2018年02月11日

◆ タクシーの規制緩和は成功したか?

 小泉行革の「規制緩和」の方針で、タクシー業界は規制緩和をした。では、それは成功したか? 

 ──

 前項では最後のあたりで、下記のように記した。
 公共輸送機関というものは、もともと公共的な性格を帯びているがゆえに、規制されるのが当然なのである。その一例が「料金の許認可」だ。つまり、料金を勝手に決めることはできない。
( → 全国の赤字路線を廃止するべきか?: Open ブログ

 ここでは、「自由化すれば市場原理で改善する」という素朴な発想を否定している。一般的に成立することではないのだが、公共輸送機関という公共性のある部分ではそうだ、ということだ。
( ※ 同様のことは、医療とか、教育とか、福祉とかでも当てはまる。このような分野では、「利益目的」の事業が野放しになったら、国民は食い物にされてしまうだろう。実際、その通りになった、という過去事例は多い。たいていの自由化が「利用者と税金が食い物にされる」という形で、状況が悪化する。)

 ──

 さて。このような「公共輸送における規制緩和の失敗」という話題で考えていたら、「タクシー業界も失敗したはずだ」と思い至った。そこで、確認のため、調べ直してみた。すると、まさしくその通りだと判明した。
 以下では、ネット上の調査結果を示す。

 (1) 台数

 タクシーの台数は、大幅に増加している。
 下記のグラフは、増車の台数と減車の台数。増車の台数が急激に拡大しているとわかる。


zousyasuii.gif
出典:[一般社団法人 東京ハイヤー・タクシー協会]


 (2) 事故と賃金

 事故発生件数は、増加しつつある。
 年間賃金は、ずっと減少していたあとで、平成 18年、19年には上昇に転じている。それでも以前の水準には戻っていない。


2009jiko.gif

出典:[一般社団法人 東京ハイヤー・タクシー協会]


 (3) 走行キロ/乗車率/運送収入
 1台あたりの走行キロは、減少しつつある。(需要は同じなのに、台数が増えたのだから、当然だ。)
 乗車率も、減少しつつある。(理由は同じ。)
 運送収入も、減少しつつある。(理由は同じ。)


taxi-data.png
出典:稼げるタクシー会社の選び方
(東京ハイヤー・タクシー協会、タクシー白書より引用)


 (4) 他産業との比較

 他産業との比較すると、タクシー運転手の所得水準は、大幅に低い。


taxi-pay.png
出典:タクシードライバーの年収を調べたら驚きの結果に
(一般社団法人東京ハイヤー・タクシー協会より抜粋)


 ──

 以上を整理しよう。
 規制緩和の方針の下で、タクシー業界への参入が容易になり、タクシーの台数は大幅に増えた。しかしながら、需要は一定だから、タクシーの乗車率はどんどん低下していった。
 乗車率の低下は、同時に、次のことをもたらした。
  ・ 1台あたりの走行距離の低下
  ・ 売上げの低下
  ・ 所得の低下
  ・ 無駄な燃料消費の増加
  ・ 事故の増加


 結局、何が起こったか?
 本来の目的は、こうだった。
 「競争の激化による、生産性の向上」

 現実に起こったのは、こうだった。
 「無駄の増加による、効率の低下」


 乗客が増えないまま、台数ばかりが増えれば、無駄に走っている車ばかりがやたらと増える。その無駄のせいで、生産性がどんどん低下していくわけだ。労働者は低賃金に喘ぎ、無駄な燃料消費は炭酸ガスを増やす。

 では、どうしてこういう目論見違いが生じたか? 原理はこうだ。
 狙ったもの …… 競争の激化による、効率アップ
 現実のもの …… 過当競争による、効率の低下


 では、どうしてこういう違いが生じたか? 
 ひとつは、狙ったものだ。「競争原理による効率アップ」なんてものは、もともとあるはずがないのだ。大企業じゃあるまいし、たかがタクシー会社に、効率の余地などはない。どこの会社だって、自動車を用意して、運転手に運転させるだけだ。業務の改善の余地など、ほとんどない。あるとすれば、労働者の賃金を引き下げることだけだ。つまり、もともと「狙っていたもの」が夢物語だったのである。宝くじで1等を当てよう、と狙うようなものだ。ありもしないものを狙っていた。
 もうひとつは、現実のものだ。現実にあったのは、「宝くじの1等に当たる」というような夢物語(生産性の向上)とは逆に、「過当競争」だった。「競争のないところに競争が導入された」のではなく、「もともと競争が過剰なところで、さらに競争が強められた」のである。その結果として得られたのは、「利益をむさぼる独占企業が利益を吐き出すこと」ではなく、「もともと貧しい労働者がさらに貧しくなって、血を吐くように虐待されること」だったのだ。

 単純に言えば、「競争原理で経済は改善する」という経済学者の夢想が、現実無視のまま、無理やり実施されたわけだ。
 これはもう、ほとんど、「市場原理教」という経済的な宗教の信者による、宗教的な押しつけである。
 そして、そのせいで、現実には労働者が苦しめられる、ということになる。……そのことが、データからはっきりとわかる。

 ──


 (5) 国交省の方針転換

 過度の規制緩和は問題が多い。そう判明したことから、国交省の方針転換があった。
 こうした事態は社会的にも問題であると認識されるようになり、市場の適正化に向けた動きが起こってきました。2009年、国土交通省はタクシー適正化・活性化法(正式名称「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法」)を制定、タクシーの台数を削減する方向に政策方針を転換しました。
 台数が供給過多であるとみなされる地域については協議会を設け、その中で適正台数を算定し、それを念頭においた台数削減目標を掲げ、タクシー業者に対し削減への協力を要請したのです。この取り組みは一定の成果を生み、タクシー1台当たりの営業収入も上向きました。
 さらに2014年には法律が改正されました。国から指定された地域に関しては、独占禁止法の適用除外を受けて、台数の強制的な削減が実行できるような仕組みが導入されることとなりました。
( → 規制緩和は何のため タクシーに迫る「危機」|戸崎肇

 このような方針転換は、効果があった。実際、グラフにも見て取れる。
 先に示した (2) のグラフでは、賃金が平成 17〜19年にかけて増加している。(それ以後はデータなし。)
 また、(4) のグラフでは、乗車率が平成 21年度以後は向上している。

 ──

 以上のことからもわかるように、公共輸送の分野では、正しい規制は効果がある。逆に、むやみやたらと規制緩和を実施すれば、競争によって生産性の向上が起こるのではなく、過当競争によって無駄の発生が起こる。社会全体が大損をするわけだ。
 これは「合成の誤謬」に近い。つまり、各人が自己の利益の最大化をめざすと、社会全体では全体利益が減少してしまうのだ。ここでは、「各自が自己の利益の最大化をめざせばめざすほど、自己の利益が減少してしまう」という逆説が成立する。
 こういう「合成の誤謬」を理解できるのが、マクロ経済学者だ。一方、理解できないまま、「競争を推進すれば状況は改善する」という宗教的な妄想を信じている人が多い。



 [ 付記 ]
 「競争を推進すれば状況は改善する」という宗教的な妄想を信じている人と言えば、小泉首相や竹中平助が代表的だろう。(古典派経済学者もそうだ。)
 下記にも、そういう人々の例が見られる。いまだに「規制緩和」を盲目的に信奉している。
  → 規制強化は間違っている!タクシー減車法案と規制の経済学(高橋 洋一 )
  → 過剰規制に守られ利用者軽視の代償 =井手秀樹/慶應義塾大学名誉教授
  → タクシーの規制緩和 誤りか? 小林 慶一郎 RIETI研究員

 いろいろあるが、1番目の主張は噴飯物だ。「乗車率の低下で歩合給が低下している」という現状に対して、歩合給を無視して、「基本給などの定額部分は増えている」と主張して、「だから問題ない」と結論している。
 比喩で言うと、「刃物で腹を刺すと、出血して死にそうになります」という主張に対して、「いや、鼻血は出ていない。鼻からは出血していないから、大丈夫」というふうに、見当違いの話を持ち出すようなものだ。頭がイカレているとしか思えない。
 この人は安倍首相のブレーンらしくて、やたらと安倍首相の擁護をしているのだが、ここまで詭弁を弄すると、呆れるしかないね。



 [ 余談 ]
 ついでに、前項の話の補足。
 前項では、新規参入するバス会社の話をした。そのバス会社は、「料金 100円」という低価格の路線があり、低価格を売りにする会社であるようだ。
 では、この会社はどうして、そういう低価格が可能なのか? 生産性が特別に高いのか? 
 そこで調べてみたら、……
 
 (1) バスの車両は、小型の車両だが、車両価格はとくに安くない。小型であるが、汎用ではないので、コストが高いらしい。運転のしやすさやメリットとなるが、車両価格は安くない。この面では、コストダウンの効果はない。

 (2) 運転手は、定年退職して年金をもらっている高齢者が全体の半分だという。
 会社の公式サイトには、こう書いてある。
 めぐりんの運転手のうち約半分は年金を受給されている方になります。

 日給 9,000円〜10,000円
 シフトにより1日6時間〜9時間の勤務になります。(4週で160時間が標準)

( → 求人情報|岡山市中心部循環バス「めぐりん」

 地元の 掲示板 にも、こうある。
 めぐりんの運転手、じい様ばかりだな。
( → めぐりん|爆サイ.com山陽版

 では、人件費が安いことが経営の強みだったのか? そう思って、他の求人情報を調べてみた。だが、路線バスの運転手の求人情報は、地方ではどこでもこんなものだ。みんな安い。つまり、めぐりんの会社だけが特別にコストダウンしているわけではない。
 ではどうして、めぐりんの会社だけが、低価格で運営できるのか? 
 考えてみたら、別に不思議ではなかった。ここはもともと黒字路線なのだ。元の会社(両備)だって、ずっと黒字で運営していたのである。……ただしその黒字は、自社の利益の形にしていたのではなく、赤字路線の赤字を埋めるために還元していたのだ。
 だから、黒字路線の黒字を「競争によって地元消費者に還元する」というふうにしてつぶしてしまえば、その黒字を赤字路線に還元することはできなくなってしまうわけだ。

 もともと独占利益があったわけでもない公共輸送の分野で、強引に競争を推進しても、状況が改善するのではなく、むしろ社会的な弱者が虐待されることになる。
 古典派経済学者は、市場における損得ばかりを考えているから、公共的な福祉のことはまったく念頭にないわけだ。



 【 関連サイト 】
 ちょっと面白い話がある。AI を使ってタクシーの生産性向上、という話。
  → AIタクシー、30分後の需要エリア予測 NTTドコモが公開:日本経済新聞
  → 実験進む「AIタクシー」、利用者はより拾いやすく?
  → AIタクシーとは?|概要と効果を運転手に聞く!
  → 人工知能を活用した「近未来人数予測」の実証実験を開始 | NTTドコモ
posted by 管理人 at 12:50| Comment(6) | 自動車・交通 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一般社団法人東京ハイヤー・タクシー協会出典のデータですがなんとなくポジショントーク的な印象を抱いてしまい、信頼性が気になります。例えば(4) 他産業との比較ですが、東京都全産業男性労働者平均年収が妙に高いような気がします(あくまで印象ですけど)。派遣などの非正規労働者の年収も含まれているのでしょうか。
タクシー事業は都市でも都心と郊外で、更には地方で輸送内容や需給がかなり異なっているであろうことは容易に推測できます。各々の特性に対し規制と緩和がどこまで最適化されているのか気になるところです。
Posted by 作業員 at 2018年02月11日 15:04
> 一般社団法人東京ハイヤー・タクシー協会出典のデータですがなんとなくポジショントーク的な印象を抱いてしまい、信頼性が気になります

 ちゃんと画像を拡大して、右下を見てください。厚労省のデータ、と記してあるでしょ。
Posted by 管理人 at 2018年02月11日 16:46
申し訳ありません。見落としてました。
が、やはり”東京都全産業男性労働者平均年収”の内容が気になります。
Posted by 作業員 at 2018年02月11日 17:38
> 派遣などの非正規労働者の年収も含まれているのでしょうか。

厚労省の賃金構造基本統計調査のサンプルは、常用労働者に限定されます。
Posted by Dブラウン at 2018年02月12日 00:26
 最後に 【 関連サイト 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2018年02月12日 11:31
賃金センサスは公開されています。
厚労省には概況のPDFがあり、統計局にはより詳細なデータがあります。
平成26年度のデータだけあたってみましたが、678万円で正しいですね。
(月給4492千円*12+賞与13904千円)
Posted by 暇な人 at 2018年02月14日 17:16
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