2018年10月03日

◆ 独創的な研究をなす方法 2(個人編)

 他人にはできないような、独創的な研究をなすには、どうしたらいいか? 個人のできる範囲で考える。

 ──

 「画期的な成果をもたらすような、独創的な研究をなすには、どうしたらいいか?」
 というテーマで、先に述べた。
  → 独創的な研究をなす方法: Open ブログ

 ここでは「広く浅く」というふうに研究することを推奨しているが、それは、国の政策としての話であって、個人の研究方法ではなかった。
 では、個人がやる方法としては、どうすればいいか? 他人にはできないような、独創的な研究をなすには、どうしたらいいか? 
 あらためて、それを考えよう。

 ──

 いきなり結論を言えば、こうだ。
 「発想そのものを広くする」

 これによって、他人の考えないような発想を得ることができる。
 というか、他人の考えないような発想を得るには、他人の考えていないようなところまで発想を広げるしかない。当り前と言えば、当り前だが。

 これは、類例で言うと、こうだ。
 「将棋の手を読むとき、深く読むよりも、広く読む。通常ならば捨ててしまうような手とか、通常ならば思い浮かばないような手を、広く読む」

 これとは逆の方法が、「深く読む」ということだ。ありそうな手をどんどん深く読む。しかしながら、どこかで「読み抜け」が発生すると、思わぬ手を相手に差されて、あっというまに負けてしまう。

 一般に、秀才タイプの棋士は、「深く読む」ということをやるので、相手が強豪でなければ高い勝率を誇れる。ただし相手が強豪だと、思わぬ手を差されて、あっさり負けてしまう。
 その代表が、森下 卓・九段だろう。
 若手時代に竜王戦、名人戦、棋聖戦、棋王戦(2回)、王将戦で合計6回もタイトル戦の挑戦者になりながら一度もタイトル奪取できず、無冠の帝王と呼ばれ、そのことは「将棋界の七不思議」の一つとも言われた。タイトル獲得無しの挑戦6回は史上初である。
( → 森下卓 - Wikipedia

 非常に優れた棋士なので、順位戦などではライバルを相手に、頭一つ抜け出せる。しかし最後にタイトル戦をやると、相手に負けてしまう。なぜか? 相手が谷川や羽生という天才タイプだったからだ。こういう天才タイプは「広く読む」というのが上手だ。相手が思いもしないような手を指す。かくて、読み抜けが発生して、秀才タイプはコロリと負けてしまう。

 逆に言えば、谷川や羽生のような天才タイプの棋士は、「深く読む」ことよりも、「広く読む」ことが傑出しているのだ。
 谷川や羽生だと、もともと「全部の能力が高いのでは?」と思われそうだ。そこで、そうでないタイプを示すと、米長邦雄がちょっと天才タイプだ。「思いがけない手」というのを指すことが多く、「天才」と呼ばれることも多い。
( ※ 実績は、名人1期。タイトル 19期。タイトル戦登場は 48期。同時代の中原に最後に負けてしまうことが多かった。)

 ともあれ、将棋では「広く読む」ことができると、「他人には思いもよらぬ手」を指すことができる。こういうのが「独創的な発想」と呼ばれるものだ。

 学術研究ではどうか? 
 オプジーボの本庶佑の例では、本人が「広く浅く」というふうに研究していた感じもある。ただ、情報を読むと、彼はもともとは、癌治療の研究をしていたのではない。単に「免疫とは何か?」ということを巡って、免疫機構の解明を目指していただけであるようだ。ところが、そこから、「免疫機構と癌が密接に関連している」と判明した。
 京都大学本庶佑の研究室メンバーであった石田靖雅らは 1992年、免疫細胞の一種であるT細胞の細胞死が誘導される際、T細胞表面での発現が増強されるPD-1という分子とその遺伝子を同定・命名した(原論文) (PDF) 。その後の研究で、PD-1は抗原提示細胞などの表面にあるPD-L1という分子と結合し、T細胞による免疫反応を抑制する機能を有することが分かった(原論文)。さらに驚くべきことに多くの癌細胞が、その表面にPD-L1を発現していることが発見された。つまり癌細胞は自分の持つPD-L1をPD-1と結合させT細胞の機能を抑えることで、自身を排除しようとする免疫から逃れているという仕組みが明らかにされた。
( → 本庶佑 - Wikipedia

 こうして原理が解明されたことで、癌の治療薬の開発も可能となった。
 
 もしPD-1に対する抗体(抗PD-1抗体)を作製し、癌細胞より先にPD-1に結合させれば、癌細胞のPD-L1は抗体に邪魔されてPD-1に結合できない。すると癌に対するT細胞の免疫が抑制されず、癌細胞が免疫から逃れることができなくなる。その結果癌細胞は、T細胞の免疫反応により排除される。
 その戦略に基づき、ヒト抗PD-1抗体としてニボルマブ(製品名オプジーボ)、ペンブロリズマブ(製品名キイトルーダ)といった免疫チェックポイント阻害剤が製品化された。
( → 上記の続き

 さて。前の引用では、「さらに驚くべきことに多くの癌細胞が、その表面にPD-L1を発現していることが発見された」とある。ここでは、本人が思ってもいなかったことが、他の研究者によって発見されたことになる。
 比喩で言えば、本人は黄金を掘り出そうと思って、狙いを定めて、あちこちを広く掘っていたら、まさしく黄金を掘り出したのだが、意外なことに、それの奥には巨大な金脈が眠っていて、途方もない黄金を見出したことになった……という感じだ。
 このことから、本人がしばしば言うように、「実に幸運だった」というふうに言えそうだ。とはいえ、それ以前に、次の二つの重大なことがあった。
  ・ 免疫の解明というテーマで、「物事の本質を探ろうとしていた」
  ・ その際、いろいろと広く研究した。(他人は考えなかったことも考えた。)


 このようなことから、次のように結論できそうだ。
 「独創的な研究をするには、他人が考えないことまで考えるような、発想の広さが大切だ」


 ただ、よく考えると、「他人が考えないことまで考える」というのは、天才がよくやることだから、「天才であること」が必要十分条件であるように思える。つまり、
 「独創的な研究をなすには、(他人が考えないことまで考えるような)天才であることが大切だ」
 となりそうだ。これでは、
 「天才は独創的な業績を上げる」
 というのと同義だから、文句を言われそうだ。
 「天才ならば天才であるのは当り前だろ。業績を上げるためには天才であればいいというのは、天才でない人は業績を上げられないということだ。それじゃ、俺みたいな凡人には意味がないぞ。そんな知識は役立たない」
 というふうに。

 まあ、そう言われると、身も蓋もないのだが。
 ただし、それでも、大切なことがあるので、ここで指摘しておこう。こうだ。
 「天才と呼ばれる人は、広く発想することを、常に意識・意図している。物事を深く突き止めようとするのだが、そのときには、思考を奥深く突き進めようとするより、思考を幅広く広げようとする。他人が容易に捨ててしまうような発想を、安易に捨てずに、その発想の可能性を探る」

 こういうことは、羽生はよくやっているようだ。普通の棋士ならばあっさり捨ててしまうような手を、すぐには捨てずに、可能性を深く考える。すると、「数手先までは不利とみられた手が、ずっと先になると有利に転じる」というようなことを、うまく見出す。こうして、独創的な手が刺される。

 また、青色 LED の中村修二も同様だ。主流派の研究対象(セレン化亜鉛)を捨てた。かわりに、主流派からは切り捨てられた傍流の研究対象(窒化ガリウム)を選んだ。こうして、研究対象を広げる形で、他人にはできなかった独創的な研究成果をなし遂げた。
  → 有望な研究はやるな: Open ブログ

 この窒化ガリウムというのをもともと研究していた赤崎勇は、さらにこの傾向が強かったようだ。彼の言葉を転載しよう。
 窒化ガリウムに関する発表をしたのは私たちだけだった。あとでわかったことですが、有力な研究所(者)はそのころはすでに窒化ガリウム研究をやめており、会場にいた誰一人として、窒化ガリウムに関心を持つ人がいなかったのでしょう。そのとき、私は思わずつぶやいてました。「われ一人荒野を行く」と。
( → 天野浩の業績(赤崎・中村): Open ブログ

 そのあとで、「たまたまやった失敗が、新発見をもたらした」という形で、うまい新発見に結びついたようだ。
 それが低温バッファ層の技術だ。
 これは、「たまたま機械が故障したので、偶然によって天野浩が見つけた」というふうに報道されている。
( → 天野浩の業績(赤崎・中村): Open ブログ

 とはいえ、この新発見ができたのは、他人の研究しない窒化ガリウムという分野に手を広げたからなのだ。

 そのあと、天野浩がさらにこの研究を発展させた。そこでは、次の二つの方法が、新たにヒラメキで発想されたそうだ。
 では、どうすればいいか? ここで、天野浩の独創性が発揮された。
  ・ マグネシウムを用いること
  ・ 電子線放射をすること

 この二点である。
( → 天野浩の業績(赤崎・中村): Open ブログ

 ここでも、「発想を広げる」という形で、新たな独創的な業績が生じた。
 ただし、上記の二点は、ブレーク・スルーになったとはいえ、ライバルはほとんどいなかった。もともと窒化ガリウムという分野に進んだ研究者は少なかったからである。研究者が多数いたならば、上記のヒラメキを生じた人も、何人か出たかもしれない。それでもとにかく、この時点では、天野浩が新たなヒラメキを生じた。そこでは、「発想を広げる」という形で、独創性が発揮されたのである。

 ──

 以上の例からもわかるように、次のことが大切だ。
  ・ 独創的な研究をなすには、発想を広げることが大切だ。
  ・ そのためには、「発想を広げよう」というふうに意識しているべきだ。


 天才になるためには、もともと天才的な素養が必要だ。ただし、それだけでは足りない。天才が天才であるためには、彼が普段から「発想を広げよう」というふうに意識していることが大切だ。そういう形でもともと備わっている独創性を、さらに高めているのである。

 ついでだが、それとは対極的な発想もある。こうだ。
  ・ 金儲けをしよう
  ・ 出世をしよう
  ・ 仕事で楽をしよう
  ・ さっさと仕事を切り上げて、遊ぼう。
  ・ 帰ったら育児して、イクメンにならなくちゃ。
  ・ 家に帰って、奥さんと いちゃつこう。
  ・ 高級レストランで、料理とワインを味わおう。
  ・ 録画したアニメ番組を見て、楽しもう。

 こんなことを考えているようでは、独創的な研究はなしえない。

 ただし、一般人は、そういうことを望んでいるのである。
 「遊んで、楽して、独創的な研究成果を上げる方法はないかなあ?」
 うーん。あることはあります。それは「タナボタ」に期待すること。宝くじに当たるようなものですね。



 【 関連項目 】
 もう一つ、うまい方法がある。
 「他人の業績を盗むこと」
 だ。下記項目を参照。
  → 有望な研究はやるな: Open ブログ
  → ノーベル賞を取る方法(STAP細胞の教訓): Open ブログ



 【 関連サイト 】
 本庶佑氏も同様のことを言っている。朝日の社説から。
 本庶さんがホームページで公開している「独創的研究への近道:オンリーワンをめざせ」と題したエッセーからは、ほとばしる情熱が伝わってくる。
 たとえば、研究の喜びについてこう記す。
 「多くの人が石ころだと思って見向きもしなかったものを拾い上げ、10年 20年かけてそれを磨きあげて、ダイヤモンドであることを実証することである」
( → (社説)本庶さん受賞 基礎の大切さ示す快挙:朝日新聞 2018-10-02

 該当ページは下記。
  → 本庶佑 エッセイ(京都大学のサイト)

 さらに似た趣旨の話がある。
  → 本庶 佑「独創的研究とは何か」
 一部抜粋しよう。(本庶佑の言葉)
 研究者の醍醐味とは、私にとっては誰も見向きもしない岩からのわき水を見つけ、やがてその水を次第に太くし、小川からやがて大河にまで育てることである。また、山奥に道なき道を分け入り、初めて丸木橋を架けることが私にとっての喜びであり、丸木橋を鉄筋コンクリートの橋にすることではない。多くの人がそこに群がってくる時は、丸木橋ではなく、既に鉄筋コンクリートの橋になっており、その向こうにある金鉱石の残りをめがけて多くの人が群がっているのである。その結果得られたものが、高価であるからといって、本当にそれが独創的な研究であろうか。独創的な研究は、おそらくその研究が20年経ってもまだ引用されているかどうかによって決まる。
 私にとってのもうひとつの喜びは、多くの人が石ころだと思って見向きもしなかったものを拾い上げ、10年、20年かけてそれを磨きあげて、それをダイヤモンドにすることである。そのような研究こそ本当に独創的で研究者冥利につきるというものではなかろうか。石ころが石ころのままで終わるのか、ダイヤモンドに化けるのかは吉村氏が言うように運の問題もある。但し、そこに研究者の嗅覚が非常に重要な要素を占めることも否めない。

 ※ 最後の文字着色は、引用者による。
posted by 管理人 at 06:34| Comment(9) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に 【 関連サイト 】 を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2018年10月03日 08:43
発想を広げる、という主題ではなく、例えの部分につっこみますが。

将棋の羽生さんは広く読んでいるのでなく、広い選択しの中からいくつかの候補主を厳選して、そのいくつかを深く読んでいる、と本人が言ってますよ。

羽生さんがすごいのは、若い頃から目先の勝ち星にこだわらず、いわゆる「踏み込む」ということを積極的にやってきたこと。

若い棋士がやってることが最善と思ったら、すぐに取り入れる柔軟性。

一言で言うと、「純粋で好奇心の塊」なんですよ。様々な業界の人が羽生さんを将棋の第1人者として見るけど、羽生さん自身は「将棋が大好きで、新しいものに興味を持って取り入れる」少年のような好奇心・探求心を持ち続けていることがすごさだと自分は思います。
たいていのおっさんが過去の権威を表に出して威張っているのとは大違いで(毒舌)。

森下さんがダメになったのは、20代の始め〜中ごろは将棋一心で脇目も振らず集中していたけど、その後に折れてしまった、と本人が語っています。

まあ念押しすると、主題とは直接関係はありません。
Posted by hiro at 2018年10月06日 21:22
> 将棋の羽生さんは広く読んでいるのでなく、

 話の趣旨が全然違います。
 本人は広く読んでいるつもりはないのだが、その読みの幅が、他人から見ると、ものすごく広い(普通の人の考えの範囲外に及ぶ)ということです。
 読みの分岐が多い、という意味ではなくて、「常人には考えられないことを考える」ということです。その読みの広さは、本人には自覚されないが、周囲の人は驚嘆する。そういう話。

 似た例で言うと、アイデアを出すとき、凡人は凡庸なアイデアを百も二百も出すことができるが、どれも凡庸で下らないアイデアばかりだ。
 一方、独創的な人は、他人には思いつかないような奇想天外なアイデアをいきなり提出する。
 両者の違いを理解してください。


 ……というふうに私が説明しても、理解してもらえないかもね。独創的な人の発想方法というのは、凡人には理解してもらえないことが多い。
 だから政府や会社経営者は、「長時間労働をして、生産性を高めよ」なんてことを言う。
Posted by 管理人 at 2018年10月06日 23:41
>似た例で言うと、アイデアを出すとき、凡人は凡庸な>アイデアを百も二百も出すことができるが、どれも凡>庸で下らないアイデアばかりだ。

独創的な発想をするというのは、100も200もあるアイデアなど広く想像をして試行錯誤した結果として生まれてくるものだと思います。
たくさんの試行錯誤や失敗の山の中から、偶然の産物的な感じで出てきたものだと思います。

まあとはいえ、ある分野の天才がその試行錯誤をしたから出てくるというのは確かですが。

本文中の、

>ついでだが、それとは対極的な発想もある。こうだ。
  ・ 金儲けをしよう
  ・ 出世をしよう
  ・ 仕事で楽をしよう
  ・ さっさと仕事を切り上げて、遊ぼう。
  ・ 帰ったら育児して、イクメンにならなくちゃ。
  ・ 家に帰って、奥さんと いちゃつこう。
  ・ 高級レストランで、料理とワインを味わおう。
  ・ 録画したアニメ番組を見て、楽しもう。
 こんなことを考えているようでは、独創的な研究はなしえない。


これは対立概念としては論理的におかしいと思います。

そりゃアニメばかり見てるだけでは…ですが、仕事を短時間で効率よく切り上げて、その空き時間に育児やアニメを見たり、奥さんといろいろな体験をして、創造性が増して、その結果として出世して収入が上がると。


広く発想するというのは、別に常に他の人逆を行くというのではなく、広く好奇心を持って、「安易に善悪を決めつけず」、他方では地道に積み上げていくことで、天から下りてくるというか。

もちろん才能はありますが、それだけでないと思います。

ちなみに羽生さんは「嵐のバラエティ番組」が大好きらしいですよ(奥さん情報だと)。
Posted by hiro at 2018年10月10日 04:08
読み直してみたら、少し勘違いをしていたかもしれません。

まあ趣旨は広く発想を持つこと。前リンクを見ると、研究は広く物事を見るのが大事という、全く同意です。

ただ、だとしたらなおのこと、「出世や、金儲けや、奥さんといちゃつく、イクメン」などの例を対極的な発想というのはおかしいかなと。

もちろんそればかりやってるのは良くないが、「広く」視点を持つなら、研究以外のことでも広く物事を見る方が、「いろいろな発想のヒント」が下りてくると思うのですがね。


ちなみに最初にコメントした話は「主題とは直接関係ない」と最初に明示してまして、単に将棋の話の引用が違っていることを指摘しただけです。
Posted by hiro at 2018年10月10日 04:29
 やっぱり理解してもらえませんね。

> 独創的な発想をするというのは、100も200もあるアイデアなど広く想像をして試行錯誤した結果として生まれてくるものだと思います。
たくさんの試行錯誤や失敗の山の中から、偶然の産物的な感じで出てきたものだと思います。

 
 違います。羽生さんの例で言うと、たくさんの手筋を読んでいるわけではありません。ほとんどの手筋を捨てています。無駄な手を一瞬にして切り捨てることができるので、多くの手を読む必要がないんです。
 一方、羽生さんが出す意外な手というのは、何万人もの素人がよってたかって(延べ)何万〜何百万通りの手を考えても、思い浮かばないような、意外な手です。
 独創性というのは、ランダムさのなかから偶然にして生まれるものではありません。

 例外:
 例外としては、実験分野だと、たまたま失敗したのが成功に結びついた……という例はある。(例:ペニシリンの発見) こういうのは、医学・生物学や化学の分野では、けっこう多く見られる。
 ここでは、独創的な業績はあったが、本人に独創性があったわけじゃない。ただの運ですね。

> たくさんの試行錯誤や失敗の山の中から、偶然の産物的な感じで出てきたもの

 そういうことはあります。しかしそれは、独創性とは違いますね。(独創的な業績ではあるが。独創性はなくても、独創的な業績を上げることもある。宝くじに当たった感じ。)
 
 ──

 本文の最後の箇所を読んでみてください。あなたは結局、本文の主旨をまったく理解できていないんです。自分の言いたいことを言っているだけで、相手の話を理解しようとしない。
 独創性ならぬ独断性。この点ではきわめて傑出していますね。
Posted by 管理人 at 2018年10月10日 07:11
 わかりやすく言うと、独創性のためには、幅広い発想が大切だが、凡人が幅広く考えたところで、天才の幅広さにはとうてい及ばない、ということ。
 プロ野球選手で活躍するには、体力が必要だが凡人がいくら体力アップしたところで、プロ野球選手並みの体力は得られない、というのと同様だ。
 もともと素質のある人がさらに体力アップすると、いっそう活躍できる。だからといって素人が真似すれば同様の結果を得られるわけではない。
 羽生の発想を得ようとして、プロ棋士がいくら羽生の真似をしても、羽生に並ぶことはできない。
 それでも、「羽生は幅広い発想をしようと努めている」ということを、理解することだけはできる。それを示すが本項だ。

 そのあと、本項を読んで誤読した人が、「じゃあ、羽生の真似をして、これこれをすれば、羽生並みに強くなれるんだな」と思い込む。そんなことは本項には書いてないのだが、誤読する人はいる。
 
Posted by 管理人 at 2018年10月11日 07:33
本文の趣旨は、書かれているように「発想そのものを広くする」という所だったと読んだのですが。

天才という素養がある人が「広く浅く発想する」ことで革新的なアイデアや発明が生まれる、とそのことに異論はないです。

ただ、あなたは本文中で、
「では、個人がやる方法としては、どうすればいいか? 他人にはできないような、独創的な研究をなすには、どうしたらいいか? 
 あらためて、それを考えよう。」

と書いています。
これは天才でなくても独創的な研究をするためには、と問題提起をしていると捉えました。

だから、「天才ではない個人レベルで」、


> 独創的な発想をするというのは、100も200もあるアイデアなど広く想像をして試行錯誤した結果として生まれてくるものだと思います。
たくさんの試行錯誤や失敗の山の中から、偶然の産物的な感じで出てきたものだと思います。

と言ったのです。

そもそも表題に「独創的な研究をなす方法(個人編)」と書かれていて。

天才のみに言及する文章には思えなかったです。

まあ、いずれにせよ、実のある会話でないので、これ以上話しても無意味ですね。
Posted by hiro at 2018年10月13日 18:54
まあでも、文章を書いていれば、考えは八方を飛ぶもので、1回書ききりの文章で、そんなに筋の通った文章を書けるものではない。

だから、編集とか校正とかの職業がある訳で。

やることはただ一つで、「夜に書いた文章を、一晩眠って明けた後、朝もう一度見直してからアップロードする」
これだけだと思います。
Posted by hiro at 2018年10月13日 19:09
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