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宅配便の状況が悲惨なのは、Amazon が悪いせいだ、という意見がある。(他人事みたいな言い方だが、当初から「Amazonのせいだ」と指摘していたのは、私ぐらいだ。)
一方、「Amazonのせいじゃない」という意見もある。「経営陣のせいだ」という意見。
問題があるとすれば、無茶なサービスを安価で提供すると決定した経営陣です。
ヤマトの問題は、Amazonから安すぎる契約で仕事を受けてしまったという経営陣の責任であって、ネット通販を楽しんでいる私達には何の責任もありません。
批判されるべきはヤマトの経営陣であって、顧客であるAmazonでもなければ買い物をしている私達でもないはずなんです。
( → ヤマト運輸 一部時間指定停止の件は Amazonと消費者が悪いのだろうか )
「経営陣のせいだ」「Amazonで買い物をしている私たちのせいでもない」というのは、妥当だ。
しかし、「Amazonのせいでない」と言えるのか?
この件に関してAmazonを批判している方も見られますが、それも見当違いでしょう。
というのも、Amazonとヤマトの契約は双方の合意のもとに行われている為、嫌なら佐川のように受けなければ良いだけです。
( → 同上 )
こんな理屈は成立しない。これが成立するなら、次のことも成立してしまう。
「会社は社員にサビ残を強要してもいい。いやなら社員は会社を辞めればいいだけだ」
「電通が新卒の女子社員に過剰な残業を強いてもいい。いやなら女子社員は会社を辞めればいいだけだ」
もちろん、こんなことは成立しない。会社と社員とでは立場の強弱が違う。「嫌ならやめろ」で片付くはずがない。「嫌なら佐川のように受けなければ良いだけです」ということは成立しない。
「扱う荷物の4割ぐらいをアマゾンの段ボールが占めている感じ。ほかにもゾゾタウンやアスクルなどネット通販の荷物が目立って増えているが、今一番困らされているのはアマゾン」。都内を担当する30代のドライバーは打ち明ける。
( → 宅配の再配達の解消には? )
「扱う荷物の4割ぐらいがアマゾンだ」という状況だ。まるで池のなかのクジラ、という感じの巨大顧客だ。このような誇大顧客の意向を無視することはできない。一挙に4割の客を失うことはできない。ここには力の強弱関係がある。それは「会社と新卒社員」というような関係に似ている。「嫌ならやめろ」で片付くはずがないのだ。
当然ながら、無理な労働条件をゴリ押しした会社に責任があるように、過剰な値引きを要求したAmazonには責任がある。次の順だ。
Amazonの過剰な値引き要求
→ 労働コスト割れの低料金
→ 賃金不払い(サビ残)
→ 過酷な労働条件のせいで社員不足
→ 人手不足が解消しないで、悲惨状況
こうして、現状の問題の根源はAmazonにある、とわかる。仮に、Amazon が不当なことをしなければ、こうなる。
Amazonが正常の料金支払い
→ 労働コスト以上の適正料金
→ 賃金支払い
→ 正常な労働条件のせいで社員増加
→ 人手不足が解消して、健全状況
こうなるはずだ。実際、ヤマト運輸が Amazon を扱うまでは、上記のようになっていた。ところが、Amazon の過剰な値引き要求を受け入れたとたん、一転して、悲惨な状況に転じた。
このことの責任は、第一義的には、経営陣にある。経営陣自身、「Amazon を安値料金で引き受けたのは失敗だった」と自認している。
とはいえ、それを強要した Amazon にも責任の一半があることは事実だろう。料金の決定に責任があるのは、売り手と買い手の双方だ。ただし、過剰に料金が低すぎるとしたら、それは、そんな料金をゴリ押しした客の方に大きな責任があると言ってもいい。(サビ残を強要した会社側と同様だ。)
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なお、Amazonが過剰な低料金を要求した、ということについては、何度も報道されてきた。
佐川は、「送料無料」を維持するため運賃の切り下げを迫るアマゾンとの取引を自ら打ち切ったのだ。12年に行われた運賃見直しの際、当時270円前後だった運賃を20円ほど上げようとの腹積もりで交渉に臨んだと、佐川の営業マンは語る。
「けれどアマゾンは、宅配便の運賃をさらに下げ、しかもメール便でも『判取り』(受領印をもらうこと)をするよう要求してきました。いくら物量が多くても、うちはボランティアじゃないとして、アマゾンとの取引をやめました」
代わってアマゾンの配送を引き受けたヤマトの現場では、一日で一ルート当たり20〜30個の荷物が増えた。現場からは「正直言って、しんどい」という声が聞こえてくる。
( → アマゾンの配送を引き受け「正直しんどい」 過酷すぎるヤマト運輸の実態 )
Amazonは 「送料無料を維持するため運賃の切り下げを迫る」というふうにゴリ押ししてきたのだ。それも、業者が「うちはボランティアじゃない」というほどの過剰な要求だ。
普通の荷物なら、600円以上になるのに、Amazon は 270円よりももっと低い価格を要求するのだから、5割引以上だ。これでは利益が出るはずがない。(従業員にサビ残を強要するしかない。)従業員は、給料をもらわないまま、仕事ばかりを大量に押しつけられるわけだ。Amazon のせいで。
下記の記事では、 「代わってアマゾンの配送を引き受けたヤマトの現場では、一日で一ルート当たり20〜30個の荷物が増えた」というふうに説明されている。
入社当時の仕事量を一〇〇とした場合、現在はどれぐらいかと尋ねてみると「一三〇に増えた」との答えが返ってきた。社歴の長い前出の近藤に同じ質問をすると「一五〇」という返答だった。他の複数の一〇年以上働くドライバーに訊くと、異口同音に「一五〇」という答えが返ってきた。
( → 佐川急便が手を引いたAmazon配達…請け負ったヤマト運輸の今 )

これほどにも大量の荷物を社員に押しつけたのだ。それも、残業代をろくに支払いもしないで。
また、それでなくても、労働は以上に過密になった。「あまりに苛酷で健康を害するので、ヤマトを辞職した」という社員の声も報道されている。また、私が街中を通っていても、ヤマトの社員はいつも小走りで大変だ、とわかる。
結局、Amazonの過剰な要求を引き受けた経営陣は、その大量の仕事を、社員にたらい回しふうに押しつけたのだ。ろくに給料も払わないで。……こうなれば、状況が悲惨なことになるのは当然だ。
そして、そうなることは、佐川の会長が予告していた。
「結果としてライバルは、集配品質の低下と固定費が増加した/必ずこれまでの体制を見直すはずである」
( → 佐川急便 Amazonと取引停止で「ライバルに100億円のエサ」 )
佐川は、ライバル(=ヤマト)の状況が破綻することを予言していた。自社では成立しない安値受注をヤマトが引き受ければ、破綻するしかないのだ。
そして、そうなる理由は、安値をゴリ押しした Amazon と、無理な安値を引き受けたヤマト経営陣との、双方にある。この両者が根源的な責任者なのだ。
当然ながら、「 Amazon は悪くない」というような見方は、成立しない。「イヤならやめろ」というような理屈は成立しないのだ。
そもそも、ヤマトが Amazon を引き受けなければ、どうなる? ヤマトは一挙に4割の客を失い、経営が揺らぐ。
一方、Amazon は大量の荷物を運送できるヤマトを失い、発送する荷物の大半を運搬できなくなる。(他の業者には、引き受ける能力がない。ヤマトの業界シェアは約5割だ。→ 図 )
ヤマトと Amazon は、それぞれ、「持ちつ持たれつ」という関係にある。「イヤならやめろ」というような理屈は成立しないのだ。それは子供の屁理屈みたいなものだ。
まともな大人ならば、「状況が安定して続く価格」というものを選択するはずだ。なのに、その知恵がなかったから、ヤマトと Amazon は無謀な低価格を設定した。そして、その無理の皺寄せを受けたのは、ヤマトと Amazon のどちらでもなかった。ヤマトの社員だった。
それが、この問題の本質である。
そして、それは、「無理な残業を押しつけたせいで、電通の女子社員が死んでしまった」というのと、同じ構図なのである。
比喩的に言えば、こうだ。
二人の巨人が、それぞれ自分勝手なことを主張する。そのせいで、間にいる人々が犠牲となる。しかも、そのまま足元が崩壊するせいで、二人の巨人そのものも、おのれの存在基盤を脅かされる。
( ※ 馬鹿丸出し、とも言える。)
怪獣 対 怪物
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[ 付記 ]
なのに、上記の根源を理解しないで、「Amazon は悪くない」なんて弁護している人は、たぶん、日頃は Amazon プライムの使い放題サービスをしている人だろう。「おれは悪くないもんね」と言いたいがために、Amazon を弁護しているだけだ。たとえば、下記だ。
《 アマゾンは値上げに応じないと思う 》
値上げするのは良いです。一利用者としては値上げされても同じように使います。でもアマゾンが応じるとは思いません。
アマゾンは2013年の佐川急便の値上げ要求にノーを突きつけ、むしろ値下げを要求しました。
アマゾンだけでなく配送料無料をうたうネット通販業社は、粗利から送料を出しているので値上げには抵抗すると思います。
( → ヤマトは悲鳴や料金を上げる前に、やることがある - ぐりぶろぐ )
「アマゾンが応じるとは思いません」というが、応じなければ、Amazonという事業そのものが終了してしまう。業界シェア5割のヤマトに断られたら、もはや商品の発送ができなくなるからだ。
また、自前で運輸網を作るとしたら、赤字をヤマトに押しつけることができず、自分で赤字を引き受ける羽目になるので、大幅赤字になってしまう。
結局、上記の意見は、「Amazon は値上げに応じないでほしい。そうすれば自分はプライムサービスを安価に利用できる」という希望的な観測があるだけだ。
苛酷な労働環境の原因となるのは、そういう状況を押しつける企業なのだ、と理解しよう。その意味では、押しつけたAmazonが一義的に悪く、抵抗できずに押し切られたヤマトが二義的に悪い。
一般に、愚行があった場合には、愚行を「させた人」と、「させられた人」の、双方が悪い。とはいえ、一方が加害者で、他方が被害者ならば、加害者の方により大きな責任があることは自明だろう。
例。ジャイアンがのび太に無理を言って、ひどいことを強要したとしよう。拒否できなかった伸びたが悪いのか? 無理を強要したジャイアンが悪いのか?
「ジャイアンの無理を押しつけられた、のび太が悪い」
と思う人が多いようだ。奇妙なことだが。
それは、はてなブックマークの意見を見るとわかる。「Amazon は悪くない」という意見に賛同する人が圧倒的に多い。
→ はてなブックマーク
さすがに従業員と雇用主との関係に例えるのは無理がある。
現に「ヤマトが引き受けなければAmazonの事業が終了する」って後で自分でも言っているでしょ。
対等とまでは言わないけど、従業員と雇用主の関係ほどには差は無いと思うよ。
結局「佐川の分を引き取れば売り上げが上がる(シメシメ)」と思ったら負担の方が重かったって話でしかないよね。
まあ、プライムの会費が上がるとかの影響は避けられないでしょうけど、それはそれ、です。
いやいや。それは最初だけ。そのあとが問題。
ヤマトは値上げを要請しているのに、Amazonが承諾してくれない。これは相当に強力な力があるからですよ。値上げ要請が通らないのだから、「賃上げ要請が通らない」という社員の状況にそっくりだ。
ここでは「賃上げが通らないなら会社を辞めろ」というような理屈は成立しない。ただし、ストなら成立するな。
※ ヤマトも労働者みたいに、ストをできればいいのだが。しかし法的には無理。企業にスト権はない。