2018年03月10日

◆ 三浦九段の幸運な勝利

 三浦九段が順位戦の対局で、豊島八段に勝利した。ここにはまれに見る幸運があった。

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 三浦九段が順位戦の対局で、豊島八段に勝利した。強豪に勝つというのは、ちょっと番狂わせみたいで、意外だった。不思議に思っていたが、新聞の棋譜と解説を見て、納得した。
  → まさかの結末 第76期将棋名人戦A級順位戦10回戦 第47局第6譜:朝日新聞


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 (先手:豊島。後手:三浦。)
 この図で▲3三桂と打てば後手の詰みだったが、先手はそれを逃して▲2四桂と打った。後手の詰みを逃した。先手には詰み筋がないと期待して、詰めよの筋を追ったわけだ。すると後手が(△4八桂成〜△5八金から)△3八金と打って、妙手の連続で、先手を一挙に詰ませてしまった。意外な大逆転。
 記事の解説が素晴らしい。
 △3八金と打たれた瞬間、豊島の顔が朱に染まった。相手玉の詰みを逃し、さらに詰まないと思った自玉が詰まされる。将棋で考えられる最大の悲劇がまさか、こんな大一番でやってくるとは! 豊島にとって、この局面は一生忘れられなくなったはずで、ファンでなくても胸が締め付けられる。だが指した将棋の責任はすべて自分で負うしかない。

 この局面は、どちらにも詰みがあったので、詰め将棋も同然だ。先手の詰みは短いが、自王の詰みを見つけるのはちょっと難しい。後手の詰みはあるが、手数がかかり、ちょっと難しい。ただ、どちらも時間をかければ、プロならば見出したはずだ。しかるに、ここは1分将棋になっていた。考える時間がなかった。それが先手に不利をもたらした。
 仮に豊島に5分間の時間があったなら、この将棋は豊島が勝っていただろう。豊島の敗因は、運・不運もあったが、何より、時間配分をミスったのが敗因だった。
 私は良く思うのだが、棋士は最後に1分将棋になって、時間が足りなくて負ける(勝ちが負けに転じる)ということが、よくある。今回もそうだ。
 最後に 10分間ぐらい残しておけば負けずに済んだのに……という例は、どれほど多くあったことか。今回もそうだった。このせいで豊島は負けた。朝日の記事は負けた豊島のことばかりを書いていたが、逆に言えば、勝った三浦は実に幸運だった。これで負けが勝ちになり、A級転落を回避した。おまけに「やっぱり弱かった」という不名誉も回避した。非常にラッキーだった。
 負けた豊島としては、「時間配分を間違えたのも自分のせい」なので、負けに納得できるはずだ。一方、勝った三浦としては、豊島の時間配分を三浦が決めたわけではない(自力だけで勝ったわけではない)ので、「勝てたのはラッキーだった」という気分だろう。「本来なら負けていたのに、うまく勝ちを拾えた」というわけだ。
 ま、そこまで接戦に持ち込めたのは、もちろん実力があるからだが、実力は別として、こと勝敗に限れば、勝利の女神は三浦にほほえんだ、ということになりそうだ。



 [ 付記 ]
 本項は別に「三浦九段は本当は弱い」という意図で批判しているわけではないので、お間違えなく。
 本項のテーマは二つです。一つは、勝利の女神という偶然性。もう一つは、時間配分という作戦の重要さ。

 なお、藤井六段は、時間配分がうまいようだ。最後の方できちんと時間を残しているので、「時間がなくて不運で負けた」ということはないようだ。賢明ですね。
「藤井四段は、本当に王道の将棋を指しますよね」
 とは、9戦目で敗れた所司(しょし)和晴七段(55)。
「私の時も大きなミスを犯さなかった。派手さはなく、遠回りですが、確実な手を指す中でこちらを射程に入れる。そして、決めに行く時はギアを一気に上げ、ノータイムで確実に仕留めます。しかも、時間配分が上手くて、持ち時間を残しますから、終盤にしっかりと読み込める。だから間違わないんです。仮に再戦したとしても、私にはもう……。弟子たちに期待しますよ」
( → 我、「藤井聡太」にかく敗北せり――14歳の天才に敗れた14人の棋士インタビュー | デイリー新潮



 【 追記 】
 本項の解釈に対する異論が、コメント欄に寄せられました。ソフトを使った詳細な研究です。有益なので、読むといいでしょう。
   Posted by 解析する者 at 2018年03月15日 14:50
 の箇所です。
posted by 管理人 at 20:00 | Comment(13) |  将棋 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
三浦九段の順位戦最終局は渡辺戦です。
また、将棋の世界に「詰めよ」なるものは存在しないのですが、どのような筋でしょうか。
似ている用語として詰めろがありますが、「詰めろの筋」なるものも存在しないと思います。
Posted by ニコニコ at 2018年03月10日 22:44
調べたら詰めよという言葉も存在するようです。詰めよ=詰めろみたいです。
訂正してお詫びします
Posted by ニコニコ at 2018年03月10日 22:49
藤井四段が深浦九段とやった時は、時間に追われて悪手を指して大逆転負けをしてしまいましたね。
Posted by けろ at 2018年03月11日 01:10
> 三浦九段の順位戦最終局は渡辺戦です。

 最終局ではなかったですね。訂正しておきました。
 ご指摘ありがとうございました。
Posted by 管理人 at 2018年03月11日 08:25
> 藤井四段が深浦九段とやった時は、時間に追われて

 順位戦は6時間あるけど、叡王戦は3時間だから、時間が足りなくなるのも仕方ないかもしれません。
Posted by 管理人 at 2018年03月11日 08:30
> 「詰めろの筋」なるものも存在しないと思います。

 また勝手に勘違いしている人がいるね。
 「詰めろの筋」なんてものは、私は書いていません。
 私が書いたのは「詰めよの筋/を追う」ではありません。「詰めよ/の/筋を追う」です。
 「筋を追う」は成句。ググればわかります。
Posted by 管理人 at 2018年03月11日 10:04
羽生竜王でも30秒以上時間があったのに1手詰めを見逃して、負けたことがありましたね。
Posted by skyblue at 2018年03月11日 11:25
豊島八段はプレーオフを勝ち上がっている。羽生さんではなく、豊島さんに名人へ挑戦してほしいな。
Posted by senjyu at 2018年03月11日 21:29
豊島八段の見逃した詰み筋はソフト解析によると▲3三圭打からの27手詰めの長手数で簡単じゃないですよ。プロでも読めなくて全然おかしくない。
生中継で見てましたけど、解説者の田村七段も詰みがあるのを見えてなかったです。
つまり、この見逃しはプロからしても意外というほどのものじゃない。強豪の豊島八段なら5分あれば読めたかもですがどうですかね?
これに対し三浦九段の△4八桂成からの詰み筋は確かにありましたけど、こちらはさらに難しい筋だったとソフトは言ってます。
だからこの時点では、この対局はまだまだわからなかった。
この局はむしろその直後の三浦△4八圭成に対し、豊島九段が▲同玉と間違った逃げ方をしたのが13手詰めとなって、はるかに簡単な詰みにしてしまったのが大きかったんですよ。豊島八段がここで正確に▲6七玉と逃げていれば、残り時間の少なかった三浦九段も詰みまでは読み切れなかったんじゃないかと疑ってます。
この局面で詰みは一応ありますけど(△5六銀からの21手詰め)、この筋はソフトで5分解析させても見えない難解な詰み筋です。
そこを本局のような▲同玉としたことにより、ソフトなら1秒もかからずに読む簡単な詰み筋となってしまった。三浦九段もここで詰みを読めたのでしょう。
ここの21手詰めを13手詰めにした間違いこそが豊島八段の最大のポカのはずです。
この経緯から、豊島八段が難解な▲3三圭打からの27手詰めを見逃したことよりも、自玉のはるかに簡単な13手詰めを見逃したことがよっぽどひどいミスだったと思いますね。
まぁ相手のミスにより勝ちが転がりこんだことには変わりないですから、三浦九段からすれば幸運といえば幸運なんでしょうけども、その幸運とはこの記事で言う▲3三圭打の詰み筋を見逃してもらったことよりも、この逃げ方の盛大なポカにあるというのが解析によって得られた私の結論です。
http://upup.bz/j/my76572SWGYtCSU-rxGR7Ts.png
↑(△4八圭成からの詰みはソフトでさえ4分57秒かけても読めないことに対し、これを▲同玉としたことに対して1秒以下で詰みを読むようになる。魔女・intelCorei7-8700K 3.7Gで計測)

ところで本記事では本局の三浦九段の勝利についてまれな幸運があったと書いてますけど、この一局は序盤の圭得によってほとんどの場面において三浦九段が優勢に進めていたわけで、そんな幸運って感じはしなかったですよ。
不利なほうが考慮時間をより必要とし、その結果先に時間が切れて自滅する、プロ同士の対局ではよくある光景かと。


追記
記事では△3八金打からの詰みとありますが△5八金打からの詰みですので間違ってるので指摘しておきます。
Posted by 解析する者 at 2018年03月15日 14:50
> by 解析する者

 ご意見ありがとうございました。 【 追記 】 の箇所で紹介しておきました。

 △3八金打は、4手先の手なので、誤解のないよう、修正しておきました。
Posted by 管理人 at 2018年03月15日 18:20
>解析する者様

私も後で見ましたけど、一転二転してすごい将棋でした!
▲3三桂打は豊島八段当然見えてたと思うのですが、読みきれず、安全策を取って▲2四桂打という感じでしたね。
田村七段も早見えで、解説込みで見て楽しめる1局だと思います。
趣旨とは関係なく失礼。
Posted by hiro at 2018年03月16日 17:15
本来なら負けていたのに、うまく勝ちを拾えた、って言ってしまったら、すべての対局が運ゲーになってしまうような、、

羽生さんだったかな? 誰かが言ってたけど、将棋は相手にミスをさせるゲームらしい

将棋は時間さえあれば正解がわかるゲームだから、負けたとすれば、どこかでミスがあったということ
勝てたといえば、どこかで相手がミスをしたということ

それは運といえば運だけど、そうさせたのは実力と言えるのではないかと
そして将棋の本質は、そうさせることにあるのではないかと
Posted by カレー at 2018年03月17日 05:48
深浦藤井戦も同様ですが、不利になった時にどれだけ盤面を複雑にするという技術がある
藤井六段は若いですが立派なプロで時間に追われた程度で間違えるような稚拙なミスはしません
ミスを誘導する、時間の無い相手に如何に慎重に考えさせる手を出すか
深浦九段がそういう手を指し続けなければあの結果はなかった
それは運ではなく勝ちを引き寄せる技術で、それも強さの一部です
もう少し物事を論理的に捉える人かと考えていました
がっかりです
Posted by かな at 2018年03月19日 17:52
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