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ABC予想について、望月新一・京都大学教授が「証明した」と発表したあと、その検証がいくらか進んでいるようだ。
→ 「異世界からきた」論文を巡って: 望月新一による「ABC予想」の証明と、数学界の戦い
2012年に「証明した」と報告されたあと、3年以上たって、検証がいくらか進んでいるそうだが、あまりにも難解すぎて、遅々たる歩みらしい。詳しくは、上記の記事を参照。
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ABC予想については、はてなブックマークの紹介で、次の解説記事を知った。
→ ABC 予想について―谷戸光昭 (PDF)
ここにはなかなか良い解説があるのだが、次の文章が気を引いた。
整数論の範疇だけで解けるような問題は、既にほとんど解けてしまっている。残った難問を解くためには他の分野の力を借りないといけない、とそんな感じです。
これは興味深い話だ。
ここで、「他の分野の力」というのが問題だが、これは、すぐ前の箇所で、「幾何学」というふうに説明されている。
幾何学と行っても、ユークリッド幾何学みたいな図形を描くわけではない。図形に相当する代数を扱うだけであって、あくまで数値(代数)で表現する。
で、その代数というのが何かというと、それぞれ独特の理論の名前があるのだが、ABC予想の場合には、「宇宙際Teichmuller 理論」という用語で説明される。そう説明されても、何のこっちゃかわからないだろうが、これは、複素解析の一分野に含まれるはずだ。
→ 「宇宙際Teichmuller 複素解析」 - Google 検索
複素解析( or 解析関数)については、前に解説したことがある。
→ 虚数とは何か?
ここから一部抜粋しよう。
この「微分可能」という概念を導入すると、複素数の世界で「微分可能」である関数には、著しい特別な性質があるとわかった。それは(初心者にとっては難解であるので)、ここでは記さないが、とにかく、著しい特別な性質があるとわかった。
ここで、「微分可能」ということから、「解析関数」という概念が生じた。ここからは、非常に豊かな成果をもたらされた。
どのくらい豊かな成果か? 実は、「現代数学のほとんどすべて」と言ってもいいくらいだ。現代数学には、あれこれと難解な数学的概念がいっぱいあるが、そのほとんどは、解析関数と結びつく。
たとえば、先日、「フェルマーの定理が証明された」と報道された。これは、解析関数の成果である。(フェルマーの定理の根幹をなす 谷山志村予想 には、モジュラー形式という概念が使われるが、これは、解析関数で説明されるものだ。)
また先日、「リーマン予想が難しい」ということが話題になった。これもまた、解析関数の問題である。そこでは、ゼータ関数という関数が使われるが、これは解析関数なのだ。リーマン予想というのは、素数の問題だが、素数の問題を解くためにも、解析関数が根本的な道具として使われるわけだ。
要するに、最初は「複素数について微分可能性を考える」というふうにだけ考えていたのが、実際には、当初の予想を大幅に超えて、解析関数の成果が爆発的に増えてしまったのだ。ただの幾何学的理論ぐらいに思っていたら、あまりにも豊かな成果が出てきて、「現代数学の世界のほとんどすべてがこの分野だ」と言えるほどにも、圧倒的に多大な成果が出ることになったのだ。
ここでは、「予想を超えた重要性をもつ」ということに、留意してほしい。
ABC予想 を扱う「宇宙際Teichmuller 理論」もまた、複素解析(解析関数)の理論である。
ではなぜ、あれもこれも、みんな複素解析で解決されようとしているのか? これ不思議である。
なぜか? この問題( ABC予想 )は、もともとは自然数の問題であって、本来ならば自然数の範囲だけで解決されてもいいはずに思えるからだ。なのに、自然数の問題が、どうして、実数どころか複素数の微分の問題となってしまうのか?
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これについては、リーマン予想の図形を見るといい。
→ 図1 ( 出典 )
→ 図2 ( 出典 )
リーマン予想では、零点となる位置が飛び飛びにあるが、それ以外の場所を図形的に示すと、複雑な曲面ができる。これはゼータ関数で示される曲面だ。
このような図形(曲面)で連続的に示してみると、この問題はもはや「整数」という「飛び飛びの値」の問題ではなくて、「連続的な数の問題だ」とわかる。
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ここで、私が前に示した見解を紹介しよう。
「2の倍数全体」、「3の倍数全体」、……「nの倍数の全体」、……というのをすべてひっくるめると、次のように書くことができる。
N × N
では、素数とは何か?
「自然数全体のうち、どの数の倍数でもないもの」
である。つまり、
「自然数全体から、自然数の倍数を除いたもの」
である。従って、素数の全体は、次の式で書くことができる。
N − N × N
こうして、素数とはどういうものか、その本質がいくらかつかめた。
( → リーマン予想をめぐって )
この見解を参考にして、新たに、次のような見解を示しておこう。
フェルマーの定理や、ABC予想や、リーマン予想などは、素数の問題である。ただし、個別の素数の性質を示す問題ではない。素数全体について、存在性を扱う定理だ。
「これこれのような素数は存在しない( or 有限個だけ存在する)」
というふうな。
ここでは、個別の素数について扱うのではなく、素数全体について一挙に網をかぶせるようにして扱う。一網打尽にして扱う。
そして、そのためには、一つ一つの素数を個別に初等関数的に扱うのでは駄目であって、素数の全域を一挙に扱う特別な関数を必要とする。その関数が、解析関数(複素解析の関数)であるわけだ。それも、かなり特殊な解析関数となる。
( ※ リーマン予想の場合には、ゼータ関数。)
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ここまで考えると、次のことが納得できるだろう。
・ 整数の問題なのに、なぜ複素解析の関数が出るのか?
・ フェルマーの定理、ABC予想、リーマン予想の共通性があること。
これらについては、すぐ上に述べたことで、そこそこ納得ができるはずだ。
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ただし、納得しがたいこともある。こうだ。
「これらの問題は、どうしてかくも難解なのか? たいていの数学的問題は、そこそこ解決ができているのに、整数の問題を複素解析で扱うという分野に限って、滅茶苦茶に難解になっている。どうして、こういうことが起こるのか?」
これについては、私は前に答えたことがある。
ここでは、「決定できない」という概念が重要なのであり、「半無限」という概念が重要となる。そして、「半無限」という概念は、集合論の世界では現れず、区体論の世界でのみ現れる概念だ。
したがって、リーマン予想を本質的に考えるならば、集合論の世界で考えていては駄目であり、区体論の世界で考える必要がある。特に、「半無限」という概念と絡める必要がある。
( → リーマン予想をめぐって )
要するに、現在の「集合論に基づく数学」というもの自体が、根源的に非力なのである。むしろ、「区体論に基づく数学」を用いるべきなのだ。
では、「区体論に基づく数学」とは? それは、「集合論に基づく数学」と比べて、決定的に異なる点がある。次のことだ。
集合論に基づく数学では、自然数と実数とは、特に区別されない。自然数というのは、実数のうちの一部であるにすぎない。
区体論に基づく数学では、自然数と実数とは、完全に区別される。自然数というのは、実数のうちの一部ではない。自然数と実数とは、別々の空間(公理的空間)に属する、まったく別の数学的要素である。図形的に言えば、自然数は「点」であり、実数は「無限小」である。この両者は、完全に区別されるべきだ。
《 注記 》
1,2,3,……という自然数は、区体論では「点」と見なされる。
一方、数直線上で、「 1.00000 .... 」や「 2.00000 .... 」というふうに表現される数もある。これらは、自然数ではなくて、「自然数に対応する実数」である。その大きさは「無限小」であって、大きさがゼロである「点」とは異なる。
詳しくは、区体論のページを参照。
→ Part-Exp 専門解説編 | (5) 実数と自然数
結局、ABC予想やリーマン予想がやたらと難解なのは、それを解決しようとする武器があまりにも貧弱だからなのだ。そこでは、「自然数と実数とを区別する」という最小限の武器さえ手に入れていない。これでは、ゲームの世界で、剣も武器もなしにドラゴンと戦うようなものだ。とうてい、容易なことでは勝ちにくい。
その一方で、いったん ABC予想を証明してしまえば、フェルマーの定理はごく簡単に(あっという間に)証明できてしまえるほどだ。
→ ABC予想 - Wikipedia
→ ABC 予想について―谷戸光昭 (PDF)
一見簡単に見える単純な問題を解決するのに、われわれ人類が妙に足踏みしているのは、最初に立つ地点を間違えているせいで、まともな武器を入手できないでいるからだ……と考えると、わかりやすい。
やがて、区体論による数学が確立したら、たいていの問題はあまりにもあっけなく解決が付くことになりそうだ。(私の予想。)
[ 余談 ]
区体論を使うと、物事が簡明に理解できる、という例に、「バナッハ=タルスキーのパラドックス」がある。
→ バナッハ=タルスキーのパラドックス - Wikipedia
このパラドックスは、区体論を使えば、あっさり解決が付く。たった1行で証明ができる。こうだ。
「選択公理のかわりに可算選択公理を採用すれば、パラドックスは生じない」
区体論の世界では、選択公理は(原則的に)導入されない。かわりに「準選択公理」というようなものが導入される。これは、「準・選択公理」ではなく、「準選択・公理」である。選択-関数のかわりに、準選択-関数が導入されて、公理化される。するとそこでは、選択公理は成立せず、かわりに、可算選択公理が(定理として)成立する。
すると、選択関数は「可算」の世界でのみ成立して、「連続(実数)」の世界では、選択関数のかわりに準選択関数が成立するだけだ。こうなると、(選択公理という極端に強い力が働かないので)、バナッハ=タルスキーのパラドックスも生じなくなる。

さっさと退散しよう。
解説込みで31ページです。
見てやってもらえますか。
http://v2-solution.com/booklist/978-4-86476-500-8.html
kokaji222@yahoo.co.jp
p.s.
後日、別項目を書きました。
→ http://openblog.seesaa.net/article/463401814.html
「フェルマーの定理(解説本) 」