2019年02月03日

◆ 対人攻撃は快楽が目的?

 (ネットなどで)他人のアラ探しをするような攻撃性は、快楽のためだ、という説がある。

 ──

 これはネットで話題になっていた話。次の趣旨。
 ネットではしばしば社会的なバッシングが起こる。これは、自分が「正義だ」「道徳的だ」という価値観の下で、他人の不道徳な行為を罰したがることが理由だ。他人の道徳的な悪を罰すると、快楽物質のドーパミンが放出される。このことは近年の脳科学で明らかになっている。

 つまり、「けしからん」と思える対象を見つけて、それを攻撃すると、快楽物質のドーパミンが放出されるので、そのことを目的に、人は喜んで他人を攻撃するようになる……というわけだ。

 記事は下記。
  → 他人のアラ探しがやめられない“道徳警察”の脳内では『他人の道徳的な悪を罰するとセックスやギャンブル、ドラッグなどと同様に快楽物質が放出される』らしい - Togetter

 元ネタは、次の著作だ。



https://amzn.to/2DSAE2t

 ──

 上の記事を読んで、ちょっと「トンデモっぽいな」と感じたので、原典となる話を見た。
  → 脳科学者・中野信子氏がシャーデンフロイデという感情を解説
 脳が工夫をしたのが、「バッシングに快感を持たせる」ということです。叩くと気持ちいい。誰かを責めて、泣くまで締め上げると気持ちよく感じるようにできている、というわけなんです。

 著作もある。
  → 脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体 | 中野信子
 
 概要は書き。
 セックス、ギャンブル、アルコール、オンラインゲーム──人間はなぜ、これらをやめることができないのか。それは中脳から放出される“脳内麻薬”ドーパミンが「快感」を司る脳の各部位を巧みに刺激しているからである。コカインや覚醒剤はこの脳内回路「報酬系」を誤動作させて過剰な快楽を与え、依存症を招くものだ。
 だがこのドーパミンは他人に褒められたり、難易度の高い目標を達成するなど、「真っ当な喜び」を感じる時にも大量に放出されている。なぜ人間の脳はこんなしくみになっているのか。話題の美人脳科学者が人体の深遠なる謎に迫る。

 ここから著者略歴を見ると、下記の通り。
 東京大学工学部卒業後、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了。
2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
フジテレビ「平成教育委員会2013! ! ニッポンの頭脳決定戦SP」で優勝、「日本一優秀な頭脳の持ち主」の称号を得る。
( → Amazon.co.jp: 中野 信子:作品一覧、著者略歴

 けっこう頭のいい人のようだ。「トンデモ」扱いは失礼だった。
 しかし、先の話には一種の詭弁がある。

 ──

 ドーパミンを麻薬・覚醒剤の一種と見なすのは、まあ、不正確な話ではあるのだが、比喩の一種だと思えば、めくじらを立てるほどではないのかもしれない。両者の違いを理解していないとは思えなし、「そんな違いもわからないのか!」などと怒るのも筋違いだろう。「わざと混同させて、面白おかしくしているのよ」と確信犯的な返答さえ帰ってきそうだ。
 だから、そういう記述の点については、いちいち批判しないでおく。
( ※ とはいえ、ドーパミンは麻薬・覚醒剤とちょっと似たところがあるとはいえ、まったく別のものだし、これを比喩的に同類だと表現するのは、まったく不適当だ。ま、かろうじて共通点に着目する、というぐらいならばいいが。)

 ──

 問題は、最初の記事にあることだ。
 つまり、「けしからん」と思える対象を見つけて、それを攻撃すると、快楽物質のドーパミンが放出されるので、そのことを目的に、人は喜んで他人を攻撃するようになる……ということだ。
 ここには話の飛躍がある。

 まず、上の話を、二つに分解する。
 (1)「けしからん」と思える対象を見つけて、それを攻撃すると、快楽物質のドーパミンが放出される(ので、)
 (2) そのことを目的に、人は喜んで他人を攻撃するようになる


 このうち、(1) は問題ない。ドーパミンが放出されることは、ただの科学的な事実だし、脳科学でしょう召されているのだろう。そのことは批判対象とならない。
 問題は (2) だ。快楽物質のドーパミンが放出されるからといって、そのことを目的に攻撃するようになる……というふうに決めつけることには、論理の飛躍がある。

 比喩で言おう。人は、腹が減ると、食事を取る。食事を取ると、満腹中枢が癒されて、多幸感を得られる。では、満腹中枢が癒されて、多幸感を得られることを目的として、人は食事を取るのか?
 「イエス」と思いそうだが、それは妥当ではない。それは目的と結果を混同している。満腹中枢が癒されて、多幸感を得られることは、ただの結果である。そして、その結果は、目的とは違うのだ。
 人が食事を取るのは、満腹中枢が癒されて、多幸感を得られることを目的としているからではない。何らかの目的があるからではない。では、正しくは? 

 生理学的に言えば、正しくはこうだ。
 人が食事をするのは、空腹中枢が働いて「空腹感をなくせ」と指示するからだ。空腹中枢に促されて、食事をするようになる。そして、食事をしたあとで、満腹中枢が満たされると、食事をやめる。同時に、多幸感も生じる。
  → 空腹・満腹のメカニズム 中枢性摂食調節機構について

 このことからわかるように、満腹中枢は、「食事をするため」にあるのではなく、「食事をやめさせるため」にある。「もう十分だ、食べるのをやめていい」というふうに指示するためにある。
 したがって、「多幸感を与えるために食事をする」というような目的論の説は、最初から筋違いなのである。

 ──

 以上は食事の場合だったが、バッシングをするのも同様である。なるほど、バッシングをすると、ドーパミンが出て、ある種の快感を得られるだろう。そのことは問題ない。
 しかし、だからといって、「そのことを目的としてバッシングをする」とは言えないのだ。それは論理の飛躍である。
 なぜか? 食事をするのは、空腹感が理由であるように、バッシングをするのも、ある種の精神的な飢餓感が理由であるからだ。ここにこそ本質がある。
 では、精神的な飢餓感とは? 

 ──

 この先は、一挙に話を転じる。
 バッシングであれ、いじめであれ、暴力であれ、このような攻撃的な行為をする人には、共通の背景がある。それは「不幸感」だ。
 特に多いのは、経済的な貧困だ。その典型的な例は、貧しい母子家庭だ。貧しい母子家庭の子供は、「父親がいない」という不幸感のほかに、「経済的に貧しい」という不幸感に襲われる。そうなると、精神的な飢餓感が生じる。「満たされない」という思いが生じる。父の愛もなく、父による金(経済力)もなく、地獄のような環境にいる、と感じる。そうなると、他人をいじめたり、攻撃したりするようになる。男子でなく女子であれば、万引きをしたり、売春したりするようになる。

 たとえば、アニメの「ドラえもん」のジャイアンだが、このようないじめっ子は、「母子家庭だ」と思うと、理解しやすい。( ※ 実際のアニメでは、父親がいるそうだ。[ → 出典 ] ただしこれは、再婚後の義父かもしれない。あるいは、年にいっぺんだけ家に来るだけの、名目上の父かもしれない。妾・愛人の家庭ならば、よくある話。)

 ともあれ、バッシングであれ、いじめであれ、暴力であれ、このような攻撃的な行為をする人には、「不幸感」という背景があるのだ。それが攻撃的な行為をもたらす。
 そして、そのような攻撃的な行為をすると、ドーパミンが出て、ある種の快感を得る。だから攻撃的な行為をやめることができなくなる。一種の習慣のようになってしまう。ちょうど、ヤク中の人が麻薬をやめられないように。
 しかし、「麻薬をやめられないこと」の理由は、「麻薬をすること」の理由とは別だ。また、理由は目的とは違う。

 ヤク中の人は、麻薬をやめられない。そこには麻薬による薬物効果が影響する。だが、麻薬による薬物効果が、麻薬を取ることの理由ではないのだ。同様に、煙草による薬物効果が、煙草を吸うことの理由ではないのだ。麻薬であれ、煙草であれ、それをやめられない理由は、「やめると苦しいから」だ。一種の禁断症状である。そこに本質的な理由がある。

 また、麻薬や煙草を取るようになったことにも、たいていは、理由がある。「興味本位でやった」ということもあるだろうが、それよりはむしろ、「いけないと思われていることを、あえてやってみたがる」という反抗心が理由となる。そして、反抗心をもたらす理由は、不幸感(精神的な飢餓感)なのである。

 ──

 その事例は、いわゆる不良少年だ。たとえば、下記。( NHK の「ねほりんぱほりん」で、不良少年の回。

  → ねほりんぱほりん 【少年院に入っていた人】夫は暴走行為と窃盗、妻はひったくりと覚醒剤のカップルr
  → ねほりんぱほりん▽少年院経験のある夫婦、消せない過去との闘い - NAVER
  → ねほりんぱほりん 少年院に入っていた夫婦 暴走行為 窃盗 ひったくり 覚せい剤

 この事例では、特に家庭に問題があったわけではないようだが、「勉強もダメだし部活もダメだったんですけど、こんな自分でも認めてもらえることがある」という理由で、反抗心から、不良活動の道にはまり込んだようだ。
 ここでもやはり「現実に居場所がない」という理由で、現実逃避の形で、不良の道に踏み込んだ。

 ──

 話をまとめよう。
 冒頭の書籍紹介では、
 「(ネットなどで)他人のアラ探しをするような攻撃性は、快楽のためだ」
 という主張が示されていた。攻撃すると、快楽物質としてのドーパミンが出るが、これが脳内麻薬となって、人を誘う。だから、麻薬漬けになるようにして、人は快感を求めて、他人を攻撃するようになる……というわけだ。
 しかし、それは一面的すぎる。ドーパミンには、脳内麻薬のような効果がなくもないが、それを目的として人が行動するというのは、あまりにも一面的すぎる。人間の心理は、そんな「パブロフの犬」みたいな単純なものではないのだ。
 それよりはむしろ、攻撃者の人間性に目を向けるべきだ。彼らがいかに苦しんでいるかを、人間的に理解するべきだ。彼らを(ホルモンを分泌する)実験動物としてみるのではなく、自分たちの仲間として人間的に理解するべきだ。それは「共感する」ということでもある。そういうふうに人間性によって相手を理解して初めて、物事の真実が見えてくるものだ。

 一般に、理系の人間は、物事を単純化して考えやすい。「あるホルモンが分泌されるから、これこれの効果が生じる」というふうな。
 しかし、人間の心理というものは、そんなに単純ではないのである。ただの空腹でさえ、空腹中枢と満腹中枢の微妙なバランスの上に成立する。そのためには、いくつかのホルモンが介在する。
 バッシングのような攻撃性の場合も同様だ。そこでは、ドーパミンも影響するが、ノルアドレナリンや、アドレナリンや、セロトニンも、同じぐらい大きく影響する。これらが複雑にからみあっているのに、ドーパミンの効果だけを取り出しても無意味なのだ。

 また、「ホルモンが人間を操作する」というような発想もおかしい。ホルモンはあくまで、人間の神経や全身に作用する伝達物質であって、複雑な作用を介在するためのものだ。ホルモンは、人間心理の原因や目的ではなくて、人間の機能の一部分なのである。ホルモンを理解することで、人間の機能を理解することはできるが、あくまで理解に留めるべきだ。「ホルモンによって人間が操作されている」というような発想は、厳に戒めるべきだ。もちろん、「ドーパミンによる快感を得るために人間は行動する」というような発想も、戒めるべきだ。(そんな考え方をしてはならない。)

 ──

 ちなみに、ホルモンの理解の正しい例として、次の番組がある。( NHK )
 オキシトシンには心を癒やしたり、体の痛みを和げたりする働きもあり、犬と見つめあったときに人間の体内のオキシトシンは3倍以上に増加。これが、犬のセラピー効果の大きな理由だと考えられるのだ。
 さらにこの実験では、人と見つめあうことで、犬の側にもオキシトシンが分泌されていることが分かった。これまで、オキシトシンは同じ種の動物同士が見つめあったり、触れ合ったりしたときだけ分泌されると考えられてきた。しかし今回、人と犬というまったく違う生き物の間でオキシトシンを分泌しあい、絆を深める仕組みがあることが初めて確認されたのだ。
( → 重い病の子どもたちを支えるセラピー犬 ベイリー | NスペPlus
 
 愛する人と見つめあうと、とても幸せな気分になる。そのとき、人の内部では、オキシトシン(別名:幸せホルモン)が分泌される。
 同様のことは、愛する犬と見つめあったときにも成立する。しかも、驚くべきことに、犬もまた愛する飼い主と見つめあったときに、オキシトシンが分泌されるのだ。(人間は3倍、犬は2倍。)
 こういう形で、「犬と人間との愛情が成立する」ということが、科学的に判明したことになる。これは真実の理解であり、科学の成果でもある。
 科学というものは、こういう形で使うものだ。
 ひるがえって、苦しんでいる人々(苦しみゆえに攻撃的になる人々)を、ほとんど実験動物扱いして、「おまえたちはただのヤク中と同じだよ」というふうに突き放すのでは、真実を理解するどころか、真実から大きく遠ざかってしまうばかりなのだ。

( ※ 本末転倒の例。「幸福なときにはオキシトシンが分泌される」を、「オキシトシンが分泌されると幸福になる」と勘違いする。)



 【 関連サイト 】

 オキシトシンの話。
  → 【幸せホルモン】ストレスを消し多幸感を与えてくれる“オキシトシン”を出す方法【神秘の力】

  ※ 広告宣伝されている「オルニチン」とは違います。



 【 追記 】
 文中では、次のように書いた。
 ドーパミンも影響するが、ノルアドレナリンや、アドレナリンや、セロトニンも、同じぐらい大きく影響する。これらが複雑にからみあっているのに、ドーパミンの効果だけを取り出しても無意味なのだ。

 これについて補強する説を見出すため、ネットを検索したら、いくつかの情報が見つかった。
  → Google 検索結果

 そのうちの一つで、次の文章が見つかった。
  → 「脳が怒りを生み出すメカニズム」脳科学者・中野信子さん

 何のことはない。中野信子自身が、本項と同じことを述べていたのだ。(ノルアドレナリンやオキシトシンの話。)
 とすれば、冒頭に紹介した記事は、中野信子の主張ではなく、彼女の主張を曲解して、自分の都合のよいように、自分勝手な引用した人の主張だと言える。
 「ネットの話はフェイクばかり」
 ということの一例かもね。経歴からしても、中野信子は信じられるのだが、先の著作の著者(橘玲)は、ちょっと胡散臭い人物として有名な人だ。こんな人の話を取り上げる素人が悪い。その素人のフェイク・ニュースをひろく出回らせるのが、ネットの悪いところ。
 それを是正するのが、本サイト。



 【 関連項目 】

 本項は、次項に続きます。
  → 心はどこにあるか?/快感とは何か? : Open ブログ

 
posted by 管理人 at 23:32| Comment(9) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
実際にイジメられて被害に合った人間からすれば
そういう人間は薬中のジャンキーと同じですね。
今でも怒りしか覚えませんし、彼らは喜んでやってました。
やはり快楽のためにやってたと確信しますし、ヤク中のジャンキーと同じだといえばああそうだったのかと納得しますね。
彼らに必要なのは断固たる反撃であり、懲罰であったとわかりました。
Posted by 通りすがり at 2019年02月04日 00:00
> 反撃であり、懲罰

 そういう連中を少年院に入れても、出たらまた同じことを繰り返すんです。ねほりんぱほりんの男性もそうです。悪から抜け出せない。

 だけど、愛する女性ができて、子供もできたら、心から反省して、足を洗うことを決意したそうです。
 いくら北風を浴びせても直すことができなかったが、太陽ならば直すことができた。
Posted by 管理人 at 2019年02月04日 00:29
こういう特徴、最近の30代〜40代前半に多いです。
むしろそれより若い世代0〜20代や上の世代50〜100以上だと少ないと思います。
前者の場合、心にゆとりを持った教育を受けた事、後者の場合豊かだった日本を経験してるからだと思います。
現在30〜45歳世代だと、経済危機へ落ちた日本や、就職氷河期を象徴するゆとりが無い受け入れる力も無い全て失われた世代だからだと思いますしアニメを見る中年発生もリアルに居場所が無い事を象徴していると思います。
Posted by 匿名 at 2019年02月04日 00:43
話が逸れて申し訳なありません。

>心から反省して、...

の本人達は、メディアで陰惨ないじめ事件を見聞した時、それを否定する等、自分だけに止まらずいじめ撲滅の姿勢を外に向けても示せるのだろうか、或いは単に他人事として受け流してしまうのか、ちょっと気になっています。
Posted by 作業員 at 2019年02月04日 01:00
管理人さんの
>「ドーパミンによる快感を得るために人間は行動する」というような発想も、戒めるべきだ。(そんな考え方をしてはならない。)

 私は、「ドーパミンによる快感を得るために人間は行動する」ということは真実(事実)と思います。
 真実(事実)であることとそれを正しいこと(善しとすること)はまったく違います。
 ただし、正しいことをなすためには、ほとんどの場合には真実(事実)を知る必要が有ります。

 管理人さんの意見では、この著者中野信子氏の述べたことは真実(事実)であっても正しいことではないという意味なんでしょうか?
 

管理人さんの
>苦しんでいる人々(苦しみゆえに攻撃的になる人々)を、ほとんど実験動物扱いして、
 「おまえたちはただのヤク中と同じだよ」というふうに突き放すのでは、真実を理解するどころか、真実から大きく遠ざかってしまうばかりなのだ。

 私は、「おまえたちはただのヤク中と同じだよ」までは真実(事実)であっても、「突き放す」のは正しいこと(善いこと)ではないと考えます。

 正しい(善い)と不正(悪い)の基準は、人によっても違うし、時代によっても変わります。
 「ドーパミンによる快感を得るために行動する」と性質をもつことが、人類が進化して繁栄することに貢献していたとしても、今現在においても正しい(善い)といえないのです。

 善悪を、正しい知識をベースにして、感情よりも理性を重視して、決めていくことが大事だと思います。
 そして、集団あるいは個人が、決めた善悪に合わせるように、感情や感情の形成に関わる脳内物質をコントロールすることを目指すのがよいと考えます。

 

Posted by ishi at 2019年02月04日 09:12
> 「ドーパミンによる快感を得るために人間は行動する」ということは真実(事実)と思います。

 別にそれを否定しているわけではありません。「そうではない」と言っているわけではなく、「それだけではない(他にもある)」と言っているだけです。

 誤解を避けるため、該当部分を紫色に着色しておきました。その部分を読んでください。

 ──

 本項の最後に 【 追記 】 を加筆しておきました。

 ──

 心と人体の関係が単純ではなく複雑であることについては、次項でも説明します。(予定)
Posted by 管理人 at 2019年02月04日 11:45
匿名 at 2019年02月04日 00:43様

年齢はそんなに関係ないような気がします。Facebookやインスタを見ていても、結構面倒臭いこと言い放ったり、痛い言論を撒き散らしてるのは、色んな年代の方がいるなぁと思います。
偏った考えの意見やイメージから離れて見た方がいいです。
Posted by 名無し at 2019年02月05日 14:30
上記のリンク記事などで言っているのは、「他人をパッシングするというのはある種リスクのある行為」なのに、なぜするのかという疑問に対し。

「快楽物質」が出るから、という「理由」を説明しているのではないでしょうか。

それでパッシングで「快楽物質」が出ることに味をしめると、次第に本来の目的を忘れて、常習化して快楽を得るための「目的化」してしまう、ということでは。

食事も本来、快楽追及のみが目的ではないが、快楽が「目的」となると、満腹中枢とかを無視して過食になるから、報酬系は危険だよって意味ではないかと。
Posted by hiro at 2019年02月05日 20:26
> by hiro

 まあ、そういう一面もいくらかはありますけどね。全体のうちの、ごく小さな要素であるにすぎない。それを主因だと見なすのはおかしい、という趣旨。
 次々項で説明しているので、次々項を見てください。
Posted by 管理人 at 2019年02月05日 21:13
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