2016年09月28日

◆ 独創的な研究をなす方法

 画期的な成果をもたらすような、独創的な研究をなすには、どうしたらいいか? それを実現した研究者が、その方法を教える。

 ──

 この研究者は、ガンの免疫療法という画期的な方法を開発した、本庶佑・京大名誉教授だ。(文化勲章を受章)
 2013年には、大きく話題になっている。
 《 がん免疫療法、年間の最重要研究成果に サイエンス誌 》
 人体の免疫細胞を標的の腫瘍を攻撃する細胞に変化させるがんの治療法が、米科学誌サイエンス(Science)で2013年の最も重要な研究成果に選ばれた。同誌が19日、発表した。
 1990年代には日本の生物学者が、死につつあるT細胞で発現する分子「PD-1」を発見した。この発見でも、がんとの闘いにおける有望性が示されている。
( → AFPBB News

 ここで示された「日本の生物学者」が、本庶佑だ。Wikipedia から引用しよう。
 ニボルマブ(Nivolumab、商品名:オプジーボ)は、悪性黒色腫治療を目的とし、後に非小細胞肺癌・腎細胞癌に適用拡大された分子標的治療薬の一つで、ヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体医薬品であり、当時の京都大学医学部の本庶佑博士の研究チームが開発に貢献した。
 ニボルマブは、癌が免疫から逃れるためのチェックポイント・シグナルPD-1を抑制することにより、リンパ球による癌への攻撃を促進する。
 抗癌剤の多くは、核酸代謝や蛋白合成、細胞シグナルを阻害することにより作用する。ところが、ニボルマブは、がん免疫を活性化するという独特な作用を持つ。
 免疫力を高めることにより悪性腫瘍を攻撃する新しいタイプの抗がん剤であり、世界的な革命技術として、アメリカの科学雑誌サイエンスの2013年のブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」のトップを飾った。
( → ニボルマブ - Wikipedia

 他に、解説記事もある。
 メラノーマ治療に画期的な新薬が登場しました。世界に先駆けて日本で承認された「オプジーボ」です。オプジーボは商品名で「ニボルマブ」とも呼ばれています。
 このオプジーボ、従来の抗がん剤や分子標的薬のようにがん細胞を直接たたくわけではありません。免疫チェックポイント阻害剤という新ジャンルのメラノーマ治療薬なのです。がん免疫を活性化するという独特な作用を持っています。
 抗がん剤による治療効果の目安として、腫瘍が半分以上に縮小する奏効率があります。これまでの唯一の抗がん剤だったダカルバジンによるメラノーマの奏効率は10%。10人に1人ということでした。それがオプジーボの奏功率は25〜33%。3〜4人に1人の効果があるのです。
( → ≫ メラノーマ治療の画期的な新薬「オプジーボ」

 「がん研究、治療を変える革命的なクスリだ」。慶応義塾大学先端医科学研究所所長の河上裕教授は9月から日本で発売が始まった小野薬の抗PD―1抗体「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)をそう評価する。
 ニボルマブは難治性がんの1つ悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として小野薬と米ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)が共同開発した新薬だ。がんは体内の免疫に攻撃されないように免疫機能を抑制する特殊な能力を持つ。ニボルマブはこの抑制能力を解除する仕組みで、覚醒した免疫細胞によってがん細胞を攻撃させる。
 世界的な革命技術として、米科学誌サイエンスの2013年の「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」のトップを飾った。今や米メルク、スイスのロシュなど世界の製薬大手がこぞってこの仕組みを使った免疫薬の開発を加速させている。
 悪性度が高いメラノーマは5年後の生存率は1割前後という極めて危険ながんだが、米国、日本での臨床試験(治験)では「増殖を抑えるだけでなく、がん細胞がほぼ消えてしまう患者も出た」(河上教授)。
 米国での他の抗がん剤と比較する治験では既存の抗がん剤を取りやめ、ニボルマブに切り替える勧告も出たほどだ。肺がんや胃がん、食道がんなど他のがん種に対する治験も進んでいる。
( → 15年間諦めなかった小野薬品 がん消滅、新免疫薬  :日本経済新聞

 「今月承認された新しい薬を使いますか?」。担当の後藤悌(やすし)医師からオプジーボの使用を提案された。「ただ、効く人と効かない人がいます」
 角地さんはすぐに決断、翌月、点滴による投薬を始めた。1回に約2時間横になるだけで、吐き気やだるさは特段感じず、店にも再び出られるようになった。
 2カ月後。「がんが消えました」。CT検査の画像を見た後藤医師の説明を角地さんは不思議な気持ちで聞いた。「正直、ピンと来ない。でも店を続けられ、自分を支えてくれる人が喜んでいるのがうれしい」
 オプジーボは2014年に皮膚がんの「悪性黒色腫(メラノーマ)」の新薬として、世界に先駆けて日本で承認。昨年12月には肺がんで追加承認された。国立がん研究センター中央病院では、昨年12月以降約80人の肺がん患者がオプジーボの治療を受けたが、後藤さんは「2カ月ほど続けて、残念ながら効果がなく病気が悪くなる人が多い。『効く人もいる』という表現が適切かもしれない。副作用が出る頻度が治療の早い段階では少ないのも特徴」と話す。

 オプジーボはがん細胞を直接攻撃するのでなく、人に備わる免疫の働きを促す「がん免疫療法薬」だ。

 がん細胞が「敵ではない」と欺くために免疫細胞に結合すると、免疫細胞は攻撃を止め、その間にがん細胞は増殖していく。オプジーボはその結合を防ぎ、免疫細胞に「がん細胞は敵だ」と知らせる=図。
 欧米などでの治験では驚く結果が出た。化学療法が効かず再発した扁平上皮がんの患者272人にオプジーボと標準治療の抗がん剤(ドセタキセル)で比較した。1年後、ドセタキセルの生存率24%に対し、オプジーボは42%と高かった。
 疲労や下痢などの副作用が出たのは131人中76人(ドセタキセル129人中111人)。うち、重篤例は9人(同71人)で、脱毛症は0人(同29人)。腺がんでも生存率でドセタキセルを上回った。オプジーボが有利なのが明確なため、いずれの治験も途中で異例の中止となった。
 一方、課題もわかってきた。中西洋一・九州大教授(呼吸器内科)によると、がんが縮小した割合は約2割で、効かない人には「ただの水を点滴しているのと同じ」。原因も不明だ。
( → 新薬、期待しすぎは禁物 肺がん治療「オプジーボ」朝日新聞 2016年5月26日

 「全員に効く」というほどではないのだが、これまでは「せいぜい余命を1割程度延ばせる」というだけのことが多かった抗癌剤のなかで、画期的とも言える成果をもたらしたと言えるだろう。

 ──

 では、この研究成果は、いかにして誕生したか? 
 日経の記事 には、「製薬会社が研究のリスクを負った」という話もある。だが、それ以前に、研究開発を続けた研究者の貢献が大きい。同じ記事に、次の話がある。
 世界の製薬大手が画期的な新薬開発に行き詰まるなか、なぜ小野薬が生み出せたのか。
 1つは関西の1人の研究者の存在がある。「PD―1」という分子を京都大学の本庶佑名誉教授らの研究チームが発見したのは1992年だ。小野薬もこの分子に目をつけ、共同研究を進めた。PD―1が免疫抑制に関わっている仕組みが分かったのは99年で、創薬の研究開発が本格的に始まるまでにおよそ7年。実際の治療薬候補が完成し治験が始まったのは2006年で、開発から実用化までにおよそ15年かかったことになる。
 当時は「免疫療法は効果が弱い」「切った(手術)方が早い」など免疫療法に対する医療業界の反応は冷ややかだった。医師や学会だけでなく、数々の抗がん剤を実用化した製薬大手も開発に消極的だった。

 15年もかけて、根気強く研究したのだ。

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 その背景について、本日の朝日の記事が記している。紹介しよう。(インタビュー)
 ――世界をあっと言わせた「オプジーボ」に関し、拾った石ころのような物質が、ダイヤモンドの原石だったと表現していますね。

 「大学院生のちょっと面白い提案から始まった研究で偶然見つかった物質でした。どんな働きをしているのか調べたら4年後、意外にも、異物を攻撃して体を守る『免疫』にブレーキをかける役割だとわかりました。このブレーキをはずせば、免疫ががんを攻撃するのではないかと応用を考え始めました。想定外の展開でした」

 ――初めからがんの治療をねらっていたのではないのですね。

 「その通りです。私の専門はがんではありません。むしろ素人だったことがよかったんです。免疫の力でがんを治す試みは、数多く行われてきたものの、いずれもうまくいかず、ほとんどタブーのようになっていましたが、素人はそんな『常識』にとらわれずにすみます。特許を共同出願した小野薬品工業は、1年がかりで国内の製薬会社に共同開発の打診をしたけれど断られ、逆に、こんなのに手を出したら会社がつぶれると忠告されたそうです」

 「僕は先入観なしにデータを見て、これだけネズミで効いたらヒトに効かないはずはないと確信がありました。米国のベンチャーを訪ねて話したら、『やる』と1時間で即決でした。その後、別のベンチャーと小野薬品が開発することになり、あとはとんとん拍子。米国の臨床試験で、手の施しようがない末期がん患者の2〜3割に効いたという驚くような結果が出て、世界的に注目されました」

 ――確信通りだったのですね。

 「今回は幸運にもうまくいきましたが、重要なのは、どんなに確信があったとしても、生命科学はやってみないことにはわからない、ということです。物理や工学などと大きく違うところです。生命現象にはあまりにも未知の要素が多くてよくわからない。いわばブラックボックス。とにかくやってみるしかないんです。無駄が出ることを覚悟してね。政府の科学技術政策の司令塔である総合科学技術会議の議員だったとき、基礎研究の研究費はばらまきだと批判され、むしろ、ばらまかないとだめなんだと言いました。火星にロケットを飛ばすといった実現への計画を立てられるプロジェクトとは全く違うんです」

 ――目標すらわからないと。

 「はい。ブレークスルー(飛躍的な進展)はデザインできません。つまり、ねらってできるものではないんです。とくに生命科学では、ある分野でわかったことが考えもしなかった分野とつながって重要な意味を持ってくる、ということもよくあります。どこをどうやったらいいか、だれにもわからない。『ここ掘れワンワン』というわけにはいかないんです。大切なのは、そういうチャンスをなるべく多く作ることです」

 「政府のプロジェクト施策のように、5年間で何かをやる、というのは間違っています。5年でできるとわかっていることはたいしたことない。種をいっぱいまかないと、どれが芽を出すか、わからないし、芽を出しても、枝が出るか、花が咲くか、さらには実がなるのか。基礎研究には幅広くたくさん投資することです。それが何万倍にもなって返ってきて、税収も増える。リターンは大きいんですから」

 ――石ころをダイヤモンドの原石にできたのは、なぜでしょう。

 「あきらめずにしつこくやったことかな。(以下略)」
( → 世紀の新薬 未来へ 本庶佑・京大名誉教授にきく:朝日新聞 2016-09-28

 いい話だ。研究開発においては、「狭く深く」よりも、「広く浅く」の方が大事だ、ということを語っている。

 ──

 さて。これを取り上げたのは、同様のことを私も語ったことがあるからだ。引用しよう。
 GE の「選択と集中」は、あくまで事業部門の「選択と集中」だった。それは投下する資金面での「選択と集中」だった。
 一方、ゴーン社長が取ったのは、研究開発の「選択と集中」だった。本来ならば、研究は「広く浅く」が原則だから、たとえ「電気自動車に集中する」にしても、ハイブリッド車にもそれなりの部門を残しておくのが常道だろう。
 ところが、ゴーン社長は、どこを勘違いしたのか、研究分野に「選択と集中」を持ち込んだ。

 ──

 以上から、結論が出る。
 「選択と集中」は、事業部門に関する限り、正しい。
 「選択と集中」は、研究開発に関する限り、誤りである。

 そもそも、将来というものはなかなか見通せないものだ。見通せない将来に対しては、あらゆる可能性を考えて、研究開発を「広く浅く」にしておく必要がある。そうすえば、「予想がはずれて大損」という危険を防げる。
 たとえれば、研究開発は、バクチのようなものなのである。それも、あたる確率はかなり低い。とすれば、当たりそうな部門に広く布石しておくことが、失敗を避けるための策だ。逆に、特定の一部だけに山を張って大金をかけるのは、あまりにも無謀な賭けである。当たればいいかもしれないが、確率的には はずれる確率の方が高いのだから、無謀というしかない。
 ゴーン社長は、事業部門における「選択と集中」という方針を、研究開発にも当てはめようとした。しかしそれは、「研究開発とは何か」ということを理解できない、文系の素人判断だったのである。
( → 選択と集中(GE,日産): Open ブログ

 実は、この項目を書いたときは、「トヨタはハイブリッドで大成功、日産は電気自動車で大失敗」というふうに記していた。
 ところが、それから2年たった現在になると、「電気自動車に注力していた日産は、電気自動車の方式で、シリーズ式のハイブリッドを開発した」というふうになった。あれれ。逆転か。
 
 ともあれ、研究開発というのは、先が見えないものだ。2年前には圧倒的な敗者であった日産が、今では勝者になる目が見えている。( → 前項 )
 まさしく、「一寸先は闇」だ。



 【 関連項目 】

 上の「研究は広く浅く」と似た趣旨の話は、他にもいくつかの項目で書いた。
  → 「研究 広く浅くという方針」  - サイト内 検索




 [ 補記 ]
 書いたあとで思い直したが、本項はちょっとタイトル詐欺みたいになっている。
 「独創的な研究をなす方法」
 というタイトルだが、研究者個人にとっての方法ではない。国レベルで、「独創的な研究を増やす方法」となっている。
 ちょっとタイトルが不正確でしたね。すみません。
 まあ、でも、本庶さんが方法を教えています。
 「あきらめずにしつこくやったことかな」
 だとさ。
 


 【 関連項目 】

 研究者個人にとって「独創的な研究を増やす方法」については、下記項目ですでに示してある。そちらを参照。

 → 間違える勇気

 → うまい解決策がないときは?

posted by 管理人 at 19:47| Comment(1) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「あきらめずにしつこくやったことかな」
これはまったくそのとおりと思いますが、本庶氏があきらめずにしつこくやりつづけられたのは、それを許してくれた体制があったからですね。

ひるがえって現在の日本の大学の状況をみると、任期つきのポジションや競争的資金の増加に伴い、成果がでなくてもしつこくやりつづけることが許されません。

昨今、日本人のノーベル賞受賞者が増えてきていますが、彼らの多くがパーマネント職が多く、競争的ではない個人研究費がそれなりに支給されていたころにあげた業績で受賞していることは示唆的です。
Posted by とおりがかり at 2016年09月28日 22:27
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