2016年08月23日

◆ シン・ゴジラはギャグ映画だ

 シン・ゴジラは素晴らしい怪獣映画だ、という世評があるが、信じない方がいい。これはギャグ映画だ。
 《 具体的なネタバレなし 》

 ──

 オタクのいうことなんかはまったくあてにならない、という典型が、これだ。「すごい怪獣映画だな」と思って、期待して見に行くと、肩すかしを食う。これは怪獣映画なんかではない。ギャグ映画だ。

 まずは、冒頭で、のっけからギャグを噛ます。
 「巨大不明生物は**しません。ご安心ください」
 と首相が自信たっぷりに言うが、その直後に、その言葉が現実にひっくり返される。
 「政治家はその場しのぎのご都合主義で、楽観的な嘘を吹聴して、国民をだましたがる」
 というのを、見事に絵にしているので、笑える。
 これはこれで楽しいパロディだし、優れた場面だが、あくまでパロディであり、ギャグだ。ケラケラと笑ってしまう。

 次に、いよいよゴジラが姿を現すが、これが何と、怪獣というよりは、中国の龍みたいだ。
  → 中国の龍

 いや、どちらかというと、セサミストリートの人形みたいだ。
  → セサミストリートの人形
 巨大な丸目で、どこを見ているか焦点が定まらず、単に口をパクパクしているだけ。笑ってしまう。オマケに、動きがまた高速で、重量感がなくて、身長1メートルぐらいの猫が動き回っているような俊敏さ。
 あまりにも馬鹿馬鹿しいので、笑うしかない。ギャグだよね。

 そのあとは? 政府の役人が議論している。これはリアリティがある。
 やがてゴジラが出るが、ろくに動かないで、蝋人形みたいだ。それでもどういうわけか、ゴジラが動いたことになっている。ゴジラが動くということを、動きで示すのではなくて、ゴジラの通った地図で示す。
 怪獣の動きを、経路図で示すとは。これは画期的な手法だな。地図一枚で怪獣映画だ。地図で描く怪獣描写という、怪獣映画。これも、ギャグだな。

 で、ゴジラの動きは見えないうちに、いつのまにか被害が拡大している。それで、軍隊が出動するが、そのあと、ゴジラが反撃する。……ここは良かった。この点は唯一、この映画が怪獣映画であった点だ。迫力があった。意外性もあった。満点ぐらいを付けてもいい。
 とはいえ、それは、時間にしてはごくわずかだ。迫真の場面は、5分間もない。たぶん、2〜3分間しかない。これだけが、怪獣映画であった部分だ。(前半では。)



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 そのあとはまた延々と政府の役人の話が続く。人事の話とか、出世の取引とか、下らない話が続くので、呆れる。
 「おいおい、いつになったら怪獣映画になるんだよ。役人の話は、前半だけじゃなかったのか? 後半もずっと役人の話かよ。出世の貸し借りとか、こんな騒ぎのなかで、いちいちやっている話じゃないだろ」
 と呆れてしまうのだが、延々と下らない話をやっているので、眠くなる。

 そのうち、「米国が原爆を落とす」という話をするので、やっと目が覚める。「ほう。うまいこと言っているな。政治意識があるな」と感心していると、そのうち、「石原さとみ作戦」略して「いしとみ作戦」転じて「ヤシオリ作戦」というのを導入する。
( ※ この箇所、嘘です。ホントは → 語源
 何だか騒いでいるうちに、ヤマタノオロチを退治する作戦が遂行されるのだが、ここでまた、ギャグを噛ます。作戦本部長が、自衛隊員を前に、決死行動を取るために、檄を飛ばす
 「ここにいる者の生命の保証はできません。だがどうか実行してほしい! わが国の最大の力は、この現場にあり、自衛隊はこの国を守る力が与えられている最後の砦です

 ほう。すごい。自衛隊は日本を守る最後の砦なんだ。頑張ってくれ。……と思ったけどね。ちょっと待った。
 確か、冒頭で、自衛隊の全戦力はゴジラの前に無効であったはずだぞ。いったい自衛隊が何をやるというんだ? ……そう疑問に思ったら。
 実際にやったのは、自衛隊じゃなくて、建設重機による物資運搬操作だけ。おいおい。建設重機の操作なんて、自衛隊のやることじゃないだろ。民間の建設会社の技術者がやることだろ。
 ま、もしかしたら、2週間の時間的な余裕のうちに、自衛隊員が特訓をして、建設重機を使えるようになったのかもしれない。でもね。それは、「自衛隊」がやったことじゃなくて、「自衛隊員」がやったことだよ。組織で言うなら、民間の建設会社がやったことだよ。自衛隊、関係ないじゃん。
 これを「自衛隊」というふうに呼ぶのは、ペテンかギャグだ。仮に、ペテンだとしたら、安倍首相がゴジラを利用するぞ。
 「ゴジラのように未曾有の危機が起こるかもしれません。そのためには、自衛隊を強化することが何よりも必要なのです。いざといときのために、高性能な武器を用意しましょう。F-2 や F-35 のような戦闘機や、B-2 のような爆撃機を、用意しましょう。日本にもこれらの兵器を配備するべきです。ゴジラが来たときのために!」
 バカ言え。F-2 も B-2 も、ゴジラの前には無力だったはずだ。シン・ゴジラから得られる教訓があるとしたら、「戦闘機や爆撃機でなく、タンクローリーや建設重機を用意しましょう」ということだろう。それならわかる。なのに、「自衛隊は素晴らしい、自衛隊は最後の砦」なんて、とんだギャグを噛ましているんだから、呆れる。

 また、最後のあたりでは、「核エネルギーがなくなると絶対零度付近まで温度が下がる」という話をしているが、これもとんだギャグだ。この理屈が通ったら、日本の原発は、原発停止の時点で、絶対零度付近にまで温度が下がってしまうよ。ありえないよね。つまらないギャグだな。

 というわけで、ギャグを見ているだけで、いつのまにか終わってしまった。

 小さなギャグもいっぱいあるが、石原さとみが米国特使というギャグもすごいよね。「ありえないだろ!」という総突っ込み状態だろうに。ギャグだとわかって、この設定にしたのかな。



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 で、ギャグはいっぱいあったが、怪獣はどこに出てきたんだっけ? あ、あることはあるのだが、ほんの数分間だけね。その間だけは、怪獣映画だった。しかし、残りの 95%ぐらいは、ギャグ映画だったな。





 ──

 結論。

 この映画は、面白いことは面白いのだが、その面白さは、楽しいということではなくて、「笑える」という点だ。ギャグ映画である。落語みたいなものだ。
 怪獣映画である点も、あることはあるのだが、その時間は、あまりにも短い。その時間の間だけは、確かに秀逸だし、素晴らしい出来映えだが、時間にしてみると、あまりにも短い。残りのほとんどは、官僚のグダグダ話だ。そのグダグダは、日本の政府の駄目さを示すことであり、パロディ映画そのものだ。

 提案。

 あまりにも馬鹿馬鹿しいので、改善するための提案を示す。こうだ。
 「この映画は、ゴジラの CG をやめて、着ぐるみにするべきだった」
 なぜか? このゴジラはもともと着ぐるみにしか見えない。だったら、最初から着ぐるみにすればいい。そうすれば、少なくとも、動くことはできる。
 この映画のゴジラは、ほとんど動かない。東京タワーみたいに突っ立っているだけだ。たまに動くと、猫か ナマズ みたいに高速で動くので、見ていると馬鹿馬鹿しくて笑ってしまうだけだ。
 どうせなら、着ぐるみにして、高速度撮影すれば、重量感のある低速度の動きになる。今みたいにほとんど動かないよりは、ちょっとでも動く方がいいだろう。
 また、着ぐるみにすれば、ゴジラの登場時間をとても長くすることができる。つまり、怪獣映画になる。現状みたいに、役人のギャグ映画なんかより、怪獣映画の方がいいはずだ。
 そして、ゴジラの登場時間が長くなれば、子供でも十分に楽しめるはずだ。現状みたいに、ゴジラの登場時間がほとんどなくて、大部分が役人のパロディ会話だと、大人は笑って楽しめても、子供はまったく楽しめない。
 とにかく、役人のパロディ映画よりは、怪獣映画の方がいい。そうすれば、子供も客に呼び込める。そのためには、CG でなく、着ぐるみを採用するべきだったのだ。どっちみち、出来映えには大差がないのだから。というか、CG の方がひどい感じだな。仮に、着ぐるみに 1000万円をかければ、はるかにリアリティのある着ぐるみができたと思える。あんなチャチな安っぽいゴジラでなくて。(特に、口のそばの赤い膜は、まるで縫いぐるみだな。ひどい安っぽさ。)



 [ 付記 ]
 根源としては、日本の CG のレベルがあまりにも低いことがある。白組という名前の CG 企業に発注したせいだが、ひどすぎる。この会社は、安いテレビのアニメでも作るのならいいのだが、ゴジラみたいに多額の予算を扱うレベルの技術はない。どうせなら、海外の CG スタジオに発注するべきだった。そうすれば、ずっと安い金額で、ずっと高品質の CG ができたははずだ。
 この件は、前にも述べたとおり。
  → 日本映画は CG をやるな

 ※ シン・ゴジラは、海外スタジオの CG でやれば、すごい傑作になっていただろう。そう思うと、残念でならない。

 ──

 ひるがえって、2014年のゴジラは、圧倒的にリアリティがあった。これは、ギャグ映画ではないね。
  → ゴジラ のテレビ放送

 別に、これほどの高品質でなくてもいいから、シン・ゴジラも、せめて5億円ぐらいの品質にしてもらいたかったな。( CG は。)
 あ、シン・ゴジラも、建物の場面の CG は良かった。ただし、ゴジラ本体の CG が、どうしようもなくひどかった。着ぐるみの方がずっとよかったね。(理由は前述。)
 
 ──

 なお、「シン・ゴジラを5回ぐらい見に行った」という人がたくさんいるが、これは、作品が優れているからというよりは、「セリフが聞き取りにくいから」かもね。早口で、大量のセリフがあるので、聞き落としてしまうこともある。耳では聞いても、頭では追いつかないこともある。同音異義語を誤解することもある。空耳になることもある。
 だから、何度も見に行って、セリフを確認したい……というのが、動機かもね。
 そもそも、ゴジラの出番は、ほとんどない。ほんのちょっとのゴジラを見るために、延々と官僚の与太会話を聞く……というのは、その会話がわかっているのだと、かなりつらい。「聞き取りにくいから」というのであれば、また聞きたくなるのはわかる。
( ※ わざとそれを狙ったのかな? リピーターを増やすために。PCデポみたいな商法だ。)



 [ 余談 ]
 「シン・ゴジラはすごくいい!」
 という評判を聞いて、見に行くと、がっかりするだろう。
 しかし本項を読んで、「シン・ゴジラはつまらない」という話を読んでから、見に行くと、「あれ。思ったより楽しめた」となるかもね。そうだったら、お買い得。「本項を読んでよかったな」と思うかもね。
 
 ──

 最後に一言。
 映画の出来は、悪くない。官僚のパロディをする政治映画としてみれば、かなり出来のいいギャグ映画だ。「金返せ」なんて気分にはならない。払った金の価値はある。( 2014 ゴジラには、遠く及ばないけどね。)
 前に、「インターステラー」という映画が評判を呼んだ。これを見たが、物理学的に滅茶苦茶がひどすぎた。デタラメばかりで、すっかり興醒め。呆れながら、「馬鹿言うな」と 10分ごとに突っ込みを入れたくなる状態。これはもう、デタラメの極みという SF 映画だった。
 それに比べると、シン・ゴジラは、SF としてはとても優れていた。「ありえん」と突っ込みを入れたくなる場面はなかった。ま、多少は不自然さもあるが、その不自然さをあまり感じさせなかった。「どうせ SF なんだから」という前提を取るなら、十分に受け入れられた。その意味で、「インターステラー」に比べれば、月とスッポンで、シン・ゴジラの方が圧倒的に良い。
 「バットマン・ダークナイト」と比べると、ちょっと劣るぐらいの出来映えだ。ということは、かなりいい出来映えだ。邦画の年間ベスト1を争ってもおかしくない。

 とはいえ、シン・ゴジラを見るよりは、出来のいい小説を読む方が、感動できそうだ。シン・ゴジラは、どうせギャグの会話ばっかりなんだし。
 ま、「面白い映画を見たい」と思うのなら、Amazon・プライムに入って、「24」という長大なシリーズを見るのが、一番楽しめるだろう。時間を食いすぎるのが、玉に瑕だが。(1本見るのに、24時間もかかる。)
 
 あと。最後っぺに悪口を一言。
 主人公の配役がさえないね。目立たない顔の人(名前も知らない)が、主人公役になっていたが、どうせなら、もっと目鼻立ちのはっきりしたイケメン(高良健吾)を主人公にした方が良かった。その方が、海外でも観客が多かっただろう。
 演技がうまいわけでもなく、存在感も稀薄な、平凡な俳優を主人公にした理由がわからん。(石原さとみなら超美人なので、まだわかるが。)



 ※ 以下は読まなくてもいい。
     [ 補足 ]
     オマケで、学術用語について述べておく。
     ゴジラが形態を変えるのは、「進化」ではなく、「変態」である。今回のゴジラは、どうも、爬虫類ではなくて、両生類であるようだ。オタマジャクシがカエルに変態するように、ゴジラも変態する。これは「変態」であって、「進化」ではない。進化ならば、世代交替をともなうはずだ。
     「進化」というのは、旧来の種を残したまま、新たに別の種が追加されることだ。一方、ある種が同じ種を保ちながら、世代交替でだんだん変わっていくことは、「進化」ではなくて、「小進化」であるにすぎない。
     今回のゴジラは、「進化」でもなく「小進化」でもなく、ただの「変態」であるにすぎない。概念を混同するべきではない。(作品中でも「進化」と明示されたわけではない。素人が勝手に「進化みたいだ」というような感想を漏らしただけだ。)


posted by 管理人 at 22:35| Comment(10) | 一般(雑学)4 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
臨床獣医師です。
私は、意識を失った生き物にデッカい洗浄ビンのようなものでピューッと口腔内に噴射するだけで薬物を飲ませる、というところが一番興ざめでした。あんなことが簡単にできたら、どんなに楽でしょう・・・
Posted by Chochopapa at 2016年08月24日 00:01
↑ 私もそれは思いました。
でも、まあ、そのくらいは、許して上げましょう。もともと専門家レベルで合理性を保てるわけがない。ゴジラなんて、存在できないのだから。
 存在できないゴジラが存在する、という架空の話の上に立った、虚構です。リアリズムを入れては駄目です。「素人から見て、受容可能」であれば、OK。
 私は SF については、判断基準が甘いんだ。「明らかに自然法則に矛盾」というのでない限り。

 実は、この作戦は、ヤマタノオロチにならった作戦なので、古代の伝説と絡んでいる、と知れば、一興です。
Posted by 管理人 at 2016年08月24日 00:35
ヤシオリがヤマタノオロチにちなむのであれば、あの破壊光線は草薙の剣なんでしょう。
Posted by 京都の人 at 2016年08月24日 05:59
映画見てるとき、みんなあれは着ぐるみ特撮だって言ってたから信じてましたが、フルCGだったのですね。

光線だけがCGで、本体は着ぐるみにしか見えなかったわ。CGならせめて2〜3回ぐらいでいいから呼吸を表現して欲しいものである。
Posted by かーくん at 2016年08月24日 06:29
軍隊の「工兵」は、まさに「土木作業員」の部隊です
自衛隊で言えば「施設隊」
主な任務は「築城・渡河」と言われてて、陣地作りと渡河を含む移動路の確保が主な任務
当然重機なんかも使います
なので全然おかしくないんですね
重大災害には日本に限らず軍隊が派遣されますが、これは重機も含む「装備」が既に揃ってるからなんであります
Posted by nuvolari at 2016年08月24日 14:57
高良健吾はデビュー時から知ってますが、結構悪役が似合うんですよね。
「まほろ駅前番外地」のアウトロー役は堂に入ってました。
逆に、爽やかなイケメンや普通の役(「お兄ちゃんのハナビ」や「ハードナッツ!」)をやると、途端に大根役者みたいになて、魅力が半減しますw
Posted by 🏯 at 2016年08月24日 17:33
> 軍隊の「工兵」は、まさに「土木作業員」の部隊です

たしかにそうですね。
だけど、自衛隊は高層建築を作るはずもないし、高いクレーン車があるはずもない。作中のクレーン車はすべて民間会社から借りたものでしょう。人員だけが自衛隊員。
その意味では、本文中に書いたとおりでしょう。
Posted by 管理人 at 2016年08月24日 19:07
> 高良健吾は……、途端に大根役者みたいになって、

どうなのかと思って、「高良健吾 演技」でググってみたら、次のページがヒットしました。
 http://laughy.jp/1403119135261171558
 http://mimiyori.biz/kourakengo

別に悪くないようですよ。
あと、今回のシン・ゴジラは、主人公は特に演技力を必要としなかったみたい。それほどの場面はなかった。単に駄目男らしくふるまえば良かったみたい。というか、あの俳優のせいで、駄目男に見えたのかもね。
Posted by 管理人 at 2016年08月24日 19:14
 高良健吾は若すぎて適役ではないかもね。

 代案としては、次の二人。
  ・ 堺雅人 (倍返し)
  ・ 堤真一 (マッサン・鴨居の大将)

 この二人なら芸達者なので、どちらでも適役だったと思える。
 とはいえ、玉木宏に比べれば、今の方がマシではある。
 キムタクなら、案外、適役かも。いかにも怪獣映画の主人公っぽい。セリフも棒読みで十分だし。初代ウルトラマンっぽい。
Posted by 管理人 at 2016年08月25日 21:37
さて、マジレスしますよ。


>政府の役人の話が続く。人事の話とか、出世の取引とか、下らない話

《ポリティカル・フィクション》と言う言葉がございまして。
「シン・ゴジラ」は、それなのです。



>「ここにいる者の生命の保証はできません。だがどうか実行してほしい! 
>わが国の最大の力は、この現場にあり、
>自衛隊はこの国を守る力が与えられている最後の砦です」


建設重機を操縦していたのは、自衛隊における、然るべき部署の、然るべきスキルの持ち主の筈です。

民間人には、「死ね」とは本来言えませんが(だが東電、お前らは駄目だw)、自衛隊員には、言えますのです。

有事の際、必要なら死ぬ事が、彼らの仕事であり、故に、彼らは、「最後の砦」なのです。



ギャグ的要素は、否定しません。
愉快な映画でしたw

Posted by ポポイ at 2016年08月27日 22:31
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