※ 最後に 【 追記・訂正 】 あり。
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名人戦第4局は、佐藤が羽生に完勝した。それを決めた新手▲2三歩は、ちょっと思いつきにくい妙手・好手だった。それを発見した佐藤は非常に優れた才能の持ち主だ……と思ったのだが、そのあとで「もしかして、これ、ソフトが教えてくれたのでは?」と思った。
そこで調べたところ、まさしく、この新手はソフトが教えてくれたものだった。つまり、ソフトが名人戦の勝敗を決めたわけだ。
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以下、詳しく見ていこう。
まず、朝日の解説がある。
早くも終盤に入ろうかという31手目の局面で、佐藤名人はわずか3分の考慮で新手を放った。2日前に羽生竜王が指した攻め合いを目指す最強の手段▲7七角に代え、▲2三歩(図)とたらしたのだ。
ぼんやりとした歩が竜王が目指す激しい流れをせきとめ、「間合いをはかって後手の手段を封じる好手」(解説の豊川孝弘七段)だった。
後手は9九にいる馬で攻めたいが、馬筋が変わると▲2二歩成と成られ、どう応じても先手良しとなる。
( → 歩の新手、佐藤名人に流れ 見切った揺らぎ、新たな定跡刻む両者 第76期将棋名人戦第4局:朝日新聞 2018-05-22 )
→ その図
ここでは「好手」と評価されている。
この手は短時間で指されたので、「周到な事前研究」があったと推定されている。たとえば、下記。
→ 名人戦第4局は佐藤名人が快勝、周到な事前研究と抜群の安定感を徹底検証 | 将棋を100倍楽しむ!
ここで評価されているように、この新手で、勝負は決してしまった。羽生は長考して対策を考えたが、どう指しても状況は好転しない。この時点で差が付いている。そのまま差が付いた状態で、どんどん手が進んで、比較的短手数で投了となった。佐藤の完勝譜と評価された。
さて。この手は佐藤が事前研究で見つけていたとはいえ、それを見つけたのは自分自身なのか? ソフトなのか? ググって調べたら、すぐに判明した。この手はソフトが教えてくれるそうだ。
→ 名人戦第四局 - 手も足も出る技術士「平ねぎ」の無為徒食日記
では、これは、佐藤がこっそりカンニングしたということか? いや、そうではない。ソフトを使うことは誰でもできるのだから、条件は羽生も同様である。最初の対局(対松尾戦)の直後に、自分でソフトで調べれば、自分でも▲2三歩を知ることができたはずだ。
なのに、羽生はそうしなかった。コンピュータを馬鹿にしていたのか、コンピュータを使うことができなかったのか。いずれにせよ、羽生はコンピュータを使わず、▲2三歩を知らないまま、その二日後に対佐藤戦で同じ戦法を使った。(今度は先後逆。)
羽生はたぶん、「たった二日後に同じ戦法を使うとは思うまい」と思っていたのだろう。また、「コンピュータなんか使わなくたって、自分の研究だけで十分さ」と思っていたのだろう。驕りと油断である。
しかるに佐藤は手抜かりがなかった。羽生・松尾戦を見て、さっそくそれをコンピュータで分析した。すると、▲2三歩を知った。だからそれを、名人戦でも使ったのだ。
とすると、これは、佐藤がズルをしたということか? いや、そうではない。コンピュータを使うことは、ズルでも何でもない。佐藤としては、こんなことが起こるとは思ってもいなかっただろう。「まさかこんなことが起こるなんて」という感じであったはずだ。「コンピュータを使えばすぐにわかることを、調べもしないで採用する」という馬鹿げたことがあるとは思っていなかったはずだ。なのに、それが起こった。そのあとで、「1勝、丸儲け」と思って、こっそり舌を出したのだろう。
佐藤の本心は、「まさか羽生さんがこんな手抜かりをするとは思いもしなかった。羽生さんが勝手にこけたおかげで、タナボタで儲けました」という感じだろう。
ただし、それを口に出すと、「羽生はコンピュータを使えない時代遅れの間抜け」というふうに言うも同然だから、黙っていたのだろう。
というわけで、今回は、佐藤がズルをしたのではなく、羽生が手抜かりをして勝手にこけただけだった。
今後、棋士たちは、「対局後はきちんとコンピュータに学んで正解を教わる」というふうにするべきだ。さもないと、それをやっている藤井七段のような若手に離されるばかりとなるだろう。
[ 付記 ]
実は、以上と似た趣旨の話は、下記にもある。
一連の駆け引きは日進月歩の現代将棋を象徴している。
終局後、羽生竜王が取材に「将棋ソフトが強くなっていろんな影響が出ている。これまで(人間の目で)突き詰めて研究してきた局面でも、新たな可能性があることが分かってきた。今は定跡を一から見直す試行錯誤の時期。直線的なところに複雑な変化がある。どこを深掘りしていくべきなのか、掘削技術が問われているのです」と答えた。
( → 歩の新手、佐藤名人に流れ 見切った揺らぎ、新たな定跡刻む両者 第76期将棋名人戦第4局:朝日新聞 2018-05-22 )
私が言ったことは、羽生自身もすでにわかっていることになる。
とすれば羽生は、わかっているのに、あえてやらなかった、ということらしい。それはつまり、「ものぐさ」ということかな?
名人戦の前にものぐさがるなんて、ちょっと手抜きのしすぎじゃないでしょうか。調べもしないで同じ作戦をとるなんて、ちょっと信じられない感じ。ズボラにも、ほどがある。
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ともあれ、現代将棋では「コンピュータで研究する」ということが、必須になったのだ……ということが、今回の事例からわかる。そういうことをしなければ、名人戦の結果をも左右するのだ。
今のところは2勝2敗だが、ひょっとしたら、最終的には、この1局が分水嶺となって、羽生は3勝4敗で名人位を取り損なうかもしれない。そうなったら、コンピュータが名人位を左右した、ということになりそうだ。
【 追記・訂正 】
さらに調べたところ、事情は少し違っているようなので、訂正しよう。
(1) ソフトによる違い
「ソフトが▲2三歩を指摘する」と述べたが、これは、正しくはなかった。正しくは「ソフトによって差がある」だ。その手を指摘するものもあり、指摘しないものもある。最新の最強ソフトは指摘するようだが、2年ぐらい前の最強ソフトは指摘しないようだ。
とすると、羽生の使っていたソフトは、少し前の古いソフトなので、▲2三歩を指摘しなかったのだろう。一方、佐藤のソフトは、最新の最強のソフトなので、▲2三歩を指摘したのだろう。……ここでは、使っているソフトの差が現れたことになる。つまり、IT能力の差が、将棋の勝敗に結びついたことになる。
羽生はせめて使用ソフトの更新要員を確保しておくべきだった。棋界には、将棋ソフトに詳しい若手棋士もいるんだから、羽生が頼めば、喜んでソフトの更新をしてくれるだろう。(料金を払うかわりに、1局指してあげれば、若手は大喜びだ。)
※ 最新の最強ソフトとは、2017年の世界コンピュータ将棋選手権優勝ソフト「elmo」のこと。
(2) ▲2三歩よりも △7四歩
▲2三歩の時点ではまだ形勢は大差ではなかったようだ。形勢に大差が付いたのは、のちの △7四歩 だったようだ。これが失着だったらしい。正解は △7四銀 か、 △6二玉 だったようだ。これならば、まだ微差が続いていたようだ。
この次の手で、佐藤が▲8八金 という正解を取ったので、形勢にはっきりと差が付いたようだ。
とはいえ、▲2三歩の時点ですでに差が付いていたので、根源的には、▲2三歩が勝敗の分け目だったと言えそうだ。その道筋を取ったあとで、△7四歩で勝負が付いてしまったが、そもそも▲2三歩の時点で、その道筋が決まってしまっていた。
では、羽生としては、どうすればよかったか? ▲2三歩の一手前で、代案を取れば良かったか? いや、そんな代案などはなかった。
とすれば、このような作戦をとったこと自体が間違いだった、となる。この作戦は、「先手必勝」になるような作戦だった。だから、後手としては、この作戦を選ぶべきではなかったのだ。
初めのあたりで、後手の選んだ作戦がまずかったようだ。どうも、△5五角打 がまずかったらしく、△4四角打 が正解だったようだ。
しかしこれも、最新の最強のソフトでのみ、わかることだった。
※ 以上の分析は、将棋ソフトの読みを紹介した、下記ページによる。
→ 第76期名人戦第4局 佐藤vs羽生棋譜(将棋ソフト解析付き)
そこを羽生竜王が後手番で(つまり先だって敗戦した松尾八段側)わざわざ採用した所に、羽生さんの凡人離れした部分を感じるわけです。
羽生竜王は、名人戦(しかも通算タイトル獲得数100期)がかかっていても、目先の勝利外の大きなものを見ているような気がしますね。
それが40代になって(例えばライバルの森内九段が低迷しても)もいまだに変わらぬ強さの秘訣なのかと、ぜひ言語化してもらいたいですが。
ちなみに自分は羽生竜王は、若手ほどではないにしろ、ソフトを使ってると思いますよ。昨年タイトルを失ってから、将棋が変わったので。
まあ個人的意見です。
そんなことはないと思います。かなり実力は低下している。
ただし、これまでの実力が 14 ぐらいだったとすると、それが 11 ぐらいにまで落ちても、他のトップクラスの 10 よりは上回っているので、相変わらず、棋界第一人者です。
だけど、往時の圧勝する力はなくなっていると思えます。王座戦も連続記録が途絶えたし。
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そちらのコメントの前半の箇所は、これまで何度か言及されてきたことです。
何を以って実力とするかは不明ですが、おそらくは「勝率」のことを言っているのでしょう。
でも、「新手」を編み出せるのも今のうちなのではないでしょうか。
勝率にこだわっていては、出来ないことだと思います。
羽生さんにとっては、対局は実験なのかもしれません。
昔の記事で読んだのですが、羽生さんは若い頃も目先の勝利を拾うことはできるが、それでは尻つぼみに乗ると考えて、実験的な手を追求して、その過程としてタイトル獲得もあるということです(まあ、もちろん番勝負の勝負所とかでは、研究の秘策とか出してたかもしれませんがね)。
昨年タイトル取られまくってから、序盤が変わったのは、たぶんソフトを使い始めたからかなと。ちなみに渡辺棋王も変わりましたね、最近。
先日の名人戦1局(あれ2局だったかな?)では、ニコ生で採用している「AIのぽんぽこ」を超える手を繰り出して、一気に短手数で勝利ということをやってのけました。
そういうのを抜きにしたとしても、おっさん世代になり始めてる自分が周りを見ても、そこそこの地位にいるのに「まだ勝負に行ってる姿勢」という人もなかなかいないので、将棋以外のそういう部分に感銘を受けたりもしますね。
棋士ランキング
http://kishi.a.la9.jp/ranking2.html
elmoは今年の世界コンピュータ将棋選手権では2次予選 12位敗退で弱いソフトになってしまいました。
ソフト研究が当たり前のように取り入れられて、その特徴が表れてますね。
先日早決着した叡王戦と比べると、棋譜というか将棋の洗練度の違いは段違い。それくらい研ぎ澄まされているような感じで。
叡王戦も人間同士の勝負術という意味では面白かったのですがね(将棋は持ち時間のコントロールや駆け引きがいかに難しいかというのがよく分かる)。
第5局の戦型や駆け引きに、この第4局の答えが隠されているかも。