2017年06月04日

◆ 原発と戦争(原発ノーガード戦法)

 原発の安全対策として、「対策を何もしない」という方法がある。これは、戦争にも地震にも有効だ。

 ──

 原発の安全対策として、「強力な対策をしろ」という方法がある。次のように。
  ・ 戦争対策としては、「鉄の檻を作る」(前項
  ・ 地震対策としては、巨大堤防を作る。(浜岡


 とはいえ、いずれにしても万全ではない。特に浜岡は、「万一暴走したら、首都圏が壊滅する」というリスクがある。あまりにもリスクが高い。
   → 浜岡原発の事故の想定 【 重要 】

 では、どうすればいいか? 


housyanou_genpatsu.png

 ──

 ここで、困ったときの Openブログ。名案がある。
 「どんなに対策をしても、コストが巨額になる割には、効果は限定的だ。ならば、巨額の対策など、一切やめればいい」


 これなら、コストがかからない。
 とはいえ、対策をしないだけでは、危険が残る。そこで、危険回避をするとしたら、対策するかわりに、どうすればいいか?

 それは簡単だ。危険の原因となるもの自体を、廃止してしまえばいいのだ。
 次の2案がある。
  ・ 原発そのものを全面廃止する。(停止する)
  ・ 危機の時点で、原発を放棄する。

 この前者と後者を、評価しよう。

 通常の発想は、前者だろう。
 「原発は危険だ。だから、戦争のときの危機を回避するために、原発をあらかじめ全面廃止しよう」

 これは、反原発論者の意見だ。
 しかし、今ある原発をいっせいに廃止するのは、コスト的にあまりにも無駄だ。もったいない。別に、北朝鮮がミサイルを大量配備したわけでもないのに、こっちが勝手に原発を廃止するのでは、相手のブラフに応じて、賭金を全部捨てるようなものだ。ポーカーで言えば、最弱の愚者だ。あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 私の推奨は、後者だ。
 「原発は危険性があるとしても、今は別に戦争になったわけじゃない。だったら、別に何も対策しなくてもいい。そして、いざ戦争になったら、原発をすべて放棄(全面停止)すればいい。ウランを抜いて、原発を停止させておけば、何も問題はない。たとえミサイルが落ちても、原発は安全だ」


 つまり、いちいち鉄の檻を作らなくても、「いざとなったら原発を事前に停止させておく」という方法を取るだけで、カタが付くのだ。
 ウランはどうする? 原発から抜いたあとで、地下の深い格納庫に収納しておけばいい。つまり、原発全体を厚い防護壁で守るかわりに、ウランだけを地下収納庫に収めておけばいいのだ。これなら、ごく簡単だ。

 かくて、ごく安価に、ミサイル対策ができる。(戦争対策)

( ※ 「それじゃ電力が足りなくなるぞ」と思うかもしれないが、心配ない。長い時間をかけて、少しずつ、原発から他の電力に移行すればいい。そもそも、現時点でさえ、原発はほとんど稼働していないのに、電力不足は生じていない。原発が止まったって、たいしたことはないのだ。単にコストがちょっと上がるだけだ。)




 一方、地震対策はどうするか? 実はこれも、同様の発想で済む。

 浜岡原発では、巨大防潮堤のために 1000億円をかけたが、それでできた防潮堤は、薄っぺらなものであって、巨大な津波が来たときには崩壊しかねない。特に、想定以上の高さの津波が来たら、一挙に崩壊することは確実だろう。(釜石の防潮堤を見ればすぐにわかる。)
  ※ 以上、詳しい話は、本サイト内の別項で述べた。

 こんなあやふやな防潮堤に巨額の金をかけるよりは、防潮堤などは建設せず、何もしない方がいい。かわりに、次のようにする。
 「耐震対策は、一切しない。どうせ巨大地震には耐えきれないのだ。耐震対策をしても、耐震対策のコストの方が上回る。ならば、巨大地震が来たら、原発そのものを捨てればいい」


 ここでは、「地震が来ても、原発を守る」という対策は、一切しない。かわりに、「地震が来たら、原発を捨てる」という対策をする。
 具体的には、こうだ。
 「巨大地震が発生した時点で、水棺方式で、原発を水没させる。こうして原発を完全停止させることで、被害を防ぐ」


 あとは、確率計算だ。
  ・ 今後 30年に巨大地震が来る確率はどのくらいか? 
  ・ 耐震対策をするコストは、どのくらいか? 

 この両者を比較すれば、「耐震対策に巨額の金を投入するよりは、いざとなったら原発を捨てるつもりで、安価な工事で済ませる」という方が、ずっとお得だとわかるだろう。
 また、いくら安全対策をしても、万全だということにはならない。それより、「いざとなったら、あっさり捨てる」というつもりでいる方が、ずっと安全だ。



 [ 付記 ]
 原発対策をするとき、人々は守るべきものを間違えている。
 戦争や巨大地震があったとき、守るべきものは、原発ではない。人間だ。国民だ。こちらを守ることが真の目的だ。そして、そのためには、低いコストで最大の安全性を確保することが可能だ。
 一方、戦争や巨大地震があったとき、原発そのものを守ろうとすると、莫大な費用がかかり、しかも、効果は不完全だ。
 「何を守るべきか」
 ということを間違えなければ、低いコストで最大限の効果を得られる。
 原発信者は、原発を守ろうとするせいで、肝心の国民を守ることができなくなっている。頭隠して尻隠さず、どころか、尻を隠して頭隠さず、という感じだ。愚策ですね。



 【 関連項目 】
 水棺にした場合、原発は安全となる。これで原発がおシャカになるかというと、そうではない。
 真水ならば、再開は可能だ。海水だと、おシャカになる。
 福島原発では、海水を入れようとしたので、「原発がおシャカになる」と思った東電は、最後まで抵抗した。
 それを押し切って、海水投入をさせたのが、菅直人。
 そのために殉職した形になったのが、吉田所長。
 菅直人を非難したのが、安倍・自民総裁。

 ……以上、詳しくは、本サイトの別項に書いてあるので、サイト内検索すれば見つかる。



 【 関連サイト 】

  → ノーガード戦法 - Google 検索
posted by 管理人 at 09:28| Comment(0) |  戦争・軍備 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ