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海外不動産をほぼ無償で利用したことと、姉への不労所得は、特別背任に値する……と前に述べた。
→ ゴーンの法律的な罪名は?: Open ブログ
一方で、「有価証券報告書の記載違反」については、「ちょっと苦しい」と評価した。
「有価証券報告書の記載違反」は、ちょっと苦しい。これはただの形式犯であるし、法の本来の趣旨である「企業業績の捏造」とはまったく異なる部分的なものにすぎないからだ。数千億円の利益を上げている会社本体のなかで、80億円ぐらいの不実記載があったとしても、そのこと(誤記)でただちに巨額の損失をもたらしたということにはならないから、罪の程度は低い。
これは、「法の本来の趣旨」には合致しない、というふうに述べている。その場合、法の保護対象は、投資家(日産自動車の株主)だけである。株価や配当の利益を得る人だけが、法の保護対象と見なされているわけだ。
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以上は従来の私の見解だが、ここで新たに記事が出た。
少なく見せかけたとされる役員報酬は、刑事処罰に値するほどの「重要な事項」なのか――。専門家や市場関係者の間で見方が割れている。
有価証券報告書には、決算から経営戦略までさまざまな情報が記される。ただ、虚偽記載のすべてが刑事罰の対象になるわけではない。金融商品取引法では、「重要な事項」について虚偽の記載がある場合に処罰対象となる。
「重要な事項」とは、投資家の投資判断に影響を与える事項を指すとされる。だが、具体的にどこまでを「重要」とするかは法律に明記されていない。過去に検察が虚偽記載容疑を適用した事件の多くは、株を売り買いする上で重視されてきた売り上げや利益・損失など、企業の業績を示す情報が対象だった。巨額の損失隠しが明るみに出たカネボウやオリンパスの粉飾決算事件はその典型だ。
役員報酬については、どの程度の虚偽があれば処罰対象になるのか、参考になる先例はない。役員報酬をめぐって刑事事件になるのは今回が初めてで、過去に行政処分の例もないからだ。
( → 報酬の虚偽記載、どれほど悪質? 初の刑事事件化、割れる見方 ゴーン前会長逮捕:朝日新聞 2018-12-08 )
ここでも、「売り上げや利益・損失など、企業の業績を示す情報」が記載の対象であって、「役員報酬」が記載の対象かは前例がないわけだ。
この意味では、私が先に述べたこととほぼ同じような立場だ。
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一方で、同じ日に、別の記事が出た。日産の検査不正だ。(再発) この検査不正に対応して、大規模なリコールをなすという。
→ 日産またリコール15万台 ブレーキ検査など不正:朝日新聞デジタル
前に検査不正があって、それで済んだと思ったら、再発したわけだ。
どうしてこういうことになるかというと、「ゴーンのコストカット経営のせいだろう」というのが、私の判断だった。
この人の「コストカット最優先」という方針が、諸悪の根源なのだから、ゴーンを追い出すことこそ、根本的な治療の条件となる。
( → 日産自動車の没落: Open ブログ )
これと同趣旨のことが、検査不正を巡って、朝日新聞にも掲載された。
「膿(うみ)は出し切った」と宣言した後も不正発覚が続く。
日産の生産現場に品質不正が蔓延(まんえん)する背景には、徹底したコスト削減を求めてきた「ゴーン流経営」の影響がある――。こうした声が、日産の社内からも聞こえてくる。
今回不正があった追浜工場(神奈川県横須賀市)は、40年前の検査装置が更新されないままだった。
老朽化した設備を更新せずに国内外の工場同士が生産効率を高める競争をさせられ、現場には重い負担がかかっていた。これが不正を助長する土壌を生んだとみる社員は少なくない。
( → ゴーン氏と同じ?西川社長、不祥事会見に姿なし:朝日新聞 )
このように、ゴーンのせいでやたらとコストカットがなされている。必要以上に。大幅に過剰に。
そして、その理由は、「株価に応じた報酬」という制度があった。(「株価連動型インセンティブ受領権」というもの。)
つまり、必要なコストを削って、無理に利益を出して、やたらと配当を高めることによって、株価を高めて、それにともなって自分の報酬を上げようとしたわけだ。前述の通り。
→ ゴーンの報酬と株価: Open ブログ
結局、自分の報酬を高めるのを目的として、必要なコストを削ってしまった。そのせいで、検査不正も発生した。
これをひとことで言うと、「ガバナンスがなっていない」ということだ。
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日産自動車の究極の問題は、検査不正に見られるように、「ガバナンスがなっていない」ということだ。そして、その「ガバナンスがなっていない」ということをもたらしたのは、「過剰に報酬をもらおうとする」というゴーンの気質があったのである。
そして、そのようなゴーンの暴走を止めるものが、「報酬の公開」という制度だった。それが「有価証券報告書の記載」というものだ。
とすれば、最初と最後を結びつけることで、こう言える。
日産の究極の問題である「ガバナンスがなっていない」ということを是正するものは、「有価証券報告書の記載」であった。だが、それがなされなかったこと(違法行為をしたこと)によって、「ガバナンスがなっていない」ということが是正されなかった(放置された)わけだ。
とすれば、「有価証券報告書の記載」がなかったことは、ただの帳簿上の形式犯ではない。「ひどい企業体質の隠蔽」という重大な結果をもたらしたことになる。
投資家にとっては、目に見える「売上げ・利益」のような数値ではないのだが、数字にはならない質的・定性的な面で、企業体質のひどい毀損があったわけだ。
「有価証券報告書の記載違反」は、単に余剰分の 40億円が隠されたことが問題なのではない。その数字時代が問題なのではない。そういう金額を私物化しようとする経営体質があったこと(ガバナンスが損なわれていたこと)が、あえて隠蔽されていたということこそが、問題なのである。
比喩で言えば、学校の先生が学校の金を盗んだとしたら、その盗んだ金の金額(たとえば1万円)の多少が問題なのではない。学校の先生が泥棒であったということが問題なのだ。というか、泥棒が学校の先生をしていたということが問題なのだ。こういう状況では、その学校のガバナンスはなっていない。そういうことがわかる。
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結論。
ゴーンの得た金は、日産の経営を揺るがすほどではない。その意味では、株価を左右するほどの金額ではない。その意味では可罰性は低い。
しかし、ゴーンが会社の金をくすねる経営者であるということは、会社のガバナンスがなっていないことを意味する。それが隠蔽されたことは、日産自動車という会社のガバナンスの問題が隠蔽されたということだ。この罪は非常に大きい。会社の根本体質の核心を隠蔽したのも同然だ。たかが決算の数字をいじることぐらいなら、会社自身には影響しないが、ガバナンスを崩すと、会社そのものが根本的に毀損される。その意味で、通常の記載違反よりも、はるかに罪は大きいと言える。
この罪は万死に値する、とすら言えそうだ。ま、死刑ということにはならないが、会社の体質を毀損する意味があったということからしても、特別背任未遂罪の懲役2年よりも、もっと重い罰がふさわしいと言えるだろう。
※ 私が裁判官ならば、懲役4年を宣告したい。特別背任および同未遂の行為は、別の罪として扱われるが、全部ひっくるめて、懲役4年ぐらいが妥当か。(執行猶予なしの実刑。ただし刑期の半分で仮釈放。)
[ 付記 ]
「ガバナンス」の件は、朝日の記事にも見出される。
「役員は業績に応じて報酬を得たり、責任をとったりするのが、あるべき姿だ。その仕組みがきちんと働いているのかどうかなど、企業のガバナンスに厳しい視線が注がれるようになった」と高額報酬の個別開示の意義を解説する。
( → 「役員報酬」の虚偽、初の刑事立件に波紋 割れる議論:朝日新聞 2018年12月8日1 )
2010年、金融相として1億円以上の役員報酬の個別開示ルールの導入を推進した亀井静香・元衆院議員に聞いた。
――開示ルールをつくった理由は。
企業も社会的存在だ。役員報酬も社会的評価にさらされるべきものだと考えた。「俺はそれに値する仕事をしているのか」と心理的な抑制もかかる。周りはみんな「(開示は)むちゃだ」と反対したけど、「やるぞ」と言って導入した。
――今回の事件をどう受け止めているか。
企業のガバナンスがなっていない。
( → 開示ルール作った亀井静香氏 ゴーン前会長事件どう見る:朝日新聞 2018年12月8日 )
【 関連項目 】
特別背任未遂罪の懲役2年という話は、40億円の将来報酬の分。下記で。
→ ゴーンの法律的な罪名は?: Open ブログ
特別背任罪と脱税で懲役2年という話は、海外不動産と姉の酬の分。下記で。
→ ゴーンの海外住宅は脱税か?: Open ブログ
【 関連動画 】
海外の不動産(特別背任にあたるもの)については、警察は今のところ起訴する予定はないようだ。
これは、「起訴しない」ということではなく、「海外分は調査に時間がかかるから、国税庁と連系した上で、時効の前までには起訴する」ということだと予想する。(私の予想。)
ゴーンは「会社のパーティのためにも利用した」というふうな弁明をしそうだが、そんなことだと、たいていの現物給与の脱税が認められてしまう。下手な弁明は通用しないだろう。