2018年02月17日

◆ 藤井聡太はなぜ強いか?

 将棋の藤井聡太はなぜこれほどにも強いのか? 将棋ソフトの影響だ、と私は推定する。

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 将棋の藤井聡太(敬称略)が、朝日杯で優勝して、五段から六段に上がった。いずれも最年少だ。
  → 藤井五段が棋戦最年少優勝、朝日杯 中学生初の六段に

 ではなぜ、これほどにも強いのか? 不思議に思う人が多いだろう。そこで私は「将棋ソフトの影響だ」と推定する。以下では詳しく述べよう。

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 まず、藤井聡太が将棋ソフトを使って練習していることは、本人自身も語っている。
  → 藤井四段、強さの秘密は「AI戦術」 将棋ソフトで序盤力磨く
  → 藤井四段も活用…将棋ソフトが変える現代将棋 : 読売新聞

 将棋ソフトを使って練習していることなら、他の棋士だってやっている。ただ、藤井聡太と豊島将之(八段)の場合、人間の棋士との対局をしないで、コンピュータのソフトとの対局ばかりをしている。(藤井聡太の場合は、名古屋の中学生という環境の点から、そうせざるを得ない。豊島将之の場合は、本人がそういうふうにしていると公言している。)
 この意味で、若手のなかでも傑出している成績を誇る俊英である二人は、将棋ソフトの影響を強く受けている、と言えるだろう。
 ただしこれは、状況証拠であって、直接証拠ではない。上に示した二つの記事もまた、同様だ。

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 ではなぜ、私は「将棋ソフトの影響だ」と強く主張するのか? その理由を示そう。

 そもそも、将棋ソフトの特徴は、何か? 次の二つだ。
  ・ 莫大な演算能力(1秒間に数百万手とも)
  ・ 評価関数

 順に論じよう。

 (1) 莫大な演算能力

 莫大な演算能力が重要なのは、「先を読む」ということもあるが、「広く読む」ということもある。ただし、普通にそうすることなら、(1秒間に数百万手でなくても)人間の棋士でも同等のことはできる。(無駄な手を省くので。)
 人間の棋士との違いが出るのは、「妙手」をうまく出せることだ。ここで「妙手」というのは、「少し先では不利に思えるのに、もっと先に行くと、有利に転じる」というような手だ。(必然的な逆転を生じる手だ。)
 このような「妙手」は、「5手先」「7手先」ぐらいなら、人間の棋士でも可能だ。しかし、「20手先」ぐらいになると、ちょっとわかりにくい。そこまで遠い先で必然的な逆転をもたらすような手は、人間にはちょっと思いつきにくい。
 しかしながら、羽生みたいな強豪だと、しばしばそういう手を打つ。
 逆に言えば、将棋ソフトは、「妙手を打つ」という点では、羽生みたいな強豪並みの実力がある、と言えるだろう。(強い将棋ソフトならば、だが。)
 さて。このような能力は、訓練して身に付けることは可能か? たぶん、不可能だ。「妙手」をうまく出すというのは、棋士ならば誰もが望むことだが、望んでもできないのだ。
 それはいわば、「時速 165km の速球を投げる」というようなものだ。やりたいし、やり方もわかっているが、いかんせん、体力(筋肉構造や骨格)がないので、やりようがない。
 同様に、「妙手を打つ」ということは、傑出した脳や CPU がないと、実現できない。ありふれた棋士の脳や、古い PC9801 の CPU なんかでは実現できないのだ。
 このことは、藤井聡太にも当てはまるだろう。「妙手を打つ」という点では、彼の生まれもつ脳の能力に依存するのであって、AIに学んだからといって、その能力が飛躍的に向上するということはあるまい。
( ※ 「幅広く読む」というのを学ぶことはできるだろうが、そこそこ学べるだけで、飛躍的な影響をもたらすほどではあるまい。)

 (2) 評価関数

 将棋ソフトの原理で最も重要なのは、「評価関数」だ。場面の状態を、(コマ数やコマ配置などで)適当に点数で表現してから、そこに適当なパラメーターや係数を付けて、「評価関数」として示す。
 その評価関数ごとに、何種類かのソフトを作って、たがいに対戦させる。そうして最も成績が良かったソフトについいて、「その評価関数が良かった」と判断する。
 さて。将棋ソフトには評価関数があるが、それについて人間は学ぶことができるか? 「できる」というのが私の判断だ。それは、次のことを意味する。
 「評価関数」とは「情勢判断」のことだ。将棋ソフトは、通常は「逆転をもたらす妙手」を求めているわけではない。「評価関数の評価値が高くなるような手」を選んでいるだけだ。特に、数手先や数十手先の評価関数の評価値が高くなるような手を選んでいる。
 ここで人間が学ぶことはあるか? ある。これまでは漠然と「先手が優勢」というふうに漠然と感じていただけだったのだが、評価関数の評価値を見続けていると、「こういう局面ではこういう手の評価値がこのくらいになる」ということが精密に数値化して理解されるようになる。
 要するに、情勢判断を「精密に数値化する」という訓練がなされる。
 こういう訓練を続けると、「情勢判断を将棋ソフトと同様にして判断する」ということが可能になる。情勢判断を精密に数値化することが可能になっていくのだ。(これまでは漠然と感じているだけだったのに。)

 藤井聡太と豊島将之は、そういうことをやっているはずだ。つまり、将棋ソフトの評価関数みたいな発想をしているはずだ。それは従来の「漠然とした形勢判断の感覚(印象)」とはまったく種類の違う認識方法だ。……そして、このことこそ、二人が圧倒的に強い能力をもっていることの理由だ、と思う。
 ひとことで言えば、「この二人は将棋ソフトを上手に使いこなしている」のである。その意味では、「新世代のコンピュータ人類」と言えなくもない。コンピュータはまさしく、人類の将棋に大きく影響したのである。
 それが私の判断だ。

( ※ 以上、すべては私見です。客観的に実証されたわけではありません。)
( ※ 敬称略にしたのは、肩書きがすぐに古くなるからです。「藤井六段」と書いても、どうせすぐに七段になるに決まっているから、無効化する。なお、「藤井五段」であったのは、2月1日からの17日間だけ。)
( ※ 七段昇段の条件は、タイトル戦での優勝など。この条件は、近い将来に、クリアされるだろう。)



 【 関連サイト 】
 参考記事。
  → 藤井聡太は自宅の将棋ソフトとほぼ互角!ではPonanzaと比較するとどちらが強いのか、調べてみた!

 ──

 朝日杯・決勝(棋譜)
  → 藤井聡太 五段 vs. 広瀬章人 八段 第11回朝日杯将棋オープン戦決勝

 93手目 ▲4四桂打 が好手。
 これで、敵の飛車の利き筋に蓋をすることで、3七の角と3二の金の両取りとなっている。
 後手が △4四同飛 ならば、▲4五歩 と打って、状況は後手にとっていっそう不利になる。

 ──

 この棋戦での評価値のグラフは
  → 藤井聡太 五段 対 広瀬章人 八段の棋譜  【将棋プレス】

 40手目、△5二玉が後手の悪手だったようだ。ここで形成が傾いた。これ以後、後手が有利になることはなかった。
 このことは、将棋ソフトの評価関数のグラフを見続けていると、理解できる。こういうふうに評価関数を利用することで、強くなれるはずだ。

 ──

 全棋士ランキング(レーティング)
 1位は豊島だが、最近、負けが続いている。
 2位の久保が、最近は連戦連勝で、最近では実力1位という感じだが、今回の朝日杯では準決勝で広瀬に負けてしまった。
 もし久保が準決勝で勝っていれば、決勝で久保・藤井戦が実現していた。そこで雌雄を決する感じで、面白いことになったはずだ。だが、その場合には、藤井が負けてしまう可能性も高まるので、むしろ話は面白くないかもね。久保が負けたのは、将棋の神様の采配か。

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 豊島の言葉もある。
 「自分の将棋とソフトの将棋は相当に隔たりがあったのですが、最近、うまく重なる感じになってきました」
( → 朝日新聞 twitter

posted by 管理人 at 18:07 | Comment(14) |  将棋 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>将棋ソフトには評価関数があるが
ディープマインド社の囲碁ソフトが、韓国の九段を負かした際には、自らが評価関数を作成したとのことです。
最適の特徴量(非線形なパターンのパターンなど)を見つけることが多層ニューラルネットワークの仕事なのですから・・・
おそらく、将棋も同様かと思います。
Posted by yomoyamapage at 2018年02月17日 21:23
 最後に、 豊島の言葉 を加筆しておきました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2018年02月18日 00:32
豊島氏は第3回電王戦で5戦中ただ一人勝利を収めているのもソフト将棋をよく知るゆえだったのですかね。ニコニコの記事によると、波乱の置きやすい乱戦に持ち込みリードを保ってからは全くミスせず勝ちきったとのことで、対ソフト将棋のお手本に見えます。
Posted by da at 2018年02月18日 03:23
 最後に引用した豊島の言葉(相当に隔たりがあった)は、 2018年1月4日。

 第3回電王戦 は、2014年3〜4月。
Posted by 管理人 at 2018年02月18日 08:01
>敬称略にしたのは、肩書きがすぐに古くなるからです

じゃあ普通にさん付けにすればいいんじゃね?(笑)
Posted by カレー at 2018年02月19日 07:19
> さん付けにすればいい

 相手が個人ならば、さん付けをするでしょうが、プロの職業名称に、さん付けをすることは不自然。
 例。相撲実況「白鳳さんが押し出しで勝ちました」
   フィギュア実況「羽生さんが4回転ジャンプしました」

 相手を個人として扱う個人的対面ならば、さん付けをするでしょうが、仕事の報道では、さん付けはありえない。
 本項もまた同様。仕事についての記事であって、個人についての記事ではない。

 ときたま、仕事の報道で、さん付けする記事があるので、呆れるね。これは何を意味するかというと、「その人への敬意を読者に強要することで、読者を見下している」ということだ。

 ちなみに、自分よりも目上の人であっても、自分の身内扱いとなる場合には、敬称を付けてはいけない。
 たとえば、自分の教師になる人に対するときには、「◯◯先生」というふうに敬称を付けるが、同じ人を他人に紹介するときには、「わが師、◯◯」というふうに呼び捨てにすることで、目の前の人(話し相手)への敬意を示す。
 こういう敬語の使い方を理解できない人が多い。

 私が「藤井さん」または「藤井様」と書けば、それは、読者に向かって、「敬意を出せ」と(同意を)強要していることになり、読者に向かって失礼をしていることになる。
 一方、「六段」というふうに肩書きで書けば、それは読者に対しては特に何も強要していない。ただの肩書きの明示となる。

Posted by 管理人 at 2018年02月19日 12:12
そう?
このブログでも管理人さん自身、仕事に関係ある場面でもさん付けで呼んでることありませんか?
将棋とかSTAP細胞とかの記事で
まあ別に私としては呼び捨てで構わないですよ
ただすぐ変わるから呼び捨てにしますとか面白いことを言うなあと思っただけです
それ言うなら九段以下とかタイトルホルダーとかはいつも呼べないじゃん、と


Posted by カレー at 2018年02月19日 16:59
豊島さんが勝った将棋ソフトはAI将棋という老舗ソフト。指し口もいかにもコンピュータで対策が立てやすいソフトだった。中終盤は強かったにせよ。
唯一勝ち星を挙げたが相手も良かったと思ってます。
Posted by gunts at 2018年02月19日 22:30
>「六段」というふうに肩書きで書けば、それは読者に対しては特に何も強要していない。ただの肩書きの明示となる

つまり○段というのには敬称の意味はなく、ただ純粋な肩書きということ?
なら本文中の「敬称略にしたのは、肩書きがすぐに古くなるからです」というのは意味がわからない
敬称と肩書きが別物だというなら、肩書きがすぐに古くなることが敬称を略したことの理由にはならない
ここは「肩書なしにしたのは、肩書がすぐに古くなるからです」と言うべきじゃない?

私はてっきり、○段というのも敬称のひとつだと言っているのだと思いました
だから、敬称略の理由として昇段が早いからというのを持ち出すなら、
「敬称って○段だけじゃなくて、さんとか氏とかもあるんじゃね? そっちだったら問題なくね?」と思ったわけです
それなのに、プロの仕事に関する記事においてはそもそも敬称をつけるべきではない、と言われた
頭の中はハテナです

そもそも、敬称略というのは「敬称を付けたいのはやまやまだが、紙面や時間の都合上、省略します」というもの
極端に言えば犯罪者や社会的に非難される人に対しては敬称略と書かない
つまり敬称略とわざわざ言うと、それは読者に対して「この人には敬意を感じろ」と言っているのに近い
プロの仕事に関する場合には敬称を付けるべきではないというなら、敬称略などと書くべきではない
Posted by カレー at 2018年02月20日 05:32
でも日本ではパソコンの売り上げがどんどん低下中
おっさん世代と若者世代の両方が低レベル
Posted by かーくん at 2018年02月21日 08:19
時代の大きな転換期に居ると思うと感慨深い
何十年かするとボードゲーム界にとってもっとも重要な時期だったと言われるだろう
Posted by スカッシュ at 2018年02月22日 11:56
藤井七段は将棋のセンスが良いと言われますね。基本性能が高く、また賢明で、時代の変化に対応し、更にはまだ現れていない自分より年下のプロ棋士をも警戒しています。短期間に伸びたのもAIを上手に活用した結果でしょうね。才能、努力、運、負けん気、どんなに騒がれても自分を失わない精神力と鈍感力、高い目標と向上心、全てが揃った稀有な人で私の人生で最後に見る最高の棋士ではないかと思っています。
Posted by 通行人 at 2018年10月15日 01:37
6年前の記事とはいえ、終盤力の強さこそが藤井名人の強さの源泉であるという意見がないのが不思議。
Posted by a passer‐by at 2024年11月23日 08:56
 終盤力の強さは、名人クラスならばみんなすごい。特にとりたてて指摘するほどのことはない。

 藤井は特にすごくて、詰め将棋でも圧倒的だ。これは特筆するべきことだと言える。
 ただし、終盤力の差で勝敗を決めることは少ない。

 ※ タイトル戦では、終盤の入口で僅差になることもあるが、順位戦ぐらいだと、終盤になる前に、大差でリードすることが多い。つまり、終盤力の問題以前となる。そういうことが多い。

 ──

 藤井の強さの秘訣については、渡辺名人が語っている。それがすごく説得力がある。妻の漫画で語っているが、藤井は能力が圧倒的に高いので、終盤になる前に、こちらが全精力を使い果たしてしまって、終盤で有利になっても、最後にポカをしてしまうそうだ。とにかく、あらゆる能力が圧倒的に高いので、勝つのは非常に困難だという。自分が負ける理由はちゃんと理解できているが、対策は何もできないそうだ。単に相手が強すぎるだけだ。
Posted by 管理人 at 2024年11月23日 09:52
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