2016年10月28日

◆ 横浜の集団登校事故/大川小の津波被災

 横浜の集団登校事故と、大川小の津波被災は、本質的には同じことが原因だ。

 ──

 横浜の集団登校事故があった。その本質を探ると、大川小の津波被災と、本質的には同じことが原因だとわかる。それは「津波てんでんこ」とは正反対の方針である。「集団管理」と言ってもいい。

 横浜の集団登校事故


 横浜で集団登校事故があった。住宅街で集団登校をしている小学生の列に、交通事故の自動車が飛び込んで、巻き添え事故。
  → 横浜 事故のはずみで車が小学生の列に1人心肺停止 11人けが | NHK
  → 登校の列に車、小1男児が死亡 横浜、児童8人けが:朝日新聞
  → 横浜・小学生列に車:児童1人死亡 横転の車の下敷き - 毎日新聞



Google マップ

 現場は狭い一方通行なのに、バスが通っている、危険な場所だ。どうしてこんな危険なところを通学路にするのか? どうせなら、もっと安全な裏道を通ればいいのだ。なのに、なぜ、わざわざ危険な道路を通るのか? 
 あまりにも馬鹿げているが、おおよその見当は付く。こうだ。
 「集団登校のためには、裏道を通りたがらない」
 
 そこで、ルートを探ってみる。





 この地図で、右下の位置から、上方の桜岡小学校までのルートだ。拡大して、画像で示すと、こうだ。


kamio2.gif


  は事故現場である。一方、左の方には、裏道がある。


kamio1.gif


 この地図を見ると、次の点がわかる。
 (1) この地区を南北に貫くのは、この1車線の道路だけである。だから、1車線の狭い道を、バスが通る。これより左側(西側)には、2車線の太い道があり、小学校の東側を通っている。だが、この道は、南北につながっていない。(南側が寸断されている。)
 (2) 小学校の左側(西側)には、細い道があり、裏道となっている。自動車が通るような道ではない。この道ならば安全だ。





 以上の (1)(2) から、こう結論できる。
 「狭くて危険なバス通りなんかを通るべきではなかった。安全な裏道を通るべきだった」


 ではなぜ、そうしなかったのか? 理由は推察できる。
 「集団登校をするからだ。裏道は、少し遠回りになるので、通るのに時間がかかる。すると、反対者が出る。また、親にとっては、朝の時間を奪われるのは困る。だから、たとえ危険であっても、短時間で済むように、あえて危険なバス通りを通る」

 ここでは、次のことは許されていない。
 「生徒の各人が、自分の意思で、安全な裏道を通る」
 こういう方針は認められないのだ。あくまで「集団登校」が優先され、「集団の意思」が優先される。こうして、安全な通学路を通ることは禁止される。

 要するに、どれほど危険であっても、「集団管理」が最優先となった。それに反する個人の意思などは、否定された。たとえ裏道を通りたくても、それは禁止された。

 大川小の津波被災


  大川小の津波被災は、なぜ起こったか? マスコミ報道では、次のように報じられている。
  ・ 三角地帯(標高約 7m)は、避難先として不適切だった。
  ・ 裏山に逃げるべきだった。


 特に、裏山が最適だったということを、検証する報道もある。
  → 裏山に全員が避難できた(河北新報) (PDF)

 裏山こそが避難先として最適だったということは、誰もが指摘している。なのに、校長と教師は、そこを選ばずに、危険な三角地帯をめざして、その途中で津波に襲われた。そして 74人が死んだ。
 また、学校の手前にはスクールバスがあって、運転手が待っていた。なのに、スクールバスに乗らずに、三角地帯をめざした。

 ではなぜ、そういうことが起こったのか? 人々は「謎だ、謎だ」と不思議がる。
 しかし、横浜市の集団登校事故と対比すれば、その謎は解ける。こうだ。
 「集団下校を最優先とした。裏山に登れば、各人がバラバラとなり、統率が取れなくなる。それでは集団としての管理ができなくなる」

 要するに、どれほど危険であっても、「集団管理」が最優先となった。それに反する個人の意思などは、否定された。たとえ裏山に逃げたくても、それは禁止された。

 結論


 結局、横浜市の集団登校事故でも、大川小の津波被災でも、その本質はまったく同じだとわかった。
 “ 要するに、どれほど危険であっても、「集団管理」が最優先となった。それに反する個人の意思などは、否定された。たとえ安全な場所に行きたくても、それは禁止された。”

 そういうことだ。

 そして、これは、「津波てんでんこ」という方針とは、正反対である。
「津波てんでんこ」 の教えとは:
 てんでんことは各自のこと。
 海岸近くで大きな揺れを感じたときは、津波が来るから誰の指示を待つことなく、家族にもかまわず、各自てんでんばらばらに一刻も早く、より高台に逃げて自分の命を守れ という意味。

 この教えによって、釜石市の児童・生徒約 3000人の内99.8%が助かった!

 平成23年3月11日。午後2時46分に東日本大震災が発生すると、釜石東中の副校長は教室から校庭に出始めた生徒たちに、「(避難所へ)走れ!」「点呼など取らなくていいから」と大声で叫んだ。 
 そして若い教職員に、率先避難者となって生徒たちと避難所へ走るよう指示。避難所は約700メートル南西の福祉施設で、所在地は訓練で全生徒に周知していた。
 当初、一部の生徒は走らず、校庭に整列しようとしたが、副校長らは懸命に「逃げろ」「走れ」と指示。そのため全員が校門を出て、避難所へと駆けだした。
 一方、鵜住居小は耐震補強が終わったばかりの鉄筋コンクリート造り3階建ての校舎で、雪も降っていたことから、当初は児童を3階に集めようとしていた。しかし、「津波が来るぞ」と叫びながら走っていく中学生らを見て、教職員は避難所行きを即断。小学生も一斉に高台へ走り出した。
( → 津波てんでんこ - NAVER まとめ

 「津波てんでんこ」というのは、「集団管理」とは正反対の方針である。ここでは、何よりも安全が優先される。
 一方、横浜の集団登校や、大川小では、何よりも集団管理が優先される。ここでは、安全性は二の次なのだ。そして、その結果として、人命が奪われることとなった。……これは当り前だ。人命を二の次としたのだから、人命が奪われるのは当然だろう。(自分の狙い通りになっただけのことだ。)
 ところが、そのあとで、「人命が失われたのは残念だ。謎だ」などとほざく。呆れてものが言えない。
 むしろ彼らは、喜ぶべきなのだ。
 「人が死んだが、これはすべて狙い通りです。人命を犠牲にしてでも、集団管理を狙ったのです。横浜の事故では、人が死にましたが、集団登校は守られました。大川小の被災では、大量の人命が奪われましたが、集団下校は守られました。最優先である集団管理は達成されたのです。いくら人命が奪われようとも、本来の目的は達成されたのだから、これは成功です」
 こう訴えるべきなのだ。
 
 いや、上の話は、冗談や皮肉ではないらしい。というのは、大川小の管理責任がある宮城県の石巻市(自治体)は、判決を控訴するからだ。
 《 大川小津波訴訟 石巻市が控訴の方針 》
 石巻市の亀山市長は、28日、判決を不服として仙台高等裁判所に控訴する方針を示しました。
 亀山市長は、「7分間で学校の裏山に逃げられたとは思えない。亡くなられた先生は子どもたちを助けたいと思い、一生懸命行動したはずだ。判決は受け入れられず、学校の防災教
( → NHKニュース

 あくまで行政の都合を正当化する。「人が死なせるような方針は正しい方針だ」と言い張る。また同じように津波が来たら、また同じように死なせる、と言っているわけだ。殺意満々である。
 そして、そう主張するために、真っ赤な嘘をつく。
 「7分間で学校の裏山に逃げられたとは思えない」
 思えないだって。呆れる。あなたがどう思うかではない。実際にどうであるかだ。そして、実際にどうであるかは、その裏山に行った人がすでに検証済みだ。先の PDF を再掲しよう。
  → 裏山に全員が避難できた(河北新報) (PDF)
 一部抜粋しよう。
 実際に子供の足でも大丈夫かどうか。わが子を亡くした父親三人とともに、この斜面を登った。
 「低学年でも十分登れる。5分あれば全員非難できたはずだ」父親たちは口をそろえた。

 また、現場を報告する記事もある。(写真あり)
  → 子ども達は裏山には登れた

 現場を見れば、簡単にわかる。それに反する虚偽を堂々と語る市長は、閻魔様に舌を引っこ抜かれても当然だ。ひどい悪人だね。


enmadaiou.png




 【 追記 】
 大川小の被災では、原告側(被告側)にも、大きな問題がある。
 「学校は生徒を安全に避難させる義務がある」
 というふうに訴えていることだ。判決もそれを踏襲した。
 「教員らは可能な限り津波による被災を回避できる場所に児童を避難させる注意義務があった」と指摘しました。
( → 津波訴訟 争点と判決の詳細 | NHK

 マスコミもこれを支持した。
 学校にいる間、児童は身の安全を教職員に委ねるほかない。だからこそ、教員は「児童の安全を確保すべき義務を負う」と判決が指摘したのは、もっともである。
( → 大川小津波判決 社説 : 読売新聞

 しかし、そんなことはないのだ。津波が来たときには、「津波てんでんこ」で、各人が自分の判断で勝手に行動するのが正しいのだ。校庭に出るまでは整然と動くべきだろうが、校庭に出てからは各人がバラバラに行動するべきなのだ。これが正解だ。
 なのに、原告も、判決も、マスコミも、「津波てんでんこ」とは逆の方針を支持する。これほどにも「集団管理こそ至上価値」と見なす主義が日本では跋扈(ばっこ)している。それが大量の死の原因となる。

 この問題を指摘するためには、裁判所は原告の訴えを却下して、「無罪」判決を下すのが妥当だろう。つまり、こうだ。
 「津波が来たときには、各人がバラバラに非難するのが正しい。学校は生徒を安全に避難させる義務があるという認識は根源的に誤っている。今回は各人がバラバラに避難するべきだった。そして、学校側の責任は、避難させなかったことにあるのではなく、校庭に集めて避難を禁止したこと(避難を阻害したこと)にある。各人にアクセルを踏ませなかったことに責任があるのではなく、各人にブレーキを踏ませたことに責任がある。アクセルを踏むのはあくまで各人の責任であり、学校側には責任がない。学校側の責任は、強引にブレーキを強制したことだけだ。しかるに、この点は、原告の訴因に含まれていない。ゆえに、裁判としては、被告は責任なし。賠償金は1円も払わなくていい」
 これが妥当だろう。
 比喩的に言えば、「ナイフで殺人した人」を、「拳銃で銃殺した」というふうに訴えたなら、その訴えは事実誤認であるがゆえに、無罪判決を下すしかない。いくら被告が殺人をしたとしても、訴因が間違っていれば、無罪にするしかないのだ。
 大川小もまた同じ。「学校がアクセルを踏ませなかった」と訴えても、それは見当違いであるがゆえに、訴えは却下するしかない。なぜなら、アクセルを踏むのはあくまで各人の責任だからだ。学校の責任は「各人にブレーキを踏ませたこと」だ。この真実を示さない限り、原告の訴えは無意味なのである。
( ※ 「津波てんでんこ」とは逆の方針を示す原告や裁判所やマスコミは、有害無益である。こんな間違いが常識として出回ったら、次の津波ではまたしても大被害が生じてしまう。困ったことだ。)



 [ 余談 ]
 横浜の集団登校事故については、まったく別の観点からもコメントできる。こうだ。

 集団登校は巻き添え事故だったが、そもそも、最初の事故(自動車の衝突)を防ぐことができる。それは、自動車に自動ブレーキを標準搭載することだ。
 もしそうしていれば、最初の衝突が起こらなかったはずだし、その次の衝突も起こらなかったはずだ。それだったら、自動車が歩行者に突っ込むこともなかったはずだ。
 自動ブレーキの標準搭載は、是非とも早急に推進するべきだ。

 ※ ただし、日産の単眼カメラ方式では、駄目だ。あれは性能が低すぎて、衝突を避けられない。ま、減速するぐらいの意味はあるが、とうてい満足のゆく性能ではない。
  → 日産セレナの自動ブレーキを検証せよ

 最後に、動画がある。エクストレイルの自動ブレーキで、自動ブレーキをかけても自動車が衝突してしまう動画。性能が低すぎると、こういう結果になる。
 


 【 補説 】

 大川小については、新たに次の情報を見出した。









 地図では、下記。





 大川小の東に行くと、その南方に裏山がある。
 大川小の西に行ってから、南に回って、さらに東側にどんどん行くと、標高がどんどん高くなって、津波の来ない高さになる。(国道 398号線。)
 歩くのに必要な距離は 1.5km だ。そこを歩かなかった理由は? 
  ・ 車道だから、歩くのをためらった。
  ・ 1.5km を歩くのを、おっくうに思った。
 というふうに、面倒くさがったのが理由かもしれないね。(そばには住民の老人がいっぱいいて、引き連れていく必要もあったらしい。)



  → 【大川小】裏山は何故、避難の第1選択肢にならなかったのか
posted by 管理人 at 21:58| Comment(7) | 安全・事故 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後のあたりに 【 追記 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2016年10月28日 23:23
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というギャグがあった。怖くないのは、運転手が正常であると分かるときだけである。
「みんなで登校すれば安全だ」として、危険な道を通学路にしていた学校側の責任は大きい。縁石もガードレールもなく、制限速度60Kmの一方通行路を後ろから車がくるのは、大変危険な状態である。
Posted by senjyu at 2016年10月29日 18:35
確かに「(集団管理下では)裏山に逃がせられなかった」という市長の弁と、「3人なら低学年でも逃げられた」という保護者・記者の弁は全く矛盾しませんね。

判決のロジックを成立させるためには、児童数十人による検証が必要ですね(知り合いの学校の先生は「無理じゃないかなぁ」と言っていますが、超絶優秀な先生ならできるのかも)。

一方、横浜の件は日常に発生した事故なので、大川小と並べるのはどうかな、と。
日常時は、てんでんこ、でなく、集団管理することに一定の効果もあるでしょうから。


Posted by 圭 at 2016年10月30日 14:25
> 超絶優秀な先生ならできる

 本項では、超絶無能な先生(何もしないこと)を推奨しています。プラスマイナスゼロならいい。超絶マイナス(逃げるの禁止)をしなければいい。
Posted by 管理人 at 2016年10月30日 14:36
 最後に 【 補説 】 を加筆しました。
 ツイッターの転載。
Posted by 管理人 at 2016年11月01日 12:56
>>横浜死亡事故:歩く児童、軽トラ猛スピード 監視カメラ映像 - 毎日新聞
>>http://mainichi.jp/movie/video/?id=5188222365001

ただのスピード出し過ぎ

>><横浜小1死亡>87歳容疑者、高速何度も乗り降り(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
>>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161105-00000003-mai-soci
>> 合田容疑者は夜間も自宅に戻らず長時間運転をしていたとみられ、移動経路については「どこをどう通って事故現場まで行ったのか、よく覚えていない」とあいまいな供述をしているという。

ただのドライバー要因
Posted by 通りすがり at 2016年11月05日 09:47
↑ 本項は事故の原因を探っているわけじゃないですよ。事故そのものはありふれた事故です。どこでも起こるようなもの。
 「交通事故は確率的に起こって当然だ」と考えるのが常識でしょう。
 「交通事故そのものをなくすこと」は、本項の目的ではありません。お間違えなく。
Posted by 管理人 at 2016年11月05日 10:04
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