──
水素社会をめざすことを目的とした「水素基本戦略」が、閣議決定された。
政府は26日午前、首相官邸で関係閣僚会議を開き、エネルギー源としての水素の普及に向けたビジョンを示す「水素基本戦略」を決定した。利用の増加へ官民一体で取り組みを進め、2050年を目標に価格を現在の5分の1まで下げる。化石燃料からの置き換えを通じて温室効果ガスの削減にもつなげる。
水素は現在、年間で200トン程度しか利用されていないが、政府はFCVの普及で20年には4000トンまで増えると見込む。価格は30年には現在の3分の1程度まで下がるとみられ、発電にも使いやすくなれば30年には利用量が30万トン程度まで増える見通し。水素の普及・活用を通じて、エネルギー自給率の向上や成長産業の育成を目指す。
( → 水素価格を5分の1に 政府、基本戦略を決定:日本経済新聞 )
同様の記事は、他にもある。
→ 政府 「水素社会」の実現に向け基本戦略を決定 | NHKニュース
→ 「水素基本戦略」が決定されました(経済産業省)
また、正式文書は、PDF で得られる。
→ 水素基本戦略(PDF形式:955KB)
──
問題は、それが妥当であるか、という点だ。
実は、これをめざすにしても、いくつかの難点がある。
(1) 圧縮コスト
水素の製造コストが大幅に下がったとしても、水素には圧縮コストが多大にかかる。そこが問題だ。
圧縮水素ガスをタンクローリーで水素ステーションまで供給するとコストは1立方メートル当たり約85円(水素の原価は約15円)ほどになる。このうち50円以上が圧縮にかかる経費だ
( → 水素を液体化、体積500分の1に 千代田化工建設の新技術を聞く :日本経済新聞 )
水素の原価は約15円だが、その6倍近いコストが、タンクローリーで運ぶ経費となる。そのうち大部分が圧縮コストだ。
さらに、「(海外の)生産地から液化水素にしてタンカーで運ぶ費用」も、多額にかかる。
また、水素ステーションから燃料電池車に供給するときにも、圧縮コストがかかる。
以上をまとめると、こうだ。
・ 生産地で液化・圧縮してから、タンカーで運ぶ。
・ 到着地で液化・圧縮してから、タンクローリーで運ぶ。
・ 水素ステーションで得た水素ガスを、燃料電池車が圧縮する。
合計3箇所で、圧縮の手間がかかっている。そのたびに、莫大なエネルギーを浪費する。
現実には、3箇所を2箇所に減らせるかもしれない。うまく行けば、1箇所で済むかもしれない。しかし、たとえ1箇所で住むようになったとしても、冒頭に引用した多大な圧縮コストは免れない。
どうも、コストの点で計算してみると、水素ガスというのは、それによって発生するエネルギーよりも、それを利用するために使う圧縮エネルギーの方が多いのではないか、と疑われる。
たとえば、水素ガスが 100 のエネルギーを発生するとして、その 100 のエネルギーを得るためには、 200 ぐらいのエネルギーを利用して液化・圧縮する必要がある……というふうな。
得られるエネルギーよりも、投入するエネルギーの方が多いのでは、「何をやっているんだ」ということになる。馬鹿馬鹿しい。
そして、そのことは、どうやら現実であるらしいのだ。(少なくとも、コストで見る限りは、圧倒的にそうなっている。水素発生コストの何倍もの価格が、圧縮コストになっている。)
( ※ この問題については、正式文書の PDF でも軽く言及されているが、「そういう技術が必要である」というふうに示しているだけであり、問題点が山積みであることには言及していない。肝心の問題点を隠蔽している。都合の悪いことにはほおかむりしているわけだ。STAP 細胞ではないが、捏造気味の文書だね。)
(2) MCH
水素の液化というのは、あまりにも大変なので、これを回避する新技術が開発されている。MCH というものだ。水素をこれに取り込むと、水素の体積が 500分の1まで減る。(液化水素は、体積が 800分の1になるが、それとほぼ同程度だ。)
利用するときには、触媒を使って「脱水素化」をする。このことで水素を取り出せる。
→ メチルシクロヘキサン - Wikipedia
「これはうまい方法だ」と思われるかもしれない。だが、これにも、「圧縮には多大なコストがかかる」という問題を免れない。その点は、冒頭の引用記事と同様だ。
( ※ 実は、冒頭の引用記事は、MCH についての解説記事だ。)
コストの点以外にも、致命的な問題がある。触媒を使って「脱水素化」をするという方法は、巨大な設備を必要とする。それは、タンカーのように大量の MCH を運ぶ場合にはいいが、燃料電池車のような少量の MCH を運ぶ場合には不都合だ。(燃料電池車には、巨大な設備を搭載できないので、触媒による「脱水素化」も困難なのだ。)
なお、「脱水素化」の際には、大量の熱エネルギーを必要とする。記事では「ゴミ工場の安価な熱エネルギーを利用する」というような案が示されていたが、燃料電池車ではそうも行くまい。下手をすると、「脱水素化」のために必要な熱エネルギーが、燃料電池として水素から得られるエネルギーよりも多くなってしまうかもしれない。( 先の懸念と同様に。)
──
以上で、(1)(2) の問題点を示した。
そこからわかるように、「水素社会」という提案は、非常に効率が悪い。水素によって得られるエネルギーよりも、水素を運搬する(液化・圧縮する)ためのエネルギーの方が多くなりそうなのだ。さらに、水素を作るためのエネルギーも必要だ。
このうち、最後の点だけは、太陽光エネルギーを使うことで、無料(または低コスト)でエネルギーを作れるかもしれない。だとしても、水素を運搬する(液化・圧縮する)ためのエネルギーは、どうしようもない。
にもかかわらず、政府は、水素を作るためのエネルギー(やコスト)だけを考えて、「水素社会」なんてことを言っている。しかし実際には、それ以外のエネルギー(やコスト)の方が重要なのだ。
結局、政府の方針は、「画餅」(絵に描いた餅)というしかない。そんなものを信じさせようというのは、「裸の王様」みたいなものだ。ありもしないものを「ある」と信じさせようとする。
米国でも欧州でも、自動車メーカーはどれもこれもが「 EV をめざす」と言っている。それは、太陽光発電で得た電力を、直接送電網で伝送して利用する方式だ。これならば、何の問題もない。コストも格安だ。(電線に電気を流すというのは、最もコスト的に有利な輸送方式だ。物質を輸送するのではなく、電子を電送するだけだからだ。)
一方、水素を輸送するというのは、あまりにもコストのかかる方式だ。こんなものに期待している自動車メーカーは、トヨタ以外にはほとんどない。まったく時流に取り残された、時代遅れの方式とも言える。
なのに政府は、(トヨタに金をもらっているのかもしれないが)水素にこだわる。世界の流れに逆らって、とんでもない間違った方式にこだわる。そして、その根拠が、「輸送コストを無視して、製造コストだけに着目する」という認識だ。つまり、「片目を閉じて、片目だけで見る」というわけで、「自ら目をふさぐ」というような認識だ。
思い出そう。シャープはかつて、太陽光発電に莫大な投資をしたあげく、大赤字を出して、倒産寸前の憂き目に遭った。(結果は会社の身売り。)
日本政府は、それと似たことを、「水素社会」という方針で推進しようとする。これはつまり日本の会社をみんなシャープみたいにして倒産寸前にしてやれ、ということだ。
狂気の沙汰、というしかない。あるいは、愚の骨頂か。
【 関連項目 】
→ 燃料電池車は普及するか?: Open ブログ
「ガソリン1リットル換算で100円前後もかかる高圧ボンベへの充填コスト」
「では、充填するかわりに、液体窒素を使ったら? それだと、もっとコストがかかる」
という話がある。
→ 重質油の改質/炭酸ガス対策: Open ブログ
水素をそのまま使うのではなく、発生した水素を石油に添加して、重質油を軽質油に改質する……という方法もある。この方が、水素を直接燃焼させるよりも、ずっと効率的だろう。無駄に圧縮する手間がかからないからだ。
もちろん、改質するためにも、かなりのエネルギーが必要なので、現状では採算に乗りにくいようだ。とはいえ、うまく技術開発をすれば、「水素の液化」や「 MCH で脱水素化」という方式よりは、ずっと有望だろう。技術的にもずっと容易だと思える。
( ※ たとえば、水素からエタノールを作るというのは、それほど困難ではあるまい。エタノールを使う自動車というのも、すでに部分的には実用化している。技術的な障壁はずっと低いと思える。)
【 関連動画 】
圧縮機用に引き込まれた電力設備のゴツさに驚きます。
この設備で直接充電したほうが、エネルギー的にもコスト的にも有利そう……そんな印象を受けます。
ガソリン車も事故で爆発炎上することがごくたまにあるのに、圧縮水素ボンベを積んだ燃料電池車が事故を起こしたら、更に危ない気もします。
すんごく軽い水素吸蔵素材でも出来ると良いのですけど。
ついでに調べたら、下記の技術がある。
→ http://japanese.engadget.com/2016/10/18/co2/
ただ、オークリッジの発見はエタノール生性能が既知の技術の10倍というすごい値で、ナノクリスタル効果があるようですね。
結晶構造というかモフォロジーで生成物が変わるという内容もサラっと書かれていますので、興味ふかい内容です。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kikaib/79/799/79_286/_pdf
http://www.nedo.go.jp/content/100088441.pdf