──
野村ダムの放流についての動画がある。
( ※ 動画は字幕表示も可能。)


住民は「前日から量をもう少し増やして放流できなかったのか」と言っている。
なのに、住民でさえ理解できることも理解できないのが、ダム管理者だ。次の動画を見よう。
ピーク時について「安全基準の約6倍の放流量」と説明しているが、それはさておき。
ダム管理者は、「ピーク値は 100%ですが、100%を超えたわけじゃないので、ひどくなったわけじゃありません」とだけ弁解する。「放流のピーク値を抑える」という概念すらない。「 100%を 60%まで下げよう」という発想すらない。呆れる。「おまえは幼稚園児か?」と文句を言いたくなる。
これが日本のダム管理の状態だ。国交省の担当部局の責任者が公式に述べているのだから、これは国交省全体の統一意思であると認定できる。
つまり、国交省そのものが、どうしようもない阿呆ぞろいだ、ということだ。
結局、日本のダムは、治水のためにあるのではなく、氾濫を起こすためにあるわけだ。
この分だと、今後も次々と、ダムの放流で殺されるね。
バカと挟みは使いよう。同じ道具を使っても、便利に役立てることもできるが、大被害を起こすために使うこともできる。
【 関連サイト 】
野村ダムのダム操舵についての記事。首相の方針。
→ 野村ダム放流「徹底的に検証」|愛媛新聞
→ 安倍晋三首相、愛媛・野村ダムの放流操作「検証する」 - 産経
検証しようという意識があるだけ、安倍首相はまともだ。茶と検証できるか(前項に書いたことを理解できるか)、というと、きわえて心許ないが、少なくとも、検証しようという意図だけは評価できる。

野村ダムが7月7日に放流したのは最大1500m3/sだから、異常洪水流量2500m3/sのちょうど60%。
https://blog-imgs-115.fc2.com/k/i/t/kitsunekonkon/up-nomura180714b.png
http://www.skr.mlit.go.jp/nomura/dam/index04.html
ふうん。それはそれで一つのデータだが、私が言っているのは、「氾濫しない量まで引き下げよ」ということだから、その条件は満たしていない。
パーセンテージじゃなくて、「氾濫しないようにしろ」ということが大事。その点では、今回は条件を満たしていない。実際に堤防の決壊が起こったのだから。
だからこそ限界まで放流量を絞っていた。しかし限界を超えてしまい対応する術が無くなったと思われる。仮に管理人がダムの管理者だったとしても今回の豪雨では氾濫させていたのでは?
それとも管理人であれば氾濫させないことが出来たとでもいうかね?
念のため言っておくがダム管理者の対応が正しかった言っているわけではない。ミスはあっただろう。それらを振り返って次に活かせるようにすることは必要だと思う。しかしながら「おまえは幼稚園児か?」と文句を言いたくなる。 という風に罵るのは違う。無責任な立場で都合の良い条件だけを見て、好き勝手いうのは自由だが、それを理由に実際に現場で仕事をしている方々を罵るのはおかしい。
ブレーキを踏むべきだとわかっていて、ブレーキを踏もうとしていた、というわけですね。それでいて実際にはアクセルを最大限に踏んでいる。とすれば、そんなことをするのは精神錯乱者だけでしょう。「気違いだ」と言っているのも同じ。あなたの悪口の方がひどいね。私はそんなことを言っていないんだけど。
> だからこそ限界まで放流量を絞っていた。しかし限界を超えてしまい対応する術が無くなったと思われる。
そう。ブレーキを踏んだあとは、一挙に転じて、アクセルを最大限に踏みっぱなし。自動車で言えば時速 200キロで走行しているようなものだ。制御できなくなるのは当然。これが現実にやったことです。
> 仮に管理人がダムの管理者だったとしても今回の豪雨では氾濫させていたのでは?
まさか。私の方法は「一定の量を保つこと」です。水量で言えば、ずっと 1000 という値を保つこと。
比喩で自動車で言えば、終始 60キロで走行すること。ブレーキもアクセルも過剰に踏まない。定速走行。
一方、今回の管理者は、「最初はずっとブレーキを踏んでいて、耐えきれなくなったら、アクセル全開で暴走」という方針。これじゃ、惨事は当然でしょう。
> 管理人であれば氾濫させないことが出来たとでもいうかね?
最初からずっとそう書いているのに。あなた、本文をまったく読んでいませんね。ちゃんと読んでから書きましょう。
二つの正反対の方針がある。そのどちらを採るべきか、ということ。
あなたは二つの方針の違いさえ理解できていない。日本語が読めないんですね。
> 実際に現場で仕事をしている方々を罵るのはおかしい。
人を5人も死なせた人の方針ミスを指摘しています。その罪の大きさに気づかないようなら、あなたにはもはや人間としての良心がないね。人の命を何だと思っているんだ。誰かのプライドを守るために、人の命を浪費していいわけがない。
あとね。私は現場の人を罵っているわけじゃない。相手の顔も知らないし、名前も知らない。見たこともない。
それより、本文をきちんと読みましょう。本文では、こう書いてある。
>>> 国交省そのものが、どうしようもない阿呆ぞろいだ、ということだ。
特定の個人を罵っているわけじゃない。国交省という組織全体を問題視している。組織の問題であって、個人の問題じゃない。
あなたが私を批判するなら、「国交省という組織を批判してはいけない」というふうに言うべきだ。ついでに、「国交省はこれからも莫大な数の国民を死なせてください」と言うべきだ。
一方、「実際に現場で仕事をしている方々を罵る」というのは、事実に反するので、嘘みたいなものです。幼稚園児というふうに私が書いた対象は、「国交省の担当部局の責任者」です。現場の人じゃない。あなたは本文を誤読している。
幼稚園児でも何でも、文句を言いたければ、ちゃんとその箇所を引用してください。そうすれば、私がそんな発言をしていないとわかる。(現場の人向けではない、ということ。)
比喩で言うと、私が「佐川国税庁長官は嘘つきでけしからん」と批判すると、あなたが「末端の現場の職員を罵るのはけしからん」と文句を言うようなものだ。てんで、見当違い。
あなたは言葉を引用しないから、ありもしない発言を「ある」と見なして、架空の対象を攻撃する。毎度毎度、その繰り返し。すべては砂上の楼閣。
──
お付き合いするのに疲れたから、もう、本サイトには来ないでね。あるいは、文句を言うときには私の発言を必ず引用すること。それができないのなら、書き込み禁止。
あなたは私とは意見が異なっているのではない。あなたは単に私の意見を理解できていないだけだ。識字障害ですね。
一例をあげて説明してあげよう。現場の方を罵っていないというのは嘘だね。このコメントはどう見てもダム管理者個人を指している。ダム管理個人は素人以下だと言っているよね。それともこのコメントから国交省という組織を問題視している意図をくみ取れとでもいうのかね。
あと私が主張していることを理解できていないのは管理人の方だ。識字障害のコミュ障だね。かわいそうに。
「とすれば」の前まではその通りだが、「そんなことをするのは」から先は管理人の妄想で私はそんなことは言っていないし思ってもいない。他人の考えを勝手に書かないでほしい。実際にはブレーキを踏んでいたが途中からアクセルを踏まざるを得なくなったということだ。なぜならダムが完全に空っぽでなおかつ雨が降り出す前から1000t/s上限で放流を続けていたとしても、僅か4時間ほどでダムが満水になるほどの流入があったためだ。これでは管理人の提案する方法を取ったとしても流入ピークを迎えるころには流入量に等しい放流をするしかなくなる。このような現実に直面してダム管理者は苦渋の決断で放流したのだろう。
比喩で自動車で言えば、終始 60キロで走行すること。ブレーキもアクセルも過剰に踏まない。定速走行。
だからこの方法でも今回の流入量とダムの貯水量からすると、ピーク時には流入量と同量の放流をするしかなくなる。
本文はちゃんと読んだよ。その上で言わせてもらうと管理人は氾濫を抑えられたと主張しているが先のコメントで示したように管理人の方法を取ったとしてもピーク時の放流は避けられない。ちゃんと計算したのか?
もっと言うならこのダムは水道の水源にもなっている。だから貯水量を0%にはできないわけだ。そうすると管理人の主張する方法と今回実際に行われた制御にはほとんど差が無くなる。シミュレーションしてみればすぐわかるからやってみることをお勧めする。
この方針というのが「洪水が予想されるときでもダムに水をためこむことを最優先とする」というのであれば管理人の主張は妥当であるが、国交省のダム管理の方針がそうであることは管理人の妄想以外に根拠が示されていない。国交省の方針であると主張するからにはそのような方針が書かれた文書など根拠を示していただきたい。
下り坂でブレーキをかけ続けていたが、フェード現象でブレーキが効かなくなってブレーキを踏めなくなったというべき。
この件は、うっずさんに回答したコメントを読んでほしい。きちんと説明してある。
→ http://openblog.seesaa.net/article/460489029.html
のうちの、
> Posted by 管理人 at 2018年07月15日 06:41
の箇所。
放流量が1000t/sとかでも下流で氾濫しないならピークシフト可能だろうが、川幅が50m、流速が毎秒5mと仮定すると1000t/sで放流した場合水位を4m押し上げてしまう。これでは支流から流れてくる水と合わせると氾濫がおきるだろう。肱川の氾濫がおきた部分の流路の深さは6mくらいしかないし、通常時の水位が1mとすると洪水時にダムの放流により上げられる水位は2mくらいしかないのではないか。そうすると許される放流量は500t/s秒くらいになってしまいピークシフトはほとんど不可能だね。実際にダム管理者は300t/s程度で絞っていたようなので、氾濫させないためにはこれが上限だったと思われる。
管理人の主張が実行可能であることを言うためには1000t/sで放流し川の氾濫がおきた部分の水位を4m押し上げても氾濫しないことを説明しなければならない。この部分の説明が一向になされていない。
川幅は 120メートルあります。話の前提からして狂っていますね。
https://goo.gl/maps/W8cehiHVEw42
> 6mくらいしかないし、通常時の水位が1mとすると洪水時にダムの放流により上げられる水位は2mくらいしかないのではないか。
6−1=5 だから、5メートルもあるでしょ。特に、初期には。
> 4m押し上げても氾濫しないことを説明しなければならない。この部分の説明が一向になされていない。
すぐ上で説明しました。しかもこれは川幅 50メートルの場合。実際には 120メートルもあるのだから、ものすごく余裕がある。それで支流から来る水も取り込める。
> 氾濫させないためにはこれが上限だったと思われる。
それはあなたの妄想。ダム管理者はそんなことは言っていない。かわりに「水を貯め込むため」と言っている。正確には「氾濫時刻を遅らせるため」と。
勝手に数値を低く見込んでいるから、あなたの推測はすべて砂上の楼閣となる。まずはダム管理者の言葉を聞きましょう。そうすれば妄想はなくなる。
──
そもそも 300 というのは、まだ雨が降っていない時点での量です。雨が降っていない時点での量が最大限度だとしたら、この川は、ちょっと雨が降るたびに、毎度毎度、氾濫していたことになる。特に、ちょっと大雨になったり台風になったりしただけで、氾濫していたことになる。(雨が降らないときの量が 300 で、それが最大許容量なのだから。)
しかるに、現実には、大雨でも台風でも、この川は氾濫しなかった。つまり、実際の最大許容量は、300 の何倍もあることになる。
ゆえに、あなたの仮説は間違い。
証明終わり。
話の前提を狂わせているのは管理人だ。
それに初期は余裕あるだろうけど初期分だけではピークシフトできないでしょ。流速5mというのも大甘で実際にはその半分もいかない。
あ、そうか。混同していました。失礼しました。
> 初期分だけではピークシフトできないでしょ。
できたかどうかは詳細な調査をしないとわからないが、「できてもできなくても、最初からやる気がなかった」のは確実。
つまりはダム管理者は洪水に備えて出来うる最大量でダムを空っぽにしようとしていた。まさに管理人の案を実行しようとしていた証拠だねぇ。
で川幅が50m、流量5m/sで4m水位が上がっても氾濫がおきない事の説明はしていただけるの?
前提が狂っているだの言ってくれたが、それが間違いだったわけでその間違いを前提とした説明は無効。
その根拠は?放流量は通常時の50倍程度まで増やしていたことは先のコメントで言及したので根拠にはならないよ。
https://goo.gl/maps/tjTjoZ7t4Mz
典拠は
https://www.yomiuri.co.jp/national/20180709-OYT1T50054.html
> 最大量でダムを空っぽにしようとしていた。
仮にそうだとしたら、あとのころで 1500 以上の量を放流したら、その量は最大量( 300 )の5倍にもなるのだから、上記位置で氾濫するのではなく、もっと上流を含むあちこちで氾濫していたでしょう。
ところが現実には、上記位置だけで氾濫した。ということは、そこまではまったく氾濫していなかったことになる。
つまり、上記位置よりも上流側では、最大限度は 1500 以上だったことになる。
とすれば、上記位置でさえ、(そこだけ特別に弱いということはないのだから)、少なくとも 1200 ぐらいの耐性はあったことになる。
50×5×4= 1000 なんだから、ぴったり 1000が最大限度でしょう。つまり、氾濫がおきるかどうかのギリギリの値。
現実には、堤防の高さは5メートルぐらいありそうだから、それしだいでしょう。
「 1000 で絶対に安全だ」とは言えないが、「最大限で流せる量が 1000ぐらいだ」という推測は、おおむね妥当だったことになる。
安全係数を見込みたいのなら、800 ぐらいにしておけば無難だろう。
どっちみち、300 では全然足りない。少なくとも倍増するべきだった。
元の値が少なかったというだけで、倍率は意味がない。元がゼロなら、倍率は無限大となるが、そんな倍率には意味がない。
比率ではなく、差が問題。割り算ではなく、引き算をしましょう。
支流の分が0だったらね。集水面積から言うと支流分の方が多いのでは?管理人も別の項目で同様のことをいっていたよね。下流域の洪水に対するダムの効果は10%程度だっていってなかったっけ?
あと、今回の洪水は氾濫水位よりはるかに上になっている。つまりは倍増の600t/m程度でも氾濫したのでは?
ダム管理者は程度の差はあれピークを抑えようとしていたのは同意でいいかね?
> 発想すらない。呆れる。「おまえは幼稚園児か?」
これは撤回したら?
雨が降るまでは支流の分はゼロなので、1000 にすればいい。雨が降り始めたら、支流の分を差し引いて、1000から減らせばいい。
> 下流域の洪水に対するダムの効果は10%程度だっていってなかったっけ?
それは距離が 500km ぐらい離れた上流と下流の話。東京下町の洪水を防ぐために、新潟のあたりでダムを作っても、距離が離れすぎていて無効だ、という話。
> つまりは倍増の600t/m程度でも氾濫したのでは?
他のところでは 1800 でも氾濫しなかったのだから、ここだけ特別に弱かったはずがない。
> ピークを抑えようとしていたのは同意でいいかね?
駄目ですね。実際にピークを抑えていない。ピークが発生するような操作をしている。
たとえ氾濫が起こるとしても、ピークが起こらない操作をするべきだった。たとえば、上限値を 800 と設定して、ピークが起こらないようにする。(台形にする。)……それでも氾濫が起こったら、それはそれで仕方ない。諦めも付く。
しかし、その操作をしないで、1800 というピークが発生するような操作をしたら、それは根本的に間違いだ。罵られても仕方ない。
> 「おまえは幼稚園児か?」
引用部分を勝手に切り貼りしないでください。正しくは下記です。
>> 「おまえは幼稚園児か?」と文句を言いたくなる。
言いたくなるだけであって、言っているわけじゃありません。
午前1時の時点ですでに流入量が300t/s程度あるよね。この時点で雨は降っており支流分も増水しているでしょう。この段階で1000t/s放流したら氾濫がおきるでは?今回の氾濫では氾濫水位より2-3m程度は上までいっていることを無視してはいけない。
まあ、結局は管理人は自分が主張する操作が可能であることを説明していない。放流量を決めるファクターに漏れがないことを示していないからね。支流の流量や川幅、流速から導かれる水位など指摘されてからしか言及していない。自分の主張に都合の良い部分(ダムの水位と流入量、放流量)だけで決めつけて管理者を罵ることが正しいと主張するのはおかしい。
氾濫がおきても構わない。この件は、本日分の項目に書きました。そちらを参照。
→ http://openblog.seesaa.net/article/460530402.html
それは雨が止んだあとで総雨量が分かってるから言えるわけで。
もし氾濫した後も雨が降り続けたら、ダムは満水になって結局決壊までいく可能性も考えなければなりません。
逆に、思ったよりも雨が降らなくて、後から「何氾濫させてんねん、放流量絞っとけば氾濫せえへんかったんちゃうん?」ってなるかもしれません。
どんな制御が最適だったかは後から検証可能ではあるけど、それができなかったからといって無能呼ばわりはあまりにも失礼過ぎます。
どこにどれだけの雨がどのくらいの時間降るのか、完璧に予想せよ、と言っているのに等しいわけですよ。気付いていらっしゃらないようですが。
全然違いますよ。総雨量を正確に知っておく必要はない。
> ダムは満水になって結局決壊までいく可能性も考えなければなりません。
だったなおさら、あらかじめ空にしておく必要がある。私の言うことがいっそう必要となる。
> 逆に、思ったよりも雨が降らなくて、後から「何氾濫させてんねん、放流量絞っとけば氾濫せえへんかったんちゃうん?」ってなるかもしれません。
全然、問題ない。放流をやめればいいだけだ。どんどん水が溜まっていくから、放流した分を取り戻せる。
時刻があとになるほど、降水確率の精度は高まるから、いつ放流をやめるべきか(天気予報が外れると判明するか)という点では、外れる確率がどんどん下がります。
そもそも、「雨が降らなかった」と判明するような場合には、氾濫する量は、あったとしても、ごくわずか。氾濫があったと判明した時点で、すぐに放水量を絞ればいいのだから、文句が出るほどの被害は生じない。
そもそも、フィードバックで水位を測定していれば、氾濫なんかが起こるはずもない。
・ まだ雨が降っていないので、支流からの流入はない。
・ 変化はなだらかなので、水位の調整は容易に調整可能。
というわけで、初期には氾濫が起こるはずもない。
氾濫があるとしたら、雨が降り始めてからのことだ。その場合には、「空梅雨だ」というような文句が出るはずもない。
空にするために下流の水位が上がったとしても、水位が上がって氾濫したとしても、とにかく空にすべしという主張なわけですよね。
で、氾濫させつつもダムは空になった、けど思ったほど雨は降らなかった。後に残ったのは下流の氾濫と空っぽのダム。
何してくれてんねんという文句は出ますよね。
あるいは、空にするための放流で下流を氾濫させて避難困難な状況をつくりながら、空のダムをも満水にしてなお降り続く豪雨で結局決壊まで至ったら?最初の放流で氾濫させたおかげて避難できなかったやないかい、どないしてくれんねん、という文句は出ますよね。
大雨が降りそうとなったら、放流量を増やしてダムの貯水率を下げて、バッファを増やしておくというのが、方針でしょ?
今回の件でもそれはやろうとしていたけど、結果的に量が足りなかったというだけで、全く違う方針だったと言うわけではない。
じゃあ、どのくらいのバッファが最適だったのかは、総雨量さえ分かっていれば導き出すことは可能だけどそれは事前には不可能。
ただ、今回の事前放流はあまりにも少な過ぎたのはその通りだと思うので、そこは改善の余地ありでしょうね。
> Posted by うっず at 2018年07月15日 17:01
同じことを二度も書かなくていいです。
返答はすでにしました。あなたの直前のコメントで。あなたはそれを読んでいないの?
返答を読まずに、同じことを二度書く人。漫才をやっているんだろうか?
管理人さんの示している方針と、今回の野村ダムの取ろうとした方針は同じなのです。
下流を氾濫させないように制御しつつダムの貯水率を下げてバッファを設けておこうという、基本方針は。
それを実現させるためのバッファでしょ。
野村ダムは結果的にはバッファが足りなくてできなかったのであって、方針は同じです。
要は、バッファをどのくらい設けるかの量の違いだけ。
結果的に実現できていないでしょ。当り前だろうが何だろうが、できていない。
> 要は、バッファをどのくらい設けるかの量の違いだけ。
だからそれができていないから、ちゃんとやれ、という話。正確には、優先順位を間違えるな、という話。
あなた、人の話を何も理解していないですね。「ピーク値の抑制は大事だと知れ」といいう話ではない。「ピーク値の抑制を最優先にせよ」(他のことを優先するな)という話。
最新の話を読んでください。優先順位を間違えた心理を詳しく説明してある。
→ http://openblog.seesaa.net/article/460552669.html
一部抜粋:
「そのすべては、彼らの知性の低さによるのではなく、彼らの心の弱さによるのだ」
──
あなたの言っているのは、「知らなかったわけじゃない。ダムの操作をちょっと間違えただけさ」と釈明するだけ。人を殺した殺人犯が、「人を刺しただけさ」と居直るようなもの。「人を刺したことが核心なんだ」ということを理解できていない。だからミスを矮小化しようとする。
結局、あなたは物事の本質を理解せず、あくまで表面的な手続き論で済ませようとする。あなたみたいなタイプの人が、失敗から教訓を得ずに、同じ失敗を何度も繰り返す。反省する能力がないせい。
つまり、洪水になりそうなときにダムの水位をどこまで下げるだとか、下げるときの放水量とか、ダムが満水になりそうなときの放水とか、色々。
で今回のことはルールで定められたギリギリのなかでできる限りのことはしようとしていたと思われます。
設けたバッファが少ないのも、彼らの心の弱さ云々ではなく、まだ洪水になっていないときの放水量が決められていて、それ以上流すことができなかったからのようです。
今回の件で、ルールの見直しはされることになるでしょうね。総理大臣から指示があったのはそういうことのようです。
細かいルールは分かりませんが、今回優先順位を間違えたのはその通りでしょう。ただし貯水を優先させたわけではなく、ダムが満水になるまで(つまりダムの調整機能を失うまで)は下流を氾濫させない、というのが最優先だったと思います。
そして「下流を氾濫させない流量」というのが、安全側に倒そうとしてマージンが大き過ぎ、緊急的にダムの水位を下げるということに対してブレーキになってしまったのでしょう。
そんなことはないと思いますよ。いくら何でも、法律がそれほど細かい話を決めるはずがない。常識的に言って、国交省の決めた運用ルールです。
下記に参考となる話がある。
→ https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180716-00010002-fnnprimev-soci
引用:
> 国交省の河川研究室に在籍し、全国の河川を調査していた山梨大学の末次忠司教授……
> 前述の末次教授は“ダムの限界”について「洪水調節のためだけならば水位を事前にぐっと下げておけばよいのですが、多目的ダムだと発電したり生活用水を貯めたりするので、全部放流できるわけではない。」と語る。
──
全部放流しても、豪雨ですぐに水はたっぷりと貯まるんだが、そういうことを理解できないわけ。「豪雨のときに水不足を心配する」という典型的な見本。
本人は正しいことを主張しているつもりなんだが、「それは杞憂だ」ということを理解できない。
治水の専門家ではあるが、気象の予報についてはからっきし無知なわけだ。そこが根源かもね。
こういう人が国交省の方針を決めているわけ。親亀こけたら皆こけた、みたいな感じ。
ダム管理の責任者(ボス)を、国交省から気象庁に移管すれば、「気象庁の予報をちっとも信じない」という問題はなくなりそうだ。
(河川管理施設の操作規則)
第14条 河川管理者は、その管理する河川管理施設のうち、ダム、堰、水門その他の操作を伴う施設で政令で定めるものについては、政令で定めるところにより、操作規則を定めなければならない。
2 河川管理者は、前項の操作規則を定め、又は変更しようとするときは、あらかじめ、政令で定めるところにより、関係行政機関の長に協議し、又は関係都道府県知事、関係市町村長若しくは当該河川管理施設の管理に要する費用の一部を負担する者で政令で定めるものの意見をきかなければならない。
政令で定められるようですよ。
で、貯水を気にしていたわけではなく、下流を氾濫させないことを優先させていたら、結果的には(あくまでも結果的にです。狙ったわけではない)不十分な量しか放流できなかったのではないか、というのが私の推論です。
(第1項から) 政令で定められるのは、操作規則の内容ではなくて、操作規則を定めること(有無)です。
一方、規則の内容を決めるのは河川管理者。河川管理者は、規則を具体的に決めてから、国交省に報告する。その内容が不備だと、国交省から「河川法違反だ」とお咎めが来る。
(第2項から) 操作規則の内容は、すべて国交省のチェックが入る。したがって、ダム操作のミスが起こったら、責任はすべて国交省にある。個別のダム管理者にあるのではない。
──
したがって、私が前に言ったように、「悪いのは国交省であって、個別のダム管理者ではない」と言える。
したがって、「管理人はダム管理者を罵っている」という批判は、方向違い。私が批判しているのは、国交省だ。
> したがって、「管理人はダム管理者を罵っている」という批判は、方向違い。私が批判しているのは、国交省だ。
その前に、「ダム操作のミスで氾濫」と言ってますよね。それは撤回してくださるんですね?
ダム操作のミスの実行犯と首謀者は別であることもある。
>したがって、「管理人はダム管理者を罵っている」という批判は、方向違い。私が批判しているのは、国交省だ
『豪雨の前に水不足を心配するな』にてダム管理者を批判してると思いましたが違ったんですね
>ダム管理者だけは「雨が降らなかったら」という心配をした。倒錯的に。狂人のように。無知蒙昧の非科学的な阿呆のように。
であれば話の筋は通る…のでしょうか。
コメント含めると色々放言されてたので、よくわかりませんが。
たとえば、その人の名前が山田太郎だとして、山田太郎さんを批判しているんじゃない。国交省の担当官の全体を批判している。(上から下までの全部)
>したがって、「管理人はダム管理者を罵っている」という批判は、方向違い
ここでいう「ダム管理者」って個人のことですか? 全体のことですか?
(違うところにコメントしています)
なんか議論の方向がずれているような気がします。
ダム管理の方々はXXではないと思います。
気象庁は20km四方の時間当たりの降雨量を予測しています。このデータと水系を照合すれば、その水系流域の降雨量は見積もれます。
そしてその水系は降雨量の何割が河川に入って、何割が地中に浸み込むか、後から湧水となって出て行くかをシミュレートしているでしょう。
そのシミュレートから河川への流入量、そして本川の流量も予測できるでしょう。
次はダムで本流の流量をなだらかにするように放水するにはどうすればいいか?という問題になります。
私とすれば、「次までにそういう計算をきちんとやれるようになってね。」と述べるだけでいいと思います。
誰が悪いの悪くないのという議論は不要です。それをどうこうしても雨は降って本流氾濫の可能性はあるのでホント「次回はうまくやってね」でいいと思います。
理系の職員はバカじゃないから、計算はきちんとできるはずです。
問題は、おおもとの設定値。最低貯水量を 40%ぐらいに設定しているらしいので、どうしてもダムを空にできない。そういう基本原則を是正しないと駄目だ。
問題は、個人の操作ミスにあるのではないから、いくら「頑張って」と励ましても、どうしようもない。
基本原則が問題なのだから、基本原則を是正するしかない。
基本原則を是正するにはどうすればいいか……という話は、本日の項目で。
→ http://openblog.seesaa.net/article/460571666.html
たとえば開門するつもりが閉門してしまったのなら「操作のミス」でいいですが、
今回はそういう次元のミスではないですよね。
洪水になりそうなときはこの水位以下にしておきましょう、と事前に決めてあった水位以下にはできていたのです。
不備や欠陥があったのは事前の取り決めであり、操作を誤ったわけではありません。
80キロ制限の線路を100キロのスピードで通過しようとして脱線したら操作ミスですが、
80キロ制限の線路を80キロで通過したのに速度超過のため脱線したら、そもそも80キロという制限速度にした事前の取り決めのほうが誤りでしょう。操作ミスとはいいません。
一般に操作ミスといえば、操作をしていた人間が何らかの誤りを犯したことを指すと思います。
操作ミスに、実行者と首謀者など、いません。