2018年08月05日

《 お知らせ 》

 西日本豪雨で被害の大きかった真備町の被災について、朝日新聞が検証記事を掲載した。その件を、先日の項目の最後に、 【 後日記 】 として加筆しました。
  → 堤防決壊による被害(岡山で): Open ブログ

 その部分を、以下に転載しておきます。


 ── 

 ※ 以下、転載。





 【 後日記 】( 2018-08-05 )
 水害から1カ月ほど立って、朝日新聞に検証記事が出た。
 「高馬(たかま)川が異常出水!」7日午前1時半ごろ、倉敷市災害対策本部に連絡が入る。
 須増国生(すますくにお)さん(57)はこの2時間前、高馬川の堤防からあふれる水を見た。あわてて自宅へ戻り、身支度を整えて避難しようとしたときには、水は腰の高さに。
 7日午前0時ごろには末政(すえまさ)川(同〈C〉)でも堤防が決壊し、家々が濁流に押し流されるのを複数の住民が目撃。
 中西部にある支流からの濁流は、そこから浸水域を広げ、災害時の拠点の真備支所にも押し寄せた。午前2時ごろ浸水が始まり、固定電話が使用不能に。三谷育男支所長は、迫る水を前に恐怖を感じた。午前3時40分に支所職員から「浸水で停電」と携帯電話で連絡が入る。支所は、機能を失っていた。
 浸水域は東部へと拡大。午前6時52分には、国土交通省が小田川北岸の決壊も確認した。このころ、東部の川辺地区の40代男性が自宅を出ると、くるぶしまで水につかった。男性は2階へ避難し、119番通報したがつながらない。水は昼すぎに2階まで上がってきたため、ベランダへと避難し、一面茶色となった街を見た。
 地域でみると、1級河川・小田川の支流で、3カ所が決壊した末政(すえまさ)川の近くに集中。末政川は7月7日午前0時ごろに決壊が始まったとみられており、近くに住む70代男性は「大きな音がして家がきしんだ。目の前で近所の家がえぐられ、一瞬で流された」と証言。周辺の家屋は大きく損傷しており、激しい濁流が突如襲ったとみられている。
( → あの日、真備に何が 西日本豪雨:朝日新聞デジタル

 午前0時の少し前に越水が始まり、それから30分ぐらいした午前0時のころにはあちこちで決壊が起こっている。上の  【 追記 】 の図でも示したように、あちこちで決壊が起こったようだ。

 では、対策は何か? 
 安倍首相は「川の浚渫(しゅんせつ)をせよ」というアイデアを開陳した。
 首相は西日本の豪雨災害への対応について、「全国的に川の浚渫(しゅんせつ)をしないといけない」などと語ったという。
( → 朝日新聞の転載

 しかしこれは、下手な考え休むに似たり。現場の川は川幅が狭いので、ちょっと浚渫したぐらいでは足りない。かといって、大幅に深く川底を掘っても、そういうのは無効だろう。(すぐに沈殿・堆積で、川底が埋まってしまう。)
 Google マップを見ればわかるが、その先で合流する川に比べて、小田川の川幅はあまりにも狭い。この川幅を拡幅することが、最善の策だろう。
 そう思って、念のために本項の引用記事を確認したところ、次の文句があった。(再掲)
 国土交通省は……今秋から川幅の拡大に向けた工事に着手し、来年度以降、整備を本格化させる計画だった。
 前野教授と河川事務所の関係者はともに、「事業が完了していれば、被害は軽減できたかもしれない」と指摘している。

 なるほど。事業が間に合わなかったんですね。タッチの差で、ひどい目に遭った。不運だったことになる。

 ただ、私としては、別の案をすでに示している。「越流堤」という案だ。本項でもすでに示している。(茶色い画像つき)
 このような越流堤の工事なら、安価で短期間で済むので、一挙に全国各地で完了することができる。それをやっておけば、真備町でも、決壊は避けることができたはずだ。床上浸水ぐらいはあっただろうが、決壊という最悪の事態だけは避けられたはずだ。その上で、何年間も掛けて、堤防の拡幅をすれば良かった。
( ※ 堤防の拡幅は、今ある堤防の外側に、別の堤防を新設する形でいい。堤防の二重構造化だ。)

 なお、堤防の拡幅は、地権などの関係で、手間取って進まない恐れもある。その場合は、特定の土地を使って遊水池にするといいだろう。似た例は、すでに別項で示した。
  → 越流堤と遊水池(佐賀県): Open ブログ

 なお、朝日の記事では、次の指摘も重要だ。
 倉敷市真備町で亡くなった51人のうち、8割以上の42人が住宅1階部分で遺体となって発見されていたことが、関係者への取材や朝日新聞の調査でわかった。42人のうち36人が65歳以上の高齢者。足が不自由だったり杖を使ったりする人らが多かったといい、避難が困難だったために自宅で亡くなるケースが大部分を占めていたことが浮き彫りとなった。

 ここで亡くなった人々は、避難できなかったせいで死んだわけだ。避難できていれば、死なずに済んだ。
 この点では、「避難訓練をしていた地域では死者ゼロ」という例が参考となる。別項(広島の被害と対策(西日本豪雨))で引用した新聞記事を、再掲しよう。
 《 土石流でもけが人ゼロの団地 結実した訓練と担当者制度 》
 広島県東広島市黒瀬町の洋国(ようこく)団地では、一戸建て49戸のうち約10戸が大破し、ほかの約10戸にも土砂が流れ込んだ。しかし、犠牲者やけが人はゼロ。
 団地では3年前から年2回、土砂災害を想定した避難訓練を続けてきた。毎回、住民の約4分の1が参加し、近くの老人集会所に実際に避難した。
 歩くのが難しい高齢者や障害のある住民が団地にいることも把握していた。避難を助ける「担当者制度」を考案し、民生委員ら5人を「担当者」に決めた。実際に介助ベルトを使って背負って運ぶ訓練もした。
 「英会話と同じで、繰り返していたらいつか覚えてくれると信じていた」
( → 朝日新聞 2018年7月19日

 こういうふうに「避難訓練」や「避難補助(担当者制度)」を十分に用意しておけば、真備町でのように大量の死者が出ることもなかっただろう。
 国交省の堤防整備がなかったせいで、氾濫は起こったわけだが、それはそれとして、真備町がきちんと避難訓練などの制度を整備しておけば、これほど大量の死者は出なかったはずなのだ。
 実際、真備町のうちの一部地区では、自主的に避難訓練をしていたので、死者ゼロで済んだという。
 真備町内のうち尾崎地区で、高台(標高約40メートル)にある地区内の熊野神社に、付近の住民約200人が自主的に避難、命をつないだ。神社の麓にある黒宮団地では、2011年の東日本大震災の後、年1回、神社に逃げる訓練を住民主体で行ってきた積み重ねが奏功したという。
 黒宮団地(約60世帯)は毎秋、水害を想定して熊野神社に逃げる訓練をしている。
( → 高台の神社へ―200人命つなぐ 訓練奏功の倉敷・真備町尾崎地区: 山陽新聞

 避難訓練というものがいかに重要かがわかる。この件は、前にも述べたとおり。
  → 豪雨で死者 百人以上: Open ブログ

posted by 管理人 at 23:43| Comment(1) |  ごみ箱 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
老人の戯れ言
近い将来、人口が半減すれば
こういう土地には人は住まなくなる
Posted by 老人 at 2018年08月07日 02:39
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