2018年07月17日

◆ ダム管理を気象庁に移せ

 ダム管理の権限を、国交省から気象庁に移すべきだ。それで、ダムの操作のミスによる大被害を避けられる。

 ──

 ダムの操作のミスによる大被害を避けるには、どうすればいいか?
 前項 では、「豪雨の前に水不足を心配するな」と述べた。「雨が降らなければ水不足になるぞ」という心配をして、ダムを空っぽにするのを恐れてはならない、ということだ。
 換言すれば、「雨が降らなければ」というふうに、気象庁の予報を信じないことが心配の根源なのだから、気象庁の予報を信じればいいわけだ。

 これが、前項で述べたことだ。
 しかるに、これはなかなか実現されない。
 「気象庁の予報を信じよ」
 と言われれば、たいていの人が信じるのだろうが、国交省のダム管理者だけは信じないのだ。
 では、なぜ? 

 国交省が気象庁を信じないのは、国交省の心がひねくれているからか? 違う。実は、理由がある。こうだ。
 「国交省の管轄するダムは、水力発電で金儲けをしているから」


 水力発電では、ダムをなるべく満杯にしておくことが大切だ。満杯に近ければ近いほど、発電量が多くなって、発電の売上げが増える。水は金になるのだ。
 で、洪水に備えて、ダムを空っぽ近くにまで貯水量を減らすと、あとで予報が外れたときに、発電量が少なくなって、発電の売上げが減ってしまう。つまり、予報が外れると、損するのだ。

 結局、次のいずれかである。

 《 貯水量が少ないとき 》

  ・ 豪雨になれば  …… 被害なし(ダム管理は大成功)
  ・ 予報が外れれば …… 発電の売上げは大幅減

 《 貯水量が多いとき 》

  ・ 豪雨になれば  …… 住民は大損害
  ・ 予報が外れれば …… 発電の売上げは十分

 前者(貯水量が少)が、私のお薦めだ。
 うまくいけば、被害なしで済むし、万一予報が外れても、ダムの売上げが数千万円ぐらい減るだけで済む。

 後者が、国交省の方針だ。
 気象庁の予報通りになれば、住民は大損害だが、国交省自体は損しない。一方で、予報が外れた場合には、数億円の損失をしないで済む。つまり、住民に莫大な損失をもたらすのと引き替えに、国交省で数千万円の損失を免れるのだ。国民には莫大な損失をもたらすとしても、少なくとも国交省だけは数千万円の損失を免れるのだ。大成功! 
( ※ 他人が大損するのは構わないが、自分が少し損するのだけはイヤだ、というわけ。)

 これには反論があるかもしれない。
 「住民に莫大な損失が発生したら、それに対する政府の出費が多大になるぞ。それは電力大の何十倍にもなるぞ」
 と。なるほど、それはそれでごもっとも。
 しかし、天災に対する政府の出費は、予備費でまかなうのが普通だ。これは、国交省の予算ではない。つまり、いくら政府の出費が増えても、国交省は腹一つ痛まないわけだ。だから、国交省としては、数千万円の発電量を守るために、住民に莫大な損失をもたらす道を選ぶわけだ。
 かくて、国交省は、「豪雨の前にダムを空っぽにすることを恐れる」というふうになる。

 ──

 以上のことについては、「また勝手な妄想を言っているな」と思う人もいるだろうが、残念でした。上記のことは、国交省の公式見解であるも同然だ。
 報道記事を引用しよう。
 国交省の河川研究室に在籍し、全国の河川を調査していた山梨大学の末次忠司教授……
 前述の末次教授は“ダムの限界”について「洪水調節のためだけならば水位を事前にぐっと下げておけばよいのですが、多目的ダムだと発電したり生活用水を貯めたりするので、全部放流できるわけではない。」と語る。
( → 「もう放流はしないでくれ」水没の街にみたダム行政の”限界”【西日本豪雨】 - FNN

 ほらね。「発電したり……全部放流できるわけではない」と述べている。発電(など)を目的として、全部放流つもりがないわけだ。換言すれば、全部放流つもりがないのは、発電(など)が目的であるわけだ。

 しかも、ここで述べたことは、真っ赤な嘘である。「全部放流できるわけではない」というが、とんでもない嘘だ。豪雨の直前であれば、このあとでダムには大量の水が流入するのであるから、全部放流してもいいのだ。
 正確には、生活用水の分として、少量を残しておく必要があるので、貯水量は0%にまでは下げられず、10%ぐらいは残しておく必要があるが、それでも、ほとんど空っぽにすることができるわけだ。
 また、雨が降り始めたら、「豪雨の予報なんだから、このあとはもっといっぱい降るはずだ」と予想して、流入する水の全量を放流することができるはずだ。(水位は 10% を維持する。……いや、降雨が始まって、将来の流入が見込めるなら、1%ぐらいまで下げてもいい。)
 その後、天気予報と降雨測定で「降雨のピークを越えた」と判明したら、その時点で、水門を閉めて、放流を停止すればいい。これで十分に間に合う。なぜなら、降雨のあとで何時間もずっと「流入量の増加」は続くからだ。(雨がやんだあとでも、何時間も続く。)これらの水を貯め込めば、十分に間に合う。(今回のような豪雨の場合なら、あとから来る分だけで、満杯になる量の何倍にもなる。)

 ──

 結局、国交省に属したことのある 大学教授のような人々は、発電量のことばかりを重視する。洪水による大被害のことなんか、ろくに考えもしない。住民の損害や死亡よりは、あくまで国交省の(わずかな)売上げばかりを重視する。
 そのせいで、気象庁の予報を無視する。かくて、「豪雨の前に水不足を心配する」という倒錯的な方針が決まる。
( ※ 国交省の基本ルール。)

 ──

 あまりにも馬鹿げたことだ。
 そこで私が対案を示す。こうだ。
 「国交省がダム管理の方針を決めると、まともな方針にならない。ゆえに、ダム管理の方針を決める権限は、気象庁の人に与えるといい」


 なぜか? 気象庁の人であれば、「気象庁の予報を信じない」というような倒錯的なことをするはずがないからだ。
 今回の例で言えば、気象庁は「西日本に記録的な豪雨」という予報を出した。そして、気象庁の人がダム管理の権限を持てば、気象庁の予報を信じるがゆえに、あらかじめダムを空っぽ同然にしておいただろう。こうして問題は自動的に解決する。

 現実には、そうならなかった。ダム管理の権限は、国交省が決めた。すると、気象庁が「西日本に記録的な豪雨」という予報を出しても、その予報を信じなかった。かわりに、「豪雨の前に水不足を心配する」という方針を取った。かくて、あらかじめダムを空っぽ同然にしておくことを拒んだ。(発電量の売上げ減少を恐れた。)そのあと、現実には住民に大被害が出たが、国交省自体は何の被害も受けなかった。それどころか、ダムが満杯になったので、発電量は最大化した。「しめしめ。発電の売上げは最大化するぞ。うまく行ったぜ」と大喜び。
 かくて、国交省は狙い通り、ダム管理によってボロ儲けに成功したわけだ。そして、住民に多大な被害が出たことについては、「おれたちのせいじゃないよ。お天気のせいだよ」と、責任逃れをするわけだ。

( ※ ついでだが、住民に多数の被害が出ているときに、発電量のことを持ちだして、被害を出したことの弁明にするなんて、ひどすぎる。人の命を金以下のものと見なしているわけだ。こんな発想をするところからして、これらの人たちにはダム管理の権限を委ねることはできない、とわかる。はっきり言って、氾濫の危険があるときには、水力発電のことなど、忘れるべきだ。……と言っても、国交省の役人には、それは無理か。



 [ 付記 ]
 気象庁の人が権限を持つとは、どういうことか?
 具体的には、次のようにすればいい。
 「防災庁(または国交省の防災局)を設置する。その職員は、国交省および気象庁の職員の出向とする。職員は兼務で、普段は所属官庁の仕事を半分ぐらいやっていてもいい。
 ただし、この組織の長(防災庁長官または防災局長)は、気象庁の出身者とする。また、それぞれのダムの操作を決定する最終権限は、気象庁の出身者とする。ダムの操作の細かなことぐらいは、国交省の出身者である下っ端に任せて構わないが、おおもとの方針を決める最終決定権は、気象庁の出身者に与える。
 なぜそうするかといえば、気象庁の予報を正しく理解するには、気象の知識と判断力が必要だからだ。それは、国交省の出身者にはない。(実際にそうだった。だから被害続出だ。)」

 先の「豪雨の前に水不足を心配するな」という指針は、ダム操作の権限を、気象庁の出身者に与えることで解決するわけだ。
 組織の人事を正しくやれば、組織は正しく機能する。これは、経営の要諦である。経営の本質は、「適材適所だ」とも言われるが、その一環だ。正しい人事で、正しい行政はなし遂げられるのである。

posted by 管理人 at 22:45| Comment(11) |  地震・自然災害 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>国交相の公式見解であるも同然だ

過去形だから現在は在籍していないであろう教授の話を取り上げて国交大臣の公式見解だとするのはどうでしょうか
>国交省の河川研究室に在籍し、全国の河川を調査していた

国交省に関係する人物としての一つの意見にとどめるのが誠実な気がします
Posted by カレー at 2018年07月18日 05:35
 誤字修正

 国交相 → 国交省

 ──

> 過去形だから現在は在籍していないであろう教授

 別に方針は当時と変わっていないはず。基本原則が急変するはずがない。
 彼が決めたという意味ではなく、省庁で決まっている基本原則を彼が漏らした、というぐらいの意味。「ソースなし」ではない、というような意味。「典拠あり」ぐらいの意味。

> 国交省に関係する人物

 そんな人は何万人もいるけど、ソースにはならない。
Posted by 管理人 at 2018年07月18日 06:40
私は単に誤読を指摘しただけです
>結局、国交省にも属する大学教授

ただ、元の文章にも問題あると思います
「かつて〜に在籍し」とか書けば分かりやすい

Posted by カレー at 2018年07月18日 07:33
管理部門の問題ではなく、ルールがそういうルールになっていたというのが問題だと思います。
操作ミスではなく、ルールの欠陥があった。
つまり、完全に空にできなかったのも、事前放流がチョロチョロとしかできなかったのも、そういうルールにしてあって自治体もそのルールを認めていたことが問題なのであって、誰が管理していてもルールを是正しないことには同じことの繰り返しになってしまいます。
ルールから逸脱した操作をしたのなら「操作ミス」であり、操作・管理をする部門を変えるのは妥当だと思いますが、
今回の件はルールに則った操作をしていたけど、後から検証してみると改善の余地ありということであるから、
まずはルールの見直しが先決でしょう。
Posted by うっず at 2018年07月18日 09:35
まあネット上で誰かが主張するまでもなく、国交省は操作の規則を検討するようですけどね
役人はよくも悪くも規則通りに動きますから、規則さえしっかりすればとりあえずの処置としてはOKでしょう
Posted by カレー at 2018年07月18日 12:20
> 規則さえしっかりすればとりあえずの処置としてはOKでしょう

 規則がしっかりしていても、運用が駄目だと、すべて駄目……というのが、前項と本項の趣旨。
 豪雨が確実だと予報されているときに、「雨が降らない」ことを前提として運用するのでは、どんな規則があっても無効。
Posted by 管理人 at 2018年07月18日 12:55
>結局、国交省にも属する大学教授

 たしかにおっしゃる通りで、私の間違いでした。「属する」を「属したことのある」に修正しました。
Posted by 管理人 at 2018年07月18日 12:56
>豪雨が確実だと予報されているときに、「雨が降らない」ことを前提として運用するのでは、どんな規則があっても無効

例えば「気象庁が豪雨予報を発した時は、これこれこういう対応をする」などと規則で決めるのは無理ですか

まあ別に気象庁に権限を移すのには私も異論はありせんが
Posted by カレー at 2018年07月18日 16:28
大規模な災害が生じると、とりあえず予備費で応急復旧をしたあとで次年度以降新規予算を投入して災害対策を前倒しやら新規やらで進めることができます。
民主党政権でバッサリ減らされた国交省権限の国費を大幅に増やす大義名分が出来て、いろんな対策部門や外郭団体やコンサル他の天下り先も潤せて、国交省としては良いことしか無い……。
という穿った見方もできてしまいそう。
『国土強靭化』と称して、効果の不明な事業を大量に推し進めたように。
Posted by けろ at 2018年07月18日 18:19
運用をいくらしっかりやろうとしても、規則が駄目だったら駄目でしょう。
今回分かったのは、予想雨量に応じた臨機応変な対応ができる規則になっていないということ。
運用の見直しもそのうち必要になるかもしれませんがまずは、規則の見直しが最優先ではないでしょうか。
Posted by うっず at 2018年07月19日 08:45
規則(的な何か)で明記しないと、今回みたいに「規則には反していない」と言い訳をされる余地がある
で、役人はその言い訳が上手い(偏見)
なので規則を変えるのはマスト
Posted by カレー at 2018年07月19日 12:19
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