2019年02月19日

◆ 司法試験制度の改革

 司法試験や法科大学院などの法曹養成の制度改革がなされる。資格取得まで2年間の短縮。

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 資格取得までこれまで8年かかっていたのが6年で済むようになるという。うち司法修習生(有給)の期間が1年だから、無給の期間は7年から5年に短縮されるわけだ。
 法科大学院は現在、法学部出身の「既習者」が2年、他学部出身者ら「未習者」が3年間学ぶのが基本。政府の改革案では法学部と法科大学院を計5年で修了する「法曹コース」を設ける。また、必要単位を取得するなど、一定の条件を満たしている場合は法科大学院在学中に司法試験の受験を認める。現在は修了後に司法試験を受験するため、法学部入学から法曹資格の獲得まで約8年かかるが、最短で約6年に短縮できることになる。ただ、司法修習生は原則、法科大学院修了を採用要件とする。
( → 法曹養成、2年短縮コース創設 法学部と法科院で計5年:朝日新聞

 期間短縮が可能となる点では「改善」と言えるだろうが、「司法修習生は原則、法科大学院修了を採用要件とする」となると、「予備試験で合格」というルートが断たれることになるので、こちらをめざしている優秀な人にとっては「改悪」とも言える。
 法科大学院は「時間がかかりすぎる」として敬遠され、優秀な学生ほど法科大学院で学ばなくても受験資格が得られる「予備試験」に流れる傾向が強まっている。18年の予備試験は受験者の4割、(その)合格者の7割を大学生と法科大学院生が占める。
( → 司法試験、最短5年で合格 法科大学院など政府改革案:日本経済新聞

平成30年(2018年)司法試験の総合合格(最終合格)の発表が9/11にありました。
注目された合格者数ですが、1,525人と一昨年、昨年に続き、1,500人台が維持されました。
予備試験出身の合格者数は6年連続で増加し、336人とついに300人台に乗り、合格率も昨年を上回り過去最高の77.60%で、全法科大学院を圧倒する高さを誇りました。
( → 2018年司法試験合格発表!合格ランキングをすべて掲載-スタディング

 一方で、大学・大学院の側からは、制度改革に反対する声が多いそうだ。
 関係者からは「司法制度改革の趣旨に逆行しかねない」と懸念の声が上がる。
 「学部も大学院も、司法試験の予備校となり、法科大学院制度が実質的に崩壊する危険がある。司法制度改革を反故(ほご)にしかねない」 臨床法学教育学会理事長の須網隆夫・早稲田大法科大学院教授は政府の改革案について、こう指摘する。
( → 「本末転倒」「時代に逆行」 司法試験改革に懸念の声:朝日新聞

 期間短縮は受験者にとってよいことであるはずなのに、大学・大学院の側は批判的だ。その理由は、そもそもの制度改革の狙いが「多様な人材の確保」ということであるかららしい。
 法科大学院は米国のロースクールをモデルに導入された。知識偏重と批判のあった旧司法試験制度を見直し、法学部卒以外や社会人を含む幅広い人材を集めて、事例研究や対話型授業で識見ある法曹人材を育てる狙いだった。
( → 【主張】法科大学院 再編し多様な人材育成を - 産経

 これからの法曹人材は、複雑な現代社会の様々な法律上の紛争に対応することが求められる。インターネット上のトラブルや医療過誤、原子力発電所事故など最近の法律問題を想起すれば分かるように、問題を適正な解決に導くには法律の知識だけでは足りない。文系・理系を問わず、幅広い知識と経験を持った法曹人材の養成が欠かせない。
( → 法科大学院改革、多様な人材輩出が筋 二川裕之氏  :日本経済新聞

 いかにももっともらしいが、これについて私は批判したい。

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 (1) 専門知識


 すぐ上では「インターネット上のトラブルや医療過誤、原子力発電所事故など最近の法律問題」という話が出ている。なるほど、このような専門分野に詳しい法曹関係者が出ることは好ましい。
 しかし、である。このような専門分野で、数年間だけ専門をかじっただけの初心者が、法律家になったとしても、専門知識を得るには至っていないので、「生半可な知識をもっただけの半可通」になるだけだ。また、現実にも、「法学部以外の出身者を採用する」というまでには至っていない。つまり、「法科大学院で多様な人材を」という狙いは、「他分野の専門知識のある人材を」という点では失敗している。
 では、どうすればいいか? 法律専門家が多様な知識を得ればいいのではなく、(多様な)専門家が法律知識を得ればいいのだ。その意味は、こうだ。
 「各分野の専門家が、一定の法律知識を備えた上で、弁護士の補助業務をする」
 これを「補助弁護士」と呼ぶことにしよう。この「補助弁護士」は、普通の弁護士と違って、一般の弁護士活動をできない。弁護士の指揮下で、弁護士の補助をするだけだ。ただし、それは合法的な活動であるから、「非弁行為」として違法化されることはない。
 このような仕事は「パラリーガル」と呼ばれるが、日本では資格がない。
 パラリーガルは法律事務所に勤務して、弁護士の監督のもとで主に弁護士業務を補助する職業です。本来的な業務範囲は訴訟の資料探しや法律関係書類の作成といった弁護士業務の補助ですが、所属事務所によっては弁護士のスケジュール調整や来客対応のような秘書的業務まで担当するケースもあります。
 パラリーガル発祥の地であるアメリカではパラリーガルスクールが設置されており、法律家協会による認定がないと採用されない弁護士補助の専門職という位置づけです。しかし日本では資格は存在せず、ベテランの事務職員や弁護士秘書が事実上担当していた弁護士の補助業務がアメリカのパラリーガル業務に近いということで、「パラリーガル」という職種名が浸透しはじめました。
 なお、近年は日本弁護士連合会(日弁連)を中心に、弁護士事務所の事務職員に必要なスキルを明確化しようとする動きが活発化しており、「事務職員能力認定制度」や講習制度がはじまりました。認定者は転職時に有利になるでしょう。この制度をきっかけに、日本でもパラリーガルの職種要件が定義される可能性もあります
( → パラリーガルになるには・仕事内容と本音・全国の求人

 パラリーガルに資格を与えて、一定の法律活動を許容するといいだろう。そうすれば、あとは、法律知識ではなく専門知識の有無によって、能力差が生じて、能力に応じた仕事を得られる。そこは、市場で資格や給与が決まればいいのであって、政府が口出しする必要はない。
 たとえば、医療分野に詳しい人(たとえば法律知識を有する医師)がいれば、そういう人は需要に従って引っ張りだこになって高給を得る。
 以上のようにすれば、問題は解決する。つまり、「法曹専門家に多様な人材を呼び込む」という発想そのものが間違っているのであり、むしろ、「多様な専門分野に法曹の知識を送り出す」というふうにすればいいのだ。(多様な)専門分野を少しだけ知っている法律専門家を養成すればいいのではなく、法律知識を少しだけ知っている(多様な)専門家を養成すればいいのだ。そのためには、(多様な)専門家に対して、「パラリーガルになる資格」を与えればいいのだ。
 現状の「法科大学院」というのは、「多様な人材を得る」という点では、本末転倒と言える。

 (2) 幅広い素養


 「現状の法曹界には法律の知識しか無い専門バカばかりで、常識知らずが多いから、幅広い素養のある人材を求めよう」
 というのが、法科大学院の狙いだったようだ。しかし、これはおかしい。
 幅広い素養を養成したいのであれば、司法試験の入試に「幅広い素養」を問う問題を出せばいい。たとえば、テレビのクイズ番組のようなクイズ。
 また、司法試験の合格後に、幅広い素養を教育してもいい。
 いずれにせよ、「幅広い素養を得るために、法学部以外の出身者を」という発想そのものがおかしい。
 さらに言えば、幅広い素養というものがまったく不要だ、とも言える。法律家にとって必要なのは法律知識だけであって、幅広い素養というものはいちいち必要ないのだ。裁判だって、弁護士も検事も、幅広い素養というものをひけらかすような場面はない。単に法律知識だけで十分だ。

 むしろ、幅広い素養よりも、「一般常識」こそが大事だと言える。そして、一般常識が必要となるのは、弁護士や検事ではなく、裁判官だ。裁判官こそが、一般常識を要求される。
 とすれば、「弁護士や検事が幅広い素養をもつ」という制度改革はお門違いなのであって、「裁判官が一般常識をもつようにする」という制度改革が必要なのだ。

 では、「裁判官が一般常識をもつようにする」という制度改革とは? こうだ。
 「裁判官は、経験十分な、弁護士や検事の出身者から選ぶ」
 経験十分であることから、必然的に、中高年が選ばれる。したがって、一般常識もあるだろう。また、選任の時点で、チェックを受けるから、一般常識がない人は排除される。……こうして、一般常識のある裁判官が選任される。
 この方法が正解なのだ。この件は、前にも述べたことがある。
  → 司法制度改革と法科大学院: Open ブログ の (3)

 (3) 利害関係


 法曹改革(司法大学院という制度)は、そもそも根源からして狂っている。「多様な人材を確保」とか、「常識を持つ」とか、そういう理念は、いかにももっともらしい名分だが、根拠がない。そんなことを名分にしている専門資格など、他のどこにもない。
 ではなぜ、法曹改革では、そういう名分が取られたか? その理由はただ一つ。「司法試験の予備校への対抗」である。従来の司法試験では、司法試験の予備校が圧倒的に優位に立ち、大学は司法試験対策の点で大幅に負けてしまった。そのせいで大学教授よりも、司法試験の予備校の講師の方が、格上だと見なされるようにもなった。
 こういう状況で、はらわたが煮えくりかえった大学関係者が、「予備校つぶし」に走った。「予備校では試験バカばかりが育って、人間教育ができていない。そこで、予備校をつぶして、かわりに法科大学院を導入しよう。そこで全人教育を行おう」という方針を取った。
 要するに、大学関係者は、自分たちの利益のために、法曹改革をした。そこにあるのはあくまで大学関係者のエゴイズムだった。なのに、それを「法曹界の改善のため」というふうな名分でゴマ化した。一種のペテンだ。
 なお、これがペテンも同然だということは、次のことからもわかる。
 「法科大学院という方針は、受験生からはまったく指示されていない。受験生は誰もが、法科大学院の外の、「予備試験」という経路をたどりたがる。優秀な学生ほど、そちらに進みたがる。
 これが事実だ。つまり、受験者の側は、法科大学院というものをまったく支持していない。そのことからも、この制度改革がひどい悪事であったことがわかる。
 なのに、その悪事をもっともらしい名分でゴマ化す。自分たちの利益が目的であること隠して、善なる行為であると見せかける。こういう詐欺みたいな方針こそ、法曹改革の本質だ。
 この件は、前にも述べた。
  → 司法制度改革と法科大学院: Open ブログ の 冒頭部

 (4) 対案


 では、どうすればいいか? 
 簡単だ。法科大学院という馬鹿げた制度を廃止すればいい。元のように、司法試験だけにすればいい。
 「それでは幅広い素養を得られない」
 と思うのであれば、次のいずれか(または双方)を取ればいい。
  ・ 司法試験の段階で、一般素養を問う。(クイズの導入)
  ・ 司法試験の合格後に、司法修習生に教育する。

 前者は、やってもいいが、馬鹿げている。一般素養を問うことなど、どの専門試験でもやっていないからだ。
 後者は、やってもいいが、たいして効果はあるまい。ただの無駄になる可能性が高い。

 では、どうする? それは、先にも述べたとおり。弁護士や検事でなく、裁判官だけを改革の対象とする。そして、次のようにする。
  ・ 裁判官が一般常識をもつようにする
  ・ 裁判官は、経験十分な、弁護士や検事の出身者から選ぶ

 つまり、40〜50歳ぐらいで経験十分な弁護士や検事の出身者を、裁判官として任用する。それで裁判官としての経験を積んで、10年ぐらいたったら、弁護士にでも戻ればいい。そのときには、「裁判官経験者」という箔が付くから、弁護士としても格上の扱いになって、弁護士として高給を取れるようになる。
 裁判官になれるのは、多くの応募者から選ばれた、少数の弁護士だけだ。エリートとしての格上弁護士だけだ。そういう箔が付くのだから、やろうとする弁護士は多いだろう。また、ずっと裁判官を続けるわけではなく、あとで弁護士に戻れるし、そこでは高給を取れるのだから、たしかに魅力的な仕事だ。全員が win-win の関係になれる。
 ひるがえって、現状ではどうか? 現状の裁判官は、最初から最後まで、裁判所に閉じこもっている。そこで大切なのは、出世の道を閉ざされないことだ。そのためには、最高裁判所の意向に反しないことが大切だ。かくて、最高裁判所の意向ばかりを気にして、世間のことをまったく理解しない常識知らずの裁判官が増える。たとえば、こうだ。
  ・ 痴漢冤罪については、やたらと厳しく罰する。
  ・ 強姦などの強制わいせつにはすごく甘い。
    → 集団強姦事件で元警察官ら不起訴
    → 性的暴行で5回逮捕の“ミスター慶応”が不起訴
    → 性犯罪に「不起訴」が多いのはなぜか

 軽微な痴漢という犯罪では、無実の人を冤罪にしてまでやたらと厳しく処罰する。逃亡のおそれがなくとも長期勾留して退職(解雇)に追い込む。
 その一方で、強姦犯はあっさり不起訴処分とする。
 こういうアンバランスな対処をするのは、警察や検察がそうするからだが、その責任は警察や検察だけにあるのではない。「起訴されれば有罪か無罪か」という点で、裁判官自身がそういう判決を下すからだ。

 第1に、痴漢冤罪で有罪となる例はすごく多い。被害女性の(嘘や勘違いを含む)証言があるだけで、物証は皆無であっても、有罪となることが圧倒的に多い。例は枚挙に暇が無いので、いちいち示さないが。
 なお、そのせいで、明らかな被害妄想とわかるような事例でも、逮捕・起訴されることがある。たとえば、下記だ。
  → わいせつな行為をしたとして医師が逮捕された事件
 第2に、強姦をしても無罪となる例は多いようだ。たとえば、下記の例がある。
  → 強姦で起訴の男性無罪「抵抗困難と言えず」

 現在の裁判官というものはこれほどにも世間常識から懸け離れた判断をする。まったくの常識知らずだ。
 では、その理由は何か? 幅広い素養がないからか? 一般常識がないからか? 多様な分野から人材を採らないからか? 違う。裁判官が裁判所の世界で出世のことしか考えていないからだ。日本という広い世界のことをまったく見ないで、最高裁判所の意向ばかりを見ているからだ。
 これが根源だ。そして、その根源を無視して、司法試験をいくら改革したとしても、それはまったく無意味なのだ。
 こういうふうに本質を見失って、関係者が自分の利害のことしか考えていないというところに、問題の本質がある。

 なのに、朝日のようなマスコミは、そこを報道しない。かわりに、大学関係者という《 犯人 》の側に取材して、彼らの言い分を掲載する。
 これでは、殺人未遂事件で犯人の主張ばかりを掲載するようなものだ。
 「警察の声ばかりを掲載するのでは、権力になびいてしまう。だから、犯人の声を掲載すれば、公正だ」
 とでも思っているのだろう。しかし、そこには、「被害者の声を聞く」という姿勢はまったくないのだ。
 法曹改革では、せめて、(最も肝心な)受験者に訪ねて、その声を聞くようにすればいいのだが、しかし、そういうことはまったくなされていない。
 このようなマスコミの方針もまた、問題について真の解決を損ねているのだ。(反権力ばかりに熱中して、真実の追究ということを忘れている。)



 [ 付記 ]
 「裁判官の世間知らず」という問題を解決する策の一つが、「裁判員制度」だ。一般市民の視点が導入されれば、世間常識が司法の世界に入る。
 しかしこれは、殺人のような重罪には適用されるが、痴漢のような軽微な犯罪には適用されない。そういう問題がある。
「裁判員制度は、殺人罪や放火罪などの重大事件にしか適用されません。しかし、市民の感覚をより生かすには、重大事件よりも、痴漢などの罪の軽い犯罪、身近な犯罪にこそ裁判員制度を適用すべきです。
 ある犯罪についてどのくらいの刑がふさわしいかという量刑の判断に市民の常識を反映させることは難しいと思います。市民はそのような常識を持ち合わせていません。そこで、事件間の公平性を失わないよう、最近では、裁判員は裁判官から示された過去の同様の事件の量刑傾向を参考にしています。

 それなら、わざわざ時間を割かせてまで裁判員に量刑判断をさせる必要はないでしょう。むしろ、量刑判断をさせる代わりに、罪の軽い犯罪でも市民に事実認定をさせるべきです。
( → 刑事弁護人のリアル「真実の発見が目的じゃない」「痴漢にこそ裁判員裁判を」 - 弁護士ドットコム

posted by 管理人 at 23:19| Comment(1) | 一般(雑学)5 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 文中で示した
 「わいせつな行為をしたとして医師が逮捕された事件」
 については、本日、無罪判決が出た。
  → https://www.asahi.com/articles/ASM2N4RX3M2NUTIL01R.html
Posted by 管理人 at 2019年02月20日 16:27
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