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空飛ぶクルマが開発中で、実用化も近いようだ。朝日と読売が相次いで報道している。
→ 「空飛ぶクルマ」に現実味 ドローン普及、技術進化:朝日新聞
→ 「空飛ぶクルマ」20年代実用化、カギは電動化: 読売新聞
朝日の記事の趣旨は、次のとおり。
・ 空飛ぶ車の開発が進んでいる。
・ 形式は有人ドローン。
・ 通常のドローン技術の発展が背景にある。
・ 電池が問題だが、全固体電池で開発のメドが立つ。
・ 2023年ごろには実用化の見込み。
・ 欧米の飛行機や自動車の会社が参入している。
・ 航空の認証が大変で、日本企業にはノウハウがない。
( MRJ で三菱も大苦戦しているのと同じ理由。)
・ 日本の会社はなかなか参入しない。ごく小規模。
・ 日本政府は音頭を取っているが、笛吹けど踊らず。
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いろいろ言っているが、肝心の原理的なことが説明されていないようなので、私が解説する。
空飛ぶ車というが、その本質は「有人ドローン」である。自動車みたいに地上走行機能があるとは限らないし、むしろたいていの場合には地上走行機能がないので、「空飛ぶ車」という名称はあまり適していない。「有人ドローン」という方が原理をうまく説明している。
ではなぜ「有人ドローン」が最近になって開発が盛んになったか? もちろん、ドローン技術の発展が背景にあるが、なぜドローンという形式を選んだのか? なぜ通常のヘリコプターやプロペラ式の軽飛行機を選ばなかったのか? そこが重要だ。
まず、プロペラ式の軽飛行機だと、飛行場が必要となる。これが決定的に駄目だ。たとえば、小笠原の父島では、小さな飛行場さえないので、軽飛行機で到達することすらできない。だから「軽飛行機向けの小さな飛行場を作れ」というのが、私の提案だった。
→ 小笠原の空港は軽飛行機に: Open ブログ
現状ではこのように、飛行場が必要となる。そこで、その問題を解決するのが、ヘリコプターやドローンだ。
もちろん、ヘリコプターでもいいのだが、ヘリコプターは機構が複雑なので、やたらと高額である。超高額のオスプレイでは 100億円以上もする。そうでなくとも、普通のヘリコプターですら 10億円ぐらいかかる。(たとえば AW169 は $8.5 million → Wikipedia )
ヘリコプターがこれほど高額なのはなぜか? 複雑な機構を有するからだ。エンジンの動力を、軸を通して、ローターに結びつける。しかも、ローターは複雑にひねる機構がついている。
→ サイクリック・ピッチとは
こういうふうに複雑な機構がある上に、さらに、「故障してはいけない」という安全性・信頼性も課せられる。やたらと高コストになりがちだ。
ところが、これを電動化すると、問題が一挙に解決する。
・ モーター直結なので、複雑な動力伝達機構はもともと存在しない。
・ 多数のローターを使うので、仮に一つが故障しても大丈夫。
・ ゆえに、高い信頼性は必要なく、安価な量産部品を使える。
こういう理由で、大幅なコストダウンが可能となった。たとえば、約 2000万円。
→ 約2000万円の格安価格で販売予定の8ローターヘリ「SureFly」
唯一の泣きどころは、電池が容量不足なので、航続距離が短い(滞空時間も短い)ことだ。ただし、これも解決する方法がある。日産自動車の e-power と同じくハイブリッド方式を使うことだ。つまり、「エンジンで発電して、モーターで駆動する」という方式を使うことだ。これなら、電池の容量不足という問題を解決できる。
実際、上の SureFly という機種は、そういうハイブリッドだ。また、オスプレイに代わるティルトローター機を開発中のベル社も、ハイブリッド式の空飛ぶ車を開発中だ(→ 朝日の記事:上記)。また、Terrafugia もそうだ( → 該当記事 )。
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まとめると、結局、次の差が生じる。
ヘリコプター …… ローターは少なく、機構は複雑で、高価。
有人ドローン …… ローターは多くて、機構は簡単で、安価。
こういう差があるがゆえに、「空飛ぶ車」は、近年、急速に実用化が進んでいるわけだ。「ドローン技術が発達したから」ということの前に、「なぜドローン形式が採用されたのか」という点が重要だ。
ドローン形式はもともと非常に有利なのである。ただし、技術的な制約から、それが実現しなかった。その技術的な制約が解決されつつあるので、近年になって急激に有人ドローンの開発が進んでいるわけだ。
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実は、それは、自動車においてシリアル式ハイブリッド( e-power )が急激に発達したのと、同様のことだ。この件については、下記で説明した。
ではどうして、これほど急激な技術の進展があったのか? ざっと調べたところでは、HEMT という高周波トランジスタが近年急激に進展したせいらしい。
ともあれ、高速無線通信には HEMT というトランジスタの急激な技術発展が必要だったが、それが近年になって実現したことで、LTE が近年になって利用可能となったのだ。
今日のネット文化は、スマホ用の回線という無線技術なしには成立しないが、その無線技術は、 HEMT ゆえに成立しているのだ。 HEMT があったからこそ、(格安回線のような)安価で大容量の無線回線は可能となったのだ。
トヨタのハイブリッドや日産の e-power では、電気の利用効率が近年急激に向上した……と前に述べた。その理由はどうやら、HEMT の急激な技術発展であったようだ。
逆に言えば、HEMT の進歩が、社会を急激に変化させつつある。ほとんど革命的とも言えるほどだ。
( → さらば Wi-Fi スポット: Open ブログ )
上では「HEMT の進歩が、社会を急激に変化させつつある。ほとんど革命的とも言えるほどだ」と述べている。その一環として、「空飛ぶタクシー」もまた実用化しつつあると見なしていいだろう。
( Wi-Fiスポットにかわる)LTE の普及や、日産 e-power の普及や、空飛ぶ車の実用化。……これらはすべて HEMT の副産物なのである。
そして、その HEMT を開発したのが、三村 志だ。(京都賞受賞)
→ さらば Wi-Fi スポット: Open ブログ (上記項目)
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朝日の記事では、「小型ドローンの技術が発達したから、その延長上で、大型の有人ドローンも開発された」というふうな説明となっている。しかし、そんな単純な話ではないのだ。その背景には、「社会を一変させるほどの力をもつ HEMT の進歩」という重要な基盤技術がひそんでいるのだ。
そこまで目を向けることが大切だ。
《 加筆 》
HEMT は、主として GaN 半導体だが、一方、SiC 半導体もある。こちらは MOSFET だ。現時点では SiC半導体の方が優勢であるが、 GaN 半導体と SiC 半導体は、どちらも似たような商品だとして扱われる。いずれもパワー半導体になる。
最近はパワー半導体の発達が著しく、インバーターなどが大幅に性能向上を果たしている。機械の大きさがすごく小型化したり、効率が大幅にアップしたりする。そのいずれも、ドローンのような電動航空機には、非常に有益である。
※ GaN = 窒化ガリウム
SiC = 炭化ケイ素 Silicon Carbide
[ 付記 ]
ノーベル賞級の科学者という点では、アレルギーの原因物質 IgE を発見した石坂公成もいる。彼は先日、死去した。ご冥福をお祈りします。
→ 免疫学の国際的権威、石坂公成さん死去:朝日新聞 2018年7月12日
→ IgE 発見にノーベル賞を: Open ブログ
[ 補足 ]
日本の会社でやるところがあるとしたら、本田が最適だろう。航空の認証の手続きについて、経験があるからだ。ドローン技術も、アシモの技術と少しは似ていなくもない。(ドローンは空飛ぶロボットとも言えるからだ。)
足りないのはローターやプロペラの技術ぐらいで、空飛ぶ技術自体はすでにある。ハイブリッドの技術もある。本田ならば、参入障壁は高くない。
一方、トヨタや日産には、ちょっと無理かもね。
【 関連動画 】
しかし、いくら技術的に可能であったり、法令を整備されていたりしたとしても、法令違反するヤツ(この場合、ドローン運用会社)が必ず出てきます。これで事故されたらたまらない。
どうもこの事業、経産省が音頭をとっており、国交省は影が薄い。つまり、経済性を重視し、安全性は二の次にされているのではないか?と懸念されます。
思い込みかもしれないですが、既存の航空関係者よりも、ドローン運用会社のほうがコンプライアンス意識は低そうです。ただ、ホンダが参入するとなれば、大丈夫そうです。
いずれにせよ、まだまだいろいろ整理しなきゃいけないことがありそうです。