2017年06月24日

◆ ふるさと納税と泥棒の論理

 ふるさと納税を肯定する人の意見があった。もっともらしい論理だが、泥棒の論理である。

 ──

 本項では、「論理のペテン」という話題で論じる。いかにももっともらしい論理があって、人はついつい信じ込んでしまいそうだが、そこには論理におかしいところがある、という趣旨。
 テーマは、ふるさと納税だ。これについて、朝日に意見が掲載されていた。新潟大教授の意見。
 《 (地域季評)転機のふるさと納税 税への意識問う試金石 》
 もともと富裕層の節税対策という批判も根強い中、自治体間の競争が過熱し、ふるさと納税本来の趣旨に反する返礼品が送付されているという指摘の中で、国は返礼品のあり方等について通知を行った。
 総務相の通知では、返礼品が対価の提供と誤解されるような表示をしないこと、プリペイドカードや商品券など金銭類似性が高いものや電気製品や貴金属など資産性の高いものを返礼品としないことを自治体に求めた。
 また、寄付額に対する返礼品の調達価格の割合についても社会通念に照らして良識の範囲内のものとし、3割以下とするよう求めた。
( →  田村秀:朝日新聞 2017-06-24

 このように状況を説明したあとで、次のように表する。
 観光で生きる自治体にとっては地元での宿泊などに使用できる商品券は都市住民の来訪を促し、お土産の購入など地域経済に大きな効果をもたらす。一律にダメとするのでは、地方創生の流れに水を差しかねない。
 半返し程度は許容すべきだとの声も根強い。

 なるほど。「地元での宿泊などに使用できる商品券は都市住民の来訪を促し、お土産の購入など地域経済に大きな効果をもたらす」というのは、かなり大きな地域振興効果があると思える。このような商品券を贈与することは、実際に支出した金額の2倍ぐらいの売上げをもたらすので、大きな経済効果があって、とても有効なことだと思える。「だから、ふるさと納税は悪くはない」(良いことだ)……と思う人も多いだろう。

 しかし、これは論理のペテンだ。
 仮に、それが有効な政策であるのならば、その政策を「自腹で」実施すればいい。つまり、その該当の市町村が、自分の財政措置で実施すればいい。
  ところが現実には、そうではない。たとえば、田舎のA村という地域で宿泊やお土産の売上げを増やすために、都会のB市の税金を利用する。これでは、泥棒と同じだ。(A村がB市の税金を盗む。)
 A村がその地域で宿泊やお土産の売上げを増やしたければ、A村自身の財源で実施するべきだ。「それによって宿泊やお土産の売上げを増やせるので効果的だ」と思うのであれば、どんどん補助金を増やせばいい。ただし、自分の財政で、だ。これを、他の自治体(B市)の財政でやるのなら、泥棒も同然だろう。

 泥棒の論理とは、こういうものだ。
 「私はお金をとても有効に使います。ほら、こんなに素晴らしいことにお金を使います。だから、他人のお金を盗んでもいいんです。あなたの金を盗みましたが、これは、正しい使途のために使うのだから、正しいことなのです」

 こういう「泥棒の論理」にだまされてはいけない。
 しかしながら、新聞やテレビやネットにはしばしば、こういう「泥棒の論理」が掲載される。しかも、それにだまされてしまう人が多い。

 論理のペテンに引っかからないように、注意しよう。「正しい使途をしているかどうか」が問題なのではない。「他人の金を盗むこと」が問題なのだ。話をすり替えた論理に、目を眩まされてはならない。



 【 関連サイト 】

 → 田村 秀 (新潟大教授・元自治省官僚)
 → 田村秀の記事一覧(BLOGOS)

 著書


http://amzn.to/2s69OKN





posted by 管理人 at 13:00| Comment(1) | 一般(雑学)4 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たしかにおっしゃるとおりですね。

こんな面倒なことをするより減税したほうがいいのに、と思ってしまいます。
Posted by 北海道の人 at 2017年06月25日 11:52
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