2017年07月27日

◆ コードブルーとサリン

 コードブルーという優れたテレビ番組があるが、それを上回る感動的な場面が現実にあった。サリン事件のときだ。

 ──

 「コードブルー」という優れたテレビ番組がある。緊急医療の現場を生々しく描くものだ。非常に秀作である。現在、3シーズン目が放送されている。
  → コードブルー 公式サイト
 このページでは、過去の1,2シーズン目を、ネットから見ることもできる。(有料)
 ただし、1カ月ほど前には、1,2シーズン目を地上波で無料で再放送していた。私はこれを録画しておいたので、バッチリ見た。たしかに評判通りで、秀作だった。

 この番組では、緊急医療の現場がリアルに描かれて、とても緊張感あふれる話が続く。「現実にはこれほど緊張感だらけということはあるまい」と感じさせるほどだ。
  → コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命- - Wikipedia





 ところが、事実はテレビドラマよりも奇なり。コードブルーを上回る感動的な出来事が実際にあったそうだ。それは、地下鉄サリン事件のときに、日野原重明さんが取った行動だ。彼の英雄的な行動は、常識に反するもので、それが多くの人命を救った。朝日新聞が報じている。
 《 地下鉄サリン事件時に「全患者受け入れ」 日野原さん悼む 聖路加病院副院長 》
 あの日、当時院長だった日野原重明さんの指示で、聖路加国際病院の全ての外来と、ほとんどの手術が中止となった。地下鉄サリン事件の被害に遭った患者を診た石松伸一副院長(57)=当時・救急部副医長=は振り返る。「日野原先生の決断があってこそ、多くの命が救われた」。
 1995年3月20日。午前8時40分以降、続々と患者が運ばれてきた。「息が苦しい、目が痛い」と訴える人もいれば、心肺停止の人もいた。緊急招集された石松さんらは、なぜ患者が苦しんでいるのか原因がわからず、症状別に患者を振り分けた。最初は農薬中毒かと考え、その治療薬を使ったが効果がみられなかった。
 「全ての患者を受け入れる」との方針で、日野原さんは「外来診療中止」と「麻酔のかかった手術患者を除く予定手術一切の中止」の指示を出した。当時83歳の日野原さんは、患者の車いすを押す手伝いもしていた。
 「全職員が『やるしかない』と腹をくくった。中途半端な指示だったら迷いも出て、受け入れを制限していたかもしれない」と石松さん。原因物質がサリンとわかり、解毒剤を使うと、他の薬で止まらなかった患者のけいれんがおさまったという。約2時間で640人が運び込まれ、1人が亡くなった。
 患者の多くは、北欧の病院を参考に災害に備えて設計され、92年にできた新病棟に運ばれた。新病棟は日野原さんの発案で、待合室や廊下でも酸素吸入や吸引ができる設計に。病院中に約2千本の配管が備えられていた。
( → 朝日新聞 2017-07-2

 記事中には、次の話もある。
 予防医学の提唱、ホスピスケアの普及、看護教育の充実……。医療界に変革をもたらす日野原さん

 こういう革命的なことをなした人物だからこそ、いざという緊急時には、臨機応変で最大限の態勢を整えることができた。また、それに応じて、もともと病院を設計しておいた。(→ 「待合室や廊下でも酸素吸入や吸引ができる設計」)
 その結果が、「約2時間で640人が運び込まれ、1人が亡くなった」という被害の少なさだ。ちなみに、サリン事件全体では、「負傷者 6300人、死者 13人」()であるから、他の病院では死亡率がもっと高かったと推定される。
   地下鉄サリン事件 - Wikipedia

 なお、Wikipedia には、次の記述もある。
 緊急に大量の被害者の受け入れは通常の病院施設では対応困難なものであるが、大きな被害の出た築地駅至近の聖路加国際病院は当時の院長日野原重明の方針から大量に患者が発生した際にも機能できる病院として設計されていたため、日野原の「今日の外来は中止、患者はすべて受け入れる。」との宣言のもと無制限の被害者の受け入れを実施、被害者治療の拠点となった。又、済生会中央病院にも救急車で被害者が数十名搬送され、一般外来診療は直ちに中止。
( → 地下鉄サリン事件 - Wikipedia

 済生会中央病院も頑張ったように見えるが、ここは 535床もある大病院であるにもかかわらず、たったの数十名しか受け入れていなかったようだ。また、手術の中止もなかったようだし、総員体制でもなかったようだ。
 聖路加国際病院だけが常識はずれの対応で、地下鉄サリン被害者を見事に救ったことになる。これは真に英雄的なものだった。

 その日野原さんが永眠した。
  → 日野原重明さんが死去、105歳 聖路加国際病院名誉院長
 残念ではあるが、とても長寿だったことに感謝しつつ、冥福を祈りたい。
 


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 [ 付記1 ]
 コードブルーの2シーズン目の最後でも、似た場面が出た。センター長(児玉清)の手術と、飛行機墜落事故とが、ほぼ同時に起こった。ただし、前者の方が先に起こったので、この手術を中止することにはならなかった。(地下鉄サリンとは順序が逆。)

 [ 付記2 ]
 コードブルーの3シーズン目では脚本家が変わった。ちょっと緊張が緩んだ感じだが、3シーズン目でもレベルはあまり落ちてはいない。期待以上だった。なお、今期の視聴率では、ダントツの視聴率を稼いでいる。

 [ 付記3 ]
 コードブルーという言葉は、緊急医療を意味する別称。業界用語みたいなもの。患者にわからない暗号みたいなもの。他にコードレッドなどがある。
  → コードブルー!の意味、知ってますか

 [ 付記4 ]
 指揮する医師の英雄的な行為……という話は、「ジェネラル・ルージュの凱旋」という書籍・映画にも出てくる。これはまたちょっと別の話。(大規模火災事故の話。)


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 [ 余談 ]
 コードブルーという番組は、舞台となった病院がある。下記だ。
  → 日本医科大学千葉北総病院 救命救急センター

 番組は、この病院の全面的な支援を受けている。場所の提供だけでなく、番組の医学的な内容についても大きな助言を与えている。詳しくは、スタップのブログに記されている。
 さて、先日のブログでもお伝えしました通り、北総救命は前作までと同様に全面バックアップで医療監修を行っております。
( → 「コード・ブルー 3rd season」 ― 医療シーンの裏側を語る ― | 千葉北総病院救命救急センター  スタッフブログ

 前作に引き続き北総救命は全面バックアップで医療監修を務めております。
( → コード・ブルー☆ | 千葉北総病院救命救急センター  スタッフブログ



 【 関連サイト 】

 事件の詳しい情報がある。
  → 地下鉄サリン事件 救急医療チーム最後の決断

 その要約みたいな情報もある。
  → サリン事件のときの被害者が搬送された病院は…… 知恵袋
  → 地下鉄サリン 聖路加病院の救急医療チーム
  → 第6回 石松伸一 氏「救急医療の現場から」

 動画もある。
  → NHKプロジェクトX|「#地下鉄サリン事件 救急医療チーム 最後の決断」

posted by 管理人 at 22:45| Comment(5) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>地下鉄サリン事件時に「全患者受け入れ」 日野原さん悼む 聖路加病院副院長

下手にというか不自然、過剰に脚色したドラマではなく、こういった事実こそ”記録として”映像化しておくべきと考えます。
Posted by 作業員 at 2017年07月28日 10:44
 最後に  【 関連サイト 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2017年07月28日 12:04
アメリカは、聖路加病院のあったあたりの爆撃を避けたという。
サトウハチローは、残った建物をみたのでしょう「夢淡き東京」(唄 藤山一郎)では、
「あの屋根は かがやく聖路加か」とあります。
日野原先生は、この歌詞を耳にしたことと推察します。
Posted by senjyu at 2017年07月28日 19:31
聖路加病院のような最優秀の病院ですら倒産の危機にあるという。首都圏の医療はすべて崩壊しつつあるそうだ。どれも大赤字で、制度的な欠陥がある。

  → http://president.jp/articles/-/21994
Posted by 管理人 at 2017年08月01日 07:49
 コードブルーの最初のシリーズ(2008年)が再放送される。8月4日の午後から。以後、連日。週末を除く。
 → http://www.fujitv.co.jp/b_hp/codeblue_r/

 録画するといいね。
Posted by 管理人 at 2017年08月03日 22:56
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