2018年01月22日

◆ 底辺大学を倒産させよ

 劣悪大学の補助金を減額する、という方針を政府が示した。しかし、その判定基準がおかしい。入試の偏差値で決めるべきだ。

 ──

 少子化の時代に、定員割れになった私大が多い。これらの余分な私大を退出させるために、劣悪大学の補助金を減額する、という方針を政府が示した。
  → 経営悪化の私大、補助金減 教育内容評価なら増額 文科省方針:朝日新聞 2018-01-21

 その方針はいいが、劣悪大学の判定基準がおかしい。

 文科省の基準では、こうだ。
  ・ 赤字経営
  ・ 定員割れ
  ・ 教育の質が低い


 このうち、「赤字経営」は判定基準として妥当だが、残りの「定員割れ」と「教育の質が低い」は、妥当ではない。

 (1) 赤字経営

 赤字経営を判定基準とするのは、妥当だ。これは、民間企業で言えば、「倒産寸前」に相当するので、「倒産させるべき」ことの理由となる。
 ただし、問題もある。
 政府は「5年連続の赤字」というふうに、時期で判定しているようだが、むしろ、次のことで判定するべきだ。
  ・ 売上高に対する累積赤字の総額
  ・ 学校の保有資産に対する、累積赤字の総額

 つまり、普通の企業と同様にして判定するべきだ。文科省は、経営のこともわからないで判定するようだが、そんなことでは困る。問題は善悪でなく経営だ。そこを理解すべきだ。

 (2) 定員割れ

 「定員割れ」は、判定基準として妥当ではない。理由は二つある。

 第1に、偽装できる。「補助金を減額されるくらいなら、ただでも学生を増やした方がいい」というふうになるので、偽装された学生が頭あわせで入学することがありそうだ。あるいは、偽装でなくとも、とにかく頭数をそろえるために入学させられる人が出そうだ。これでは、本末転倒だ。

 第2に、「定員割れ」は、偶然によって発生することがある。たまたまその年の「内定辞退率」ならぬ「入学辞退率」が高くなると、定員割れが起こる。(入試日の変更などで、思いも寄らぬ形で、辞退率が高まることがある。)
 これを避けようとすれば、定員割れを見込んで、定員の何倍もの多数の合格者を出せばいいが、そうすると、今度は「大幅な定員オーバー」みたいな弊害も生じる。これでは学生の教育環境が悪化する。(日大や明大では、しばしば起こっているらしい。)
 これを抑制するため、政府は「定員超過に対する補助金抑制」という方策も出している。
  → 大学の定員超過抑制のため、私学助成不交付基準を厳格化
 しかし、定員割れと定員超過をともに罰するというのでは、方針としてはちょっとおかしい。(アクセルとブレーキを同時に踏むようなものだ。)
 一般的には、「定員割れ」は、赤字経営という形で大学経営を直撃するので、政府が特に「補助金減額」という形で罰する必要はないはずだ。
( ※ 「赤字」という点だけを問題にすればいいのであって、偶発的に起こる「定員割れ」を単独で罰する必要はない。)

 (3) 教育の質が低い

 「教育の質が低い」は、判定基準として妥当ではない。教育の質の良し悪しは、文科省なんかが勝手に判定するべきではないからだ。
 朝日の記事では、アクティブ・ラーニング を導入すると高ポイントになる、というような事例が上げられていた。しかし、こんな画一的な基準を示せば、すべての私大が形式的にアクティブ・ラーニングを導入するだけだ。もちろん形式的にやるだけだから、その実効性は担保されない。若い未熟な非常勤講師がろくに教育もしないで生徒任せにする(ほっぽりだす)ことで、「アクティブ・ラーニングをやっているので高ポイント」というふうになる。その一方で、優秀な教授が古くからやっている伝統的な教育は、いくら優れていても低評価となる。
 教育の良し悪し(品質評価)なんて、文科省が紙の書類だけで判定できるようなものではないのだ。そこを根本的に勘違いしているのが、今回の方針だ。

 ──

 では、どうすればいい? 簡単だ。文科省の判定に任せるのではなく、市場原理に任せればいい。そして、市場原理は、「大学の偏差値」という形で、明確に表示される。
 そして、この偏差値が低いのが、底辺大学だ。だから、正しい判定基準は、
 「偏差値の低い底辺大学を退出させよ」
 ということになる。
 そして、退出の具体的な手段は、補助金減額だ。それを通じて、大学を倒産に追い込む。だから、本項の主張は、
 「偏差値の低い底辺大学を倒産させよ」
 ということだ。これが結論だ。



 【 関連項目 】
 同じ結論は、前にも述べたことがある。
  → 底辺大学をつぶせ: Open ブログ
 タイトルからして、本項とそっくりだ。
 
 ただ、上記項目では、学生の立場から、「底辺大学には、入らない方がいい。むしろ、専門学校に行った方がいい」という趣旨で述べた。あくまで受験生の視点だった。
 また、底辺大学について、「つぶすか/つぶさないか」という視点でも論じている。

 一方、本項では、受験生でなく政府の立場について述べている。政府の取るべき政策について、「つぶすのであればどの大学をつぶすべきか」という観点から、「つぶすべき対象は、文科省が紙の書類で判定するべきではない。むしろ、受験生自身が不要と見なした大学を選ぶべきだ」というふうに述べている。その判定基準が、偏差値だ。

 項目のタイトルはそっくりだが、論じている内容は大幅に異なるので、混同しないようにしてほしい。
posted by 管理人 at 19:14| Comment(2) | 一般(雑学)4 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>「教育の良し悪し(品質評価)なんて、文科省が紙の書類だけで判定できるようなものではないのだ。そこを根本的に勘違いしているのが、今回の方針だ。」

勘違いではなく、品質評価を恣意的にできるようにする(特定の政治家への忖度が可能となる)のが目的では?影響力を確保したいお役人の常套手段と思われます。
Posted by アラ還オヤジ at 2018年01月23日 07:49
入試偏差値を判断基準にすると、首相の出身大学が倒産の憂き目にあうかもしれませんね。
Posted by 反財務省 at 2018年01月23日 12:33
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