2017年12月08日

◆ 補助金で私腹を肥やす

 補助金で私腹を肥やすことは、是か非か? (意外にも……という話。)

 ──

 補助金で私腹を肥やすことは、是か非か? 意外にも、人々の思っていることとは逆になる。こうだ。
  ・ 補助金で私腹を肥やさなくても、逮捕される。
  ・ 補助金で私腹を肥やすと、称賛される。


 以下では実例を示そう。

 PEZY Computing の不正


 PEZY Computing の不正という問題がある。ここでは、続報として、次のことが報道された。( 前出項目 の 【 追記 】)
 関係者によると、斉藤容疑者は特捜部の調べに「受け取った助成金の多くは別事業の開発資金に回した」と説明。「私腹を肥やすために助成金を得たわけではない」という趣旨の供述もしているという。
( → 助成金「別事業の開発資金に」 スパコン詐欺事件容疑者:朝日新聞 2017-12-08

 要するに、私の推測したとおりで、「メモリ開発のため」の補助金を「スパコン開発のため」に流用したわけだ。これは、「補助金の目的外使用」であるから、形式的には不正だ。とはいえ、金を私物化したわけではないから、泥棒とは違う。

 それでもとにかく、形式的には不正だから、「違法だ」と批判すること自体は、間違ったことではない。とはいえ、結果的には、日本にとって大切な「スパコン開発の技術」が失われかねない。
 ここで、最初から国が「スパコン開発にたくさんの補助金を出します」というふうにしていれば、何も問題はなかった。単に国が金をケチったせいで、才人が犯罪者に転じてしまったわけだ。
 こういうのは、「角を矯めて牛を殺す」というのに近い。といっても、こういうことわざを理解できるような人は、法律関係者にはいない。杓子定規で国家を破壊することを善とするような人々ばかりだ。国民の大半もそうだろう。
( ※ テレビドラマの「相棒」の主人公も、同様の性格だ。あまりにも善人気取りの堅物で、弱い人を傷つけてしまうこともある。)

 ともあれ、PEZY の例では、補助金で私腹を肥やさすことなく、日本の最先端技術の開発に貢献すると、称賛されるどころか、逮捕されてしまうのだ。
 この人は、何もしないで昼寝でもしていれば、誰からも非難されなかった。しかし、なまじ才能があるせいで、画期的なほどの安価で高性能のスパコンを開発してしまった。そのせいで、逮捕されてしまったのだ。ああ、無情。

 保育園の経営


 保育園の補助金については、「もっと補助金を出せ。それで保育士の給料を上げよ」という声が強い。
 しかし私は前に、「補助金はちっとも不足していない。むしろ多すぎるくらいだ」と述べた。そして、その理由は、こうだ。
 「多額の補助金は、保育士の給与には回らず、経営者の懐に入るだけだ」
 つまり、経営者が補助金で私腹を肥やす、という図式だ。

 これについては、いくらか根拠を示したが、もっとはっきりした根拠が見つかったので、紹介する。
 利益率30%〜40%と高いのが特徴です。
( → 開園費と売り上げ予測 | 保育園開業 新のれん分け

 どこもかもがそうだというわけではないが、多くの保育園では、このような圧倒的な高収益を実現できる。要するに、莫大な補助金の大部分を、私腹に入れてしまえるわけだ。(公金泥棒に近い。)

 で、こういうことをすると、「公金泥棒め!」と批判されるか? いや、逆だ。「保育園建設に協力して、偉いですね」と褒め称えられる。
 つまり、補助金で私腹を肥やせば肥やすほど、世間からは称賛されるのだ。(何しろ、合法ですからね。)
 
 日本では、ふるさと納税という、合法的な脱税の方法がある。
  → ふるさと納税は合法的な脱税: Open ブログ
 それと同様に、保育園経営というのは、合法的に「補助金で私腹を増やす」という方法なのだ。



 [ 付記1 ]
 保育園経営で儲けるには、住宅街に小規模の保育園を建設するのがいいようだ。近隣の住宅には大迷惑を掛けて、自分だけが金儲けに邁進すればいい。本来ならば、にぎやかなところに保育園を設置するべきなのだが、そういうところは地価が高いので、儲からない。
 金儲けをするには、善人らしくふるまうのではなく、「他人に迷惑を掛けて、自分だけが儲かる」という方法を取るといい。そうすれば、補助金をたっぷり得て、低コストで運営して、ボロ儲けができる。
 それで、近隣住民が文句を言ったら、近隣住民の方を批判すればいいのだ。今の世論は、強欲な保育所経営者に有利になるようにできている。

 [ 付記2 ]
 かくて、善人は滅び、悪人は栄える。それが今の日本のシステムだ。



 【 関連項目 】
 (1)
 閑静な住宅街に保育所を建設して、近隣住民に迷惑を掛けることで、自分だけはガッポリ儲ける……という件については、前に論じた。一部抜粋しよう。
 ではなぜ、そんな馬鹿げたことをやろうとするのか? それは、考えればすぐにわかる。 …(中略)… 奥地で地価の安いところを購入することで、自分だけは土地代を節約できて、がっぽり儲かる。
     …(中略)…
 つまり、「他人に大損をさせて、自分だけは得をしよう」という利己主義が、今回の事件の本質だ。
( → 保育園設置を住民が阻止: Open ブログ

 (2)
 保育所については、「だから補助金なんてものはやめてしまえ」という対案がある。これは大人気の名案。
  → 保育園への補助金を廃止せよ: Open ブログ
posted by 管理人 at 23:48| Comment(17) | 一般(雑学)4 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
悲しくなります。
Posted by 北海道の人 at 2017年12月09日 12:41
>かくて、善人は滅び、悪人は栄える。

これを根幹から正す知恵を是非...
Posted by 作業員 at 2017年12月09日 17:51
>  こういうのは、「角を矯めて牛を殺す」というのに近い。といっても、こういうことわざを理解できるような人は、法律関係者にはいない。杓子定規で国家を破壊することを善とするような人々ばかりだ。国民の大半もそうだろう。
> ( ※ テレビドラマの「相棒」の主人公も、同様の性格だ。あまりにも善人気取りの堅物で、弱い人を傷つけてしまうこともある。)

法律関係者だけでなく、司法、検察、警察、行政の4者は「角を矯めて牛を殺す」のことわざを理解しつつ杓子定規に振る舞うことを求められています。彼らが杓子定規に振る舞わないとき、大岡越前守のように庶民の味方になるか、権力者に忖度するかどちらになるでしょうね。

法律が悪法だったら、立法府が「角を矯めて牛を殺す」を避けるように意識しつつ立法すればいい話です。立法府を動かすのは、選挙権を持った有権者です。

相棒の主人公は、権力者に忖度している警察幹部に対して、わざと杓子定規の法律解釈で争っているように見えますけど。
Posted by 名無しの通りすがり at 2017年12月09日 21:41
> 「角を矯めて牛を殺す」のことわざを理解しつつ杓子定規に振る舞うことを求められています。

 それは当然だし、それを批判しているわけではありません。彼らは正しいことをしているし、それは文中に述べた通り。再掲:
 ──
 それでもとにかく、形式的には不正だから、「違法だ」と批判すること自体は、間違ったことではない。とはいえ、結果的には、日本にとって大切な「スパコン開発の技術」が失われかねない。
 ──

 彼らは正しいことをしているが、そのせいで日本という国全体は衰退してしまう、……というシステムの不全をテーマにしています。
 日本全体という国家を論じています。司法関係の担当者を批判しているわけではありません。
 本項は、文明論であって、個別の善悪を論じているわけではありません。

 なお、どうすればいいかという対策は、「立法府が立法措置を取ること」ではなくて、「日本が貧困状態を脱すること = まともな研究には出資者がいっぱい出るようにすること」です。
Posted by 管理人 at 2017年12月09日 22:32
 さらに補足します。
 貧困状態の日本においては、「日本が貧困状態を脱すること」という最善策は取れません。こういう状況では、どうすればいいか? もちろん、法を守ることです。つまり、このスパコン開発を停止することです。(あるいは中国に技術を売却することです。)
 法的にはこれが正しいし、まさしくそうするべきでした。これを避けるような立法措置などは必要ありません。
 しかしそれは、国家にとって最も損失の大きい道です。正しいことをやればやるほど、国家は自らを傷つけてしまうのです。日本はそういう状況に陥っています。
 日本という国はそういう状況に陥っています。これは「ローマ帝国盛衰史」みたいなもので、一種の文明論的なものです。

Posted by 管理人 at 2017年12月10日 06:53
 さらに補足します。

> 「角を矯めて牛を殺す」のことわざを理解しつつ杓子定規に振る舞うことを求められています。

 ことわざを言葉として理解すること自体が大切なのではなく、ことわざを自分たちが実行していると理解することが大切です。実際には、理解してない。彼らは「法律を守ることが正しい」と信じている。そうして、法律を守ることで、正しいことをなしながら、国家を傷つけていく。
 それを自覚していればいい。しかし、自覚していない。「正しいことをしているのであれば、国家を傷つけてもいい」と思う。
 しかし「正しいことのためであれば、国家を傷つけてもいい」というのは、テロリストの発想です。彼らは知らず知らず、テロリストと同様の発想になっている。彼らが何よりも批判するテロリスト同様のものに、自分たちが成り下がっている。
 ここに気づかないことが問題です。ここには、どん詰まりの、抜け出せない罠のような状況があるが、そのなかで苦しんでいることを自覚できていればいい。自分たちが国家を傷つけつつあると自覚できていればいい。しかし、自覚もしないで、「自分たちは正しいことをしている」と信じながら、国家を傷つけていいくのでは、彼らはもはやテロリストも同然だというしかない。
 そういう矛盾を理解するべきだ、……というのが、本項の趣旨。一種の文明論。

Posted by 管理人 at 2017年12月10日 08:23
>「正しいことをしているのであれば、国家を傷つけてもいい」

まで確信的ではなく、
「正しいことをしているわけだから、国家を傷つけているはずがない」
若しくは、
「正しいことをしているのであれば、必ず国益に資するはず」
が実の処かとみています。

で、果たしてこれを是正できる術は見つかるのだろうか、という部分が問題じゃないかと。
Posted by 作業員 at 2017年12月10日 13:18
> 果たしてこれを是正できる術は見つかるのだろうか、

 合成の誤謬という状況では、各人が最善の行動を取ると、全体状況はますます悪化する。

 これを是正するには、全体状況そのものを一挙に大転換するしかない。それには巨大な力を必要とする。
 経済の是正には、30兆円規模の減税が必要だ。そして、それをなした場合には、不況を脱して、出資者もたくさん出るようになり、全体状況が改善される。

 「不況からの脱出」のための「30兆円規模の減税」が正解となる。
 これをやると、全体状況が改善されるので、さまざまな問題が一挙に改善する。
 一方、個別の対策として、1000億円規模の対策をいくらやっても、状況は改善しない。
Posted by 管理人 at 2017年12月10日 14:28
>経済の是正には、30兆円規模の減税が必要だ。

例えばこれが正解だとして、この正解に自ら到達できるように思考経路を是正できるとは思えないなぁと。

”このブログを読むこと”は是正の一手段かもしれませんが、そもそも”正しいことをしている”と自覚している人は読まないでしょうし、つける薬はないのかも。
Posted by 作業員 at 2017年12月10日 18:02
> 自ら到達できるように

自ら到達する必要はなく、教わって理解して賛同するだけでいい。多数決の場で手を上げるだけでいい。

> つける薬はないのかも。

 つける薬はあるけど、つけないだけ。そのうちいつか、つけるようになったら、治る。それがいつかは知らないけど。
Posted by 管理人 at 2017年12月10日 18:18
本項について、管理人さんと私の間には、合意できる点、できない点があります。

合意できる点
●現代日本は貧困状態にあり、貧困脱出の手段が必要なのに、だれも対策を打っていない認識
●日本を経済的に救ってくれるはずのイノベーションを起こした人に対して、国全体で合法的に行動した結果「出る杭を打つ」状況にある認識
●世の中の殆どの人が、上記2点について考えてみたこともない認識

合意できない点
●貧困脱出のための手段をどうするか

「全員が合法的に行動した結果、国に被害をもたらしている」という主張はそうですが、ソクラテス的に考えれば「バカな法律でも法は法、合法的に手順を踏んで世直しすべき」となります。

管理人さんの主張する超法規的行動を許してしまうと、私利私欲のために更に国に損害を与えてしまう人が出てきます。すでに、なんとか学園問題とかありますよね。あるいは、自分に都合の良い時だけ超法規的に行動して、都合が悪くなると法律の後ろに逃げ込む人もいます。自衛隊で憲法解釈を拡大してみせたのに、日本を象徴するお年寄りが「引退したい」と言うと形式的法律論議で時間稼ぎしたり。

私はソクラテスのように「合法的に世直しすべき」と考えます。有権者の説得に失敗したり、世直しが間に合わなくなって日本という国が亡くなったとしても、有権者の自由意志による選択の結果です。

「世直しなど必要ない」と突っぱねて、将来野垂れ死にするのも、その人の選択できる権利です。

>  しかし「正しいことのためであれば、国家を傷つけてもいい」というのは、テロリストの発想です。

と書かれていますが、「大義のために法律を無視してもいい」というのも、テロリストの発想というか言い訳です。

世直しが間に合うかどうかはわかりませんが、こうやって建設的議論をする余地があるだけまだマシだと考えています。
Posted by 名無しの通りすがり at 2017年12月10日 19:04
> 管理人さんの主張する超法規的行動を許してしまうと、
> 「大義のために法律を無視してもいい」というのも、テロリストの発想というか言い訳です。

 私はそんなことは言っていませんよ。話が逆。法曹関係者はあくまで法律を守るべきです。ただしそのせいで、国家は衰退する。
 それを自覚せよ、といっているだけ。法律を無視せよとは言っていません。

 私が言っているのは、「現状では正しい道は選べない」ということです。現状を変えることができるのは、首相だけ。それ以外の人は、何をしようと誤りしか選べない。それが、合成の誤謬。

 この状況を理解せよ、というのが、私の主張。
 法律を無視せよ、というのは、あなたの誤読。
Posted by 管理人 at 2017年12月10日 22:13
> この状況を理解せよ、というのが、私の主張。
> 法律を無視せよ、というのは、あなたの誤読。

なるほど、私の誤読でしたか。

状況を理解させるためには、まさにここでの対話と同様の気付きを日常生活にももたらすことですね。

司法関係者も公務員も投票所へ行けば一有権者ですから、彼らに限らず国民の多数が「状況を改善すべき」と考え投票すれば、変わるかもしれません。

>  私が言っているのは、「現状では正しい道は選べない」ということです。現状を変えることができるのは、首相だけ。それ以外の人は、何をしようと誤りしか選べない。それが、合成の誤謬。

過ちを正せる方法は、地道な立法活動ではないですか。首相であっても超法規的措置を行わない限り、合成の誤謬に組み込まれてできることは限られています。
Posted by 名無しの通りすがり at 2017年12月11日 16:39
> 過ちを正せる方法は、地道な立法活動ではないですか。

 過ちじゃないです。誰もが(自分のできる範囲で・部分領域で)正しいことをしている。しかしそのせいで、(全体の)結果は最悪となる。部分最適化は、全体最適化をもたらさない。……それが「合成の誤謬」です。
 本サイトの親サイトである「泉の波立ち」では、この件を何度も述べたので、そっちを読んでください。
 というか、詳細を解説した文書がある。
  → http://www005.upp.so-net.ne.jp/greentree/koizumi/order_1.htm
  → http://nando.seesaa.net/article/37734213.html
Posted by 管理人 at 2017年12月11日 18:05
>現状を変えることができるのは、首相だけ。

行政府でアタマが一番足りないかもしれない人に対してそんなこと言われても。。。
Posted by 反財務省 at 2017年12月11日 19:38
>現状を変えることができるのは、首相だけ。

 首相が考えを変えろ、という意味ではなく、国民が首相を変えろ、という意味です。1票の権利。
Posted by 管理人 at 2017年12月11日 21:37
>  過ちじゃないです。誰もが(自分のできる範囲で・部分領域で)正しいことをしている。しかしそのせいで、(全体の)結果は最悪となる。

「悪法も法なり」と同じことを言っていますね。全体にとって悪法でも、従うことが部分領域で正しいこと。

> 部分最適化は、全体最適化をもたらさない。……それが「合成の誤謬」です。

「合成の誤謬」という言葉を使ったことはありませんが、似たような指摘は私もします。
厳密には、「部分最適化を積み重ねても全体最適化できる保証はない」です。運良く、部分最適化と全体最適化が一致することもあります。部分という概念を再帰的に用いることも可能です。
現代日本は、全体最適化どころか部分最適化さえ失敗しているように見えます。

>  首相が考えを変えろ、という意味ではなく、国民が首相を変えろ、という意味です。1票の権利。

有権者の自助努力が必要ということで、意見の一致を見たようですね。
Posted by 名無しの通りすがり at 2017年12月12日 22:29
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