師に繰り返し性行為 病院幹部「個人の問題」と報告せず
 この事件では、警察自身がこれを「強姦」の容疑で送検した。しかるにそれはただの書類送検であった。
 つまり、重罪である強姦でさえ書類送検で済むことがあるのだ。ならば、ちょっと舐めたぐらいのことであれば、長期勾留の必要などはないのだ。
 結局、ここでは、「起訴したこと」ではなく、「長期勾留したこと」が問題であった。正しくは、「即日釈放で、あとは裁判で決める」ということであった。

 また、裁判所もまずかった。2016年8月の逮捕のあと、同年11月の初公判のときまで釈放されず、さらにその後も勾留がしばらく続いた。
 12月7日に保釈。身柄拘束の期間は104日間に及んだ。
( → 乳腺外科医への無罪判決が意味するもの(江川紹子)

 その結果、被告人の被害は甚大だ。
 「医師のプライドにかけて無罪を主張します。妻と3人の子供がいますが、長期の勾留で失業し、貯金も底を尽きました。早く元の生活に戻してほしい」
( → 手術後の30代女性に「わいせつ」幻覚か真実か - 産経

 ともあれ、この件では、「起訴したこと」よりも「釈放(保釈)しなかったこと」が問題となる。それが私の判断だ。

 なお、問題は検察側にあるだけでない。裁判所にも問題があった。
 そもそも、この件では、検察側に失点があった。科捜研が証拠を廃棄してしまったのだ。なのに、その廃棄した証拠に基づいて、起訴された。
  → 乳腺外科医のわいせつ事件はあったのか?〜検察・弁護側の主張を整理する(江川紹子)
 こういうずさんな証拠管理があったのだとすれば、それらの証拠の件についてはすべて、検察側の訴えを棄却するべきだった。「証拠不十分」で、審理に入る前に、あっさり起訴そのものを棄却するべきだった。裁判をする以前の問題だったと言える。

posted by 管理人 at 12:50| Comment(1) | 一般(雑学)5 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
検察が『有罪判決を勝ち取る』ことに拘る理由は、やはり、自らの出世でしょうね。もしかしたら、無罪が出てしまおうものなら、降格処分される仕組みになってるのでしょうかね?

裁判官といい検察といい、日本の司法は腐ってますな。
Posted by 反財務省 at 2019年02月20日 22:09
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