2018年11月12日

◆ 共通テストの試行(国語)の出題ミス

 共通テストの試行がなされたが、その国語については、出題ミスがある。

 ──

 大学入学共通テストの試行がなされた。
  → 大学入学共通テスト、2回目の試行調査始まる:朝日新聞 2018-11-12

 問題と解答は、こちらにある。(PDF)
  → 平成30年度試行調査 問題、正解等_1110|大学入試センター

 そのうち、国語の第1問は、良い出来映えだ。良問と言える。
 しかしながら、その「正解」と示されているものが、残念な出来映えだ。その「正解」は、正解ではない。(採点基準も間違っている。)

 解説しよう。
 まず、問題文を読んでほしい。その問題に対する正解は、直前の問題文を読めばわかる。こうだ。


kyotuu-test2.png


 ここには次の文章がある。
 モデルである単語とその指示対象との対応関係

 これが、正解を与える情報だ。
 これに基づいて、そのあとの「英語の例」にならって、書き直せばいい。したがって正解は、
 「(大人は)単語とその指示対象との対応関係を教えてくれない」
 である。(23字)
 あるいは、こうだ。
 「(大人は)単語と対応関係のある指示対象を具体的に教えてくれない」(26字)
 「(大人は)単語に対応する指示対象を具体的に教えてくれない」(23字)

 あるいは、もうちょっと字数を増やすなら、こうなる。
 「(大人は)ある単語に対して、その単語と対応関係のある指示対象を具体的に教えてくれない」(37字)
 「(大人は)ある単語に対して、その単語に対応する指示対象を具体的に教えてくれない」(34字)


 ──

 一方、模範解答は、こうだ。

kyotuu-test.png

 そのいずれの模範解答を見ても、「指示対象」という言葉が先に来て、その次に「単語」という言葉が来る。しかし、これはナンセンスだ。

 単語と指示対象については、まずその単語があって、次に、その単語に対応する指示対象がある。この順で「単語」「指示対象」という言葉が成立する。
 たとえば、「リンゴ」という単語があって、その単語に対応する指示対象が成立する。

 ところが、模範解答では、先に「指示対象」という言葉が来る。しかし、いきなり「指示対象」という言葉が来ても、それは何の指示対象であるかが不明だから、この言葉は意味をなさない。

 つまり、
 「単語とその指示対象」
 ならば意味をなすが、
 「指示対象と単語」
 ならば意味をなさないのだ。(いきなり「指示対象」と言われても何のことかさっぱりわからない。)

 どうしてもこの順で書きたいのであれば、
 「ある単語の指示対象と、その単語自体」
 というような書き方をする必要がある。これならば、「指示対象」という言葉が何を意味するかは規定されるからだ。
 しかし、模範解答では、そうなっていない。いきなり「指示対象」という言葉が出てくる。これでは、「指示対象」が何を意味するか不明であるから、この模範解答は不正解だ。
 まったくの間違いとは言えないが、これでは「3割減点」が妥当だろう。

 ──

 問題文自体はいいのだが、模範解答の作成者が問題文を正しく理解できていない。
 問題文のなかでは、「単語とその指示対象」という順で述べられているのに、模範解答の作成者は、「指示対象とその単語」というふうに理解している。しかし、これでは順序が反対だ。

 言語哲学で言えば、単語に対してはその指示対象が表裏一体で生じる。ここで、単語は「シニフィアン」と呼ばれ、指示対象は「シニフィエ」と呼ばれる。(ソシュール流)
 これらは一枚の葉の表と裏のように不即不離のものだ。
 たとえば、「リンゴ」という単語があり、その単語に対応するリンゴのイメージや概念がある。こういうイメージや概念が(心理的な)「指示対象」だ。
 一方で、心理的な「指示対象」に重なる形で、現実の「指示対象」としてのリンゴがいくつかある。それは、あそこのリンゴだったり、こちらのリンゴだったりする。
 心理的な「指示対象」と、現実の「指示対象」は、重なる形で理解される。
 そして、人が単語を聞いたときには、心理的な「指示対象」に重ねる形で、現実の「指示対象」を見つけて、それを指差すことができる。
 ここでは明らかに、単語や心理的な「指示対象」が先にあって、現実の「指示対象」は後から来るのである。

 当然ながら、現実の「指示対象」があってから、それに対応する単語が関係づけられるのではない。現実の方からは関係を見つけることはできないのだ。単語の方から現実の方への関係を付けるだけだ。
 そのとき、さまざまな試行錯誤がなされることがある。たとえば、「リンゴ」のほかに、「赤いもの」「丸いもの」「おいしいもの」「大好きなもの」というような別の言葉で呼ぶこともできる。とはいえ、それは、現実の指示対象の側が決めることではない。言葉を発する人が「どの言葉を使おうか」と考えて決めてから選択されるものだ。
 結局、言葉から対象への関係はあるのだが、対象から言葉への関係はないのだ。
   (あり)  言葉 → 対象
   (なし)  言葉 ← 対象


 なのに、模範解答の出題者は、「単語」という言葉の前に「指示対象」という言葉を使っている。これでは文章が意味をなさなくなるのだ。

 ──

 模範解答はこうだった。
 (例1) 自分から指示対象を指し示して、単語との対応関係を教えてはくれない。
 (例2) 適切な対象を手にとって「これが単語に対応するものだ」と教えてはくれない。


 これでは順序がおかしい。どうせ書くならば、こうするべきだ。
 (例1) 単語との対応関係を示そうとして、自分から指示対象を指して教えてはくれない。 (37字)
 (例2) 「これが単語に対応するものだ」と示そうとして、適切な対象を手にとって教えてはくれない。 (40字)


 このようになる。これならば、「指示対象」という語が何を意味するかは、明らかとなる。(「単語」という語のあとに来るからだ。)

 とはいえ、もっと好ましいのは、私の書いた正解だ。再掲すれば、こうだ。
 「ある単語に対して、その単語と対応関係のある指示対象を具体的に教えてくれない」


 ──

 ともあれ、問題文をろくに理解できないまま、模範解答を書くべきではない。
 特に、言語哲学の基礎知識をろくにもたないまま、言語哲学の文章を安易に使うべきではない。

 一般に、大学入試の国語の問題では、哲学の文章がしばしば使われるが、哲学の基礎知識を理解しないまま曲解している例が非常に多い。
 「大学入試の国語には、哲学を文章を使うな」
 と提案しておきたい。哲学を知りもしないで哲学の文章を使うなんて、思い上がりもはなはだしい。
 むしろ、よくある社会的な時評に関する文章でも使う方がいい。これなら、たいていの国語の先生も、多くの基礎知識を得ているからだ。(新聞さえ読んでいれば、多くの基礎知識を得ているはずだ。)

 今回の国語の問題では、言語哲学を知りもしないで模範解答を書いたということが、バレバレだ。「恥を知れ」と言っておきたい。

( ※ そもそも、模範解答の作者でさえ正解を書けないような特異な問題を出すこと自体が間違っている。言語哲学なんかをテーマにするからいけない。)



 [ 付記 ]
 あとで気づいたが、そもそも模範解答は根本的に勘違いをしている。
 たしかに問題文には「対応関係」という言葉があるが、この言葉を解答文で使うのは不適切だ。なぜなら、正しくは、その「対応関係」の具体的な形である「意味作用」という特定の関係のことだからだ。

 したがって、
 (例1) 自分から指示対象を指し示して、単語との対応関係を教えてはくれない。

 という模範解答はピンボケだ。ここでは、対応関係を教えようとしているのではなく、対応関係(意味作用)で示しているのが具体的な指示対象であることを教えようとしている。関係を教えようとしているのではなく、対象を教えようとしている。そのために指差し行為がある。

 また、
 (例2) 適切な対象を手にとって「これが単語に対応するものだ」と教えてはくれない。

 というのもピンボケだ。ここでは、「対応」よりももっと具体的な形で示しているからだ。したがって正解は、
 (例2改) 適切な対象を手にとって「これが単語の意味するものだ」と教えてはくれない。

 となる。

 問題文のなかでは、「対応関係」というぼかした表現を使っているが、正確には、「意味作用」という明確な関係で理解するべきだ。
 比喩で言うなら、親子の関係を示すには「親子関係」というふうに語るべきであり、「この二人の対応関係」なんていう曖昧な用語を使うべきではない。問題文ではそういう曖昧な用語を使っているからといって、その意味を示すべき回答文のなかでも曖昧に語るべきではない。

 一般的に言えば、国語の記述問題では、説明するときに、元の文章の用語をそのまま使うべきではなく、はっきりと具体的に説明する文章に言い換えるべきだ。
 「対応関係」というのは、わざとぼかしてある言葉遣いだ。だからその用語を言い換えて、「意味する関係」(意味作用)というような言葉遣いに改めるべきなのである。
 それゆえ、「対応関係」というぼかした表現を使っている(例1)の模範解答は、不適切であると言える。
 さらには、「本」という特定の用語を使っている(例3)にいたっては、点数は半分ぐらいしか与えられないだろう。
 さらに言えば、
 (例2) 適切な対象を手にとって「これが単語に対応するものだ」と教えてはくれない。

 という模範解答でも、「適切な」というのが何のことか曖昧だ。そこでは「単語が意味するもの」という関係性を明示していない。これもまた、3割ぐらいは減点となるだろう。

 真の正解では、「単語が意味するものが、その(手にしている)指示対象である」ということを、はっきりと明示する必要がある。そうしてこそ、「指差し行為」の意義が明らかになるからだ。
 そして、そういうことをしていない以上、三つの模範解答は、いずれも3〜5割ぐらいの減点となるべきだ。



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posted by 管理人 at 19:26| Comment(4) | 一般(雑学)5 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
問題文、設問をよく読みましょう。
すでに出題形式をみれば出題者がすでに「単語」を書いていてくれているので、改めて単語と書かなくてよいのです。
暗黙のお約束として国語の問題は誤解されないかぎりなるべく省略して答えるものと決まっているので、模範解答がより優れた解答です。

管理人さんのこたえも減点されるほどのでできではないので悪い点数はつかないので安心してくださいね。
Posted by とおりがかり at 2018年11月12日 22:40
 先に出た「単語」は、離れすぎているでしょ。字数の余裕がある以上は、省略するべきではありません。
Posted by 管理人 at 2018年11月13日 00:16
 最後の少し前に [ 付記 ] を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2018年11月13日 00:32
>>先に出た「単語」は、離れすぎているでしょ。字数の余裕がある以上は、省略するべきではありません。

ノートなんだから詳細な論理展開の前提は本文中を追わないと。逆に記述問題は本文の論理を理解できているかを問うものです。
「離れすぎている」はあなたの価値観でしかないですし。
あなたは2〜3行前の内容が思い出せないんですか?


>>「対応関係」の具体的な形である「意味作用」という特定の関係のことだからだ。

自然言語に完璧な定義を求めていてはコミュニケーションになりませんよ。
厳密な言葉の定義通りしゃべりたいなら機械とでも話しといてください。

>>という模範解答はピンボケだ。ここでは、対応関係を教えようとしているのではなく、対応関係(意味作用)で示しているのが具体的な指示対象であることを教えようとしている。関係を教えようとしているのではなく、対象を教えようとしている。そのために指差し行為がある。

問題の主体は「大人」ではなく、「単語」を理解しようとする「子供」です。「大人」側が対応関係を理解させようとして指を指しているかいるかは関係がないのです。

>>(例2) 適切な対象を手にとって「これが単語に対応するものだ」と教えてはくれない。
 というのもピンボケだ。ここでは、「対応」よりももっと具体的な形で示しているからだ。

これも(例1)と同じですね。主体は「子供」。あなたの模範解答でも問題はないと思いますけどね。

>>一般的に言えば、国語の記述問題では、説明するときに、元の文章の用語をそのまま使うべきではなく、はっきりと具体的に説明する文章に言い換えるべきだ。

入試での記述問題は別に厳密な単語の意味を問うているのではなく、文章の論理展開を理解できているかを問うものなのです。あなたの「哲学」的だという主張は間違いではないとは思いますが、題意からは外れているのです。
Posted by きゅうとぴ at 2018年11月23日 12:23
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