2018年01月12日

◆ 特養の権利を売買するな?

 老人介護の特養で、入所の権利を売買するのはけしからん、という趣旨の記事が出た。

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 これは本日の朝日新聞の記事。特養の入所の権利を自治体間で売買するのはけしからん、という趣旨。
 《 特養「ベッド買い」が横行 自治体、補助金で入所枠確保 》
 特別養護老人ホーム(特養)の優先入所枠を補助金を支払って確保する事例が、複数の自治体で行われていることが、朝日新聞の取材でわかった。「ベッド買い」と呼ばれ、住んでいる地域や所得などに関わらず、平等に福祉サービスを受けられる介護保険制度の趣旨に反している可能性が高い。厚生労働省は実態を把握するための検討を始めた。

 ベッド買い「1床50万円、協議にならぬ」 苦しい交渉
 ベッド買いは、自治体が他の自治体にある特養を運営する社会福祉法人と協定を結び、補助金を支払う見返りに、自らの住民が優先的に入所できる枠を確保する仕組み。全国の都道府県で特養の入所待機者が最も多い東京都内の23区と近接5市に取材したところ、8割以上の23区市がこうした協定を結び、計3328の入所枠を持っていた。協定の多くは介護保険制度が始まった2000年よりも前に結ばれたものだが、いまも有効だ。東京以外でも行われている可能性がある。
 特養などの介護保険施設は、市区町村が3年ごとに住民の要介護度などからニーズを予測し、定員数を決定。社福法人などが都道府県や市区町村の認可を得て建設する。建設の際に自治体は補助金を支出するほか、その後の運営費として介護報酬を支払い、これらは自治体ごとに決める65歳以上の介護保険料に反映される。都市部は地価が高く土地の取得が難しいことに加え、保険料などを抑えたい自治体の意向もあって建設が計画通りに進んでいないのが実態だ。
 そうしたなかで、自治体は入所待機者を減らすため、特養建設よりも安くすむベッド買いの協定を結んできた。ただ、そのぶん、入所枠を買った自治体以外の希望者が入りにくくなり、しわ寄せが行く構図。介護保険制度は、ベッド買いではなく、仮に自らの住民の保険料が高くなっても施設整備を進めることを想定している。
( → 朝日新聞デジタル

 「これじゃまるで商取引だ。福祉で商取引をするのはけしからん」というわけ。
 しかし、福祉分野で商取引をすることが、どうしてよくないのか? 共産主義国じゃあるまいし、福祉サービスを商業的に扱うことの、どこがいけないのか? 「記事を読んでもよくわからない」という人が多いようだ。
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 そこで、記事の趣旨を分析してみよう。


 (1) 法律違反

 記事が問題視しているのは、「違法判決が出たので法律違反だ」ということだ。
 しかしこれはあくまで形式論だ。実質的に何が駄目なのかは、「法律違反」ということからはわからない。


 (2) 平等でない

 「平等に福祉サービスを受けられる介護保険制度の趣旨に反している」と記事は書く。しかし、平等である必要など、もともとない。無償配布の共産主義ならばともかく、資本主義の世界では、「金を払った人が購入する」というのが当然だ。その延長で、「金をいっぱい払った人が権利を得る」というのも当然だ。
 記事によれば、ベッド買いをする自治体は、施設に1ベッドあたり 133万円を払っている。これだけの金を払うからこそ、施設の側も事業を成立させることができる。
 朝日の記事は、「ベッド買いは行けない」ということだが、それは、「金を受け取るのがいけない」ということになり、施設の側は(受け取る金がなくなるので)事業を成立させられなくなる。
 こうして事業が成立しなくなれば、特養そのものの数が減って、特養不足になる。


 (3) 特養不足

 特養不足は、実際に起こっている。あちこちで特養が不足しており、5年待ちということもざらだ。これは、特養に回る金が足りないからだ。
 朝日のように理想論ばかりを唱えて、特養に回る金を減らそうとすれば、特養不足になる。それが現実だ。
 かつて共産主義の世界では、「何でも無料」「何でも低価格」になったが、そのせいで圧倒的に物不足になった。店頭には品物がないか、あっても長い行列ができるようになった。
 朝日が狙っているのは、そういうことだ。特養の5年待ちという「特養不足」という状況を直視するべきだ。そしてまた、「金を払って入所する権利を得るのはけしからん」という共産主義の発想を捨てるべきだ。共産主義による物不足なんて、まったく困る。朝日の発想には、呆れるしかない。


 (4) 入所の公平性

 朝日の記事は、入所の公平性も問題視している。「払う金額によって決めるのではなく、入所の必要性の順位で決めるべきだ」と。つまり、「必要性の順位の高いものから順に入所させるべきだ」と。
 しかし、これもまた共産主義だ。いったい、普通の商品で、こんなことをやっている会社がどこにある。
  ・ 任天堂 switch
  ・ iPhone の新型
  ・ 大人気の福袋
  ・ コンサートのチケット

 こんなものを、「客の必要性の高い(欲しがる度合いの順)順に販売します」なんてことをやっているか? やっていない。やるとしたらせいぜい、抽選だ。
 一般的には、「客の必要性の高い(欲しがる度合いの順)順に販売します」というのは、販売者が決めるのではなく、客自身が決める。「高い金を払う客が購入する」という形で。……こうして、価格調整によって、最適配分ができる。そのことが経済学で知れれている基本原理だ。
 これは、「ワルラス的調整過程」という。「パレート最適」という言葉でも説明できる。こういうことをきちんとりかいするべきだ。
 ひるがえって、共産主義的な配分(上に立つものが判定して配分する)なんて、最悪だ。中国やロシアでは、それが「特権階級」というものをもたらした。


 (5) 問題点

 では、現状の方式に、問題点はないか? まったくないわけではない。問題点はある。ひとつは、枠の問題だ。
 入所の枠(他地域の優先枠)があると、地元民が入れなくなる……という懸念もある。しかし、枠があろうとなかろうと、他地域の人々はそんなに多くはやってこない。あくまで数は限定的だ。そんな心配をするよりは、特養をたくさん建設する方が、まともな対処であろう。
 そもそも、現状では、特養不足という問題があるから、そういうことが問題視される。特養が十分多くできれば、慢性的に空きベッドの数がいくらか生じるから、「ベッド不足」という問題は生じなくなるのだ。そうなれば、「枠を奪われる」という問題もなくなる。
 枠の問題を心配するよりは、特養の数を増やすことの方が先決問題だ。そして、特養の数が十分になった時点で、「枠を奪われる」という問題も自動的に解消する。


 (6) 補助金の負担の問題

 もう一つ、問題がある。補助金の負担の問題だ。
 「特養の地元施設が多額の補助金を払う。その補助金の原資は、地元民の税金だ。結果的に、地元民の払った税金が、外部から来た人のために使われてしまう。これでは地元民が損する」
 これはたしかに問題だ。他の自治体は、地元民の事業に、フリーライドしている形になるからだ。(一部は、ベッド買いの費用である 133万円でまかなわれるが、他の部分は地元民の負担となる。)

 なお、朝日新聞自身は、このことを批判していない。なぜか? 朝日新聞はむしろこのような「フリーライド」を推進している立場だからだ。
 「他の自治体の人は、ベッド買いの 133万円すら払う必要はない。必要度さえ高ければ、1円も払わずに、この施設に入所できるようにするべきだ。それが法律の趣旨だからだ」
 なるほど、法律的には、そうなる。しかし、そんなことをすれば、地元民はますます損をする。ベッド買いの費用である 133万円を受け取れないまま、他の地域の住民を特養に入れることになるからだ。

 ただ、朝日新聞が問題視していようがいまいが、この問題はたしかにある。「地元民ばかりが負担するのは損だ」という問題だ。
 実際、この問題は、次の結果をもたらす。
  ・ 地方では、特養が多いので、負担のために地元民の払う金が増える。
  ・ 都会では、特養が少ないので、負担のために地元民の払う金が少ない。しかるに、特養不足で、特養に入れなくなる。



 (7) 解決策

 すぐ上の二点を解決するには、次の方針を取ればいい。
 「特養を地方に建設して、都会の人はそこに入所する。そのための費用は、都会の人が払う」

 実際、この方針の下で、「ベッド買い」という現象が生じた。しかし、そこでは、「フリーライド」という問題が生じた。
 だから、この問題をなくした上で、すぐ上の方針を取ればいい。
 「特養の補助金は、地元民が払うのではなく、都会の人が払う」
 こう言うふうに、地元民の払う補助金負担の分まで肩代わりすれば、地元民の不満はなくなる。地元民の負担はゼロで、都会の人が全額を負担するからだ。全額を負担して入所するのであれば、地元民の文句はあるまい。


 (8) 補助金の廃止

 では、地元の負担をなくして、都会の人が全額を負担するには、どうすればいいか? 簡単だ。こうだ。
 「自治体による補助金を一切廃止する。補助金は、自治体が出すのではなく、国が出す」


 さらに、次のことが好ましい。
 「国が出す補助金は、施設に払うのではなく、受益者である老人(またはその家族)に払う」


 これは、保育園の補助金について、前に述べたことと同様だ。
 「国が出す補助金は、保育園に払うのではなく、受益者である幼児(またはその親)に払う」

  → 保育園への補助金を廃止せよ: Open ブログ
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 (9) 問題の根源

 上のように問題解決の方法はある。しかし、その方法は取られない。なぜか? 国がもともと、その反対の方針を取っているからだ。
 厚生労働省においては、2025年(平成37年)を目途に、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を推進しています。
( → 地域包括ケアシステム |厚生労働省

 「可能な限り住み慣れた地域で」という方針だ。しかし、これは馬鹿げている。なぜなら、特養に暮らす人は、原則として施設の外には出ないので、どの地域に暮らしても、基本的には違いがないからだ。
 東京の都心に住んでいた人が、「東京の都心に過ごしたい」と思って、都心の特養に入っても、都心であることのメリットはないのだ。都心であろうと、田舎であろうと、特養の内部で暮らす限りは、何の違いもない。
 しかるに、家賃だけは、べらぼうに差が付く。なぜなら、交通の便に大差があるからだ。ところが、特養に暮らす人は、(特養から出ないので)交通機関を利用しないから、交通の便など何の意味もない。

 交通の便が大事だとしたら、家族の見舞いの都合だけだ。そして、その「交通の便」とは、「本人が住み慣れた地域」ではなくて、「家族が見舞いに行きやすい場所」なのである。
 なるほど、自立して暮らす高齢者ならば、「住み慣れた地域で」ということは大切だろう。しかし、全面的に施設に生活を委ねる特養であれば、「住み慣れた地域で」ということは無意味なのだ。
 そのことも理解しないで、「本人が住み慣れた地域」という方針を取るから、特養の運営を「地域ごとに」というふうにして、「国が一律で補助する」という方針をとれなくなる。かくて、制度が破綻する。
 国の基本方針が狂っていることが、今回の問題の根源だ、とも言える。
 
 ※ このことは、はてなブックマークでも指摘されていた。
Pgm48p  介護保険の運用を自治体単位でやっているからこうした問題が起きる
( → はてなブックマーク

 このことに気づいている人は多いが、政府はまともに気づかない。もしかしたら、自民党政府であるせいで、統一的な政策をとれないのかもしれない。(やたらと田舎重視だから。)



 [ 付記 ]
 地元の施設に他の自治体の住民が入った場合、その入所者についての負担金は、地元の自治体ではなく、入居者の自治体(都会の自治体)が負担する、という原則はある。
 ただしこれは、個人ごとの介護サービスの負担金の分だけだ。施設の建設費や運営補助金は別だ。
 詳細は下記。( 2014年の記事。ある事例について報道している。)
 東京都杉並区と静岡県、同県南伊豆町は11日、特別養護老人ホームを南伊豆町内に整備することで基本合意した。都道府県域を越えた整備は全国初。短期入所を含む100人定員の施設を2017年度末までに町有地に整備する。都内に施設整備のための土地が不足していることが背景にある。定員のうち50人程度は杉並区民が入所することを想定する。前例がないだけに、入所者の決定は難しくなりそうだ。 背景に都市部の土地不足  施設整備費は県と杉並区が補助する。公募を経てこの特養ホームを運営する社会福祉法人は、杉並区民が南伊豆町の住民と同様に優先入所できるよう入所判定の基準を作る。
 特養ホームは広域施設で、要介護者が他県の特養ホームに入ることは現在も可能。入所者が利用するサービスの費用は元の自治体(保険者)が負担する住所地特例がある。

 逆に、特定の自治体からの入所枠をあらかじめ設けて整備する法令上の根拠はない。その自治体以外の住民の入所を排除することになれば、介護保険制度の原理に反し、大きな問題になる。
 杉並区の「50人」はあくまでも目安というが、杉並区からの入所が極端に少ないと、その分は主に南伊豆町や近隣自治体の要介護者で埋めることになる。その場合、その自治体の保険給付が想定以上に膨らむことが問題になる。
 つまり、杉並区以外の住民を排除してもダメ、杉並区からの入所が少なすぎてもダメというジレンマをはらむ。特養ホーム建設により、南伊豆町は雇用創出の効果を期待する半面、介護人材を確保できるかという不安も抱える。
 杉並区は「この話はあくまでも入所するご本人の希望が前提。南伊豆町とは長年の友好関係があるからこそ合意できた」(高齢者施策課)と話すが、運営法人は難しいかじ取りを迫られそうだ。
 入所の必要性の高い特養ホーム待機者は杉並区が約900人、南伊豆町が約20人。杉並区は今回の構想を10年度から練り始め、政府の産業競争力会議がそれを横展開するよう厚労省に求めた。
 厚生労働省は13年5月、「都市部の高齢化対策に関する検討会」を設け、同9月の報告書で杉並区の構想を容認した。一方、自治体が不特定多数の都市部の高齢者の入所を期待して施設建設することについては「慎重であるべき」とした。
 土地不足などにより都市部で支えきれない高齢者に地方移住を促す構想は、住み慣れた地域で暮らす「地域包括ケアシステム」の考え方になじまないとする批判は根強い。
 今回の構想は特養ホームとは何のための施設か、これからも介護保険制度のもとで存続し続けられるのかなどを考える上で格好の材料となりそうだ。
( → 定員の約半数を杉並区民の入所想定 特養を全国初の越境整備へ  - 福祉新聞

 基本方針はこれでいいのだが、その方針を実行するための法律が整備されていないので、うまく実現ができない。あちこちで、きしみも生じる。それが、本日報道された事例と言える。
 うまく法律を整備することで問題は解決されるだろう。ただしその前に、「サービスはどこでも好きなように受けられる」という原則を立てることが大切だ。「住み慣れた地域で」というふうに勝手に強制するような制度は駄目だ。この制度設計が、現状の問題の根源だと言える。
posted by 管理人 at 20:42| Comment(2) | 一般(雑学)4 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「住み慣れた地域で」の奥には「介護等は(日本の美風である)家長制度下の家族(主に嫁)による面倒見で」があるのでしょうね。もちろん公費補助の削減もあります
Posted by アラ還オヤジ at 2018年01月13日 07:41
介護保険が始まって以来特養が独占的単価で措置時代より1人当たり60万円/人/年高い報酬単価で事業運営してきたことのつけが回ってきています。地方の理事長さんは相当おいしかったでしょう。特養は報酬単価をフリーにして単価まで自由競争させれば、労働単価の低い地区にたくさん特養が建設されるるはずです。最高単価は示す必要があるかもしれませんが、もちろん建設費補助はなし。これ以外にもうそろそろ75歳を超える団塊の世代を救う道はない。在宅は国営単価での自由競争で行けそうです。独占的な圧力団体がいませんから。
Posted by 35年前は現役 at 2018年01月14日 01:49
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