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肉体強化のためのトレーニングには、40年ほど前に革命的と言える出来事があった。「エアロビクス」の導入だ。
それまでのトレーニングは、単に「練習をして筋肉を強化する」というものだった。「懸命に全力疾走をする」とか、「思いバーベルを持ち上げる」とかの、負荷を与えて筋肉を強化する運動だ。
このようなトレーニングは、「無酸素運動」と呼ばれる。一方、それとは別に、「有酸素運動」というものが考えられる。前者は、呼吸をしないまま、短時間だけ筋力を最大限に発揮する。たとえば、垂直跳びや、50メートル走だ。後者は、呼吸をしながら、長時間にわたって筋力を発揮しつづけける。たとえば、長距離走だ。
「無酸素運動」で強化されるのは、筋肉のうち、瞬発力のある白筋である。「有酸素運動」で強化されるのは、筋肉のうち、持久力のある赤筋である。
→ 画像
「有酸素運動」では、筋肉の赤筋のほかに、心肺機能も強化される。つまり、呼吸器系と循環器系も強化される。ここが重要だ。
特にこの点に絞って開発された運動が、エアロビクスだ。そのなかでもエアロビクスダンスは「エアロビダンス」と略して称されて、有名だ。
さて。
最近になって、新しい方針が出た。「強い運動と、休み時間」を、交互に何度も繰り返すことだ。これは、昔からある「インターバル・トレーニング」だ。別に、新しい概念ではない。旧知の概念だ。
ところが、これが心肺機能を高めるのに著しく有効であることが判明した。エアロビクスよりも有効なのだ。
《 たった5分だけで45分の有酸素運動と同じ効果の「SITトレーニング」がスゴすぎ 》
「SITトレーニング」。なんと週3回、たったの5分で「45分の有酸素運動と同じ効果がある」運動法。
SITとはスプリント・インターバル・トレーニングの略です。
短い時間、全力での運動(20秒)と長めの休憩(2分間)を3回繰り返すことで45分の有酸素運動と同じ効果があるとわかりました。
( → 文化系ハック )
インターバル・トレーニングには、高負荷の HIITと、スプリントでやる SIT とがある。上記ページでは SIT を紹介している。特に「バーピー」という運動を推奨している。
というわけで、短時間で強い運動をして、休み時間を取る、……というインターバル・トレーニングが、エアロビクス以上に有効であるとわかったわけだ。
ここまでは、ネットでよく知られた話。ググればすぐにわかる。
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さて。問題は、次のことだ。
「どうしてエアロビクスよりもインターバルトレーニングの方が有効なのか? 心肺機能の強化ならば、心肺機能をよく使う長距離走を長時間続けることの方が有効だと思えるのに、どうして心肺機能の強化のために、心肺機能をあまり使わない運動が有効なのか? 因果関係がおかしいのでは?」
この疑問について答えることができるようになったのは、つい最近のことだ。ここでは人体について驚くべき新事実が明らかになったのだ。それは、次のことだ。
「心肺機能を強化するのは、心臓や肺ではなくて、腎臓である」
まさしく目からウロコ、という感じだ。そして、その核心にあるのは、次のことだ。
「腎臓は、ただの濾過器(老廃物フィルター)ではない。人体の各臓器の司令塔とも言える高度な機能を果たしている」
このことは、NHK の番組で、山中伸弥教授の口で語られていた。
《 NHKスペシャル「人体」 “腎臓”があなたの寿命を決める 》
腎臓の本当の役割は、おしっこをつくることではなく、血液の成分を厳密に適正に維持する、「血液の管理者」だったのです。
いま、体にどんな成分がどれだけ必要なのか。「再吸収」を行う際、腎臓はさまざまな臓器から情報を受け取って、血液の成分を絶妙にコントロールしています。まさに「人体ネットワーク」の要ともいうべき存在です。だからこそ、腎臓の異常が全身のほかの臓器にも悪影響をもたらし、逆にほかの臓器で異常が起きると、その影響が腎臓に及びます。
( → NHK健康ch )
《 腎臓の手術で重症の高血圧が治る!大注目の最新治療 》
「難治性の高血圧」の患者に対して、"腎臓の手術"で血圧を下げるという、驚きの最新治療が始まっています。
なぜ「腎臓」を手術することで、血圧が下がるのでしょうか?実は腎臓は、「尿をつくる」というだけでなく、全身の血圧の"見張り番"という重要な役割を果たしています。腎臓の細胞から「レニン」という物質が放出されており、これを血管が受け取ると、血圧を上げる働きをします。つまり腎臓は、このレニンの量を調節することで、全身の血圧をコントロールしているのです。
( → NHK健康ch )
このように、腎臓は制御物質を出して、人体の状態をコントロールしている。
そのなかでも、トレーニングと関係あるのは、EPO という制御物質だ。
「高地トレーニング」(では)……「高地順応」と呼ばれる現象で、体が酸素の薄い環境に見事に適応したのです。
このとき鍛えられているのは、酸素を取り込む肺? それとも全身に酸素を送り届ける「血液ポンプ」の心臓? いえいえ、じつは高地トレーニングのねらいは「腎臓を鍛える」ことにあるといいます。
体内に酸素が足りなくなると、それを察知するのは「腎臓」です。そして、EPO(エポ、正式にはエリスロポエチン)という物質をさかんに放出します。この物質は、「酸素がほしい!」という腎臓からのメッセージを全身に伝える、いわば“メッセージ物質”です。
EPOは血液の流れに乗って全身に広がり、骨に受け取られます。骨の内部、「骨髄」では、酸素を運ぶ「赤血球」がつくられています。ここにEPOが届くと、赤血球が増産され、体中に効率よく酸素を運べるようになるのです。
実際、高地トレーニングを行うと、2週間ほどで赤血球が大幅に増えます。体をあえて酸欠状態に追い込み、腎臓からさかんにEPOを放出させることで、アスリートたちは持久力をグンとアップさせていたんですね。
( → NHKスペシャル「人体」 “腎臓”があなたの寿命を決める|NHK健康ch )
「高地順応」という形で心肺機能を鍛えたのは、心臓や呼吸器のトレーニングではなく、腎臓のトレーニングだったのである。
上記記事では記されていないが、番組で放送されたように、この高地順応がなされていたのは、昼間に運動をしているときではなく、一日中(特に夜間に寝ているとき)なのである。運動をしないで寝ているときも、腎臓は高地順応をしつつある。心臓や肺が高地順応をするのではなく、腎臓が高地順応をする。つまり、「酸素が足りないぞ」をいう臓器の情報を受けて、腎臓は「臓器に酸素を届かせるために EPO を多く放出させる」というふうに変化する。
ここでは、運動しているときよりも、運動していないときの方が重要なのだ。「運動すれば、その運動に関与した機能が強化される」というのとは異なる原理で、心肺機能が強化されるわけだ。
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ここまで見れば、「インターバル・トレーニング」が心肺機能の強化にどうして有効か、わけがわかるだろう。
インターバル・トレーニングは、「使った筋肉や臓器を強化する」という形で、心肺機能を強化するのではない。
かわりに、強い負荷をかけて、心肺機能を強く働かせることで、「酸素不足」の状態を臓器にもたらす。すると、それを検知した腎臓が EPO を出すようなる。かくて腎臓が強化される。
こういうふうに腎臓を強化するというのが、インターバル・トレーニングの意義だ。それは、「高地順応」と同じことなのである。類比的に言うなら、「インターバル・トレーニングとは高地順応と同類のことだ」となる。
NHK の番組によれば、腎臓がこのような重要な役割を果たしていることは、近年になってようやくわかってきたことだという。
だからこそ、トレーニング革命とも言えるようなことも、近年になって急に普及してきたのだろう。近年というより、最近といってもいいほど、比較的新しいことだ。
次の話もある。
《 日本人研究者が発見!慢性腎臓病を治す新戦略 》
EPOが腎臓のどこから出ているのかについては、長年、医学界の謎とされてきました。それを世界で初めて明らかにしたのが、東北大学の山本雅之教授と鈴木教郎准教授のグループです。腎臓の中には「尿細管」と呼ばれる尿を運ぶ管が、曲がりくねり、ぎっしりとつまっています。その管と管の間の"すき間を埋めている細胞"が、EPOを作っている細胞(EPO産生細胞)であることをつきとめました。
( → NHK健康ch )
これについては、最新の顕微鏡技術も関与している。日立ハイテクノロジーズの走査型顕微鏡が、細胞の微細構造を明らかにしたのだ。NHK の番組では、それまでのものに比べて圧倒的に高解像度であることが示されている。(画像では解像度に大差が付いている。何十倍もの差がある感じだ。)
具体的な画像は、下記で示されている。
→ ここまで見えてきた!血液浄化の要・腎臓の「ネフロン」|NHK健康ch
上記の「山本雅之教授と鈴木教郎准教授」の研究でも、精密な画像が示されているが、とても解像度が高い。ここでも最新の顕微鏡が役立っているものと思える。
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ともあれ、この件の話は、比較的新しい情報だ。その意味で、最近になって、トレーニングの分野では革命みたいな状況が起こっている、と言える。
NHK の番組では、金メダリストの北島康介が出演して、「トレーニングはしても、腎臓のことなんかまったく意識していなかった」と言っている。これが当時の常識だった。いや、今でもそうかもしれない。
トレーニングの分野では革命みたいな状況が起こっているわけだが、その情報はまだ広く知られていない。「インターバル・トレーニングが大事だ」ということは、最近になって急に知られてきた。(はてなブックマークでも、2018/01/22 に話題になったばかりだ。)
しかも、「インターバル・トレーニングが大事だ」ということは知られても、「それは腎臓を強化するためだ」ということは、ほとんど知られていない。というか、この件に言及したページは、本項だけだろう。ググっても、本項以外には見つからないようだ。
→ Google 検索「腎臓 EPO インターバル・トレーニング」
インターバル・トレーニングの話も、腎臓と心肺機能の話も、ともにネット上に見つかるのだが、その両者を関連づけて解説した話は、本項以外にはないのだ。
トレーニング革命はまだ起こったばかりだ、というよりは、いまだ萌芽期にある、とすら言える。
( ※ ビットコインで言えば、売り出したばかりのころ、低価格期にあたる。それが成長して世界的に普及するのは、ずっと先のことになりそうだ。)
[ 付記1 ]
私としても、この知見を得て、トレーニングの方針を改めることにした。これまでは時間をかけてジョギングをしていたのだが、時間をかければいいというものではないと判明したので、インターバル・トレーニングの形式を取り入れることにした。つまり、「一定速度の長距離走」をやめて、「短距離走と休み(歩行)の交互交替」にすることにした。また、寒すぎたり雨が降ったりしたときには、バーピーをすることにした。
そしてもう一つ。腎臓の健康が大切だとわかったので、なるべく酒量を減らすことにした。(そうするべきだとは、前から思っていたのだが、意を強くした。……実行は難しいんだが。)
※ 実際の効果は? インターバル式の走行をして、酒量を減らしてみたら、血圧が大幅に下がって、高血圧の症状が緩和した。大きな効果があると判明した。
[ 付記2 ]
インターバル・トレーニングの核心は何か? 「途中に休みを入れること」ではない。「途中で休まざるを得ないほど、限界まで運動すること」である。
このとき、限界まで運動することで、体は酸欠状態になる。この酸欠状態が、EPO の放出を促す。
つまり、「酸欠状態になること」こそが、インターバル・トレーニングの核心だ。それだけの強度をもつ運動をすることが大切なわけだ。通常の弱いジョッギングだと、そういうふうにはならないので、注意。
特に、初心者や高齢者には「運動強度は低めでもいいです」と講釈する指導者もいるが、そういうのはもはや時代遅れなわけだ。なるほど、初心者や高齢者には「運動強度を高めにするのは健康によくない」とは言える。しかしそれは、高めの運動強度を続けた場合だ。それは体力のない人には、無理を強いることになり、有害だとも言える。しかし、高めの運動強度を続けるのでなく、一時的にやるだけにするのであれば(インターバル・トレーニングをするのであれば)、有害ではないし、むしろ有益なのだ。……この違いを理解することが大切だ。そこが、新しいトレーニング方法の核心である。
[ 付記3 ]
本項は、NHK の番組の録画を見た直後に書きました。
NHK のこの「人体」シリーズは、とても有益なので推奨しておきます。過去の番組の内容紹介もネットで公開されています。
→ 放送内容一覧 | 人体 神秘の巨大ネットワーク|NHKスペシャル
各番組については、おおむね四つの紹介記事がある。ちょっとリンクがわかりにくくなっている(目次が最初でなく最後にある)のだが、うまくリンクをたどることで、十分に詳しい情報を得ることができる。
※ 番組の放送は、次回は 2018年2月4日(日) 21時。
【 関連書籍 】
http://amzn.to/2BHStwG
読者評。
ランニングでHIIT(高強度インターバルトレーニング)を実践してきましたが、短時間で効果抜群といわれるタバタトレーニングを取り入れたいと思い、さらになぜ20秒-10秒とプロトコルになっているのか(10秒では回復が追いかない!)疑問に思っていたため購入しました。
やや難解に思える部分や説明が抜けているように思える点もあり、読み返したうえで論文等も読んで理解納得し、今はすっかりハマって週2-3回トレーニングのルーチンに取り入れています。
タイムスタンプは 下記 ↓
映像では、手が床に着く前に、足を伸ばしているように見えた。
其のようにやってみると、手足への衝撃が大きすぎ中止。
手を床につけてから、足を伸ばしたが、それでも運動量は過激だった。
酒をうまく飲むために、健康体操の中に、取り入れてみます。
そういえば、この方式と同じなんですが、タバタ式トレーニング(こちらは10秒しか休憩が無い)を2か月ほどやってました。
心臓が破れそうなほどハードなので、心臓に負荷が掛かるかなと思って休止中なのですが(上にも書いたように痛風持ちと言う事も鑑みて)、前やってたロードバイクやパドルボード復活しようかなと思ってます。(インターバルトレーニングやれる方が羨ましい!)