2017年01月15日

◆ オバマケアの撤廃の背景

 オバマケアの撤廃が可決された。「どうしてそんなばかげたことを?」と思う人が多いようなので、背景を解説する。

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 オバマケアの撤廃が可決された。
 アメリカ下院は1月13日、医療保険制度(オバマケア)の撤廃手続きを容易にする予算決議案を賛成227、反対198の賛成多数で可決した。
 オバマケア撤廃を公約に掲げたドナルド・トランプ氏の勝利で、共和党はオバマケア撤廃へと一気に舵を切った。民主党の同意を一切得ないまま、下院はオバマケア撤廃後に実施する予算案を通過させた。
 この1週間、保守派と共和党穏健派は予算案に反対する可能性を表明してきたが、ほとんどの共和党員は賛成にまわった。
( → オバマケア撤廃へ、アメリカ下院が予算案を可決

 記事によれば、この先は見通しがたい。オバマケアに代わる別の制度が導入されるかもしれないし、どうしようもない混乱状態になってしまうかもしれない。事態は混沌として、先の見通しがない。そのままとにかく破壊行為だけに突き進んでいるようだ。

 これを見て、「どうしてそんなばかげたことを?」と思う人が多いようだ。なるほど、日本人ならば、医療保険の重要性をよく理解しているので、米国人(特に共和党)の考えを、よく理解できないのだろう。
 そこで、背景を解説しよう。


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 そもそも、共和党支持者がオバマケアに反発したのは、医療保険料の大幅な値上げがあったからだ。
 低所得者と病気持ちが大量加入したせいで、白人中産階級の保険料が大幅に上昇した。25%〜3倍という大幅な値上げだ。このせいで、もともと医療保険に入っていた白人中産階級から、大反発を食った。
  → オバマケアは来年保険料値上げ 平均25%増で、60%増も
  → オバマケア保険料平均25%上げ
  → 施行から1年…米国の皆保険制度「オバマケア」の悲惨な現状

 としたら、保険会社がボロ儲けしているのでは? と思うかもしれないが、実は、保険会社も儲からなくて、どんどん撤退しているという。
  → 「オバマケア」窮地に 米保険大手、撤退や値上げ
  → 保険会社撤退続出、存続の危機に瀕するオバマケア

 では、医者がボロ儲けしているのか? いや、医者も困っているそうだ。オバマケアで、保険料の書類を書いたりする手間がひどい割には、保険会社からもらえる金が少ない。そのせいで、大半の医者は、オバマケアに参加しない。残りの少数の医者が、身を粉にして、安い値段で働いているだけだ。
 オバマケアで保険加入者は大幅に増える一方、医師の66%は条件の悪いオバマケア保険のネットワークには参加していない。
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 オバマケアの患者を診療しても、国から出るお金は、他の患者よりも安く抑えられている。アメリカでは、多くの開業医が「オバマケアの患者お断り」を掲げている。
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 オバマケアが作られたことによって医師たちが保険会社にコントロールされ、保険会社のための書類を作成することに忙殺される。患者のために的確な治療をしても、保険会社から保険が下りず、患者からは責められっぱなし。精神的に追い詰められた医師たちが多く自殺しているという。

( → 施行から1年…米国の皆保険制度「オバマケア」の悲惨な現状

 保険会社も、医師も、ちっとも儲けていない。では、誰が儲けているのか? それは、弁護士だ。医療訴訟を次々と起こすことで、医療を食い物にしている。
1) 医師が1年間に訴えられる頻度は約5%(20人に1人)。
2) 訴えられた経験を持つ医師の頻度は医師として働いた期間が長くなるほど増え,55歳以上に限ると61%に達する(1人当たりの訴訟件数は1.6件)。
3) 専門科によって訴えられる頻度は大きく異なり,訴訟体験を有する医師の割合は,精神科では22.2%にしか過ぎなかったのに対し,外科・産婦人科では69.2%に上った(産婦人科医師は40歳になるまでに2人に1人が訴えられる一方,55歳以上の外科医は90%が訴えられた体験を持つ)。
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 調査対象1441例で支払われた賠償金の総額は3億7600万ドルであったのに対して,原告・被告双方の弁護士フィー総額は2億40万ドルに達した。過誤の被害者に賠償金が100ドル支払われる度に,弁護士事務所に54ドルが支払われた計算である。
( → 医学書院/週刊医学界新聞(第2899号 2010年10月11日)

 米国の医療を蝕んでいるのは、医療訴訟である。そこでは、医者と患者の関係に弁護士が割り込んで、訴訟をけしかけ、そこで払われる金額の半分以上を弁護士が奪ってしまう。ボロ儲けだ。かくて、次から次へと医療訴訟が起こる。こうして米国の医療は崩壊しつつある。

 ただし、それでも、現実には米国の医療は崩壊しない。なぜなら、弁護士がいくら医療を食い物にしても大丈夫なぐらい、医療が高額になっているからだ。換言すれば、米国の医者はものすごい高所得だからだ。
  → 日米中3カ国、診療科別の平均年収ランキング

 これによると、日本の医師の年収は 1300万円程度。一方、米国では、専門科によって異なるが、3000〜6500万円だ。2.5倍〜5倍である。これだけの年収があるから、弁護士に食い物にされながらも、リッチな生活を送れる。
 とはいえ、そのしわ寄せはすべて、米国民にのしかかる。かくて、貧困層は保険もなしで医療を受けられないし、中産階級は多額の保険料を支払いながら値上げに迫られる。一方、最高の富裕層だけは、医療の保険料なんか気にすることもなく、トランプによる富裕層向けの減税の効果で、大幅な減税を受けるのである。

 そして、富裕層を豊かにするためにせっせと投票したのが、貧しい白人層だ。(中級以下の白人。)
 彼らは、「自分たちは黒人やヒスパニックよりも豊かだ。彼らの食い物にされたくない」と信じながら、実際には、白人の富裕層(と弁護士)に食い物にされるのである。



 [ 付記 ]
 実は、オバマケアが失敗した本当の理由は、別のところにある。それは、
 「医療保険制度を、民間会社に委ねて、国営化しなかったこと」
 だ。こんなことでは、まともな制度にならないのは、初めから目に見えていた。(日本や欧州では、国営化したからこそ、まともに機能した。)

 では、なぜ、オバマケアはそうしなかったのか? 実は、そうしようとしたのだが、共和党が大反対したのだ。そのせいで、やむを得ず、共和党と妥協する形で、民間会社に委ねることにしたのだ。
 こうして、オバマケアは、中途半端な形で実現した。「民間会社に委ねる健康保険」という形で。……しかしながらそれは、もともと不完全なものであるがゆえに、どうしても成功に導くことはできなかった。
 それでも、ヒラリーが大統領になっていれば、制度を改善して、国営化に導くこともできたかもしれない。しかし、プーチンの悪巧みが、すべてを崩壊させた。( 前項 で述べたとおり。)



 【 補説 】

 参考として、関連情報を示す。

 米国の医師の所得は、日本の 2.5倍〜5倍と、高額だ。(上記)
 ただし、それには、事情があるそうだ。
 米国では、医学部卒業までに、学生が 2000万円の借金を負う。日本のように親が多額の金を出すこともなく、国が(国立大という形で)授業料の負担をしてくれるわけでもなく、学生個人が多額の借金を負う。その多額の借金を返済する必要がある。だから、どうしても、医師の収入は高くなる必要があるそうだ。
  → もうけ過ぎ? 日米医師のお財布事情を比較

 米国では、大学の授業料は馬鹿高い。ハーバードやイェールなど、滅茶苦茶に授業料が高い。
  → ハーバード 授業料だけで4800万円

 といっても、実際には、低所得者向けには、授業料の減免措置もあるが。
  → 「Need Blind」という制度

 また、例外的ではあるが、(国立のかわり)公立大学もあって、安価な授業料で済む。ただし、倍率はものすごく高い。
  → ニューヨーク市立大学 高いレベルの教育を比較的経済的な料金で受けられる大学

 なお、学費が高くても、政府による貸与がある。米国籍が条件だが。
 「連邦政府が非常に好条件で貸し出してくれる Federal Loan」
 というやつだ。他に銀行ローンも容易に借りられる。
 ただし、どちらも利息はけっこう高い。4〜10% も取られる。
  → アメリカ医学部&研修医日記〜 教育ローンの申請

 結局、米国では、医学部に入るには、(いくらかの小さな例外はあるにせよ)、原則的には、多額の借金を負う必要がある。その借金を払うために、医師の収入は多額になる必要があるようだ。
 また、それ以外に、医療訴訟への対策としての保険料も、年額で 1000万円近くになる、という話もある。(外科医限定かも?)
 ともあれ、米国では、いろいろと独自の事情がある。こういうわけで、患者の払う金はどんどん高くなっているようだ。あれやこれやの状況が、すべて高価格むけになっているので、状況を改善するには、あれやこれやの状況をすべて改革する必要がありそうだ。
 何でもかんでも自己責任論の強い(社会保障制度という発想の弱い)米国では、その道は通し、という感じである。

 
posted by 管理人 at 21:19| Comment(1) | 一般(雑学)4 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本の郵便制度も同様になりつつありますよ。

ヤマトの個人向けメール便撤退に見られるとおり(年間2億通以上あった
個人向けメール便の十数件なんて、宅急便自体が様々な不正に使われる
事例に比較したら理由にならない)、民営化で合理化されたなんて事例
は実質ありません。小包事業もamazonに喰い物にされています。

鳴り物入りで導入されたはずのコンビニ併設もそのほとんどが閉店して
いる事は全然報道されていませんね。もともとコンビニを併設できる
レベルの余剰スペースがある局は殆どが集配局(つまり、交通の便は
良いが周辺人口は少ない)ですから、コンビニの適正地とは真逆です。

こんな方策を大々的に推進した人がいまだに政府の中枢にいるのですから
今後も希望はないですね。

おまけに効率化をうたった現場の締め上げで、ボーダーライン上に
いた非正規雇用者があらかた辞めてしまって現場は人手不足で火の車。

あほな民営化はさっさとやめてほしいですね。

現業部門の実感です。
Posted by ss at 2017年01月17日 04:21
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