2018年02月11日

◆ 競争は進化をもたらすか?

 「規制緩和をするべきだ」「競争を推進するべきだ」という経済的主張をする人の根拠は、「自然淘汰による進化」というダーウィニズムにあるようだ。

 ──

 経済で「規制緩和をするべきだ」という主張を取る人が多い。(古典派経済学者)
 その根拠は、「規制緩和をすれば、競争が激化する。競争が激化すれば、自然淘汰によって全体は進化する」ということらしい。
 これは、「自然淘汰によって進化が起こる」というダーウィニズムに基づいているようだ。(社会的進化論とも言われる。)

 しかしながら、「自然淘汰によって進化が起こる」というダーウィニズムは正しくない。なぜか? 次のことがあるからだ。
 「自然淘汰は、すでに存在しているもののうち、劣者を淘汰させるだけだ」

 自然淘汰とは、競争の場における「優勝劣敗」だ。ここでは、優者と劣者があるうち、劣者を淘汰させることで、優者ばかりが残るようにする。すると、全体の平均値が上昇する。このことで全体状況は改善する。(たとえば学力試験で、2点や5点が減って、95点や 98点が増えれば、平均点は上昇するので、全体の学力は改善する。)

 しかし、これは進化とは何の関係もないことだ。なぜなら、進化とは、次のことだからだ。
 「これまでにない新たな優者が誕生すること」


 このことは、これまで存在しなかったものが新たに誕生することを意味する。進化とはそういうものだ。
 一方、すでにある優者と劣者のうちで、劣者だけが滅びることは、進化ではない。
 
 対比すると、次の対比がある。
   優者の誕生 / 劣者の滅亡


 このうち、進化と言えるのは、前者である。後者は、自然淘汰ではあるが、進化ではない。
 要するに、自然淘汰は、進化をもたらさないのだ。

 ──

 具体的な例を言おう。
 これまでネアンデルタール人と原人だけがいた。
 そこにやがて、ホモ・サピエンスの原型が誕生した。(初期サピエンス)この原型は、ネアンデルタール人よりも劣っていたが、ニッチにおいて、かろうじて存続した。
 その後、初期サピエンスは、ニッチにおいて急激に進化した。そして、そのはてに、真のホモ・サピエンスが誕生した。( 30万年前 のことだ。)
 真のホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人よりも優れていた。そのせいで、どんどん勢力を拡大した。一方で、ネアンデルタール人は勢力をどんどん失った。……それでも両者は何十万年も共存した。(領域はあまり重ならなかった。)
 ホモ・サピエンスは、4.5万年前に欧州に進出した。それからまもない4〜3万年前に、ネアンデルタール人は絶滅した。(両者が交わってまもなく、ネアンデルタール人の絶滅があったことになる。絶滅の理由ははっきりしていないが、私は「共通の病原菌」が理由だと推定する。→ ネアンデルタール人の絶滅: Open ブログ
 ここで、ネアンデルタール人が絶滅したことは、「自然淘汰」と考えていい。それはたぶん環境において、「ホモ・サピエンスが有利であり、ネアンデルタール人は不利であったから」というふうに説明できるだろう。
 しかしながら、これは進化ではない。進化は、4〜3万年前の「ネアンデルタール人の絶滅」において生じたのではなく、30万年前の、(真の)ホモ・サピエンスの誕生のときに起こったのだ。
 そして、自然淘汰が影響したのは、4〜3万年前の「ネアンデルタール人の絶滅」のときだったのである。

 ──

 以上からわかるだろう。「自然淘汰が進化をもたらす」おちうことはないし、「競争が進化をもたらす」ということもない。
 特に、経済における市場の競争について言えば、「競争を激化すれば、企業の能力が向上して、生産性が向上する」ということはない。あるとすれば、「生産性の高い企業が市場のシェアを高める」ということだけだ。そしてそれは、量の拡大であって、質の向上ではないのだ。
 なのに、量の拡大と質の向上を、混同している人が多い。それというのも、ダーウィニズムというものを盲信しているせいだろう。(ダーウィニズムそのものが、量の拡大と質の向上を、混同しているからだ。「淘汰によって進化が起こる」というふうに。……この誤解は、ダーウィニズムそのものに由来吸うわけだ。)



 【 関連項目 】
 本項の件は、前に軽く言及したことがある。抜粋しよう。
 自然淘汰説は、劣者の排除をもたらしても、優者の誕生をもたらさない。新環境への進出で、新環境における劣者が滅びることは説明されても、新環境における優者が産まれることは説明されない。……現代の進化論は、「自然淘汰説」のほかには「突然変異」しか取っていないが、「突然変異」の確率は同じだから、優者の誕生を説明できないのだ。
( → 人類の進化の場(境界領域): Open ブログ

 では真相は何か……という話は、上記項目で、続きの箇所に説明してある。「優者の誕生をもたらすものは、多様性である」というふうに。
 この件は、下記項目でも論じている。
 初めに結論を言えば、私の主張は、こうだ。
 「進化にとって大切なのは、自然淘汰と多様性である」
 より極端に言えば、こうなる。
 「進化にとって大切なのは、多様性である」

 ──

 さて。多様性とは何か? 自然淘汰とはどういう関係があるか? こうだ。
 「多様性とは、自然淘汰が弱い状態である」
 もし自然淘汰が強ければ、特定の優者である1通りだけの遺伝子が残る。一方、自然淘汰が弱ければ、特定の優者以外の何通りもの遺伝子(劣者としての遺伝子)がいずれも残る。
 だから、「多様性がある」というのは、「自然淘汰が弱い」というのと同義である。 【 重要! 】

 そして、先に述べたとおり、進化においては「多様性」が重要だ。とすれば、三段論法で、次のように結論できる。
 「進化において大切なのは、自然淘汰が弱いことである」
 これは非常に重要な結論だ。

( → 自然淘汰と多様性: Open ブログ

 これで話は終わらないので、詳しい話は、続きの箇所を読んでほしい。

 ともあれ、「競争が進化をもたらす」というのは、とんでもない間違いだし、むしろ、真実とは逆のことを主張しているのである。……そして、そのことを理解できないのが、古典派経済学者(とその盲信者)である。
posted by 管理人 at 14:18| Comment(5) | 一般(雑学)4 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
科学や技術の分野にも適合するとお考えでしょうか。
Posted by 作業員 at 2018年02月11日 15:24
東側から新商品(産業)が出てこなかったのはなぜ?
東側からノーベル賞学者出てこなかったのはなぜ?
今後は日本でノーベル賞学者が続出すると思われていないのはなぜ?
答えが見えてきました。
Posted by yomoyamapage at 2018年02月11日 16:11
 文化面での進歩をもたらす条件はたくさんあって、そのすべてがうまく満たされた場合に、進歩が生じる。

 「競争があれば進歩が生じる」というのは、諸条件のうちのひとつを満たせば進歩が生じる、という単純な発想。(これは真ではない。)

 一方、進歩を阻害するには、それらの諸条件のうちのひとつを阻害するだけで足りる。金でも人材でも制度でも。

 ま、基本的には、進化論の話を文化面に適用することはできない。当り前。生物学の話と一般社会とは、何の関係もない。……関係があると思っていたのは、ダーウィニズムの盲目的な信者だけ。
Posted by 管理人 at 2018年02月11日 16:42
劣者を淘汰することが古典派経済学者や安倍内閣の目標じゃないですか。

劣者はコストとしか見てないですよ、彼らは。

劣者が死んでくれれば、生活保護も払わなくてすむし、その他福祉や医療関係のコストもかからない、、、くらいにしか思ってないです。

財務省も、似たような思考回路かな。

劣者は、邪魔者扱いされているのです。
Posted by 反財務省 at 2018年02月13日 02:14
進化中立説という言葉もありますが、自然淘汰が弱い状態が多様性を生み出し、そうすると一律でバラバラの種のうちどれが勝ち残るかという視点ではなく、種間の共同作業や様々のシステムなどが生まれます。人間の社会では、小選挙区が厳しい淘汰、中選挙区が弱い淘汰と言えるでしょう。自然界の現象を人間のシステムや規範の視点から捉えることはできるように思います。
Posted by SM at 2018年02月13日 09:32
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